01:53 走者
痛ましく損壊し、再び炎上の憂き目に合っている王城を背に、タオは亀裂だらけの石畳を身軽に飛び越え笑顔で手を振った。
タオが無事だということは、エアや子供達にも変わりはないのか。
力添えをしてくれた他の皆も。
戦いが終わったわけではない。
まだ楽観できる段階でないことはわかっているが、ひとまず。
ひとまずは安堵の息を吐いて、七騎士としてみっともない姿は晒せないと、立ち上がった。
タオを迎えようと足を踏み出した直後、俺の隣を疾風のごとく駆け抜ける影が一つ。
「隊長に近づくなッッ!!」
サイドテールの金髪をなびかせて、ルイセは抜刀からの流れるような斬撃をタオに浴びせかける。
間一髪、横薙ぎの一閃をタオは腰だめの短剣で防いでいた。
「ル、ルイセ……!? これ一体、なんの……っ」
戸惑ったような顔をしているのは、タオだけでなく俺もそうだったろう。
ルイセの殺意は本物であり、止められてなお刃をタオの腹へ力ずくで押し込もうとしている。
「やめてよルイセっ! フェンサー様もルイセを止めてください! もしかすると、敵に利用されているんじゃ……!」
タオがそう考えるのも無理はない。
歯を食い縛り、痛いほどに顔を歪めるルイセはあきらかに常軌を逸して見える。
「ふぅーッ! ふぅーッ! やっと……っやっと、ここまで来れたんだ……ッ! もうボクは絶対にッ!!」
嗚咽のように絞り出す言葉には、語り尽くせぬ情念が込められていた。
怒りに燃える瞳に涙を浮かべ。
噛みしめた口端には血を滲ませて。
こんなにも必死の形相でルイセが剣を向けている相手がタオなのだ。
それだけわかれば十分だった。
俺は刺突剣を抜くと、ルイセと鍔迫り合いを続けるタオの眼前へ突きつける。
「ルイセに加勢する。タオ、敵はおまえだ」
「えっ、フェンサー様、それはどういう――」
驚愕を演じたのも一瞬。
俺の胸もとに目を向けたタオは、あるはずの物が見当たらなかったからか、視線を横へ流してルイセの胸で揺れる懐中時計に止めた。
「…………なるほど。受け渡していたか」
劣勢を演じることさえ止め、タオは軽く腕を振ってルイセの刀を弾き返す。
片腕で咄嗟にルイセの肩を受け抱えた。
ルイセは一体何度、ループしたのだろう。
小さな体は様々な感情に冒され、震え、いかに心をすり減らしてきたのかわかる。
わかるんだ。
これは俺の姿でもあるのだから。
熟考するほど時間がなかった。
全員の生存を叶えるには、敵の裏をかくにはこうする他なかった。
背負わせた罪悪感や沸き上がる後悔の念を口にしたところで、それで許しを乞うつもりはない。
だから。
「やり遂げてくれると信じていた。……よく頑張ったな、ルイセ」
「……初めて、隊長の見ていた世界を知りました。隊長はずっと、ずっと一人で、あんな……」
「おまえがいてくれた。兵達や七騎士も。一人ではなかったさ。そしておまえにも、俺がいる」
「…………っ」
ルイセと二人、あらためてタオと対峙する。
元シューターを名乗っていたあの男は、死の間際にウォーカーであることが判明した。
早い段階で翼人の像から現れていたのだろう。
どうりでいくら探しても像が一体見つからないわけだ。
本当の元シューター……つまり敵方の“王”であるのはタオ。
あの男に王を演じさせ、自らはそしらぬ顔で俺達の中に潜り込んだ。
……だとしても。
俺にループの手段があることを知っていたとはいえ、時に死亡することさえ厭わず潜り続ける精神はまともじゃない。
タオは空を仰ぎ、喉もとから真っ赤な得物を引きずり出した。
矢ではなく、それは歪な形状の剣に見える。
剣先でゆっくり半円を描きながら、タオはそれを足元まで下ろす。
「久しゅうございます、ライベルク王。いや……今は誰とも知れぬ者に成り代わられてしまったのでしたか」
グラジオラスの咲く中庭で、敵の王に選ばれたのはシューターだったと、ライベルクはたしかに助言を残してくれた。
宝物庫で死んでいた現在のシューター、スカイはその代替として補充された人員だと。
