第九十話【知らぬ間に決定】
ユーゴとジャンセンさんをふたりきりにして、それなりの時間が経った。
忘れて来ていた荷物なんてものは無かったが……ユーゴがあんなことを言うものだから。
時間が掛かったのには別の理由があったのだと思って貰う為の言い訳に、私は地図や筆記具といった当たり前の荷物を、急いでカバンに詰めて宮から持ち出していた。
「――すみません、お待たせしました」
「待ってないよ、お帰りフィリアちゃん」
それは……それはどちらの意味だろうか……っ。
社交辞令としての、表向きの意味での言葉なのか。
それとも……それとも、ユーゴの言を真に受けての気を遣った発言なのか。
その真意を確かめるすべなど無いから、私はただ苦笑いを浮かべて席に着くしか出来ない。
「フィリア。もう話すこと無いから帰るぞ。決まったことについては後でお前にも説明してやる」
「えっ? えっ、まっ、待ってください。話すことが無い……とは……」
これからの予定――直近の調査の予定については、彼らふたりだけで話を纏めてしまった……と?
そ、そんなっ。
気を遣って少し長めに時間を設けたら、なんだか私ひとりが仲間外れにされてしまった気分だ。
しかし、ユーゴのそんな口ぶりに、ジャンセンさんも笑うばかりで……
「ま、それでもこの場でちゃんと説明してあげるのが筋じゃない?」
「フィリアちゃんは女王、この国の象徴。そして、俺達が組織として動く上での最高指揮官。蔑ろにするのは良くないぜ」
「……ちっ。しょうがないな」
な、何故私のわがままにユーゴが妥協した風なのだろうか。
しかし、形式はなんだっていい。
今日は起こること全てが私に厳しい気がしてしまうが、何やら上手くいった様子なのも事実。
どんな形であれ結果を聞かせてくれるというのなら、ここは黙って耳を傾けよう。
「そっちの予定はなんとなくユーゴから聞いた」
「そんなに遠くへは行けない、行けても長居は出来ない」
「となると、もう一回カンビレッジをさらっと調べるか、或いは遠くない場所をしっかり調べるかになるね」
「そこで……だ。このクソガキから提案があった」
「黙れ、このゲロ男」
「俺はやっぱり、あの魔獣がいない場所を調べるべきだと思う」
「コイツの話では、今までに行ったとこ以外にもあるって話だろ。じゃあ、一回はそこを見ておくべきだ」
今までに行ったところ……ヨロク北方の林に、カンビレッジ東部か。
それ以外――そう、ジャンセンさんは同じような状況を三か所で発見したと言っていたな。
なるほど、その類例を全て確認するというのは価値が高いだろう。
そこに共通点があれば――或いは露骨な違いがあれば、その点を深堀りすることで何か見えるかもしれない。
「場所は西、ウェリズの街のもっと西、海岸線の手前くらいかな」
「そこにも静かな場所がある。んで、そこが一番危ないと俺は思ってる」
「なんたって、海までの道に魔獣がいないんだ」
「当然漁に出かけるやつも増える。そうなると、もし何かが潜んでた場合には……」
「刺激して起こしてしまいかねない……と。なるほど、確かに」
ウェリズ――とは、このランデルから南西に向かった場所にある大きな街だ。
カンビレッジへ向かう際に経由するバンガムという街から、南東ではなくそのまま真っ直ぐに西へ向かうとぶつかる場所。
港の近い、交易には重要な街だったが……
残念ながら、その近辺には魔獣が多く発生していた。
そのために、他の港を護ることを優先されて、最終防衛線からはじき出されてしまった街。
そこに、魔獣がいない場所がある……と。
「その、ジャンセンさんはウェリズにもよく足を運ばれるのですよね。現在の街の様子はどうですか」
「その……荒れていたり、苦しんでいたりは……」
「荒れてるね、苦しんでもいる」
「でも、それはフィリアちゃんの所為じゃない。そこはあんまり気負わなくていいよ」
しかし……
国からの補助や援護が無いのは、全て私達の責任なのだ。
気負うなと言われても、それは不可能だろう。
最終防衛線――その線引きをしたのが私ではなくても、それをいつまでもそのままにしてしまった負い目はあるのだから。
「……ま、最後まで聞いてくれって」
「ウェリズの街は確かに疲弊してる。でも、それ以上に活気もあるよ」
「特にここ最近は、魔獣の数も減って来てるからね」
「あそこは後々に重要な意味を持つ。そんなのは最初から分かってたから、俺達でとっとと囲んじゃったわけよ」
「だから、あの街はそれなりに元気だよ。まあ……無法者の巣窟ではあるけどね」
「無法者の……っ! もしや、それは……」
盗賊団の――ジャンセンさん達の手によって護られている……いや、彼らの活動によって潤されているということか。
そういえば、まだ彼の正体を知る前に聞かされていた。
