同じにする意味
ゲージを作ると決めたところまではよかったが、問題はその前にあった。
「なんで?」
「……え?」
弥吉に聞き返され、俺は一瞬固まった。
「いや、せやからな。この筒とこの筒、太さ違うやろ」
「違うな」
「長さも微妙に違う」
「せやな」
「せやから揃えたいねん」
「なんで?」
また同じところへ戻ってきた。俺は二本の銃身を見て、弥吉も二本の銃身を見たあと、俺を見る。どうやら冗談ではないらしい。
「……同じ方がええやろ」
「なんで?」
三回目だった。話が進まない。
「なんでって……」
口を開いたところで、俺は止まった。同じにすれば何ができるかは知っている。しかし、なぜ今ここで同じにする必要があるのかなんて、前世では考えたこともなかった。
ボルトを百本買えば百本とも同じ寸法なのが当然で、図面に二十と書けば二十で作る。そこには公差や規格があり、同じ品番なら同じ物が来る。昨日買った部品が壊れたなら、同じ品番をもう一度買えば同じように取り付けられる。それが製造業というものだった。
けれど、なぜそうするのか。
十歳の身体になった俺は、人生で初めてその問いにぶつかっていた。
「ほら」
弥吉が一本を持ち上げる。
「こっちはこっちで出来とるやろ」
「まあ」
「こっちも出来とる」
「うん」
「ほな、ええやん」
言われてみれば、その通りだった。二挺とも鉄砲として完成するし、太い方には太い方に合わせて部品を作り、細い方には細い方に合わせて作ればいい。台木も金具も一挺ごとに合わせ、最終的に良い鉄砲になればいい。この工房では、それが当たり前なのだ。
「でもな」
俺は食い下がった。
「例えば、こっちの金具を外して、こっちに付けたい時あるやろ?」
「なんで?」
四回目。
「なんでって……壊れた時とか」
「壊れたら作るで」
「新しく?」
「そらそうや」
「同じの作っといたら、すぐ替えられるやん」
「壊れるか分からんもん先に作るん?」
「……」
強い。弥吉が強い。
俺は現代の常識で殴っているつもりなのに、全部普通に返される。考えてみれば、在庫を持つにも金がかかるし、鉄だってただではない。大量に同じ物を作って大量に売る仕組みがあるからこそ交換部品を用意する意味が生まれるのであって、その仕組みがないところで「予備部品を作れば便利」と言っても、単に使うかどうか分からない余計な物を作っているだけだ。
「ほな、いっぱい作る時は?」
「何を?」
「鉄砲」
「いっぱい?」
「百挺とか」
弥吉が笑った。
「誰が作んねん」
「……せやな」
俺の理屈が、ことごとく前提から崩れていく。弥吉は笑いながら仕事へ戻った。
「若旦那、変なこと考えるなあ」
「俺がおかしいんかな……」
「知らんけど、手ぇ空いとるなら炭持ってきて」
「はい」
未来の生産技術者は、炭を運ぶことになった。
◇
炭を運びながら考えた。俺が間違っているわけではないし、同じ物を作ることには間違いなく価値がある。ただ、その価値は単独で存在しているわけではない。
大量に作り、複数人で作り、部品を交換し、修理し、在庫を持ち、別の場所で作った物同士を組み合わせる。そういう仕組みとつながって初めて、規格化の強みが出てくる。技術は一本の梯子ではなく巨大な網のようなもので、一ヶ所だけを引っ張っても、周りが動かなければ全体の形は変わらない。
そこまで考えたところで、俺は別のことに気づいた。もしかすると俺は昨日からずっと、「同じ物を作る方が優れている」と思い込んでいたのではないか。
「虎松」
声が飛んできた。
「はい」
「炭」
「あ」
「持ったまま何しとる」
「考え事」
「置いてからせえ」
源兵衛だった。
言われた通り炭を置くと、親父は作業台へ戻り、一本の銃身を手に取った。昨日見た、出来のいい一本だ。指を表面に滑らせ、途中で止めると、鑢を取ってほんの数回動かし、また同じ場所を触る。
「親父」
「なんや」
「それ、ええ筒なん?」
「悪かったら触っとらん」
「どこがええの?」
源兵衛の手が止まった。
「急に何や」
「知りたい」
