第七十三話【酒場と女王と盗賊】
「――あっはっはっ! それで訳知り顔で店入って来たっての!?」
「ぶふっ――いっひっひっ! ふぃ、フィリアちゃんって本当に天然だよね!」
「そ、そんなに大きな声で笑わなくてもいいではありませんかっ」
予定よりも少し早くに到着したこと。どうやって合流するかで悩んでいたこと。
そんな時に、ユーゴがジャンセンさんの気配を察知してここまで案内してくれたこと。
そして、それらを鑑みて、この場に私を誘い出して話をしようと考えた……と、私が勝手に思ってしまったこと。
全部を打ち明けてみると、ジャンセンさんは息も出来なくなるくらいに笑ってしまった。
そ、そんなに笑わなくっても……
「ひぃ……ひぃ……はあ。まさか、こんなに早くに来るとは俺も思ってなかったから、まだ何にも準備してなかったよ、ごめんごめん」
「ってか、ユーゴは相変わらずどうなってんだよ」
「俺がいるって分かったこともだし、たった今のそれもだし」
たった今のそれ。とは、むすーっとむくれてそっぽを向いて拗ねてしまっていることだろうか。
ユーゴはどうにもジャンセンさんに対してやや当たりが強い。
と言うか、警戒を解く気配が無い。
これからは友好的に……と、そう決めたのだから……
「ユーゴ。あまり失礼な態度を取ってはいけませんよ」
「貴方の警戒心の高さにはいつも助けて貰っていますが、しかし礼儀は弁えないと……」
「あー、いいよいいよ。それ自体は普通、当たり前の判断だからさ」
「仲良くしてこうねって取り決めがあったってさ、全員が全員疑わなくなったんじゃ危なっかしくて仕方が無い」
「こういう空気読めない冷めたやつも、ひとりくらいはいた方がいいんだって」
うちにも姉さんがいるしさ。と、ジャンセンさんは空になったジョッキをつつきながらそう言った。
姉さん……とは、マリアノさんのことだろう、ずっとそう呼んでいたし。はて、しかし……
「……あの、ジャンセンさん。マリアノさんはまだ幼いように思えるのですが……その姉さんという呼び方は……?」
「うん? ああ、やっぱそう思う? 変だよね、これ」
変……と言うか、ふさわしくないものに思えるのだ。
もちろん、私達だってユーゴを過剰に――歳と外見を思えば、過剰も過剰な期待を向けている。
その実情を知らぬ人からすれば、彼らにとってのマリアノさんも、私達にとってのユーゴも変わりないのかもしれない。
事実、彼女は屈強な兵士達よりも強くて……
「姉さん、俺より歳上だぜ」
「笑っちゃうよな、あんな小さいのに。なんだったらフィリアちゃんより歳上だと思うぜ?」
……いえ、だから……私は貴方よりも……っ。って、そんなことはどうだっていい。それよりも……
「……お、大人……? あのガキがか……?」
「おう。大人も大人、お前の倍くらいは生きてるぞ、多分。詳しい歳は知らねえけどよ」
っ!?
マリアノさんが……あの小柄で、どちらかというと可愛らしい姿のマリアノさんが大人……っ?!
私もユーゴも呆気にとられてしまって、それによほど気分を良くしたのか、ジャンセンさんはまた指でぐるぐると空のジョッキを遊ばせながら笑った。
「そ。意外だった?」
「い、意外と言うか……予想外と言うか……てっきり、ユーゴと変わらないくらいの子供かと……」
誰が子供だ。と、ユーゴは拗ねてナッツの殻を私に投げつけ始めた。
床が汚れてしまうからやめてください。
だが、ユーゴも私の言葉を――マリアノさんの推定年齢の部分を否定はしない。
彼もマリアノさんをガキと呼んでいたし、やはりそう見えるもの。
「姉さんとは古い付き合いでさ、ガキの頃から面倒見て貰ってんだ」
「子供の頃から……ですか。なるほど、それであの信頼関係があるわけですね」
私にとってのパールとリリィのような関係だろうか。
幼少を知り、未熟を知り、そして今を知る相手。
ふたりにはずっと側で支えて貰い続けている、頼りっぱなしになってしまっている。
そんな私とジャンセンさんとでは少し違うかもしれないが、しかし縁という部分に目を向ければそっくりだろう。
「うち、あんまり大人いないからさ。そういう意味でも、姉さんは姉さんなのよ」
「うちの姉さん、全員の姉さんってわけ」
「大人がいない……ですか? それは……ええと……」
ジャンセンさんの口から聞かされたのは、これまた予想外の事情だった。
あれだけ大きな――魔獣と拮抗するだけの戦力を誇る組織だ、当然優れた指導者が多く属しているものだと思っていたが……
それとも、能力と年齢は関係無いのだろうか。
「ああ、えっと……俺より歳が上の……って意味ね」
「俺がガキの頃に作った組織だからさ、俺より歳上のやつなんてほとんどいないんだ」
