149.6章 - 第18話 ”彷徨いの樹海 踏破挑戦 浅層#1/2”
すんすん、すんすん
すー、すー、すー……けほっ
こしょばゆい感覚に、うっすらと目を開きます。
すんすんすんすん、ぴちゅっ、ぴちゃっ。
柔肌をくすぐる髪の毛の感触。ほんのり湿り気を帯びた、温かな感触。
異なる感触が首筋の左側、同じ個所を襲う感じが……。
ほっそりとしていながら豊満な裸体を包む、シーツのシルクの感触。体を優しく支える、程よい反発のベッド。
やっと覚醒してきた意識が、2つの身体それぞれから伝わる感覚を伝えてくる。右からはルナリスの甘い香り、左からは紗雪の柔らかな重み。いえ、これは別々の身体の事で……二つの信号が脳内でスパークして、自分がどこにいるのか、境界が溶けていくような甘い錯覚に陥る。
しっかりと2つの身体の感覚を分離できるようになってきたと思っていましたが、ふと気が緩むと、混ざり合う感じがまだたまにありますね。
天使の身体にルナリスが抱き着き、んぅ……夢中で耳をハムハムしながら、こめかみあたりの匂いを嗅いでいますね。
堕天使の身体には紗雪が覆いかぶさり、首筋をチロチロと舐めたり、はむはむと優しく甘噛み。
「「2人とも……?」」
「ナオ……様……起きてしまわれ……ました」
「ナオさん、起きちゃった」
至極残念そうにつぶやく2人ですが、全然やめる気配はありませんね?
そうでした。ここはSEOの中。彷徨いの森浅層部を蹴散らし進むこと内部時間2日、中層に差し掛かる手前。爆弾林檎と拘束する木の根が厄介な、巨木のモンスターが支配していた領域跡地に、たまには気分を変えようと、ミニチュアコテージを設置し、私達だけで宿泊していたのです。
「あの……そろそろ……」 「また、おかしな気分になってきてしまいますから」
柔らかく温かな2人の、甘い香りのする体をギュッと抱きしめながら、諭すように。
昨夜は結局私が気絶するまで、夜の営みを愉しんでしまったのでしたね。
現実では逆転していた関係が、ゲーム内ではやはり私がほとんど一方的に攻められる立場に。
しかも、2人の阿吽の呼吸の連携がさらに磨かれている気がして……!
嬉しいけれど、嬉しいのだけれどぉ……!
「ナオ……様……かわいい、です」
「うぅ……恥ずかしいです」
「ナオさ~ん。朝ごはんどうします?」
「現実の味を知ってしまうと、どこか物足りなく感じてしますよね。かといって、いちいちログアウトするのも……」
やっと私を攻めるのをやめ、今度は、ごろごろと甘える二人をあやしながら。
急ぐわけでもないですし、まったりログイン、ログアウトを繰り返してもいいのですが。何となく攻略を一度始めたら、集中力を途切れさせずに進みたい気持ちも沸いてくるのですよね。
それに……。
「現実側では、先日の私達の配信を皮切りに、ますますマテリアライズ関連でものすごい事になっているみたいですよ~」
「お役立ちなアイテムは、高額すぎてそうそう手が出ないでしょう?」
ふと、メニューを開いて、日本がいち早く実装された”マテリアライズ”のメニューを確認。
容量がお部屋一つ分ほどの空間拡張ポーチ(中)、お値段10億MC
私達の絆のアクセサリーにつけていただいた、初級治癒魔術(自己治癒限定)5億MC
状態異常耐性(中)8億MC、病魔抑制3億MC。
本気で頑張っているトップ層や、人気を得た配信プレイヤーなら、装備更新をしばらく我慢すれば、割とすぐにでも買えない事も無い。
実際私達も、先日の配信で得た10億は例外としても、どれか一つに特性を制限すれば3人分買えます。
逆に、中堅プレイヤーだと、パーティーの全収益をかき集めても、一つ半年かけても買えるかどうか。ただ、自己使用限定の制限がかかりますから……全員平等にとなれば、年単位の道のりでしょう。
医療制度や運送網の整っている日本で、健康に不安の無い方なら、病魔抑制が一つの目標でしょうか。
金庫替わりなら、ルナリスが実演した空間拡張ポーチ(小)もありですね。確か1億MCで済むはず。家族が取り出せなくなるので悩ましくもあります。
世界の全てが変容するにはまだまだ至りませんが、少しづつ、現実が確実に変わる、超技術。
事実、空間拡張ポーチをマテリアライズ。警備会社と提携し、物流の過程での破損や状態維持に懸念が付きまとう高級美術品や、高額貴重品の運送事業が早速立ち上げられたとか。
デウスが政府と事前調整し、密輸防止の対策も先手をある程度うっていることも後押しとなっているようです。
一方で、窃盗など犯罪への転用を危ぶむ声は当然あります。が、思考調査等でまずSEOへの登録がある程度弾かれる事。そもそも10億MCを換金すれば窃盗等働く必要がないので本末転倒出る事。等々から、結果的に憂慮すべき事態は限定的との判断に、日本はいったんはなっているようです。国外では武器の運搬等やはり懸念も多く、マテリアライズ可能な一覧は日本以上に、待ったがかかっているようですね。
さらに、 病魔抑制や、初級治癒魔術は、お金持ちがこぞって現金をMC化してでも飛びつく幻のアイテム。
実際、国外の著名人や政治家、実業家から、未実装の各国政府へとんでもない圧力がかかっており、一気に法整備が進む見通しだとか。
と、つい、思考が逸れました。
「デウス公式に、問い合わせは既に流れましたが、当日は私達の配信チャンネルへもすごい問い合わせでしたからね~」
「売ってくれとか、事業へのスカウトとか。すごかったのですよね?」