親父は少し考えてから、銃身を俺に渡した。
「持ってみ」
受け取ると、ずしりと重かった。
「……分からん」
「せやろな」
「教えて」
「まず鉄がええ」
「鉄?」
「鍛えても素直や。変に割れへん。火ぃ入れても暴れにくい」
そんなところから違うのか。
「ほんで、巻きもええ。継ぎ目も悪ない。穴も素直や」
「太さは?」
「太さ?」
「これと同じ太さにしたら、他の筒もええ筒になる?」
源兵衛が俺を見た。
「ならん」
即答だった。
「なんで?」
「鉄が違う」
さっきまで弥吉に「なんで」と聞かれていた俺が、今度は同じ言葉を親父に返している。
「鉄が違う?」
「こいつはこの厚みでええ。別の鉄なら、もう少し肉残した方がええ時もある」
「でも同じ方が作りやすいやろ」
「作りやすいから何や」
「……」
また止められた。源兵衛は俺から銃身を取り返すと、作業台へ置いた。
「虎松」
「うん」
「お前、なんでさっきから同じにしたがる」
「その方が……」
便利だから、作りやすいから、交換できるから、いっぱい作れるから。頭の中にはいくつも答えが浮かんだが、どれもこの工房ではまだ必要とされていないものだった。
「ええ物作るんが仕事やろ」
源兵衛が言った。
「同じ物作るんが仕事ちゃう」
何も言えなかった。親父は正しい。少なくとも、今の榊屋では。
◇
それから数日、俺は「同じ」という言葉を口にしなくなり、代わりに工房そのものを見ることにした。源兵衛を見て、弥吉を見て、他の職人たちを見ながら、誰が何をしているのか、何に時間がかかっているのか、どこで失敗するのかを観察する。
前世でも、改善を始める前に現場を見ろと言われていた。現地、現物、現実。知っていたはずなのに、転生した途端に全部すっ飛ばして答えを出そうとしていたのだから恥ずかしい。十歳だから許してほしい。中身は四十過ぎだけど、そこは忘れよう。
「若旦那」
「ん?」
「さっきから何見とるん?」
弥吉だった。
「仕事」
「手伝えや」
「見とるのも仕事や」
「誰が言うた」
「前の……」
危ない。
「夢で聞いた」
「便利やな、若旦那の夢」
「俺もそう思う」
仕方なく手伝いながら、それでも観察を続けていると、一つ気になることがあった。
工房の端に、まだ職人と呼ぶには若い男がいる。俺よりは上だが弥吉よりずっと下で、名前は佐吉という。朝からずっと一つの金具を削っており、削っては弥吉に見せて「まだや」と言われて戻り、また削って見せれば「ここ」と指摘され、さらに削ったところで今度は「削りすぎ」と言われて肩を落としている。作業台の端には失敗した部品が置かれ、その隣にも似たような部品が二つ転がっていた。
「弥吉」
「なんや」
「佐吉、いつもあんな感じ?」
「まあな」
「何回くらい見に来る?」
「知らん。何回もや」
「弥吉が?」
「俺か親方やな」
「その間、仕事止めるん?」
「そら見る間はな」
なるほど。
俺が見ている間にも、佐吉は次の材料を手に取っていた。また最初からだ。
「佐吉」
「はい?」
「ちょっとそれ見せて」
失敗した部品を受け取って確かめてみると、形そのものは単純だった。問題になっているのは幅らしく、削り足りなければ入らず、削りすぎれば緩くなる。
「これ、どこまで削ったらええか分かる?」
「……弥吉さんがええ言うまでです」
ですよね。
「弥吉」
「今度は何や」
「出来のええやつ一個貸して」
「何すんねん」
「ちょっとだけ」
「削るなよ」
「削らんわ」
完成品を一つ借りて、失敗した部品と並べる。そこでようやく、俺の中で昨日から引っかかっていたものが一つにつながった。
銃身を全部同じにする必要なんてない。鉄砲を全部同じにする必要もない。ただ、佐吉が今作っているこの一個だけなら話は別だ。
「弥吉」
「ん?」
「これと同じ幅の隙間、鉄に作れへん?」
「隙間?」
「こう」
端材を持ってきて、墨で形を描く。
「これが入るようになるまで削る」
「……また同じにする話か?」
「ちゃう」
俺は首を振った。
「佐吉が、いちいちお前呼ばんでもええようにする」
