第七十二話【到着、カンビレッジ】
バンガムで一晩を過ごし、また明朝になると更に南へと馬車を走らせる。
予定から一切外れること無く、ひたすらに南へ。
その道中にはやはり魔獣の群れがいて、けれど――
「――まもなくカンビレッジに到着します」
アッシュの言葉に安堵のため息を漏らしたのは、私だけではなかった。
ギルマンと、ジェッツと、キール。
ヒルとグランダールは外を見ているから――馬車の周囲を警戒しているから、私からではその表情は窺えない。
けれど、少なくともその言葉を嫌がったりはしないだろう。
なにせ、以前よりも――予定よりもずっとずっと早くに到着しそうなのだから。
「……陛下。ユーゴに何があったのですか? その……以前よりも更に……っ」
「以前よりも……ですか。そうですね……」
以前――というのは、きっとヨロクで共に戦った日のことだろう。
その日、確かにユーゴは更なる進化を遂げた。
だから、彼らの持つ最新の情報こそが最大値……で、間違いない筈だ。
あの小さくて素早い魔獣を倒す為の力こそが、現時点の彼の最高出力だろう。
しかし、それは――
「――きっと、心の変化が大きいのだと思います。いえ……その、少しだけ揉めごとがあったので」
「揉めごと……ですか?」
マリアノさんとジャンセンさんに、凄く悔しい思いをさせられた。
きっと、変わって見えるとしたらそれが原因だろう。
それで強くなるわけではないのかもしれないが、しかし心構えが――醸し出す空気が変わった、と。
「なんとなくですが、気力が充実しているのだと思います。気負っている……のかもしれませんけど」
「でも、それ以上に気合が入っているのだと思います。そもそも負けず嫌いですから」
さて。そんなユーゴの変化がもたらしたものは、以前よりも――少し前のカンビレッジ視察の頃よりも圧倒的に早い到着時間だ。
あの時は、ユーゴの力を以ってしても、馬車を停めなければならない場所があった。
どうしても迎え撃つという形で魔獣を退ける必要があった。
しかし……
今回はそれが無かった。
凄く単純な話で、ユーゴが対処出来る範囲と数が、圧倒的に増えているのだ。
取り囲まれても平気……という次元ではない。
取り囲まれるという事態すら引き起こさないほどに。
「――フィリア。大体倒した、街に入るまではもう大丈夫だと思う」
「前にいたあのデカいやつの気配も無い。もうちょっと期待してたけど……」
「つまらなかった……ですか。そういう言葉を使われると、私達は貴方の退屈を願うばかりになってしまいますね」
お疲れ様でした。と、頭を下げると、ユーゴは別にとそっぽを向いた。
これが俺のやるべきことだから、だろうか。
忘れもしない、以前のカンビレッジ視察での彼の言葉だ。
自分には大きな力があるから、それをむやみやたらには振り回さない。
それを使う先――敵の決定は、私に全て任せる。
この世界のことはまだまだ分からないから、と。
「……本当にお疲れ様です、ユーゴ」
「貴方の精神が気高いものである限り、私達は道を踏み外したりはしないでしょう」
「な、なんだよ、気持ち悪い。やっぱり最近変だぞ」
「いきなり妙なことばっかり言うし、考えてることがいつもズレてるし」
きも……労ったのに、褒めたのに、どうして私はこうも罵倒されてしまったのだろうか。
こほん。それもまた彼らしさか。
きっと、そもそもがこういう少年だったのだろう。
今まであまりこういう言葉を私に向けなかったのは、遠慮があったから。
私に心を開き始めてくれているのだ、多分。
街に到着すると、私達はすぐに役場へと向かい荷物を降ろした。
さて、問題はここから。
もっとも、それを口にしたら、問題が起こるのが早過ぎる。と、ユーゴに怒られてしまうのだろうけど。
しかし、早速だがここで問題があるのだ。
「……はて……」
「……? おい、フィリア? どうしたんだよ」
私達はこれから、どこへ向かえばいいのだろうか。
約束の日までにはまだ時間がある、それは分かっている。
分かっているが……しかし、その約束の日、私達はどこへ向かえば彼らと合流出来るのだろう。
「マリアノさんがまた迎えに来てくださる……のでしょうか。それとも、こちらから……」
カンビレッジから一番近い砦跡――彼らの拠点に向かえばいいのだろうか。
それとも、これから解放すべき地点――真っ先に手を付けるべき地点をしっかりと把握して、そこへ向かわなければならないのだろうか。
つまり、この時点で既に試されている可能性は無いだろうか、と。
合流場所を細かく決定しなかったのは、私達がどれだけ緊張感を持って行動出来るかを確かめる為……とか……
「おーい、フィリア? またなんかバグってるな、お前。はあ」