そして元シューターを語る男が現れ、奴は俺達の猜疑を一手に引き受ける。
俺はライベルクの言葉通りに奴を疑い、敵の王だと誤認した。
弓兵に成りきるタオはスカイへの想いを演じ、そこへ執着するような男の行動が合わさり、こちらが勝手に対立を誤解するには都合のいい真実が織り混ざる。
“主”に向ける“ウォーカー”の複雑な感情が。
いわば多重に施されたプロテクトが俺達の目を欺き続けた。
ルイセが現れなかったら、あっけなくここでタオに殺されていただろう。
「おまえは絶対に、最後まで隊長だけには自分の正体を明かそうとしなかった! ここで何度、手が届かずに――ッ!」
ルイセの刀が、タオの持つ奇怪な剣に激しく打ちつけられる。
ルイセと同室なのだと語っていた表情など微塵も浮かぶことはなく、長いまつ毛に覆われたタオの瞳がルイセを見下すように細められた。
思い返せば、暗号文で綴られた手紙をルイセに渡そうとしていたのもタオだったはずだ。
事実を知ったルイセの心境は察するに余りある。
「下がってください隊長!“オニヤンマ”ッ!」
刀を虚空に振るうルイセ。
あの男や竜と同じく周囲に壁でも見えたのか、タオは辺りを一瞥した。
「……人の想像力には限界がある」
つまらなそうに呟いて、タオが雑に赤黒い剣を振り払う。
タオの四方にソニックブームのごとき衝撃波が発生し、慌ててルイセを腕の中へ匿った。
鼓膜が破けそうな轟音と爆風がワンテンポ遅れて届き、ルイセと二人まとめて後方に吹き飛ばされる。
城壁へと叩きつけられ、迫り上がる肺の空気を吐き出す。
「はッ――がはッ! く……くそ……ッ!!」
「人間の想像を凌駕するのが化物だ。このような幻、たとえ実際に存在したとて障壁になるとでも?」
初見殺しは通じない。
どうする。
“ヤナ”を再使用するにはまだ早すぎる。
「はあ、はあ、ルイセ、最後に目覚めたのは何時何分だ?」
「……ついさっき、1時50分です」
タイムリミットは2時だと決めつけていた。
理由は竜の存在だ。
だが竜を打ち倒した現在なら、まだやり直すことが可能なのではないか?
いや……よく考えろ。
そんな賭けに出られる状況か。
懐中時計に使用回数があることは、あの男も示唆していた。
甘えた希望なら持つな。
もうやり直しはできないと覚悟を固めたはずだ。
「策は尽きたのか? 見たところ、どちらも火傷に裂傷、骨や内臓もおそらく相当の部位を痛めている。満身創痍。それで、たった二人でどう妾と戦うつもりだったのだ」
策がないのは事実。
腕に抱きかかえたルイセを見下ろしても、特になにかを考えてるようには見えなかった。
「隊長……これまでにも何度か竜を打ち倒せたことはありました。でも2時を迎える頃には、どう足掻いてもタオや化物にみんな殺されてしまって……!」
「……そうか」
では、やはりタイムリミットは2時なのだ。
懐中時計は1時50分に至るまでループを繰り返し、その力を使い果たした。
奇跡は枯渇した。
「ルイセ、まだ戦えるか? もう後はない。とくに策も思いつかないが、俺は死力を尽くす」
「隊長が本当はだれなのか……よく知りません。だけど思いは変わらない。ボクは、あなたと共に戦えることを誇りに思います」
「俺もだよ」
仰ぐように俺を見上げ、ルイセは少し微笑んだ。
血生臭い戦場には似つかわしくない、あどけない少女の顔。
初めて出会った中庭を思い出す。
地獄と見紛うこんな場所でも、ルイセがいたから俺は戦ってこれた。
奇跡はなくとも、まだ力を与えてくれる存在がたしかにある。
先に立ち上がり、ルイセの腕を引く。
間合いに入ってもタオは構える様子がなく、脱力した手で気だるそうに剣を下げていた。
夜を背景に浮かぶオレンジに燃えた城。
炎の匂いを含んだ風が、俺達とタオの間を熱く吹き抜ける。
あと少しなんだ。
太陽を。
俺達に、陽の光を
「先に仕掛ける。現在時刻は?」
「1時57分です! ボクもすぐに続きます」
