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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
41/120

秘密教団って悪の組織っぽいよね

「……むっ!」


ピクン、と座禅を組んでいたカロンは身体を震わせ、顔を上げた。

そのただならぬ様子に、メルサディール達もまた反応してカロンを見る。


「おじい様、どうなさいましたの?」

「……メルよ」


 カロンはゆっくりとメルの方を見て、こう言った。


「昼飯はまだかのぅ?」

「おじい様、今さっき食べたでしょう」


 完全に痴呆老人に対する態度のメルと、それを見てなんとも言えない顔をしているケルト。神でもボケるのだろうか。

 そんなボケ老人とは裏腹に、雇いの狩人は犬と一緒に焚き火にあたり、逆にトゥーセルカはそわそわと落ち着かない様子で森の奥を見ていた。


「……やはり、ハディくんが戻ってこない……心配ですから、少し様子を見に行きたいです」

「……そうですね、カロン老。ハディが向かってから結構な時間が経ちました。何か、魔物に出会った場合も想定して探しに行きましょうか」

「いらんいらん、あいつも冒険者だ。迷子の子供のように探しに行くなど必要あるまいて」


 カロンの無下もない言葉に、トゥーセルカは顰蹙を買ったように眉を顰める。


「けど、ハディくんはまだ子供なんですよ? 万が一の事があったら……」

「子供だからといって、危機察知できないようでは冒険者など出来んよ。その辺りの線引きはあいつでも可能だ。むしろ半人前とはいえ一端の冒険者相手に、子供扱いは侮辱だとは思わんかね?」

「……しかし、僕は……やっぱり、気になるので探しに行きます!」


 そう言い、トゥーセルカはおもむろに駆け出した。それを見て、ケルトもまた肩を竦めてから続く。

 駆けていく二人を見つつ、メルはカロンへ怪訝な顔を向ける。


「どういうおつもりですの、おじい様」

「なにがだね?」

「今の言い方、まるでトゥーセルカ様が飛び出すのを待っていたみたいですわ」


 メルの言葉に、カロンはニヤリと笑みを深め、


 次の瞬間、一瞬で手元に大鎌を引き寄せ、杖先をメルに向けて魔法を行使。

 驚愕するメルは、あっという間に魔法の膜に包まれて閉じ込められた。以前の封印と同じ魔法だ。

 ドンドコドンドコと内から叩いているが、当然のごとく破れる気配はない。


 それを見て、カロンは鎌を肩に担ぎながら首を傾げている。


「今回も手を出さぬようにな。お前はなんでも手を出そうとするから、扱いにくいのだ」

「なんだぁ、ジジイ。仲間割れかよ」


 木の上で昼寝をしていたネセレの眠そうな声に、カロンは肩を揺らして笑いながら答える。


「必要措置だ。それよりネセレ、このメルを見張っておけ」

「あいあい、見てりゃいいんだろ、見てりゃ。で、チビすけの方はどうすんだ?」

「試練があった方が、人は成長できる生き物なのだ。わざわざ手を出す必要などあるまいよ。それに私の目では、悪いことにはならない可能性の方が高い、と見える。なら、問題はない」

「あっそ」


 面倒臭そうに目を瞑るネセレを尻目に、カロンは杖をついて魔法陣を展開する。

 無言詠唱で転移の魔法を展開し、カロンはニヤリと笑った。


「それでは、こちらは仕事をするとしようかな」



※※※



「がっ……はっ!?」


 喉笛を噛み砕かれた男は、必死に噛み付いた相手を引き剥がそうとする。だがしかし鋭い牙は釘のように獲物に食らいつき、決して離そうとはしない。次いで、徐々に体中の力が抜けていく感覚。吸血だ。


「が、あ……あぐああぁぁっ……!?」


 抵抗しようにも振りほどけず、喉をやられたせいで詠唱が出来ない。咄嗟にダガーを相手の頭に突き刺すが、抵抗無くスルリと抜けてしまうのだ。手応えのないそれへメチャクチャに武器を振り回していると、不意に意識が遠くなり、男は白目を剥いてから、どさりと倒れ伏した。


