23:30 祓詞
――宝物庫の前に立っていた俺は、時刻を確認する。
23時30分。
開閉式のチャームを閉じ、時計を懐にしまう。
そして救えなかった男の亡骸を見下ろした。
「ハァ、ハァ……え? そ、そんな! スカイ様!?」
背後から駆けつけてきたタオが、スカイの前へと屈んでその腕を取る。
体温の冷たさと、止まった脈を確認したのだろう。
タオの手から、スカイの腕が力無く滑り落ちた。
「スカイ様が……隊長が……こんな、矢傷で」
スカイ。
強弓隊の隊長で、以前の名はシューター。
死亡の原因は矢傷によるもの。
ライベルクの語った言葉を考えれば、答えは自然と導き出される。
「タオ。強弓隊の……おまえの隊長は、本当にその男で間違いないか?」
「な、それ……どういう意味ですか……?」
スカイが七騎士の――いや“六騎士”の偽物だと言っているわけではない。
スカイは“今代”のシューター。それは間違いないだろう。
ライベルクは言っていた。
敵方の王には六騎士のシューターだった男が選ばれたと。
“元シューター”を名乗る、あの男の言動とも一致する。
「フェンサー様! 何かおっしゃってください!」
こちらの王に選ばれたはずのエアは、皆から王と認識されていない。
おそらく俺というイレギュラーのせいで、この世界を構築するシステムになんらかの弊害が出たと推察できる。
本来の六騎士から、七騎士への改竄。
ライベルクの魂が消えても、ライベルクの肉体を拠り所にする俺は残り、エアが王位に就くことなく六騎士に留まるという混乱が発生した。
「フェンサー様!!」
「……すまない。竜姫を取ってくる」
本当ならば六騎士や兵士達、存在するなら王国の民などの間で人員の大規模な再配置があったのではないか?
でなければ……言い方が妥当かはわからないが“不平等”だからだ。
一見すると狂ったこの世界にも、明確なルールらしきものを感じ取れる。
ルールとは公正を期すために敷かれるもの。
あの元シューターが言うように、勝利者一人しか安寧の世界とやらに招かれないのだとしたら、なおのこと公平さが求められるはずだ。
つまり、本来は人員のシャッフルが行われるはずだったと考える。
しかしそれは最小限にしか行われなかった。
ライベルクの記憶の中で、ルイセが今と同じ一兵士に過ぎなかったことからもそれは窺える。
「――待たせたな。礼拝堂へ急ごう」
「ま、待ってください!」
シューターの抜けた穴にスカイが収まり、ライベルクの肉体を持つ俺を“七騎士”としてねじ込む。
これが今回行われた大まかな処理。
イレギュラーに対する突貫作業のため、王国の兵や六騎士の記憶に障害が生じ、繋がらない脱出路など城内の様々な場所、機能に不備を残した。
このほころびになんらかの突破口を見出だすこと、それこそがライベルクの望みなのだろう。
「ハア! ハア! 待ってくださいってば!!」
そして元六騎士のシューター。
今は敵の王だというあの男。
なにを考えているのかわからない、不気味な男だと思っていたが――
俺は奴の感情の片鱗を、見つけたかもしれない。
全力で裏庭を駆け抜けた俺は、礼拝堂を前にして刀を抜き放った。
「フェ、フェンサー様! どうかご助力をお願いします! ウルフ様がお一人で!」
「わかっている」
兵士に応じた直後、礼拝堂の一部外壁が派手な音と共に吹き飛ぶ。
崩れた壁から飛び出してきたウルフは、未だ彼の帰還を待っていた兵達の姿を目の当たりにして、声を荒げる。
「なにをしている!! 逃げよと言ったはずだ!」
何度となく繰り返してもぶれない姿勢に、今は好意を覚えるほどだ。
自らは傷つきながらも必死に兵達へ怒号を飛ばす男へと、俺は刀を下げて近づいていく。
この場ではまだ、ウルフにもタオにも負荷の大きい竜姫を使わせるわけにはいかない。
