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花にまつわる怖い話  真夜中の花屋 Pantalea   作者: 東雲大雅


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第12話「菊」弔問客と並ぶ列

 男は、深夜の街をあてもなく歩いていた。


「明日の葬儀に間に合わないぞ……くそっ」


 数刻前、喪主から一本の電話が入った。


 故人が生前好きだった、黄色い菊を供えたい。

 少しでもいいので、どうにか用意できないか――。


 その無茶な頼みを、事情も考えずに上司が引き受けてしまったのだ。


 夕方から何軒もの花屋を回った。


 だが、お盆の時期と重なっていたこともあり、どの店でも菊はすでに売り切れていた。


 このまま手ぶらで戻れば、上司に何を言われるか分からない。


 途方に暮れながら歩いていると、通りの先にぽつりと灯りが見えた。


 近づいてみると、小さな花屋だった。


 看板には、「Pantalea」と書かれている。


 店先には、色とりどりの花が静かに並んでいた。


「……花屋?」


 男は思わず足を止める。


 こんな時間まで営業していることに違和感を覚えたが、すぐに首を振った。


「いや、そんなことはどうでもいい」


 男は駆け込むように扉を開けた。


 店内では、眼鏡をかけた女店主が花の手入れをしていた。


「いらっしゃいませ」


 女店主は顔を上げ、軽く一礼する。


「どうぞ、ごゆっくり。お探しの花があれば、なんなりと……」


「菊の花はありますか?黄色い菊です。もしあれば、あるだけください」


 女店主は穏やかに微笑んだ。


「ええ、もちろんございますよ。ご用意いたしますので、少々お待ちください」


 そう言って、店の奥へと姿を消す。


「た、助かった……」


 男はその場で大きく息を吐いた。


 胸の奥に張りつめていたものが、ようやく少しだけ緩む。


 数分後。


 女店主は、立派な黄色い菊の花束を抱えて戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか」


「ありがとうございます。本当に助かりました。これで、明日上司に怒鳴られずに済みそうです」


「ふふっ。今の時期は、必要とされる方が多いですからね」


 女店主は花束を手渡しながら、そっと眼鏡の位置を直した。


 そして、何かを思い出したように口を開く。


「そうそう。この花には、こんなお話があるんですよ」






 気がついたとき、その男性は列に並んでいました。


 夕方の住宅街。人が一列に並んでいます。とても静かで、誰も喋っていません。


「……なんだこれ」


 思わず呟きました。


 自分がなぜここにいるのか分からない。さっきまで何をしていたのかも、曖昧です。ただ、気づけば最後尾に立っています。


 前の人間が一歩進む。


 それに合わせて、自分の足も勝手に動きます。


 抜けようと、横に出ようとする。


 その瞬間。


 前に並んでいた男が、ゆっくりと振り返りました。


 笑っています。


 口だけが、不自然に吊り上がっていて。


 目は、全く笑っていません。


「……すみません」


 反射的に、そう言ってしまいました。


 何に対して謝ったのか、自分でも分かりません。


 男は何も言わず、また前を向きます。


 列が、進む。


 仕方なく、ついていく。


 


 しばらく歩いていると、違和感に気づきました。


 全員、同じものを持っています。


 黄色い花。


 細く、真っ直ぐに伸びた茎。重たそうに垂れる花弁。


 菊。


 どこかで見たことがある。ですが、思い出そうとすると、頭の奥がざらつきます。


 ふと、自分の手元を見ると。


 ――同じものが、ありました。


「……いつから持ってた?」


 指に力を込めて、手放そうとしても。


 離れません。


 指が固まったように、動かない。


 嫌な汗が背中を伝いました。


 


 列は、ゆっくりと進んでいく。


 やがて、空気が変わります。


 どこからか、香の匂いが漂ってきました。


 鼻の奥に残る、あの匂い。


 知っている。


 知っているはずなのに、思い出せない。


 

 さらに進むと、黒い服の人間が見えました。


 入口に立っています。


 順番に、頭を下げて中へ入っていきます。



 列の先が、ようやく見えました。


 簡素な造りの、どこにでもあるような会館。


 中は薄暗く、白い布で覆われているのが分かります。



「……嘘だろ」


 喉が乾く。


 理解したくなかったのです。



 前の人間が中へ入る。


 次は、自分の番でした。


 

 逃げようとしますが、足が、動かない。


 後ろを見る。


 同じ笑顔の人間たちが、ぎっしりと並んでいます。


 誰一人として、列から外れようとしません。



「……っ」


 押されるように、中へ入ります。



 静まり返った空間。


 中央に、祭壇がありました。


 

 黄色い花に囲まれた、写真。


 最初は、誰だか分かりませんでした。



 どこか、見覚えがある。


 似ている。


 知っている顔です。



 一歩、近づく。



 心臓の音が、やけに大きく響きました。



 もう一歩。


 

 ――自分でした。


 

「……は?」


 声が漏れる。


 写真の中の自分は、今と同じ服を着ています。


 同じ顔で、同じ年齢で、ただ微笑んでいる。


 違うのは。


 その表情が、ここにいる人間たちと、全く同じだったことだけです。



 後ろから、肩に手が置かれる。


 振り返ろうとした瞬間、強い力で、前に押されます。


 

 身体が傾く。


 祭壇へと、引き寄せられる。



 その瞬間。



 視界が、暗転しました。

 


 次に目を開けたとき。


 その男性は、祭壇の写真の中から、自分自身を見下ろしていました。


 列は途切れることなく続きます。


 様々な人々が、一人、また一人と花を供えていきます。


 誰もが、口元だけを不自然に吊り上げながら。


 

 



「……縁起でもない話ですね」


 男は受け取った黄色い菊を見つめながら、そう言った。


 冗談めかしたつもりだったが、自分でも驚くほど声は掠れていた。


「そうでしょうか?」


 女店主は、眼鏡の奥で静かに微笑む。


「大体、葬式で笑う人なんていないでしょう」


「近しい式を担当されたのではありませんか?」


 その言葉に、男の肩がわずかに震えた。


「どうして、それを……?」


「さあ」


 女店主は小さく首を傾げる。


「お気になさらないでください。ただの、どこにでもあるお話ですから……」


 そう言われても、胸の奥に残った薄気味悪さは消えなかった。


 男は釈然としないまま、店を後にする。


 夜道を歩きながら、ぽつりと呟いた。


「……くだらない話だ」


 だが、その言葉とは裏腹に、脳裏には少し前に担当した葬儀の光景が浮かんでいた。


 ある一家の葬儀。


 式場には多くの人が集まっていた。


 誰もが沈痛な面持ちで、静かに涙を流していた。


 けれど男には、どうしても奇妙に思えた。


 心の底から悲しんでいる者は、一人もいないように見えたのだ。


 俯いた顔の奥にあるのは、悲しみよりも――安堵。


 ようやく終わった。


 これでもう、あの家族と関わらなくて済む。


 そんな本音を、誰もが胸の奥に隠しているように思えた。


 男は足を止め、腕の中の黄色い菊へ目を落とす。


 街灯に照らされた花弁が、風もないのにかすかに揺れた。


 その姿は、まるで口元だけを吊り上げて笑っているように見えた。

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