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異世界天誓  作者: 赤井天狐
第二章【惑うものと惑わすもの】
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第百話【船の出る場所】



 まず第一歩として、カンビレッジ東部の異常を調査する。

 そう決めて三日、私とユーゴは予定通り南へ向かっていた。


 しかし、以前のルート――バンガムの街を経由してカンビレッジを目指すルートは使わずに、一度大きく東に進んでから、真っ直ぐに南下する進路を選択した。


 そこには、ふたつの思惑があった。


「――ん、出てきたな。ちょっと待ってろ、そんなに多くないからすぐ戻る」


「はい。お願いします、ユーゴ。くれぐれも気を付けて」


 ユーゴは小さく頷くと、いつものように馬車から飛び出して行った。


 これが思惑のひとつ。

 バンガム周辺は安全が既に確保されているから、今回は別の地区の解放も並行して進めてしまおうというもの。


 もっともその中には、これまでに散々溜まったフラストレーションを発散したいというユーゴの望みもあるのだけれど。


 そしてもうひとつは、東側の航路を確認したかったというもの。


 島国であるアンスーリァの形状は、北が細く南が膨れた格好になっていて、カンビレッジよりも南東となると、その膨れた部分――海に向かってせり出している部分になる。


 もしもここを航路で繋げられるならば、宮からバンガム、そしてカンビレッジと経由して、そこから遠征にという手順を大きく短縮出来る。


 馬車よりも多くの荷物を運べるし、それに気候の穏やかなこの国では、陸路よりも海路の方が安全だ。


「皆、引き続き警戒をお願いします」

「ユーゴが見ていてくれますし、この近辺で強大な魔獣の発見はされていませんから、大丈夫だとは思うのですが」


 と、私が注意などするまでもなく、兵士は皆、緊張感を持って周囲の様子を――戦っているであろうユーゴの様子を窺っていた。


 誰の顔にも見覚えが無い。

 私が忘れているのでなければ、こうして共に遠征に出るのは初めてなのだろう。

 ともなれば、当然ユーゴの強さには驚くし、目を疑う。


 それに、私の護衛というのは、今までの何よりも重たい使命に感じるだろう。


「戻ったぞ。本当に雑魚しかいないし、数も少ない。巣がある感じも無いし、どっかからはぐれてきたのがチラホラいるだけだな」


「お疲れ様です。さあ、水を飲んでください。今日は少し熱いですからね」


 疲れてない。と、そう言いながらもやはり喉は乾いたようで、私から水筒を受け取ると、ユーゴはぐいぐいと勢いよく水を飲み始めた。


 そんなに飲むとお腹を壊してしまいますよ。なんて注意したら、きっと怒られるのだろうな。


「しかし、そういうことでしたら、少し気に掛かりますね」

「どこかからはぐれた魔獣が……となれば、群れか住処が遠からず存在する筈ですが……」


「どうだろうな。南の方にあるならこのついでに潰せるけど、北だと進路と逆だし。探しに行くって言うなら手伝うけど」


 いや、そこまでする余裕も時間も無い。

 優先事項は間違えてはならない、今向かうべきはカンビレッジだ。

 まだここはランデルから近いから、やはり気掛かりは気掛かりだが……


「さっさと終わらせて帰りに見てけばいいだろ」

「それに、マリアノならなんか知ってるかもしれない。この辺の魔獣についてはそこそこ詳しそうだろ」


 マリアノさんが……か。

 なるほど、そう言われてみれば。


 ランデル近辺の魔獣も、ジャンセンさん達が抑えてくれている。

 そして、それを一度だけ開放したことがあった。


 となれば、その時には必ずマリアノさんが関わっているという話だし、彼女なら事情に詳しいという読みは間違っていないだろう。


「そうですね。まずは南へ急いで、話はそれから考えましょう」


 南の前に、少し東へ寄り道はするのだけれど。


 ユーゴも他の兵士達も私の決定に異議を唱えることは無く、馬車は真っ直ぐに東へと進み続けた。

 そして、普段ならばまだバンガムにも到着しない頃、ひとつめの目的地であるカンスタンという港町で馬車は停車した。


 ウェリズの街よりも海の匂いが濃い、海岸に直面した小さな町だ。


「では、皆は馬車で待っていてください。役場に確認を取った後に、直接港へ向かってみます。手短に済ませますから」


 私のそんな発言に、兵士達は皆大慌てで引き留めて掛かった。


 ああ……こういう説明も久しぶりだ。

 やはり、供する兵士を指名出来なくなってしまったのは大きな痛手だったかもしれない。


 ギルマン達だったなら、困った顔をしながらもユーゴに任せてくれたのに……


