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真夜中の花屋 Pantalea  作者: 東雲大雅


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11/12

幕間――ある一家心中事件について

 真夜中の花屋 Pantalea に、紙をめくる音だけが静かに響いていた。


 店内には、淡い灯りが落ちている。


 天井から吊るされた小さなランプが、花々をぼんやりと照らし出していた。赤、青、白、黄。色とりどりの花が並んでいるにもかかわらず、店の中はどこか静まり返っていて、まるで時間そのものが止まっているかのようだった。


 開け放たれたままの扉の向こうには、深夜の街が広がっている。


 人の気配はない。


 風の音さえ聞こえず、世界にはこの店だけがぽつんと取り残されているようだった。


 カウンターの奥で、眼鏡をかけた女店主が新聞を広げている。


 白い指先が紙面をなぞり、一つの記事の上で止まった。


 地方欄の片隅に載った、小さな記事。


 見出しには、こう記されていた。


『沿岸道路から乗用車が海へ転落。一家4人のうち、長女(10)の行方は現在も分かっていない』


 記事によれば、事故が起きたのは数日前の未明。


 海沿いの道路から、一台の乗用車がガードレールを突き破って海へ転落した。


 車内から発見されたのは、父親、母親、そして中学生の長男。


 いずれも、その場で死亡が確認された。


 しかし、同乗していたはずの長女の姿だけがなかった。


 警察と消防による大規模な捜索が行われたものの、長女の行方は現在も分かっていない。


 遺書のようなものは見つかっていないが、家庭内の事情などから、一家心中とみて捜査は終了した――。


 そこまで読み進めたところで、女店主の指先が止まった。


 長女の行方は現在も分かっていない。


 その一文の上に、細い指が静かに置かれている。


 しばらくの沈黙。


 やがて女店主は、小さく息を吐いた。


「まだ、見つかっていないのですね」


 独り言のようなその声は、どこか優しく、そして少しだけ寂しげだった。


 女店主は新聞をそっと畳み、カウンターの上に置く。


 そしてゆっくりと顔を上げた。


 視線の先には、店の隅に飾られた一輪の花があった。


 花弁は、完全な黒だった。


 光を受けているはずなのに、その部分だけぽっかりと穴が空いたように、すべての光を吸い込んでいる。


 色ではなく、夜そのものが花の形をとっているようだった。


 風などないはずなのに、その花弁がわずかに揺れた。


 女店主は立ち上がり、その花の前まで歩み寄る。


 白い指先で、花弁の縁にそっと触れた。


「貴方は、いつ見つかるのでしょうか」


 問いかけても、花は答えない。


 ただ静かに揺れている。


 まるで、何かを知っているかのように。


 女店主は、ふっと微笑んだ。


 眼鏡の奥の瞳が、薄明かりの中でわずかに細められる。


「大丈夫ですよ」


 誰に向けた言葉なのかは分からない。


 それでもその声音には、不思議と安心させるような響きがあった。


「ここへ来れば、きっと少しは楽になれるでしょう」


 店内には、再び静寂が戻る。


 時計の針の音さえ聞こえない。


 ただ、花の香りだけがゆっくりと漂っていた。


 女店主はしばらくその花を見つめたあと、そっと店の灯りを見上げる。


 そして、まるで誰かの訪れを待つように、静かに目を細めた。


 数日後。


 深夜の街を、一人の男性が歩いていた。


 普段なら通らない道。


 無意識に、ある店の前で立ち止まる。


 灯りのともった花屋。


 Pantalea。


 男はしばらく看板を見上げていたが、やがて意を決したように扉を開けた。


 その夜。


 ある男性が、椿の花を買っていった。

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