「はあ、はあ、フェンサー、貴様なにをしに――」
「ウルフ、あとは任せて下がれ」
「なんだと!? 勝手なことを……!」
礼拝堂がどす黒い肉塊に覆われていく。
肉塊はミチミチと裂け、粘液に濡れた巨大な瞳が出現する。
圧倒的優位から、巨眼は俺達を見下しているようにすら思えた。
「……力を貸してもらうぞ“ヤナ”」
ウルフとすれ違い様に、刀から白布を解く。
「待てフェンサー!!」
「――“顕在しろ”」
天高く放った白布はひらひらと舞い、一条の光となって地へ降り注ぐ。
光は礼拝堂を中心に、素早く地上を円形に駆け巡る。
礼拝堂を囲んだ亀裂からマグマの如く濃霧が噴出し、巨眼は建物ごと白い世界に隔絶された。
立ち込める霧の壁。
その手前に黒髪の少女が一人、佇んでいる。
白いワンピースを着た少女は全身からパタパタと水滴を垂らし、濃霧を背にして俯いていた。
「ハァ……ハァ……フェンサー様、これは……」
「なんだ……その幼子は」
どうやらタオも追いついたようだ。
背後でざわつく皆を振り返る。
「できるだけ姿勢を低くしているんだ。間もなく終わる」
白い洋装の少女――“ヤナ”へと歩み寄った俺は促すように声をかける。
「案内してくれ」
霧へと向き直った“ヤナ”がそっと手をかざすと、濃霧のごく一部が半円状に晴れた。
それは、俺を霧内部の礼拝堂へ通すための道。
「……ありがとう」
俺自身の記憶は依然として戻りはしないが、この少女に礼を言う間柄でなかったことはわかる。
むしろ俺のことは憎んですらいるかもしれない。
それでも礼を言いたくなった。
霧を潜り抜ける際、わずかに面を上げる“ヤナ”が見えた気がした。
「グモオオオオオオオオオッ!!」
結界とも呼べる霧の中では嵐が吹き荒れていた。
外からは想像もつかない暴風と豪雨、さらには雷が鳴り響いている。
視界を奪われた巨眼がやたらめたらに撃ち放つ圧縮された水膜が、分厚い霧と接触しては白煙となって砕け散っている。
たとえ霧を撃ち抜けたとしても、これなら威力は大きく減衰するだろう。
「ブモォッ!! ブモォォォォォッ!!」
それどころか跳ね返った水撃によって自らが傷を負っているようだ。
肉片と木片、石材が一緒くたになだれ落ち、礼拝堂とそれに寄生する化物が共に崩壊していく。
どしゃ降りの雨と体液に濡れた顔を手で払い、刀を霞上段に構えた。
「……“嘆きは、降り止まぬ”」
まるで瞼を閉じるように、巨眼は肉の裂け目に引っ込むと、肉塊がもぞもぞ移動を始める。
外壁を伝い降り、地上へと逃れた奴を追う。
「“烈々たる慟哭に、もはや鎮魂も否なりと解す”」
駆けつつ肉の絨毯を足場にし、跳び上がり、奴の直上から瞳孔めがけて切っ先を落とした。
「“ゆえに絶無――”」
巨眼を深くつらぬき、地面に縫いつけて、波打つ肉塊が動きを止めるまで決して力を緩めない。
やがて断末魔のように一層激しく身を跳ねさせたのち、肉塊はぐたりと活動を終えた。
「“……消失を以て、救いとせん”」
刀を引き抜き、ヒュンと回転させて体液を払う。
霧の中は変わらず局所的な雷雨が渦巻いていて、抜き身の刀を握ったまましばらく雨に打たれていた。
「そう、何度も逃がすと思うか。はあ……はあ……あまり舐めるな」
前回別棟にて遭遇した巨人。
アレをシューターは“ブレイカー”と呼んでいた。
すると、こいつらは六騎士になぞらえた存在だと言えるだろう。
いや……七騎士か。
おそらく以前ここに出現した黒騎士、奴こそが“フェンサー”の代替に違いない。
この目玉が他の六騎士の誰に該当するのかは知らないが、残りの悪鬼は五体だ。
そいつらの出現を許せば、王城の危機を察した竜がまた現れてしまう。
撃破する順序を間違えてはならない。
濡れた刀身を袖で拭い、鞘に収める。
化物の骸は嵐の中へ打ち捨てて、俺は霧の世界を後にした。




