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16.第16話 ”月光の下で”

「なんとか、ぎりぎりもちましたね」


 銀の姫をお姫様抱っこで洋館に運び込み、二階の寝室にあるベッドに寝かせたところで、私のMP残量は約3%。活動限界まで残り数分といったところですか。

 ログアウトこそ不要ですが、私も眠らないわけにはいかないので一通り安全確認をしたら、睡眠をとります。


 ゲーム内で睡眠というのも変な感覚ですが、もうこれが自然に感じるようになりましたね。

 “4倍加速”なので、現実との二重生活の方々は少し苦労しているらしいです。

 肉体時間に合わせたいものの、精神活動としては実際4倍の時間の中で過ごしているので、長時間連続ログインする場合は内部時間に合わせて、多少仮眠をゲーム内でとったりする事も、必要になっているらしいです。


 この洋館は、家具も最低限という感じで、あまり見るべき所もありませんでした。緊急時の隠れ家として運用していただけなのでしょうね。

 姫が起きた時のために、念のため書置きと、託されていた手紙をサイドテーブルに置いて……顕現体解除。

 視界が姫の首元に移動したのを確認し、お休みなさい。



 ◇  ◇  ◇



 もぞもぞ ゆらゆら


 不規則に揺れ動く感覚に、目が覚めます。

 窓から差し込む月の光に、時間を確認すれば、まだ内部時間で午前2時。

  MP残量が40%ほどまで急激に回復しています。


「ん……ふぅ……」


 かすれるような小さく抑えられた、甘く鼻にかかるような声。

 小さく抑えられた、ベッドの上で姫があげる、かすれるような、声。


 もぞもぞ ちゅぷ くちっゅ……

 ん、んん!?


 薄いレースの長手袋に包まれた彼女の指はドレスの中に隠れていて


「あ……ふ……ぅ」


 ぴちゃ……ぴちゃ……


 あ、これ見たらあかんやつ……。

 そうですよ、体の汚れは”光輝魔術”できれいにできましたが、低レベルの私の魔術では魔薬の除去は当然できず……。


「ふ……ふぅ……ナオ……様……ナオ様ぁ……どうか……おなさけ……を」


 姫の大変にあれなあれを、目をつむり耳だけで聞いてしまって、いけない気持ちがむくむくと……


 って、早く解毒して差し上げなければ、託された品に明らかにそれらしいものがありましたからね!

 そうと決まれば”実体顕現”!


 月明かりに照らされたベッドの上、軽く宙に浮いて、純白の天使が舞い降りますよ。

 インベントリから”☆7 最上級-状態異常除去薬”を実体化すると、神秘的な黄金に輝く液体を湛えた、彫刻の施された美麗な瓶が。

 よし、今飲ませてあげますからね。


 視線を移せば、しどけなく四肢を投げ出し、薄布を幾重にも重ねて形作られたドレスに、汗に濡れる肌をさらす、銀髪に蒼銀の目を揺らす、姫のあられもない姿。

 この世のものとは思えぬ魅惑の香りに、思わずクラリとベッドに倒れこむ私。

 姫と天使の胸の先端が互いにこすれ、痺れるような快感が駆け巡る……


 ぎゅっ


 慌てて上空に離れようと、翼にも力を入れたところを、力なくぎゅっと、服をつかまれ

 抵抗する気力もなく姫に覆いかぶさるように引き寄せられる

 思う以上の懸命さで足が絡められ、脚の付け根の熱が……伝わり合い……



 ◇  ◇  ◇



 月下の美人とはまさに彼女の事なのでしょう。

 白磁の肌を耳まで真っ赤に染め、斜めにベッドに腰掛ける姫。

 黄金の薬のおかげで、その身をむしばむ魔毒はきれいに除去されたよう。さすがは☆7伝説級の薬。

 虹色にほんのり輝く銀の長髪から覗く、ピンクに色づくうなじに……先ほどの鮮烈な快美の記憶がよみがえり。思わず鼓動が跳ねるに任せ、後ろから抱きしめてしまいます……。


 拒絶するどころか、むしろ背を預け、安堵するように力が抜け、ふにゃふにゃになった彼女を抱きかかえ、湿り気を帯びたシーツに二人……。

 未だ冷めやらぬ昂ぶりに、身を任せ……。







 Steps to Elysium Online


 恐ろしい子……もう現実になんてまともに戻れるわけがないじゃないですかぁ……。

 こんな、こんなの、知ってしまったら……!