「今じゃもう俺もガキじゃないからさ、ちゃんとそれなりに大人な歳のやつはいるよ」
信じがたいと穿ったら、もっと信じがたい話を聞かされてしまったのだけど……
確かに、盗賊被害はほんの僅か前に始まったものではない。
その起こりを思えば、なるほど彼はまだ青年、或いは少年だった頃にまで遡るのだろう。
そんな歳の頃から組織を引っ張って……
「あんまこういうとこでする話でもないけどさ、まあいいよね、周りも全員酔っぱらいだし」
「おっほん。最初はこんなデカくなかったんだ、俺達も」
「俺と姉さんと、それから同じように貧乏してた仲間が三人。最初は五人だけで始めたんだ」
既に最終防衛線の外に追いやられていたアルドイブラの街に生まれ、魔獣と飢えに怯え、誰にも護られることなく暮らしていた子供達。
盗み、奪い、自分だけが生き残る。
誰もが例外無くそうならざるを得ないほど、街の状況はひっ迫していた。
そんな中で、彼らはひとつの答えを――生存の為の手段を導き出した。
それは、分け与えること。
ものを分け、与えること。それだけ。
単純で、しかし不可能なことだった。
不可能だと思われていたことだった。
「……別に、開き直るつもりは無い。しっかり悪党だと思ってるよ、自分のことは」
「でも、これが俺の……俺達の正義だった」
「裕福な奴から奪う。そして、それを貧しい奴ら全員で分け合う」
「こうすれば、俺よりも小さい奴らを護ってやれる」
「護ってやれば、そいつらは俺の為に働いてくれる」
「組織を作ろうとして作ったわけじゃない。一番利益の出る方法を探っていったら、いつの間にか大きい塊になってたんだ」
「……そうしなければ生き残れないから……いいえ。そうすることで、最大数が生き残れるから」
「やはり、貴方の……貴方達の行動原理はそこにあったのですね」
なんと腑に落ちる解だろうか。
やはり、彼らは守る為に戦っていたのだ。
自分達の身近な全てを守る為に。
そしてそれは、結果としては国を――現王政を敵と認識した。
富めるもの、しかしその富を分けぬもの。自分達を切り捨てたもの。
であるならば……
「国営の施設や役場からは盗みを繰り返し、しかしその一方で街に迫る魔獣は排除する」
「思っていた通り、貴方達の行動には一本の筋が通っている」
「気付けて良かった。貴方達を優しい人々だと、きちんと目を向けられて本当に良かった」
「筋が通ってるかどうかは知らないけどね」
「役場から盗めば当然税は増えるからさ、結局その街の弱い奴らは救われないれ
「無法やってる時点で何言っても言い訳だよ。でも、フィリアちゃんがそう言ってくれるなら……」
ちょっとは報われるよ。と、ジャンセンさんは笑ってそう言った。
しかし、まだだ。まだこの程度では報いにならない。
ずっとずっと護って貰っていたのだ。
少なくとも、このカンビレッジとヨロクは随分と護って貰っていたと数字に表れている。
それに報いるには、やはり彼らの戦いを有意義で誉れ高いものにしなければならない。
「ジャンセンさん。よろしくお願いします」
「これから、ずっと。ずっとです」
「カンビレッジが解放されれば、次は更に南へ。そして東へ、西へ」
「この国の全てを解放するまで――北の組織との対立も全て終わらせるまで。力を貸してください」
「……こっちのセリフ……って、言うつもりだったけどね、最初は。俺達が主体、そっちが合わせて、って」
「でも……まさか姉さんより強いのがいるとはなぁ。そこだけはほんと、想定外だったよ」
全力で補佐するから、頼むぜ。と、ジャンセンさんはまだ不貞腐れていたユーゴに声を掛ける。
しかし、ユーゴはそれに怪訝な目を向けて、お前らはいらない。と、すっぱり切り捨ててしまった。こ、こら。
「ユーゴ、いけません。これからは共に戦うのですから、もっと仲良く……」
「嫌だ。少なくとも、コイツとマリアノは嫌いだ。嫌いなもんは嫌いだ。だから、仲良くするとかは無い。絶対無い」
どうしてそう頑固なのですか……
しかし、ジャンセンさんはそんなユーゴの態度に気を悪くすることも無く、むしろ嬉しそうに肩を組んで絡んでいった。
ユーゴはそれでもっと不機嫌になって、それを見たジャンセンさんはまた喜んで……
「嫌い! お前嫌い! お前ら嫌い! ほんっとうに嫌い! フィリア、帰るぞ! もういいだろ!」
「あっはっは! やっぱいいな、お前。分かりやすくて」
うざい! と、ユーゴはそう吐き捨てて、そして私の手を引いて席を立ってしまった。
ああっ、待ってください。せめてお代を。
それに、身の上を話してくれたのだ。そのことについてのお礼も言いたいのに。




