185.7章 - 第26話 ”黄金の間の変事”
玉座の間での厳粛な儀式が終わりを告げると、賓客たちはミスリル銀製の優雅な部分鎧を制服の上に着装した、近衛騎士団の誘導により、城の西翼へと続くなだらかな回廊を歩み始めました。移動先の『黄金の間』は、祝祭と歓待のために設えられた広間。天井から床まで、黒地に深紅のダマスク織のバロック模様が施された布地と、磨き上げられた金箔の柱や彫刻で覆われています。壁の随所には、ミドガ帝国の歴史なのでしょう、戦の勝利、神々しい光さす自然、雄大な山々を背景に空を舞う竜等々をモチーフとした巨大なタペストリーが掛けられ。空間に物語的な奥行きを与えていました。
『さすがに、歴史の違いを感じますね』 『悠久の楽園もいつかゆっくり時間を作って飾り付けたいですね』
『タペストリーの絵画とかでしたら、アメティスタ達が大喜びでナオさんと私達の活躍を、神話物語のように描き出してくれると思いますよ?』
う……それは、ちょっと遠慮願いたいような。ただでさえ恐れ多くて近寄れていない、私達が中心に祀られてしまっている神殿もありますから。
『ナオ……様、皇帝陛下のお傍……へ?』
『はい。一応そのように仰せつかっていますからね』 『とはいえ、いきなり押し掛けるというのも……』
式典で大綬章を直接賜る折、囁かれた歓談の始まり。つまり、この黄金の間での立食形式の晩餐の始まりに。という事のはずなのですが。
広間を照らす無数の燭台と、天井に埋め込まれた魔導灯のシャンデリア。中央のダンスホール部分を除き、床一面に敷き詰められた深紅の長毛絨毯を照らし、足音とともに、喧騒の反響も吸い込んでいます。
外縁には、バイキング形式の料理が多数。スパイス豊かなミドガ帝国、特に栄えているこの帝都名物の料理はもちろん。来訪者が伝えたと思しき現実風の料理まで取り揃えられており、異文化交流の進み具合を見せつけられるようです。
上座にあたるのでしょうか。3階建てに迫る高さがありそうな天井に対し、入り口から見て奥だけは手すりのついた2階部分が設けられ、両側の緩やかな弧を描く階段で行き来ができるようになっています。向かって左側壁は一面が硝子となっており。夕暮れに染まる庭園にやはり魔導灯が多数、花々を美しく見せるよう配置され。これまた一つの芸術作品で目を楽しませています。
移動もそろそろ終わるという頃。そっと、近衛兵の方が私達の傍に近寄り。
「どうぞ、こちらへ」
と、奥へと私達を案内します。なるほど、先方から居場所は用意してくださるようですね。さすがになみいる貴族の方々を差し置いて、勝手にずんずん奥には進みづらかったですから、本当に助かりました。
見れば他にも何組か、それとなく奥へと、近衛や侍女たちに誘導されている方々が。
そうして密やかに移動と会話が進む中。儀典官というのでしょうか、の口上が響き渡ります。
「豊穣なる大地の恵みと、勲の勇士らを深く言祝がんがために、今、帝冠を戴きし我らが君――ミドガ皇帝陛下、御入来にございます!」
2階部分へと、ゆっくりと姿を現す全身甲冑姿の皇帝陛下。
暗めの紅色とオリハルコンの金色は、まさにこの”黄金の間”にあっても大変に似つかわしく。帝都を象徴する色彩である。と、主張しているかのよう。
そうして皆が見上げる先。皇帝陛下が声を発しようとするその瞬間。
『ナオ……様、後ろ、敵』
完全となった”☆9 星のきらめきのティアラ”の邪念感知で感じ取った害意を、同じく意思伝達を介し、私達に直感的に共有すると同時に、魂核の念話でも言葉を飛ばすルナリス。
疑問をさしはさむなどあり得ず、盲目的に従い、天使体を瞬間加速。
式典からずっと展開したままの翼の補助もあり、瞬時に超高速の飛翔に至った私。極まったAGIがもたらす動体視力が振り向きざま、壁際から斜め上方。まさに皇帝陛下に向かって飛来する複数の銀光をとらえる。
形状は短剣。が、その柄尻には禍々しい魔力を放つ魔核が収められ、飛翔する間にもどんどんと、魔力の放出を高めて行っている。見るからに危険物。込められた魔法は不明ながら、おそらく魔力的な爆弾のような物。
なら。
超高速域の戦闘に慣れ親しんだ目が正確にとらえた合計16本の短剣。
双短剣に神炎を纏わせ。
さあ、久しぶりの全速全開、高速飛翔ですよ!