彼は最終防衛線よりも外の街々で、国の代わりに交易を行ってくれていた、と。
比較的安全な街から奪った物資を元に、それらの街を維持してくれていたのだと。
もちろん、それ自体は無法も無法なので、あまり喜んでいいことではないのだけれど。
「ま、そんなわけでね。ウェリズ自体はまだ無事だよ」
「ただ……さっきも言った通りだ。まだ無事ってのは、何も安全になったってわけじゃない」
「見張りも立たせてるし、逐一連絡も寄こすように言ってある。俺だって直接出向いて確認してるよ」
「それでも、分かんないもんは分かんないからね」
「俺が見れば何か変わるかもしれない」
「それで、フィリアとジャンセンがふたり掛かりで指示を出せば、流石に全員従うだろ」
「もしヤバいとこがあるなら、さっさと蓋して誰も近寄らないようにしとかないと」
ジャンセンさんもユーゴも、私がいない間に随分しっかりと話し合いをしてくれていたらしい。
それを……それを私が戻るまでどうして我慢してくれないのですか……っ。
まるで信頼されていないのだろうか、私は。
しかし、そんな泣き言は後だ。
「俺達はいつでも動けるよ」
「と言っても、こっちに大勢連れて来るわけにはいかなかったからさ、立場的にも」
「もし護衛の人数に不安があるとかなら、そっちの兵士に出動要請出さなきゃいけないんだけど」
「そういうの、多分制約掛かってるんじゃないかなー、って」
「な、何でもお見通しですね……」
「特に軍事力については、私個人の決定権はかなりはく奪されてしまっていますから」
「これから申請をして、準備をして、それから調査へ出発となると……流石に時間が足りませんね」
しかし、護衛ならばユーゴがいる。
それに、ウェリズの街に到着しさえすれば、そこにはジャンセンさんの部下が大勢待っているのだろう。
なら、大丈夫だ。
確かに、今までよりも馬車の警護は甘くなるだろう。
しかし、そもそも馬車に魔獣が迫ったことの方が少ないのだ。
「ユーゴがいますから、大丈夫です。彼は本当に頼もしいですから」
「それじゃあ決定だね」
「出発は明日でいい? 流石に急過ぎる? それとも、一刻を惜しんで今からでも出ちゃう?」
その提案は魅力的だが……流石に今すぐにというわけにはいかない。
明日、私達が彼らの泊っている宿へと赴く。
そう約束をして、私達は解散することにした。
この魔術工房跡も、もう少し活用出来そうだ。
この調査が終わったらまたしっかり掃除しておこう。
そんな思いも胸に抱き、私とユーゴはジャンセンさんを見送って、そして少し急ぎ足で宮へと――
「フィリア、ちょっと待て。掃除、今するぞ」
「っ⁉ い、今からですか……? というか、私の考えがなぜ分かったのですか……」
つべこべ言うな。と、ユーゴは私の手を引っ張って、また工房の扉を潜る。
綺麗好きだったのだろうか。
それで、このほこりっぽい場所に押し込まれて、それがストレスになっていた……とか。
「……バカ。アホ。デブ。本当にバカだな、お前。間抜け。デブ」
「で――っ。あ、あまり体型のことは言わないでくださいってば……」
ただでさえ今日はいろいろと落ち込む出来事が多かったのに……
しかし、ユーゴは呆れた様子で頭を抱えてしまっている。
な、何をそんなに……
「……北のこと、一応は伝えといた」
「何か隠してる、考えてるとは思われただろうけど、それが何かまでは――その魔術師ってのについて知ってるとまでは気付かれてないと思う」
「んで……アイツは多分、ちゃんとやってくれる。操られてなければ……だけどな」
「っ。ユーゴ……ありがとうございます。本当にやってくれたのですね」
任せろって言っただろ。と、ユーゴはふてくされてそっぽを向いてしまった。
やはり、頼りにしていい。
彼の能力――冷静さ、思慮深さは、間違いなく頼りにしていい。
知識や経験の面では子供でしかないかもしれないが、思考能力は間違いなく優秀だ。
どんなやり方、伝え方をしたのかは知らないが、彼が大丈夫と言ってくれると安心出来る。
「でも、それですぐ解決するわけじゃない。とりあえずだ、とりあえず先送りにしただけ」
「早いとこ片付けないと、そういう手を打ったってこともバレる」
「ジャンセンが操られてなかったとしても、それに近いやつが操られてたら結局一緒だからな」
「そうですね。明日の調査、気合を入れて行いましょう。もしも組織に繋がるものが見つかりでもすれば……」
この話は一気に解決まで進むかもしれない。
それはいくらなんでも夢を見過ぎだと笑われるかもしれないが、しかしそのくらいの気概は無ければ。
私達は今度こそ工房を後にして、明日の為に急ぎ宮へと戻った。
今日の仕事を終わらせておかないと、出発の間際にパールとリリィに嫌な顔をされてしまいますから。




