19 戦略兵器
「えー……」
駆けていくブラッドリーの後姿を見送りながら、僕は予想以上に話が大きくなって困惑していた。
革命? 軍事? どういうこと?
そんな僕の困惑に気が付いたのか、クライヴがわざわざ跪いて僕と視線を合わせると口を開く。
「アーサー様にはまだそのあたりの授業はまだでしたな。アーサー様も王族。時には軍を率いることもあるでしょう。そのための授業があるのですが……。そうですな。あと半年後には学び始められることが可能でしょう」
「半年……」
つまり、今の勉強漬けの毎日が最低でも半年以上は続くのかぁ……。
本音を言えば、かなりげんなりする事実だ。でも、これも王族として生まれた者の責務なのだろう。
もしかしたら、本当に軍を率いることもあるかもしれないし。その時、基本だけでも知っているのと、何も知らないのでは雲泥の差がある。
僕は王族でも第三王子だ。たぶん、軍隊の中でも一部隊の最高指揮官になるだろう。もちろん、僕を助けてくれるために優秀な者たちが付いてくれるはずだ。
その優秀な者たちが、何について話しているのか理解できる程度には軍事的な常識を身に付けないとダメなのだろう。
最終的な決定権は僕にあるだろうし……。
「はぁ……」
王族って勉強することが本当にたくさんあるなぁ……。
「じゃあ、ミアに荷物を出してもらおうかな。最初は何から出せばいい?」
ちょっと暗い気分になりながら、僕はグレイスに問いかける。
「まあ! 出す順番も決められるのですね!? では、下から上に行きましょう。まずはカーペットを出していただいて、その後に家具でお願いいたします」
「わかったよ。ミア?」
「にゃー」
ミアは「任せろ」と言わんばかりに鳴くと、丸まった青いカーペットをにゅっと自分の影から取り出した。
「メイドたちで広げてしまいましょう。他の方はいったん部屋の外へ」
グレイスの見事な指示で、次々と部屋の内装が整っていく。
どうやらミアは、自分の手が届く範囲なら、好きな所に影からものを出せるようだ。そのおかげで随分と作業が捗った。
ミアがグレイスの指定した所に家具を出すと、メイドたちが微調整するだけで家具の配置が完了する。だからとっても作業が早い。今日中には終わらないだろうと思われていた引っ越しも、ミアの活躍によって瞬く間に完了した。
「アーサー様のミアの能力はすさまじいですね。まさか、これほどの量を一度に運ぶことができ、出す場所も自由自在だとは思いませんでした」
感心したように言うグレイスの足元で、ミアがごろんと横になっていた。たぶん、褒めてほしいのだろう。
「よしよし。すごいよ、ミア。ミアのおかげで助かったよ」
僕はしゃがんでミアの頭やお腹を撫でてやる。
「よかったら、グレイスも撫でてあげてよ」
「よろしいのですか?」
「にゃー」
ミアも満更じゃないのか、まるで「よきにはからえ」と言わんばかりにグレイスを手招きする。
その様子を見てグレイスもほっこりしたような表情を見せた。
「では、お言葉に甘えて」
僕はグレイスと一緒にミアをなでなでする。
「にゃー」
グレイスの猫撫では巧みだった。もうミアはメロメロで満足そうな表情をしている。
僕がグレイスに気を許しているからか、もともとミアもグレイスには気を許していた。
それを考えても、このミアのうっとり具合がすばらしい。
「グレイスって猫飼ってたりする?」
「幼い頃に実家で飼っていました。自分で言うものではないですが、撫でるのは得意です」
いつも謙虚なグレイスが得意と言うだけあって、その指捌きはすごかった。まるで熟練の奏者が楽器でも演奏しているかのような手付きだ。
これにはミアもうっとりである。
「ふにゃー」
もうお腹を天井に向けてとろとろだ。
「ところでアーサー様?」
「何かな?」
「そのお手に持っていらっしゃるドラゴンのぬいぐるみですが、私の記憶が確かならば、そのようなぬいぐるみはなかったと思うのですが?」
「これ?」
もしかして、グレイスって僕の持っているぬいぐるみをすべて暗記しているのかな? すごいね。
「これはバルタザールだよ。小さくなれるらしいんだ」
「うむ。我である」
「まあ! そうだったのですね。サイズが変わると、だいぶ受ける印象が変わりますね」
「そうだねー」
「ふむ? そういうものか?」
「あら? 小さくなれるのでしたら、なにも離宮を破壊せずとも――――」
「やめよ! 我も悪いとは思っているのだ。そう何度も言わんでくれ」
グレイスもバルタザールのやらかしに気が付いたらしい。
まぁ、普通気が付くよね。
なんだか周囲のバルタザールを見る目が若干白いものに変わった気がする。
「くぬぬ……」
「自業自得だよ、バルタザール」
「わかっておる。ええい! その目をやめるのだ! ニンゲン!」
みんなの視線に耐えきれなかったのか、バルタザールが吠えた。
でも、小さくなっているからか、いつもの威厳がないような気がした。
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