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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】
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第七十一話【目指す場所は同じ】



 目的は共にする。けれど、行動は共にはしない。

 俺達は俺達で南へ向かうから、また十日後にカンビレッジで合流しよう。


 それが、私達の――国と盗賊団が手を取り合って最初の談話を締め括った、ジャンセンさんの言葉だった。


「――ユーゴ、お願いします」


「ん。分かってる」


 あの日から三日を掛けてランデルへ――宮へと戻り、そしてまた私達は魔獣と戦っていた。

 しかしそれは、私達の不在を狙って急襲したものではない。


 そうやって始めたから――ユーゴと共にこのランデルから解放し始めたから、それをもう一度なぞろうというだけ。


 私の個人的な感情……そうしたらきっといい方向にことが運んでくれるだろうという、願望の為の戦いだった。


「――弱い。流石にここらにはもう大したのは出ないな。最初から強いのはいなかったけど」

「最初の村の近くはレベル低いのしか出ないんだな、やっぱ」


「……? ええっと……」


 なんでもない。と、ユーゴは退屈そうにそう言った。


 弱い。つまらない。

 そう言いながら――そう分かっていながら、彼は私の願掛けに付き合ってくれたのだ。


「お疲れ様でした。では、戻りましょう」

「明日にはまた南へ……カンビレッジへ向けて出発しなければなりません。しっかり休んでください」


 馬車に乗って、宮へと帰る。

 私にはまだ仕事が残っているけれど、それだって今はもう苦ではない。


 大きな大きな一歩を踏み出したのだ。

 それを思えば、多少のデスクワークなどなんということも無い。


「やっと……やっとですね。やっと、この国は港を出るのです」


「……沈まなきゃいいけどな」


 そ、そんな不吉なことを言わないでください。


 嫌味ごとを言うユーゴだったが、しかしその目は暗いものではなかった。

 多少なりともわくわくしている、期待している顔つきだ。


 それはきっと、これからもっともっと広い世界へと出られるから。

 もっと強い魔獣が、敵が出てくるから……と、彼はそう答えるだろうけど。

 でも、それだけじゃない。そんな物騒な理由だけじゃない筈。


 宮に戻り、そして私はユーゴと別れて執務室へと向かった。

 そこにはパールとリリィの姿があって、私が持ち帰ったヨロクの情報と盗賊団との交渉結果とを纏めてくれている。


「お戻りになられましたか、女王陛下。それでは、早速ですが……」


「わ、分かっています。そんなに警戒しないでください、パール」

「明日からはまたカンビレッジへ向かわなくてはならない……仕事を残しては出られない」

「今日ばかりは、サボったり文句を言ったりしません」


 相変わらず、パールは私をわがままな子供にしか扱ってはくれない。

 ある意味、ここはがっかりしてしまった。


 内心では少しだけ思っていたのだ。


 盗賊団との交渉に成功したら――女王として、ひとつめの成果を上げることが出来たなら。

 パールもリリィも私を認めてくれる、立派な女王として扱ってくれる、信頼してくれるのではないか、と。


 けれど……はあ。


「……リリィ、貴女までそんな顔をしないでください。大丈夫です、ちゃんとやります」

「ジャンセンさんとの約束は守らなければなりませんし、それにユーゴを待たせるわけにもいきません」

「今日に限っては、私も……」


「……どうやら、陛下も随分やる気に満ちていらっしゃるようですね」

「しかし……今日に限っては、という言葉には少々……」


 いただけないものがありますね。と、リリィはうっかりこぼした私の予防線に噛み付いた。


 明日以降も――カンビレッジ以南を解放して以降もずっとこの調子は少しだけつらいから……と、弱音ではないが、少しでも逃げ道を残しておこうなどという考えを咎められてしまった。