「……げほっ……!」


 転がったハディは、得た血から生命力を吸収し、それを全力で回復に回していた。無意識の行動だったが、吸血鬼の異常な回復力はあっという間に致命傷に近い傷を癒し、塞いだ。

 血は止まったが、それでも一部の火傷と、片腕が無いのは変わらない。


「……あっ!」


 術者が意識を失ったことでダーナを拘束していた魔法が解け、バシャンと水飛沫を上げて地に落ちた。

 同じく地面に放り出されたダーナは、膝を付きながらハディを見る。

 その顔には、明確な恐れと……葛藤があった。


(なんなの、こいつ……人に食い付いた? 血を啜ってて、まるで怪物みたいに…………でも、こいつはアタシを……助けてくれた。身体が人間と違っても、それは違わないもの!)


 首を振ったダーナは、我武者羅な様子でハディに近づいて、原始魔法を行使した。癒しの魔法だ。

 それに包まれたハディは、暖かな感覚に薄目を開いて、相手を見た。


「……大丈夫、か?」

「あんた……む、無茶苦茶よ! そんな……そんなになってまで……あ、アタシを助ける必要なんてなかったんだからね……!」


 口から吐いて出るのは、素直ではない言葉。だが、ダーナの瞳からは、ポロポロと涙が零れ出ている。恐怖と緊張が解けた勢いで、涙が止まらないようだ。

 そんな相手を見上げながら、ハディは微笑む。


「ごめんな、もっとスマートに助けたかったんだけど……はは、ちょっとカッコ悪いかなぁ」

「本当にカッコ悪いわよ、バカ……」


 誰だって男なら、美少女の前では恰好をつけたがるのだ。

 もっとも、それで泣かれていては元も子も無いのだろうが。


 思わず脱力したハディが、そのまま少し休もうかと目を伏せた瞬間、


『……ひょひょひょっ! これはなんともまぁ、面白い結果になったであるぞ!』


「っ!? 誰だっ!!」


 響いた声に、ハディは咄嗟に上半身を起こして臨戦態勢となった。


 と、同時、眼前で唐突に魔法陣が展開され、そこから誰かが出現したのだ。転移魔法だ。


 その人物は、小柄な老人であった。

 長い白髪、これまた長いナマズ髭、白を基調とした凝った装飾のローブ、そして神官帽。

 そんな、司祭にも見える恰好の老人は左目だけが異様に見開かれ、閉じることがない。

 白い虹彩という異様な瞳に、ハディは直感的に危機感と……例えようもない怖気を感じていた。

 同時に、ダーナもまた鋭く息を吸い込み、悲鳴を押し殺している。


「……なんだ、アンタは。人じゃないだろ」

「ひっひっ! 我輩の正体を一発で見破るとは、なかなかどうして、子鬼というのも興味深い素体であるなぁ。まあ、今はそちらの闇エルフの方が重要なのであるが」

「答えろ! アンタはいったい何なんだ!? なんでダーナを狙う!?」


 震える片腕で剣を向けるハディの問いに、老人は面倒臭そうに鼻で笑い、

 バッ! と両腕を振り上げてからゆっくりとお辞儀しつつ、唱えるように朗々と宣言した。


「我輩、虚無教が導士司祭クレイビー・カルネットと申す者。もはや再会は叶わぬ事となろうが、まあ冥府の土産に持っていくがよろしかろう」


「虚無……教?」

「左様! 世界の真なる主! 新なりし神の一柱! 無限の王たる虚無を奉じる秘密教団であ~る!」


 秘密教団であることを盛大にバラしつつ叫ぶ相手に、ハディは硬直していた。

 なんだこいつ、とも思うが、同時に本能で悟る。


 ――――勝てない。


『おいハディ! アレに決して手を出すな……いや、逃げろ! 今すぐ!!』

(レビ……?)