「ですです。今はいろいろな条件も理解されて、私達にどうこう、というのは激減しましたが」
その全てを捌いてくれたのが紗雪ですので、頭が上がりません、本当に。敏感に私の内心を察し、摺り寄せられる頭をなでなで。
「それ……でも……勧誘はある……のですね」
「ですです。なので、まあ、少し落ち着くまでは3人でSEOに集中している様子を動画や配信で流してしまうのが良いでしょう。自宅にログアウトするだけなら別にとも思いますが……警備もさらに厳重にしてくれているそうなので」
「ログイン中を狙う犯罪、なんていうのも怖いですものね。斎賀さん達にはやっぱり感謝ですね」
「ええ。一般家屋にいた日には今頃どうなっていたか……」
「で、まあ。朝食ですが、数日ぶりですし、課金ショップで何か買いましょう」「落ち着いたら、それを現実でも食べに行って、食べ比べするのを後の楽しみにしましょう」
「あ。いいですね。動画にもまとめていいです? 食べ比べ日記的な感じにしちゃいます」
「いい……ですね……。今も後も。美味しく楽しく……です」
くいしんぼうモードがこっそり顔を出すルナリスの賛同も得られたところで、ベッドから出なければ……。
結局ベッドから出るまで2時間かかり。
ブランチという事で、それぞれ違う味とお店のケーキとパスタをシェアし終わった頃には、昼前になっていました。
滔々と銀の姫が紡ぐ謡が流れる。種族性別関係なく、魅了され、惑乱され、迫る森の魔獣たち。
静々と舞い振るわれる鉄扇と刀に、いなされる。翻る透き通る純白のドレスの裾は穢れを知らず。
そも、月ノ姫の幻惑魔術は真実のその身を捕らえることを許さない。
舞い散る桜の幻影に、目算の誤った爪撃は幻をすり抜け。背を突かれ、ケダモノの体勢を大きく崩す。
香り立つ美しい花に近寄る程、より強く激しく、その命を、魔力を、吸われているとも気づかずに。
誘引された獣たちの背に迫るは高速の天使。
双の手に握られた神炎秘めし短剣は、触れるを幸いと獣共を焼滅する。
あまりに素早い、そのいと白き姿は、白い影となり。獣の目と言えども、追うこと能わず。
真正面から迫る姿すら、白き閃光を目にした時には反撃の暇すらなく。すでにその身は灰と消えている。
奥に控え、運悪く短剣に宿る神炎を目視した獣は自我を焼かれ、自失に陥り、地に落ちる。
「いい感じに、敵を誘い込んでくれていますね」
『はい……良い連携……です』
謡を詠じる声を途切れさせる事無く、魂核経由の念話で伝えてきてくれるルナリス。
4体のテイムモンスターたちは森の中を自在に駆け回り、あたり一帯の敵を誘引してきてくれているのです。
ルナリスの性愛属性による魅了の範囲内に入れば、ターゲットは容易に彼らから引きはがされ、もはや入れ食い状態。
受け流しタンクを務めるクジラ型の竜”アリア”と、転移の宝石蝶”セレスティア”が敵を往なし、かすり傷すら防ぎ。
属性吸収カウンター型の金毛銀毛狐の”カグラ”が厄介な遠距離魔術もちを封殺し。
黒い大型犬の姿をとる不定形生物”リィナ”が破壊の波動で敵を間引くとともに、ヘイトを集める
「もう中層に入っていると思いますが、およそ考えうるあらゆる獣型のモンスターが襲ってきますね」
凶悪に進化した、という但し書きはつくものの、今通っているルートは、蟲型はほぼおらず。とにかく膨大な量の獣型のモンスターが間断なく襲い掛かってきています。
それこそ、普通の生き物、食物連鎖で考えるなら、到底生態系を維持できるはずがない。木の数より多いのでは?と突っ込みたくなるレベル。
『魔力……で、生まれる……にしても、大過ぎ……ます』
「周辺から集めて回っているとはいっても、この数だけでも、住民戦力での踏破が中層で阻まれた理由の一端がうかがい知れますね」
それに……ダンジョンのモンスター特有の、黒い靄と化して消えていく死骸。
しかし、その断面に見慣れない金属的な光沢の何か。
初めは骨かと思いましたが、明らかに違う、棒状の金属や、金属の球体が埋め込まれているような。
「粘り気……も、強いで、す」
「やはりそうですよね。私は燃やしてしまっているので気が付きづらかったですが、ルナリスは刀の一閃ですものね」
「はい……それに、血の色も……違和感、が」
そうなのです。襲い来る動物型モンスターの血。あの時は夜でしたから、きちんと見えていたか? というと疑問ですが、あの時は普通に動物の血の色としか思っていなかったのが。青味がかっているというか、綺麗な鮮血の赤色ではなく、青や緑の色彩が混ざったようなくすんだ色の血。
中層が近いから、モンスターも変質していると言えば、それまでかもしれませんけれどね。
今、この少し開けた森の中の空間は私の天使体、ルナリス、そして4体のテイムモンスターしかいません。
紗雪と、私の堕天使ボディーはと言えば……。
「あ、そろそろそれっぽい場所に出そうです」
『承知……しました。もう少し……がんばりま……しょう』
ええ。この膨大な数を進みながら捌くのは大変と。領域中の敵の処理をこちらで担当し、2人で小領域のボス討伐に向かったのです。
どちらが大変だったかは……もうすぐわかりますね。とはいえ私は、身体をそれぞれに割り振っているだけで、両方に参戦しているわけですが。
2つの身体の操作。意識と思考の分割ももう慣れたもの。遠隔地で別々の事をしていても、動きに陰りはありません。