「天使……様……ナオ……様。ありがとう、ございました。その……いろいろ……はしたないところをお見せ……ぃ、ぃぇそうではなくて」


 もう! 鋼の理性で耐えられる人がいたら出てきてください、聖人と仏陀の称号を、のしつけて叩きつけてあげますから。


 でもさすがに、これ以上エンドレスを繰り返すわけにもいかないので、視界の隅に映る04:30の時間に、自分の精神を全力でぶんなぐって自制。


「お辛いでしょう。ですが、いまは何より、御身の今の無事を、安堵させてください」

「地獄から……お救いいただきました。感謝の他……何がございましょう。継承権も失われ、この身の他……もつものとて……何もなく。ですが、どうか……貴方様の所有物と……して、これから共にある……この身を、お許しください」

「いやいやいや、所有物とか、やめてください」


 あまりに過剰な言葉に思わず掣肘すると、わずかに目を見開き、大粒の涙がほろり、ほろり、満月を映して流れ落ちます


「では……ではこの身はどのようにあれば……眷属としてもお認め……願えませぬか」

「え、眷属って、別に。なんでしょう、苦難があるならともに払いのけます。全力を尽くします。でも、貴女は自由ですよ?縛る気もなければ、まして所有物とか、ダメですよそんなの」

「お優しい……のですね……」


 にじり寄るように、膝立ちでベッドに乗り、私のそこそこ豊満な胸に飛び込む銀の姫。

 あぁもう、だから、この庇護欲と情欲を同時に掻き立てるお姫様は……!

 とん、とん、と、落ち着かせるようにむせび泣く彼女の背中をあやします。


「名前を……お授けくださいませんか?」

「元のお名前は……?」


 緩く首を振る彼女。銀の髪がさらり、さらり、と優しい音を奏でます


「供犠姫として……名を世界から……奪われております。生まれの名は……供物の一部として……すでに捧げられて……おります。記憶にも、記録にも、この世の……いずこにも……」


 完全に抹消されている、と。名づけのセンスもないので、ありきたりになってしまいますが。


「ルナリス、という名はいかがでしょう……月を意味するLunaに、この月の夜のひと時の思い出も秘めて……」

「ルナリス……想い出……はい、はい! わたくしはこれ……より、ルナリス、です」


【個人アナウンス:眷属1. ”名称未設定”の名称が、”ルナリス”に変更されました】


【個人アナウンス:”ルナリス”と一定以上の”つながり”を確認】


【個人アナウンス:住民”ルナリス”と、プレイヤー”ナオ”の、スキルスロット Slot E-01 が解放されました】


【個人アナウンス:住民”ルナリス”と、プレイヤー”ナオ”の、装備スロット 装飾品 E-01 が解放されました】


【個人アナウンス:おめでとうございます】


【個人アナウンス:ナオ様のナビAIから、メッセージが届いております”サユキの事も忘れちゃいやですからね……!? 先を越されたー! くすん”】


【ワールドアナウンス:JP001サーバー プレイヤー”ナオ”が、ワールド初のエンゲージメントクエストを解放されました。これを祝し、JPワールドの全サーバーのプレイヤーに、”スキルスロットエンハンサー:小 (帰属) ×2個“を贈呈します】


【サーバーアナウンス:プレイヤー”ナオ”による、ワールド初のエンゲージメントクエスト解放を祝し、JP001サーバーの全プレイヤーに”スキルスロットエンハンサー:小 (帰属) × 2個“を追加にて贈呈します】



 だから、待って、ねえ、アナウンスさん待って!?

 情報量多いって。

 え、なに、ゲーム的に結婚システム解放したとかそういう感じ?

 の前に、サユキさん、見てたの!? え、見えてるの!!? もう頭おかしくなりそうだよ!?