『この手の輩は悪趣味と相場が決まっているのだ……! 小娘など見捨ててとっとと逃げるのだ!!』


「おっと、我が同輩にして虚無の一欠よ、そう怯えることは無いのである。何故ならお主は我が主の元へと帰るのであるからなぁ」


『それが嫌だと言っているのだ!!』


 見えないはずのレビを認識し、その声を聴いている相手に、ますます警戒感が募る。

 ハディはこっそりと後ろのダーナへ囁く。


「ダーナ、お前だけでも逃げろ……こいつは、ヤバイ」

「ば、バカ……! そんな事出来るわけないでしょ!?」

「頼むから言うことを聞いてくれ……! こいつは……」


「ふんふん? 少年少女と愛の逃避行を計画中であるか? これは青臭くもにがーいレモンの香りであるなぁ! 嗚呼、我輩もこのような時期があった……ん? あれ? あったっけ?…………ま、兎にも角にも、逃しはしないのであ~る」


 導士、クレイビーは片手を掲げて、パチンッと指を打つ。


 同時に、導士から放たれた魔法の光弾が飛来し、倒れていた3人の冒険者を刺し貫いたのだ。


 血飛沫が舞うそれに、ハディ達は驚愕の眼差しを向ける。


「所詮、金で雇ったごろつき風情。しかし、死んでもそれなりに利用はできるのである……そぉら! 我が主のために、死して躯は魔物と化せ! 死は終わりにあらず、新たなる絶望の始まりであるぞ!!」


 宣言と同時に、三人の身体がドロドロと腐って崩れ、原型を留めない腐敗した怪物、ゾンビーへと変貌したのだ。

 思わず悲鳴を上げたダーナがハディにしがみ付くが、ハディはそれに構うことが出来ずに、呆然と目の前のそれを見る。

 三体のゾンビーは苦悶のようなうめき声を上げつつ、おもむろに互いに向き直り、腕で相手に触れた。瞬間、触れた部分がドロドロと溶けるように融解し、相手の身体へ融合を始めたのだ……そしてそれを終えた時、残ったのはただ一体。

 もはや首も腕も境目が分からず、溶けた顔はただ僅かな穴が見え隠れする程度。口らしき部位から見えるのは円状の穴と生え揃った針のような牙。手足の先は長く、腐肉のような緑色に変色していた。

 異形の魔物、ゾンビーが融合した姿であった。


「さてさて、お主らはこれをどうするであるかぁ? 言っておくが、三体融合なので普通のゾンビーよりもずーっと強いのであるぞ。具体的に言えば第5レベルの魔法士による10人の一斉攻撃で死ぬレベル?……んー、あまり凄そうには聞こえんであるなー」


「くっ……くそ、まだ足が動かない…」


 立ち上がろうにも、片足はまだ動くレベルには至っていない。

 背後の少女の震える気配を感じ、ハディは覚悟を決める。


「ダーナ、俺が時間を稼ぐから、みんなの元まで行って、助けを呼んできてくれ……」

「でも……アンタ一人で戦えるっての……!?」

「それしか方法がないんだ! 頼むからダーナ……!」


 悲痛なハディの叫びに、しかし無粋に入るのは導士の哄笑。


「無駄無駄! その小娘を殺すのは実に簡単であるぞぉ? 我輩がちょいっと指を振るえば、殺せてしまうのであるからな?」


 実際に指をちょいっとやった、次の瞬間!