 パールは大きな大きなため息をついて、リリィは今にも爆発しそうなくらいの怒りを、笑みの向こう側にため込んでいる。


「だ――大丈夫です、きちんと理解していますっ」

「これから先、休む暇などどこにも無いでしょう。手を緩めれば、きっと飲み込まれてしまう」

「まだ……まだ、私達は劣勢の中にある」

「彼らと手を組んでなお、かつてあった国土の半分ほどしか取り返せていない」

「単純な陣地獲りだけを考えても、私達はまだ五分までやって来たに過ぎませんから」


「その通りです、女王陛下。理解していらっしゃるのならば、達成感を得るのはもう少し先までお待ちください」

「まだ――道半ばにも差し掛かっていません」


 褒めて貰えるのはもう少し頑張った後……と、そう忠告されたらしい。

 まったく、本当にこのふたりには何も隠しごとが出来ない。


 ユーゴの素性くらいなものか、ふたりが知り得ない私の秘密など。

 それも単に、術師以外――相当に高位な魔術師以外では、想像も出来ないような事象だからというだけ。はあ。


「どうしてふたりは私の考えを……行動をそうも把握出来てしまうのでしょうか」

「最近はユーゴにも見抜かれてしまっているような節もあるのですが……」


「ずっと見ていますから。貴女の変化――好調も不調も、喜も楽も、怒も哀も。長くそばで見ていますから、それくらいは分かります」

「反対に、陛下も我々の怒気を感じ取って逃げることがあるでしょう」


 うっ。なるほど、そう言われてみれば、か。


 確かに、私はふたりの怒りをそれなりに察知出来る。

 今日は逆らわないようにしよう、大人しくしよう。と、そういう前提があって行動を決めることも無くは無い。

 ずっと共にいるから……か。


「……? では……おや。ユーゴは……」


「ユーゴさんも同じですよ。女王陛下だけを見てこれまで過ごしてきましたから」

「文字通り、貴方の顔色を窺い続けてきたのです。良い意味で」


 私の顔色を……?


 リリィはえへんと胸を張って、そして……この話は終わりと言わんばかりに、書類の山を私の目の前に積み上げた。


 早く仕事をしろ。無駄話に逃げるな、か。

 ああ、なるほど。確かに手に取るように分かる。


「……ユーゴが……私の顔色を……」


 仕事に手を付け始めても、少しの間はそれが頭から離れなかった。


 彼が私の顔色を窺う必要は……あっただろう、確かに。

 彼は――彼の命は、生活は、全ては、私の決定に左右されてしまうというところから始まっているのだ。

 なら、当然……




 翌日、私達はまた馬車に乗り込んで南へと出発した。

 きちんと仕事も終わらせたから、パールもリリィも今朝は見送りに出て来てくれている。それに……


「――出発します。揺れにお気を付けください、女王陛下」


「はい。今日もよろしくお願いします、アッシュ。それに、皆も」


 かつてヨロクへの遠征を共にした――ユーゴと親しくなってくれた六名も、皆揃って同行してくれる。


 もっとも、これについては私から取り計らって貰ったのだ。

 パールを介して、兵団へ。


 ユーゴの精神状態を加味して、可能な限り慣れ親しんだ人物を同行させて欲しい、と。


「また一緒だな、ユーゴ。頼りにしてるぜ」


「別に、頼られなくても最初から俺が全部倒すつもりだし。横から変なことするなよ、ギルマン」


 その効果はしっかりあったようで、ユーゴは昨日とは違う子供の笑みを浮かべていた。


 今回も日程は前回と同じ。

 まず、ランデルから南へ出発し、バンガムという街で一泊し、そこから半日かけてカンビレッジへと向かう。


 もちろん、以前を思えば、魔獣との戦闘は避けられないだろう。

 そういう意味でも、ユーゴの心のケアは必須だった。


 彼の力が、彼の心に起因する――彼の描く理想の形に由来するものなのだとするなら。


「バンガムまでの道のりには、そう多くの魔獣は目撃されていません。以前同様、到着後に少し街の周囲を窺う程度で済むでしょう」

「ですが、それはあくまでも推測――そうなるだろうという話です」


「分かってる、ちゃんと見てる。全然いないよ、魔獣なんて。なんなら前より減ってるかも」


 え、本当ですか?

 もしもそうだとしたら、魔獣の発生源にダメージを与えられたのだろうか。


 繰り返し繰り返し戦い続けたおかげで、ここらへ出てくる魔獣の巣をいつの間にか壊滅させていた……とか。


「……フィリア、あんまり呑気な顔すんなよ」

「前に言ってた話……あれ、アイツらに確かめてないだろ。なら、まだ分かんないぞ」


「……? 前に……アイツら……っ! そう……ですね。気を引き締めておかないと」


 ユーゴが少しだけ言葉を濁したから、皆は揃って首を傾げてしまった。そう、そうだった。


 かつてランデルを襲った魔獣の大群。

 私達は――バスカーク伯爵を含めた私達三人は、それを盗賊団の仕業ではないかと考えた。


 魔獣を使役し、嗾けた……という意味ではない。

 ランデルに迫る魔獣を、今までは抑え込んでいた……と。けれど……


 結局、それについてはまだ確かめていない。

 いきなりは確かめられなかった。


 まだ、彼らの信用を得る時期だ。

 疑いを向ければその分信頼は遠退いてしまう。


 それに、共通の敵についての情報交換が最優先だったから。


「しっかりしろよ。お前がダメになると、全部がダメになる。マリアノに言われただろ」


「……はい。肝に銘じます」


 その話については……と言うよりも、盗賊団と北の組織については他言無用で。と、伯爵に言われていたから。

 ユーゴはそれを律義に守って、私だけが理解出来るような言葉を選んでくれたのだな。


 なんとも……情けない話だ。

 やはり、顔色を窺われている、気を遣われているのだな。


 馬車はそう長くは揺れず、すぐにバンガムの街へと到着した。

 ユーゴに釘を刺されたおかげもあって、私はその日、ずっとずっと背筋を伸ばして仕事をし続けられた。


 明日も――カンビレッジに到着してからも、彼らと合流してからも、このままでいられたならば。

 きっと信頼を手にする日も近いだろうか。

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