 ==========

 エンゲージメントクエスト

 対象:プレイヤー”ナオ” / 住民”ルナリス”


<進行目標>

 絆の証1:スキルスロットSlot E—1 共同スキルの芽生え

 絆の証2:装備スロット 装飾品 E—1 の装着

 ============



 紅もさしていないのに艶やかな、サクランボ色の唇をほころばせ、ルナリスがギュッと胸元にさらに強く抱き着き、私を見上げ


「まぁ……ナオ……様……世界からの祝福……が。ルナリスは、うれしゅうござい……ます。どうか、末永く……永久にお傍に侍らせていただけ……ますよう」

「こちらこそ。あ……愛してます、よ、ルナリス……さん」


 そういう事であっていますよね……。

 胸の内の、幸せなぬくもりだけを、今は感じさせてください。


「ところ……で、ナオ……様は。わたくしの……髪が、お好き……なのですか?」


 ぐ、見抜かれていた、いや。睦み合いの中で一番初めに褒めたのが、好きといったのが、そうでしたね。

 自分のその後の行動を思い返しても、バレバレですか。


「貴女の全てが好きです、全てを愛しています。ですが……まぁ、ええ。虹色に輝く美しい銀の髪、絹糸のようにさらさらとした優しい手触り。はい、正直に申しまして……好きです」



 ―――



 ようやく落ち着いた頃には、朝陽も登り、6:30でした。

 ダイニングでとりあえずの食事をと、旅人セットに入っている干し肉くらいしかないぞと、困ったところで、ふと思い立ち。

 課金画面から、リアルからの取り寄せフードを試してみることにしました。


「お口に合うとよいのですが」

「まあ、なんと……かわいらしいので……しょう」


 昨夜から感じていましたが、少したどたどしい話し方は彼女の癖のようです。が、神秘的な外見と合わさると、儚げな印象がまして、たまりません。いじましいというか、必死に想いを、言葉を、伝えようとしてくれている感じが、あぁ。

 朝からどうかとは少し思ったものの、この2か月近くをあの地獄のような中で過ごした彼女に、少しでも気分が上向くものをと。また、一応は中世風の舞台だと、こうしたものの進歩は現代日本より遅れているのでは? という期待も込めて。


「ケーキに、こちらはマカロン……ですわよね? こんなに芳醇な……味わい……素晴らしいです」


 よかった。ティーセットは当たりだったみたいですね。ただ、この世界にも存在はするようですね?

 幸せそうな彼女の微笑みに癒されます。


「ルナリスのお口に合ってよかったのです」


 昨夜あれから、どうしても呼び捨てにしてほしいといわれ……。でも、私への様付けはやめてくれないのですよね……。

 一応栄養も気になるので、先にコンソメスープと軽いベーコンエッグの朝食セットも、おなかに入れてもらっています。

 どこぞの高級ホテルに入っているレストランの逸品ですよ。



 どれだけ食べても現実に太らず、それでいて、現実と変わらない味や触感が完全再現されている超技術。プレイヤーからの人気も途轍もないらしく、協賛企業、レストラン、パティスリーが日々加速度的に増えているのです。

 それに合わせて住民に提供するプレイヤーも増えているらしく(店名や提供元の名前は隠すことができず、そのまま必ず周知されるそう。あくまで輸入した商品扱い。しかも消費期限は数時間と短い)。その頃から、購入時にオプションで満腹度への影響ありと無しが選べるようになったのです。


 ただ、それもやりすぎた人たちがいるようで、ゲーム内の食糧事情や文化を壊さないよう、今は購入制限がかなり厳しくかかっているようですね。まあ、個人で楽しむ分には無関係な制限なので、気にする必要はありません。

 今ルナリスと一緒に食べているのは満腹度がきちんと上がるもの。ゲーム内部的にはリアルのお食事です。



「これから”彷徨いの樹海”を抜けて、”ミドカ帝国”へ。というのが、ベリーヌさんから託された旅路ですが、問題はありませんか?」

「はい。先ほど……手紙もしっかりと」

 人目がない方がよかろうと、朝食の用意にかこつけて、私は席を外したのでした。


「出発の前にいくつか確認や調整が必要と思います。まず、ルナリスの中級鑑定ではどれくらいのことが分かるのでしょう。具体的には託された、宝物庫の品の詳細などはわかりますか?」


「はい。中級にまで至れば……物品の情報や自身が身を置く大陸における一般的な相場まで、は……ほぼわかります。価値の変動……秘匿された情報……神話級以上の物品……は、上級以上に……しか。お父様……国王陛下……が、学ぶ機会を……くださっていました、ので」

「陛下は、ルナリスを本当に、大切に思っていらしたのですね」


 隠された生活の中でも、書物や教育はしっかりと受けさせてあげていたのでしょうね。それは、歌謡や歌唱のスキルがSLv9までも至っていることからもうかがえます。本人の嗜好もあるでしょうが。


「はい……とても……。それと、今はスキルが……外れていますが……戦うすべ……も」


 確かに、外れたスキルは住民もスキル結晶としてインベントリのようなシステムで保存されているらしいのですよね。


「月の魔術属性……と、舞刀術……を、おさめております」

「なるほど、あの太刀と鉄扇はそういう」

「は……い。私のために……おそらくアルフレド……が」


 しかし、それだとまさかの近接型……?


