186.8章 - 第1話 ”秘密の皇帝”
帝冠勲功授与式、そしてその直後の“黄金の間”での襲撃事件から一夜明け。
私達は、迎賓館“星の家”の1階、華やかなダイニングホールで副統括の4人を含むうちの子達と一緒に遅めの朝食を終え、ゆったりとした時間を過ごしていました。式典も終わったので今日にはもうここを出なければいけないと思っていたのですが、もうしばらく逗留して欲しいと、館長のソブレロさんに引き留められています。
どうにも訳ありな雰囲気を感じ取り、どこかのタイミングでこちらへ連れて来られないテイムモンスターの子達との触れ合いタイムを設けなければと内心考えつつも、当然了承したわけですが。
「昨日は本当に」 「色々ありましたね」
「はい……。ですが、よもや貴族まで……憑りつかれて……いえ、ミ=ゴの使役体に入れ替わられて……いようとは」
「お城の警備も厳重になっているみたいですし、今日は大人しくしていた方が良さそうですね」
ルナリスと紗雪が、それぞれ私の天使と堕天使の身体に寄り添い、窓の外に広がる帝城の庭園を眺めています。
平穏に見える庭園ですが、昨日の今日です。遠目に見える衛兵の数は明らかに増えており、物々しい空気が漂っているのが感じ取れます。
そんな折。控えめながらも確かな芯のあるノックの音が、重厚な扉から響きました。
「失礼いたします、ナオ様。館長のソブレロでございます」
「どうぞ」
許可を出すと、静かに扉が開き、白髪を撫でつけた初老の館長、ソブレロ=エミリオさんが姿を現しました。
いつも通りの完璧な所作。ですが、その表情には普段の柔和さとは違う、張り詰めた緊張感が漂っています。
「お寛ぎのところ、誠に恐縮でございます。……あるお方より、ナオ様と眷属の皆様へ。極秘裏にご面会を希望いただいております」
「面会、ですか?」
「はい。……他ならぬこの『星の家』の、真の主たる御方からのご要望にございます」
彼が「真の主」と呼ぶ存在。
それすなわち考えるまでもなく。
「このような格好で大丈夫でしょうか」 「もちろん私共は、いつなんどきでも」
「ありがとうございます。もちろんそのままで結構にございます」
ソブレロさんが深く頭を下げ、扉の脇へと退きます。
招き入れられた人物が、静かに部屋へと足を踏み入れました。
「急な訪問、許してほしい。……昨日の今日で、貴女たちも疲れているだろうとは思ったのだがな」
現れたのは深い緋色に金糸の刺繍が施された、軍服を思わせる凛々しいドレスに身を包んだ少女。いわゆる軍ロリ、ミリタリーロリータと呼ばれる類のお洋服。
しかしてそのお顔は……緩やかな縦ロールの金髪。知的な光を宿す青い瞳。
御召し物こそクリーム色のデイドレスでも、高級な生地で仕立てられた給仕用のお洋服でもありませんが、私達の帝都観光を案内してくれたソフィア伯爵家令嬢、その人。
「リリエラ……さん?」
「ええ。……だが、今はこう名乗るべきであろうな」
彼女は、ソブレロさんが音もなく扉を閉め、魔術的な遮音結界が起動したのを確認すると、私達に向き直りました。
その顔から、親しみやすい『世話係にして案内役』の笑みが消え。代わりに、統治者特有なのでしょうか、圧倒的な『覇気』が立ち上ります。かつて私が呑まれた、アレイスター王国クロウリード王の邪気にまみれた悍ましさとは全く異なる、清冽なる覇気。
彼女の隣に控えたソブレロさんが、恭しく告げました。
「ご紹介させていただきます。……ミドガ帝国、皇帝陛下にあらせられます」
「ふふ……まあ、お忍びの姿というやつよ」
その紹介を受け、リリエラさん――いえ、皇帝陛下は、優雅に、しかし堂々たる動作で鷹揚にうなずきました。
「少し、説明も必要であろうな」
すっとひかれた席に座り、話し始める彼女。
「余には他にも秘すべきことがあっての。真の姿を隠しておる。この姿もまた一つの偽りという事になるが、許せ。その内お主らには明かすことになるやもしれぬが、今はまだ……な。大方予想はついておろうが、ソフィア伯爵家には本当のリリエラという娘がおる。余のこの姿の影武者として、奉公している者だ。余がこの姿でうろついている間は姿を変え、隠れてもらっているという寸法よ。そのような時間は存外少ないがの」
って、そこまでは明かさなくても。と思いつつも、黙って聞きます。