戦闘行為やレベルの上昇が当たり前のSEOの世界の中と言えど、ドレスの桜色の残影を視認できたものは果たして何人いたか。重ねに重ねた強化効果に、翼を傷める自傷すら厭わず。曲芸飛行というよりも、もはや、跳ね回ると表現した方が的確な、超速飛行を繰り出す私。
さらに神炎の発動に魔力も消費し、賜ったばかりの“☆7 憐憫の金鎖”も速度、制御、両面を後押しをしてくれている。
飛翔、瞬間加速、接触発動、神炎。
すれ違いざまの撫で斬りに蒸発する爆裂短剣。
瞬間加速
逆方向へ全力展開、強烈な加速度の変化と、鋼鉄の壁のように襲い掛かる風圧に翼が捻じれ折れる。
接触発動、光輝、治療魔術、飛翔。
逆方向へ跳ね飛びながら折れた翼を治療。
逆手に身を回しながら、接触発動、神炎。
2本目を蒸発させ! 次!!
滅茶苦茶な軌道の転換に体中の骨がきしみ、折れるのを都度光輝魔術で治療し。
「十六本!」
最後の1本を神炎で蒸発させ、ミッションコンプリート!
さらにその時には。
そびえる氷の壁。
黄金の間の出入り口、皇帝陛下の周り、二重の氷壁が立ちはだかる。
堕天使の身が発した灰白色の炎による、遮断のデバフ、通過を禁じ、触れたならばひとたまりもなく氷結させる、氷封の壁。
ルナリスと紗雪もまた、皇帝陛下を中心に、空中で左右にゆるく展開。
周囲の警戒に努めている。
「想像をはるかに超えてくれるな、ナオ殿。助力感謝する。アンブロシウス辺境伯へ報告を上げた、“アレ”をこの場に留めてもらえぬか?」
私が張ってしまった氷の壁越しに声をかけてくる皇帝陛下。
うん、やっぱり、そういう事ですよね。さすがにこの場とは思いもしませんでしたが。
「承知いたしました」
天使体で油断なく身構えたまま、堕天使の身で返事をし、念話でルナリスと紗雪には間違いなく伝わるように。
『”☆7 深淵の封輪”、”孤絶封界”発動。展開領域”黄金の間”。対象”ミ=ゴの使役体”』
「捕らえました」
正確にはこの広間の中から出られないように、領域を展開したというだけですが。
初発動でいきなりの実戦となりましたが、黄金の間のちょうど壁に沿うように、目を凝らせばわかる程度の歪みが幕のように張っているのが見えます。領域を狭めた事で、多少の魔力は持っていかれましたが、この堕天使の身の元々の魔力からしてもそこまで大した事の無い消費。少なくとも領域を縮小する分には、使用に支障はありませんね。
そしてこれもまた、デバフ、阻害系の魔術とみなされるようで。私の各種特性がもりもりに乗っており、容易に抵抗など許さない、効果強度を発揮しているのを実感します。
あわせて、出入り口を封鎖していた灰白色の氷炎と、氷を解除すると。
「全く、自傷行為はいただけないが、あの時よりも格段と強くなっているではないか」
ええ、式典にも顔を出しておらず、受賞者に名前も連ねていなかったので違和感がすごかった、このお方。
帝国騎士団長シャーリィ=ミゼルクラスさんがロングの金髪に、いつもの黒赤のドレスアーマーを身に纏い、堂々と姿を現します。
その後ろには、着物ドレスと呼ぶべきでしょうか。以前の純和風の着物スタイルから、大分と洋風に染まりつつ自分のスタイルを崩さない、綾さんが。打刀を腰に履き、自然体で歩を進めてきました。
そこからは鮮やかな物でした。私が展開した領域を識別機として、庭園側へと順に参加者達を逃し。
一人の男爵が通過しようとしてはじき返され。あまつさえ、その延髄あたりから気色の悪い触手をうごめかせる寄生体、”ミ=ゴの使役体”が姿を現すに至り。総勢20を超える貴族、使用人、果ては騎士団員が強烈な魔力を放射。
自爆のつもりだったのでしょうが、私達が手を出すまでもなく。
シャーリィさんと綾さんが瞬速の剣劇で首と寄生体を粉微塵に切り刻み収拾をつけてしまいました。
2人の抜剣、抜刀、私の目ですらまともに見えなかったのですが? 内心相当強くなったと思っていましたが、上には上がいると……。
その後、使用人の一人に至るまで全員が私の展開した領域を抜け、潔白を証明した後。
宴の開始を皇帝陛下が宣言。
居並ぶすべての者達もその言葉に、まるで何事もなかったかのように、立食のパーティーを楽しみ始めたのでした。
その豪胆というか、何というかな様子に私達も警戒をいったん解き。
死体もいつの間にか、魔法のカバンも活用し、シャーリィさん配下の騎士団員らしき方々が片付けてしまいましたね……。
祝宴を大いに楽しむのでした。