「ちなみに差し支えなければ、その戦い方は」

「この身は……常に魔と邪をも……引き寄せ魅了し……ます。そして、この身は……傷つこうとも……須臾の間に……癒えます……。惹きつけ……引き寄せ……舞い払い、絶つが……わたくしのありよう……です。そして、月の魔術には、幻惑の力が」

「え……」


 ちょっと想像して絶句してしまいます。

 ん? つまり?

 供犠の姫の魅了効果でヘイトをとる、というよりも、じゃんじゃん呼び寄せて?

 んで、超速再生のスキルで傷ついても回復。あれ欠損も治るとか書いてありましたよね……?

 んで、刀か鉄扇で、対処すると?


 なん、その、ド畜生タンクビルド……姫にやらせることじゃないでしょう!?


 思わず頭を抱え


「いやいやいや、待って、ちょっと待って。ベリーナさんからは、地下に連れてきた弱らせた魔物を狩って、魂の流出分のレベルをあがなっていたって聞いたけれど」


 頤に指を当て、小さく首をかしげるルナリス。

 目をぱちくりと瞬かせ。


「いえ……地下通路から……つながるダンジョン……で。指南役たちに教わりながら……。先生たちは……厳しかった……です」


 えー……なんそのドン引き環境……え、なんか……えぇ。


「できれば、ルナリスは傷つかないようにしてほしいのですが……場合によっては今すぐは無理でも、私がタンクビルドに転換することを考えていたのですが……?」


 優しい笑みを浮かべながらも、確かに首を横に振るルナリス


「嬉しい、です。でも……これはわたくしの……さが……なのです。臆すれば……消えるしかない……今は、ナオ様のおかげで……消えることはありませぬ……が」


 んんん、意外と意志が固そう。

 もともと私のビルドが、天使状態のAGI+融炎で局所火力を上げた回避型近接DPSに、堕天使状態のデバフ特化+近距離物理特化DPSの、ソロDPS前提でしたからね。

 せめて、天使状態で回避タンクを務めて、遠距離火力で比較的に安全圏からをルナリスにとの考えはひっこめるしかないですか。


「わかりました。では、ですね、託された分に加え、こちらが5個ありまして」


 言いながら机に置いたのは”スロットエンハンサー:小(帰属) “の小さな結晶5個


「“不朽の束縛”の影響で、ルナリスのスキルスロットが4個、つぶれています。これはすべて、ルナリスに使ってほしいのです」


 困ったように眉根をわずかに寄せますが


「わかり……ました。お力となるにも、舞刀術と、月魔術は……必要。お言葉に、甘え……ます」


 嫋やかな指で結晶に触れ、無事使ってくれます。

 胸元に手を添えると、実体化するこぶし大の2つの結晶。あれがスキル結晶ですか。

 特に片方が非常に強い存在感を放っています。


「どうぞ、ご覧くださ……い」


 視線を感じてか、見せてくださいます。簡易鑑定でちらっと……


  “☆7 属性:月 SLv4”

  “☆5 武術:舞刀術 SLv8”


「すごい! まさに、ルナリスの努力の結晶、ですね」


 これ、私下手すると本当にただの足手まといになりませんか・・・? 今は彼女の基礎レベルが1に落ちていますが……。

 さすがに情けないところを見せたくはないので、かなり頑張りませんと。


「ありがとう……ございます」


 にこり。

 あ。ああ、かわいい。天使だけど浄化されちゃう……。


 その後、彼女の超速再生によるMP回復も踏まえると、顕現状態に対するMP補給もしてもらいつつ、現状で日に13時間は実体顕現を維持して問題ないことを確認。幻影顕現と使い分けることと、休息の時間を長めにとれば、進めると判断し、いよいよ出発するのでした。


 なお、それとは別に、夜はミニチュアコテージを展開すれば安全で戦闘もない。

 ということで、ずっと実体顕現で一緒にベッドに入っていてMP的にも問題ないです。

 と、彼女に、それはもう一際素晴らしい笑顔で宣言されました。


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