あと3分。
タイムリミットが2時に設定されているというなら、その時刻を超えることができれば何かが変わるかもしれない。
微かな希望を掴み取らんと、刺突剣の柄を握りしめる。
「――ふッ!」
踏み込むと同時の先制。
予備動作なく撃ち出した最速の初撃。
タオだけを見据えた視界に、突如上から下へ赤い閃光が走る。
額を一突きに終わらせるつもりだった刺突は、タオの剣によって叩き落とされていた。
「~~~~……ッ!」
岩でも降ってきたのかと驚愕するほどの打ち下ろし。
腕に残る痺れがその重さを物語っている。
「シューターだったのは前回での話。今の妾は悪鬼羅刹を統べる王」
タオの胸部、体の前面に張りついた十数もの目玉が、一斉に俺を見下ろした。
「いきます」
たった一晩で数えきれないほどの修羅場を潜ってきたルイセの一太刀が、タオの死角となる俺の背後から飛び出す。
鋭い太刀筋を数多の目玉が視界に捉え、タオは労せず剣で受け流した。
あの目玉は、様々な角度から対象の動作を瞬時に見極めている。
人間離れした反応と判断を可能としているのはそのためだ。
「ッ~~っタオーーーーッッ!!」
ルイセとタオが剣戟の火花を散らしている間に、刺突剣を拾い側面から突撃する。
多数の目玉がタオの肩へと移動し、また狙いを読まれる。
「はああッ!!」
練り上げた刺突剣と刀の連携も、対象に傷一つ負わすことができない。
二つの得物をタオは余裕の表情でさばき、返す血色の刃が、受け止めることも困難な重撃でもって身と体力を削ってくる。
汗にまみれて。
血を流して。
血風の中に痛みを忘れて。
手応えのない刺突を繰り返しながら、とにかく死角を探した。
闇雲では駄目だ。
冷静に。
剣が届かないなら、直接触れて内気功を試みる。
タオを中心に渦を巻いて移動し、ルイセと挟撃をしかける。
「おおおおおおッ!!」
最上段から振り下ろされた刀をタオは片手で掴み、剣の柄をルイセの肘に打ちつけた。
ゴキン。とルイセの腕が逆方向に折れ曲がる。
急ぎ、二人を引き離すように刺突で分け入る。
「折れたか!?」
「っ……大丈夫ですッ」
ルイセとの連携が崩れたところを、タオの斬撃に見舞われる。
「ぐっ!?」
肩口から入り込む刃の流れに任せ、身を捻った。
皮膚と肉を斜めに斬り裂いた赤い剣が、地面にびしゃりと血液を叩きつける。
「隊長っ!?」
「問題ない……っ!」
致命傷は避けている。
熱くなりすぎるな。
まだやれる。
今どれくらいの時が過ぎた?
あと何分。
何分耐えればいい。
容赦のないタオの追撃を弾き返し、前へ出る。
退けば押し切られると悟った。
もう一歩。
踏み込めばこの手が届く。
だが蓄積したダメージに、そのもう一歩をどうしても拒まれた。
落ちた膝に絶望し、焦りの中タオを見上げる。
「胸の灯火と共に消えよ、フェンサー」
ここまで来て――
苦々しく歯を噛みしめた俺へ、首を撥ねる軌道で刃が迫る。
タオの剣は、視覚外から飛び込んできたルイセの顔を斬り払った。
金の髪が流れ、血の飛沫が舞う。
ルイセの後頭部しか見えなくても、剣がおそらく眼球の付近を通り抜けたことはわかる。
それもかなりの深さで。
即死――……
「……俺に何度、この光景を――ッ!!」
地につけた膝をバネに、すでに迎え撃つ構えを取ったタオへと飛びかかる。
感情のままに突き出した拳は、ルイセの両腕によって抱き込まれた。
「ボクなら、大丈夫ですから! 落ち着いてください!」
驚いてルイセの顔を見る。
まぶたの上の切傷から出血しているものの、想像よりずっと小さな傷だった。
見誤った?
しかし、呆気にとられていたのは俺だけではない。
「ルイセ……貴様は……」
呟いたタオが、ハッと身を反転する。
地面に幾本もの針が次々と突き立つ。
「……わざわざ集結してくれるとは、丁度良い。教えてやろう。抗えぬ死の運命というものを」
タオの体から目玉がふわりと浮き上がり、夜空に広く展開した。
「……2時まであと1分です、隊長!」