弥吉の顔が少し変わった。俺が「揃える」と言ったときには見せなかった顔だ。
「俺を?」
「うん」
「呼ばんでええ?」
「たぶん」
「……それやったら」
弥吉が佐吉を見る。佐吉もこちらを見ていた。
「ちょっと作ってみるか」
昨日まで俺は「同じ物を作りたい」と言っていたが、そんなものは誰も必要としていなかった。今日は違う。弥吉の仕事を減らし、佐吉が一人で判断できるようにする。そのために同じ物を作れるようにする。
順番が逆だった。
◇
端材に切れ込みを作り、弥吉が鏨で大まかに落としてから鑢で仕上げていく。完成品を何度も当てながら、少しずつ隙間を合わせていった。
「こんなもんか?」
「もうちょい」
「お前が言うな」
「なんでや」
「分からんのやろ」
「……はい」
最後は弥吉が自分で合わせた。
「これやったら同じ幅や」
出来上がったのは、小さな隙間を持つ一枚の鉄片だった。俺が前世で知っていたものとは、似ているようで少し違う。これはまだ規格でもなければ、榊屋の標準でもない。たった一つの部品を作るためだけの、ただの道具だ。
「佐吉」
「はい」
「削ってみ」
佐吉が部品を削り始めた。何度か鑢を動かしたところで、いつもの癖なのだろう、弥吉の方を見る。
「俺やのうて、それ見い」
弥吉が鉄片を指差す。佐吉は恐る恐る部品を隙間へ当ててみたが、まだ入らない。
「まだ太い」
「はい」
もう一度削って当てる。それでも入らないので、さらに少し削って確かめる。何度か繰り返したところで、部品がすっと隙間に入った。
「あ」
佐吉が弥吉を見る。
「これでええんです?」
「見せてみ」
弥吉は部品を受け取り、指で触りながら完成品と比べた。
「……まあ、ええんちゃうか」
佐吉の顔が明るくなり、見ていた俺まで嬉しくなった。
「これ便利やろ」
思わずそう言うと、弥吉は鉄片を手に取り、表と裏を確かめてから、もう一度佐吉を見る。
「便利いうか……こいつに任せられる仕事、増やせそうやな」
その言葉を聞いて、俺は黙った。
俺は「同じ物が作れる」と考えていたのに、弥吉は「佐吉に任せられる」と考えた。見ているものは違う。それでも、結果は同じところへつながっている。
「なあ、若旦那」
「ん?」
「これ、他のにも作れる?」
心臓が跳ねた。それでも今度は、すぐに「作れる」とは言わなかった。
「……いる?」
「全部はいらん」
弥吉が笑った。
「佐吉がよう失敗するやつだけ」
「ほな、それだけ作ろか」
「せやな」
俺も笑った。
たったそれだけのことだった。工房は何も変わっていないし、銃身は相変わらず一本ずつ違う。職人たちは自分の手と目で鉄を仕上げており、明日から突然、鉄砲を大量に作れるようになるわけでもない。それでも、昨日まで弥吉に聞かなければ作れなかった部品を一つだけ、佐吉が一人で作れるようになった。
俺が知っている「標準化」と呼ぶには、小さすぎる変化かもしれない。けれど、それでいい。
俺は少し勘違いしていたのだ。未来の正解をこの時代へ持ってくればいいと思っていたが、この時代にはこの時代の困り事がある。それを一つずつ見つけて、俺の知っているやり方が使えそうなら少し借りる。それくらいから始めればいい。
「若旦那」
「ん?」
「これ名前あるん?」
弥吉が鉄片を振った。
「……ゲージ」
「げえじ?」
「いや」
やめておこう。
「知らん」
「お前が考えたんやろ」
「名前まで考えてへん」
「ほな『当て金』でええやろ」
「雑やなあ」
「分かったらええねん」
なるほど、それもこの時代のやり方か。
「ほな、当て金で」
こうして榊屋に最初のゲージが生まれた。それは規格を作るためでも、大量生産を始めるためでもなく、一人の若い職人がいちいち先輩を呼ばなくても仕事を進められるようにするための道具だった。
前世の俺なら、それを改善と呼んだだろう。今はまだ、そんな大げさな言葉はいらない。佐吉は嬉しそうに二個目の部品を削り、弥吉はもう自分の仕事へ戻っている。その光景を眺めていると、昨日より少しだけ仕事が楽になったことが分かる。
まずは、それでいい。




