第九十九話【期待を込めて】
議会に組織の発足を提案して、しばらくの日数が経過した。
ジャンセンさんとの共同調査は、正直あまり順調ではなかった。
調査の準備、更にはその為の準備。と、そういう前段階をひとつひとつ積み上げるばかりの日々。
ユーゴと共にランデルから近い街の解放を進めても、それは同じ。
長い間、私達はその場で足踏みをしているだけの時間を過ごしてしまった。
けれど――
「――ここに、ジャンセン=グリーンパーク及びその配下の者に対し、王室直属特別隊への参加を命じます」
「――は――っ! このジャンセン=グリーンパーク、御身のご期待に必ずや応えてみせましょう」
私がいて、パールがいて、ジャンセンさんがいて。
議員が出席して、貴族も軍人も全員が見守る中で、遂に彼らは正式に女王直轄の部隊として組み込まれることとなった。
ようやくだ。
ようやく、彼らの頑張りに報いる日が……いいや。
「よろしくお願いします、ジャンセンさん。これからが本番です」
「皆さんとなら、必ず望みを叶えられると信じています」
「お任せください、フィリア陛下」
式典は拍手に包まれて幕を閉じた。
その中には心から賛同出来ないもの、不平不満のあるものもいただろう。
それでも、ひとまずはこうして形に出来たのだ。
動き出してしまいさえすればこちらのもの。
成果で、活躍で認めさせればいい。
そうするだけの力が、彼らにはあるのだから。
「それでは早速ですが、これから利用する詰所へ案内します。と言っても、以前にもご案内した、私の魔術工房跡なのですが」
「あれから掃除もして、不要なものを退けて、必要なものを運び込みましたから」
「手狭かもしれませんが、問題無く使えるかと」
私はそうして、ジャンセンさんを魔術工房だった場所へと案内する。
建物の頑丈さとその内の秘匿性の高さは間違いない。
それに……あの場所は宮とも切り離されている。
ジャンセンさん以外にも大勢の人々が出入りすることを思うと、やはり宮の中に直接……というわけにもいかない。
伯爵からの忠告もあるのだし。
「……それにしても……さ、流石に緊張したねえ、ひい」
「ああしてるとこ見ると、やっぱりフィリアちゃんって女王様なんだなって実感湧くよ」
「……ふ、普段の私は、そんなにも威厳が無いのでしょうか……」
しまった、不味いことを言った。
押し黙ってしまったジャンセンさんの顔にはそう書いてあった。
そうか……私はやはり呑気で間抜けな娘に見えているのだな……
いや、彼は私を歳上だと思っていた節があるから、娘とすら……
「ま、まあまあ。それだけとっつきやすくて、驕ってないってことでさ」
「実際、フィリアちゃんがそうじゃなかったら、こんな話は無かったんだし」
「自分の眼で、足で、肌で感じて問題を解決しようって根性は、良い意味で女王様っぽくないから」
「なんだか言いくるめられてしまっているような気もしますが……それを言い合っても、私では敵う道理もありませんしね。はあ」
ごめんごめん。と、ジャンセンさんは式典で見せた堅苦しい態度など全て取っ払って、いつものように優しげに笑っていた。
というよりも……初めて会った頃の軽薄さすら感じてしまう。
これは……彼も少し浮かれているということかな。
「やっと……うん、やっとだね」
「さっき式でフィリアちゃんにも言われたけど、やっとここまで辿り着いた」
「俺達からしたらさ、全然予想してなかった未来だけど。でも、フィリアちゃんの中にはこういうヴィジョンがあったんだよね」
「大勢と手を取り合って、皆で国を良くしていこう、って」
「……はい。その……はじめからジャンセンさん達と……という風に、明確に思い描いていたわけではありませんでしたが」
「しかし、皆さんの在りようを知った時には、既に」
はじめの頃は、ユーゴさえいてくれれば……と、そう考えていた。
彼の力さえあれば、彼によって大勢が希望を見出してくれれば、と。
それは今も変わっていないが、やはりそれだけではダメだとも分かったから。
「ジャンセンさんなら、マリアノさんなら、皆さんなら、ユーゴの力になってくださると」
「やはり、これだけ荒んでしまった国ですから。大きく変えることが出来るとしたら、やはりあの子のような特別な存在でなければ、と」
「その考えは今も変わりません。変わりませんが……」
「その為には、アイツを守ってやれる盾が一枚でも多く欲しい……か。そりゃ確かに、俺でもそう考える」
「実際、うちも姉さん頼みでやってたしね」
「特別な存在ってのは、いるだけで全員が安心出来るんだ」
んで、その特別待遇のお坊ちゃんはどこに? と、ジャンセンさんはどこかわざとらしくきょろきょろと辺りを見回した。
ユーゴは式に参加していない。
とっくに公に知られた存在ではあるものの、しかしどういった関係かと詰められた時に返せる“当たり障りの無い答え”を持っていないから。
だから……
「――遅いぞ。そんなにかかったのか、そんな奴の受け入れ式」
「っとぉ、こんなとこに隠れてやがったのか。相変わらず社会性に欠けるやつだな」