「この数日の事はお主らを少しでも、余自らの目で見極めたいと思ってな、許してくれ」
「とんでもございません。当然の事でございます」
帝冠勲功授与式の時に、こっそりと語りかけられた言葉。おそらく変声機のような機能が甲冑にあるのでしょう。声質は異なりますが、言葉遣いは明らかに、リリエラさんとしての姿で私達と接していた時のものを意識されていましたから。万に一つに過ぎない、正直なところ十中八九勘違いであろうと思ってはいましたが。
「ふふ、そうか。遅れてすまなんだ、まずは礼を言わねばな。黄金の間での一件。実に鮮やかであった。感謝する」
「もったいないお言葉です」
席を立って礼を返すべきか悩みつつ、まずはとにかく、朝食を終えたダイニングテーブルでそっと首を垂れる私達。
「……うーむ。いや……しかしリリエラとしてというのも中途半端じゃし……とはいえまだ……えぇい、まだ我慢するのじゃ、うむ」
どうしたのでしょう? 何やら葛藤するようにうんうんうなりながら、私達を見つめるリリエラさん……いえ、皇帝陛下。
「とりあえずじゃな……名前はリリエラと呼ぶが良い、うむ。あ、さまは不要じゃぞ、様は無しじゃ」
確かに、万が一誰かに見られた時に違和感を覚えられるのはまずいですか。
「ではお言葉に甘え、これまで通り、リリエラさんと」
「うむ。話し方もこれまで通りでな。……コホン。この部屋は遮音結界があり、この『星の家』の者の事は信じております。何せこの敷地から出る事すらなく尽くす忠臣達ですから。ですが、この後お話しする事情もあります。今はもう、どこに『耳』があるかわかりませんの。……ええ、これまで通り『リリエラ』として振る舞うのが、互いに安全ですわ」
あ、皇帝陛下。もとい、リリエラさんも、話し方を戻されるのですね。
「他でもない、頼みがありまして、お時間をいただきましたの。ミドガ帝国は長い歴史の中、”彷徨いの樹海”に巣食う勢力の脅威にさらされておりましたわ。”ミ=ゴ”、古き文献には星の彼方より飛来した本質においては『菌類』に近しい知的生命体、あるいは『外なる神』の眷属と記されています」
「菌類……ですか?」
「ええ。ですが侮ってはいけません。奴らは魔術とも異なる高度な技術体系を有しています。生体改造、精神支配、そして……『擬態』。そうした特性も有しながら、その上極めて貪欲に知識を吸収し、魔術も含むあらゆる技術体系を取り入れる。それは、自らの在り様すらも柔軟に改造しながら行われる、進化そのものですわ。ためらう事なく生体実験を経て、ね。少し長い話になります。ソブレロ、お茶とお菓子をお出しして」
ミ=ゴ、それについても現実で手に入る情報やナコト写本の知識は紗雪に調べてもらい、予習しました。
彷徨いの樹海での一件や、課せられた禁忌級(☆8)クエストから、関与はもはや疑うべくもない状況。
さすがに以前のように無知なまま後れを取るようなわけにはいきませんからね。
もちろんSEO内外で設定が違う事は当然。あくまで予備知識程度。素直に内部で得られる情報には耳を傾けます。
なお、調べたことを簡単に思い返すと――要するに、マッドサイエンティストな菌類又は甲殻類型の、侵略系宇宙人。
それも、邪神ヒャッハー万歳系の。
暗黒星と呼ばれる外宇宙から飛来する知的生命。簡単に言ってしまえば宇宙からの侵略者。その姿は甲殻類風とも、菌類とも言われる。
人類の水準をはるかに凌駕する科学技術を擁し、それでいて地球で得られる新たな知識や、技術。そして鉱物などの資源に貪欲。
彷徨いの樹海で見せつけられたように、知的生物の脳髄を摘出し蒐集もする。
さらに、人類との交渉を行う事もある。
お互いはテレパシー。SEO的に言えば私たちも使っている念話のようなもので会話するらしい。
あの村の様子のおかしかった、元・村人たちも、まあそういう事だったのでしょう。これら情報をお勉強して、あてはまるところは多そうに感じた者でした。
頭が痛くなること限りありませんが、邪神を信奉し、まさに私たちが関わらざるを得なかった、ヨグ=ソトースやナイアルラトテプとも、関わりが深いとする説もあるとの情報もあり。私としては捨て置く事もできないと気持ちを新たにした次第でした。
さて、そんなミ=ゴに関わる皇帝陛下直々のお話。何が飛び出す事やら……。