「……フィリア。お前のそういうとこ、悪い癖だぞ。怠け癖」


「っ⁉ そ、そんなに怠けて見えるでしょうか……」


 酷いもんだ。と、ユーゴはため息をついてがっくりうなだれた。

 その……確かに、説得が面倒だなぁ……と、そう考えてしまったけれど……


「……はあ。フィリアの警護は俺がするから、問題無い」

「魔獣なんて近付いたらすぐ分かるし、そうじゃないならもっと話にならない」


 だから、馬車と荷物を見張っとけ。なんて、ユーゴのそんな高圧的とも捉えられかねない言葉に、兵士達は少しだけむっとしていた。


 けれど、ユーゴの力はつい先ほど目の当たりにしたばかりだから。

 誰も反論などせず、お早くお戻りくださいなんて言葉を掛けるに留めてくれた。


「ありがとうございます。皆に迷惑は掛けません、すぐに戻りますから」


 誰も納得はしていなさそうだったが、引き下がってはくれた。


 では、これ以上の心配を掛けさせるわけにもいかない。

 私はユーゴと共に急ぎ足で町の中を進んで、まずは役場へと――現在の渡航履歴と町の情勢とを確認しに行った。



 お待たせしました。と、少しバタついた役場の中で、汗っかきな役人から資料の束を受け取ると、その時点で私の目的は半分くらい達成された。


 その束になっているものこそが渡航履歴――船がどれだけ出ているかという記録だったのだ。


 それも、ずっと昔からのものではない。

 少なくとも、ユーゴが来る直前からのものだけでも、かなりの本数の定期船が出ているようだ。


「港は無事なようですね。それで、船は主にどこへ向かって出されているのでしょうか」


「ええ、はい。基本的には沖に出る漁船と、稀に北へ……ヨロクへ荷物を運ぶ為に、アプストンの港へ向けて出ています、はい」


 アプストン――ヨロクよりやや南東の、これまた小さな港町だ。


 なるほど、ヨロク北方の林のように、東側でも広く魔獣のいない地域があるのかもしれない。

 それならば、大荷物を積んだ行商も、安全に行き来することが可能だ。


 宮への報告の中には無かった気がしたので、それは……その……こう……後でしっかり調べて、場合によっては、もう一度ここへ訪れる必要があるが。


「……では、その……南へ船を出すことは可能でしょうか」

「我々はこれから、カンビレッジ以南を解放しに参ります」

「その際に、陸路ではなく海路を切り拓けたなら……と、考えているのですが……」


「南……カンビレッジですか。不可能ではないと思いますが……船を出したがる者がいるかどうか……」


 残念ながら、現在国が保有している船は、全て軍属となってしまっている。

 つまり、私の意思だけでは出航させられない。


 議会に承認を得て……と、そうやっているのならば、結局陸路で向かうのと時間が変わらない。

 ここではどうしても民間の協力者を募らなければならない。


 だが……


「……女王を乗せて、危険地帯へとわざわざ踏み入れる暴挙を冒す。そんな人物が果たしているかどうか……」


「……はい。私どもとしましても、可能な限りお手伝いさせていただきたいのですが……」


 この町も、安全そうだとは言え、規模の小さな町だから。

 とてもではないが、余計なことに注ぐだけの力など残っていない。


 可能性が完全に潰えたとは言わないが、やはり難しいか……


「協力感謝します。それでは、私はこれから少し港を見て、すぐに出発します」

「南の解放が完了した暁には、必ずこの港からも商船が出られるようにしますから」


「お気遣いありがとうございます。どうか、ご無事にお戻りください。女王陛下あってこその国です、決して無理はなさらぬよう」


 私あっての国……か。

 国あっての私、民あっての国だと思うのだけれど。


 もっとも、そう思っていたとて、本人を前にそう口には出来ないか。


 けれど、今の役人の言葉に驕らず、私は国の礎であるという自覚をしっかりと持って戦わなければな。


「終わったか。なら、次は港だったな」


「はい。もう少しだけお願いします」


 今日ここで、うっかり協力してくれる人物が現れなどしたら、その時は私の私財をなげうってでもお礼をするのに。

 もちろん、お金で釣って危険な場所へ向かわせるというのだけは避けたいが。


 その後、私とユーゴは港に泊まっている船の確認と、そして船着き場の管理人に話を聞いて馬車へと戻った。

 収穫は……無かった。


 当然、誰も南などへは行きたがらない。

 そして…………いくつか国に届けの出ていない船が見つかったというのも、ある種収穫ではあるが……マイナスだっただろう。


 防衛線の内側でも、私の知らぬところでいろいろと荒んでしまっていたのだな……

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