ユーゴには先に工房跡に――新拠点に来て貰っていたのだ。
退屈かもしれないが、しかし宮にいてもここにいてもひとりなのは変わらない。
ならば、式よりも前に出発しておいて貰った方が大勢に囲まれる可能性も減るから。
彼がなんだかんだと人見知りするままなのは分かっていたから。
「まだ汚かったから掃除しといたぞ。ったく、意外とずぼらだよな、お前」
「うっ。ありがとうございます」
お前は意外とまめだよな。なんてジャンセンさんがからかって、ユーゴはむっとした顔で彼にごみの入った袋を投げつけた。
といっても、私もそれなりにちゃんと掃除したし、手伝ってくれた使用人も真面目にやってくれたから。
彼が投げた袋はひらりと宙で翻って、ジャンセンさんにぶつかる頃には勢いなんて残っていなかった。
「それじゃ――やろうか、折角だし。俺達が本当に動き出す第一歩目を決めよう」
「というわけで、フィリアちゃん音頭取って。こういうのは、やっぱり一番上の人間が仕切らないとね」
「え、ええ。もう既にジャンセンさんが仕切ってくださった気もするのですが……ごほん」
「それではまず、第一歩目を――共同戦線ではなく、私達がひとつの組織として踏み出す第一歩を、解放する地点を決定しましょう」
私の言葉に、ジャンセンさんは上機嫌で拍手してくれて、ユーゴは渋々といった顔でそれに続いて手を叩いてくれた。
ジャンセンさんに促されたような格好になったのが気に食わなかったのだろうか。
それでも、記念すべきこの一歩目を祝おうという気はあるみたいだ。
「第一歩……なんて漠然とした言葉にしちゃったけどさ、実際のところは三択問題だよね。北か、西か、南か」
「ヨロク北方の林か、ウェリズの海岸線か、或いはカンビレッジ東部か、ですね」
「全てに共通しているのは、魔獣すらも生息出来ない何かがあるということ」
「そして、それが未だ原因不明であるということ」
この問題をひとつ解決出来れば、或いは他の二個所の手掛かりになるかもしれない。
ならば、この最初の選択は重要だ。
こんなところで躓いてしまったら、後にも先にも不安ばかりが募ってしまう。
「こういう時は……ユーゴ、お前はどう思う」
「どこから行くのが良いか。お前の感覚的に、今までに行ったあの三つの中で、どこが一番最初に答えを見つけられそうか」
「そうですね。ユーゴ、貴方の意見を聞かせてください」
「気になったものがある場所。或いは、貴方の眼から見て、一番簡単に攻略出来そうだと思った場所」
「逆でも構いません。貴方が一番退屈しなさそうだと思ったところでも」
それはどうなの……? と、ジャンセンさんは困った顔をしたが、しかしすぐに納得したのか、ユーゴの顔を見て返事を待っていた。
そんな私達を前に、ユーゴは小さくため息をついて肩を落としてしまった。あ、あれ……?
「……バカだな、お前ら」
「ジャンセン、お前はもうちょっとマシだと思ってたけど、クズな上にフィリアと同じくらいバカって、もう救いが無いな」
「お前……本当に口が悪いな、おい。なんだよ、いきなり喧嘩腰で。いや、喧嘩腰はいつも通りか」
あっさりと流しそうになったが、私が一番貶されていなかっただろうか……?
ふたりとも、私が愚鈍であるという前提を、当たり前に持っているような口ぶりで……
「フィリア。お前が決めるんだぞ、こういうのは」
「前にも言ったろ。俺はお前の決定に従うんだってば」
「それは、全部丸投げにするって意味じゃない。お前が決めるべきだから、決定権を持つべきはお前だからだ」
「決定権を持つべき……か。そうだな、ユーゴの言う通りだ」
「やっぱりお前、どうにも可愛くねえな。達観してるって言うか……冷め過ぎだろ、いくらなんでも」
うるさい。と、ユーゴはジャンセンさんの言葉をバッサリ切って、そしてまた私に真っ直ぐ向き合った。
決定権を私が……か。
それは……それは、私が女王だから……だろうか。
それとも、彼を召喚したからだろうか。
この組織の指揮権を持っているからだろうか。
その真意は分からない。分からないけれど……
「……分かりました。では……もしも他の選択肢が良いと思えば、いつでもそう言ってください」
「これからこの組織の方針は、全て私が決定します」
「そしてその第一歩として――私はまず、カンビレッジの問題を――この国の南部を完全解放することから始めようかと思います」
「うん、いいんじゃないかな。北には面倒ごとも多いしね。まずは地力をつけてからってわけだ」
私の決定に、ジャンセンさんはそう言ってくれて、ユーゴも澄ました顔で頷いていた。
なら、これで決定だ。
第一歩は南――カンビレッジへ。
北の組織との接触はもう少し先送りにしよう。
伯爵からの追加の情報提供もあるかもしれないし、そもそもこちらは出来たばかりで、連携もまだ弱い組織なのだから。
少し後ろ向きな理由が多いかなと思ったけれど、どっちを向いてもネガティブな考えは浮かんでしまうのだから。
そう言い聞かせて、私はまだ少し不安の残る決定に身をゆだねることにした。