いやしかし、それは流石に深読みのし過ぎ……だろうか。
だが……だが、もしも万が一……試されているのだとしたら、失敗するわけにはいかない。
もしも力足らずと断じられてしまえば……
「……? げっ。おい、フィリア。フィリアってば。おい! フィリア! バカ!」
「ひゃあっ?! な、わっ、どっ、どうしたのですか?!」
いきなり背中を少しだけ強く叩かれて、驚いて大きな声を上げてしまった。
慌てて振り返れば、どうにも怒った様子のユーゴがいて……けれど、その怒りが……イライラが、どうやら私に向けられたものではなさそうで……
「……合流、まだ先だったよな。んじゃあ……なんだろ、普通に街で暮らしてるだけか? それとも……」
「……? あの、ユーゴ……?」
ゲロ男の気配がする。それも、わざわざこっちにアピールしてるようなのが。と、ユーゴは凄く凄く嫌そうな顔でそう言った。
気配……ですか。
そういえば、マリアノさんの気配も感じ取って合流していた。
魔獣だけに限らず、驚異的な能力のあるもの全てを察知出来るのだろうか、彼は。
「どうする。見に行く……到着したぞって言いに行くか。それとも、まだ時間があるから放置するか。俺は……無視したい」
「こ、こらこら、いけませんよ」
「善意で迎えに来てくださっただけの可能性だってあるのです。行動開始がまだ先だとしても、話を出来る時に出来るだけしておくのは重要です」
「行ってみましょう、案内してください」
げえ。と、ユーゴの顔にはそう書いてあった。
いつももう少し複雑な文句を意図的にこちらに向けるものだから、あまりにあまりなその淡白な嫌がり方が、私には少しだけ面白かった。
嫌がりながらもユーゴは私を案内し始めてくれて、まだあまり知らない大通りを手探りで進んでいく。
そうしてしばらく歩いた後に到着したのは、初めてジャンセンさんと出会ったのと同じ、賑わっている大衆酒場だった。
「……フィリア。帰るなら今の内だ。今度こそ……」
「だ、大丈夫ですって。今にして思えば、あれが……あれこそが私達を安心させる為の演技、罠だったのかもしれません」
そんなわけないだろ。と、そう言いたげなユーゴだったが、決定には従ってくれる。
私よりも半歩前を歩いて、周囲を警戒しながら店へと入っていく。
そんな彼の後ろから店の中を見渡していると……確かに、奥の方にひとりだけで飲んでいる客の姿が――長髪の男性、ジャンセンさんの背中が見えた。
「いらっしゃい! 子連れかい? 悪いね、どこも込み合ってて、適当に空いてる席座っとくれ」
「は、はい。では、奥のあの席に……」
はいはい、どこでもどうぞ。と、少しだけ不愛想な店主に案内されて、私達は店の奥へと進む。
近付けば近付くほどにユーゴの警戒心が高まって、それも……ジャンセンさんと友好的な関係を築けた今となっては、なんだか少しだけ面白いものに思えてしまって……
「お客さん、ちょっと隣いいかい。こっちのお客さんが座りたいって」
「……んがっ。んあ……ああ、はいはい。ひっく……あー……空いてますよー……」
なんとまあわざとらしい酔い方だろうか。
ジャンセンさんはこちらを振り返ることもせずに少しだけ席を横にずれて、店主の言う通りに私達の座る場所を空けてくれた。
私は店主に葡萄酒とミルクを注文すると、彼の隣に静かに腰掛ける。
さて、こんな場面で会うのも久しぶりだ。
ある意味、私達の談話はこういうところでこそすべきなのかもしれない。
あまり堅っ苦しい場ではなく、こうしてフランクに話せる場でこそ……
「……ん……んー……? んが……っ!? ふぃ――フィリアちゃんっ!?」
「なん――なんでこ――げっほっ!? ごほっ! ごほっ! なんでこんなとこいんの!?」
「えっ? あ、あれっ!? ジャンセンさん、私達に気付いていたのではなかったのですか?!」
えっ。
ユーゴの口ぶりからして、てっきりこちらを誘っている――私達と話をする為に、こうして分かりやすい場所で待っていてくれた……ものだとばかり……
「へい、お待ち。なんだ、知り合いだったのかい。それじゃ、ごゆっくり」
「……え……? フィリアちゃん……その……その酒樽何……? ま、まさか今日も飲み潰しに――」
「え……? えっ、あっ、違――て、店主さんっ。違いますっ。こ、こんな、樽で持って来てくださいなんてひと言もっ」
「ち、違うのです、ジャンセンさん。私はてっきり、ここで……その……次の打ち合わせをするものだとばかり――っ」
私の顔と、テーブルに運ばれてきた酒樽とを交互に眺めて、ジャンセンさんはひどく怯えた顔で首を横に振った。
もう飲みたくない。もうフィリアちゃんとは飲みたくないよ、と。
そ、そんな……魔獣を前にした子供のような顔を向けないでください……