 ダーナの首の薄皮一枚を、風の刃が過った。血が流れる首に触れ、ダーナはぺたりと座り込む。

 無詠唱、それも指の一振りで狙い違わず行使できるその技量、まさに常識破り。


 しかし、それを見てもハディは恐れを抱かず、むしろ敵意を籠めた視線で相手を睨め付ける。


「じゃあ……なんですぐに殺さないんだよ……!」

「ん?」


 ハディは息も絶え絶えになりながらも、口を動かす。

 止まれば即座に死が襲いかかってくる。恐怖が絶え間なく背筋を伝っていくが、それでもハディは耐えた。死線は(訓練で)もう何十回も潜った。


「アンタの目的は、ダーナを殺すことだろう……!? なのに……なんで、彼女をすぐに殺さないんだ……アンタなら一瞬で出来るだろう?」

「おお、着眼点は良いであるぞ。そういう考察は非常に重要なのである。考える者は好きであるなー。……ああ、そうそう、理由であるが、強いて言うなれば」


 導士は、ニヤリと笑みを深めた。


「その小娘の感情が、極上の糧だからである」

「……なん、だと……?」

「我輩らにとって、感情とは糧。元素と同じく、喰らえば力が増すのである。だから小娘の恐怖と絶望は、その辺の塵芥な人間共などとは比べ物にならぬレベルのご馳走なのであ~る! ああ、我が主は侵攻の際に神々に見つかることを大いに懸念していたのである。なんせ二度も失敗しているのであるからなぁ? だから、万全を期するためにも今度は神々の目を盗んで内側から暴れることにしたのである。元素は初代が、感情は二代目が糧にする術を得ていたので、我輩らは実に簡単にそのシステムをねじ込むことが出来たのである!」


 ハディにはチンプンカンプンのそれだったが、導士はただ単に喋りたかっただけらしい。

 理解を求めていないかのように、老人はウロウロしながらも一方的な会話は続く。


「その小娘は、特別なのである。だから我輩は殺しに来た。出来るだけ恐怖と絶望を味あわせ、一滴も残さぬように搾り取らねば、もったいないであろう?……ああだがしかし! あの同輩の考えることは理解が出来ぬ! 何故にご馳走へ手を付けずに処理しようとしたのか、我輩には頓と理解できぬのである! 何事も効率が大事であるぞ、効率が!」

「処理……とりあえず、さっきのその冒険者は……アンタが放ったんじゃないってのか? ネーンパルラの市長が雇ったって……」

「うむうむ、察しが良いのである。我輩と同輩は、(あるじ)が命にて神殿を破壊しに来たのであるが、まぁあの同輩のやることはいちいち理解が出来ぬ。何故にわざわざ人間を使ってまで森を切り開こうとするのか、これがわからぬ。森など焼き払えば良いし、エルフなど直接殺して回れば良いものを。まあ、我が同輩は何かとお優しい輩であるからなぁ? 無関係の動物や植物が死ぬのを厭ったのであろうが……」

「同輩? それって誰の事……」

「ああそも! 気になるのはエルフの原始魔法である! 何故に現在の魔法体系が確立される以前の古臭い手法の魔法が、こうまで強力に残っているのか不思議である! どれだけ大勢の者が結界を作ろうと試み、それを維持するために命を散らしたのか! そして結界の番人を作り出すという荒業! 古代エルフの知恵の総体のような現象である! 実に! 実に興味深いのであぁ~るぅぅ!!」

「け、結界を壊して、神殿も壊すつもりなのか?」

「左様! 神殿は神の建造物であるが、我輩らの手によれば次の勇者が訪れられないように細工をすることは可能である! だから手中に収めておきたいというのに、あぁそれを邪魔するのは闇エルフの生き残り! あの老女はさしたる使い手では無かったが、それでもそこそこの手練であったぞ。もっとも、そこの小娘の方が希少性は高いのであるが」


 マシンガントーク並みにペラペラと口が軽い相手にハディが気圧されていると、ダーナが呆然としながらも口を開く。


「……あ、アンタ……やっぱり、あの時おばあちゃんを殺したのは、アンタなの……!?」


 その一言に、導士はくるりと振り返り、相好を崩して嘲笑った。


「ご明察であるぞ。我輩が、お前の祖母を殺し、絶望と嘆きに暮れるお前の感情を貪っていたのである。嗚呼! 実に良き感情であった!……お前が祖母を見つけたあの瞬間の絶望、最高のご馳走であったぞ!!」

「……あ、んたが……アンタが……!!!」


 感情が高ぶり、全身が震える。

 そんなダーナを見て、導士は感極まったように両手を広げる。


「あぁあ! なんと素晴らしい、なんと新鮮な怒りであろうか! その感情こそが我らが糧、我らが美食なのである! ひょひょひょっ! さぁもっと怒れ! もっと感情を味あわせてほしいのである!」

「このっ……!!」


 怒り心頭のダーナが我を失い、前に出て手を翳した。


「殺してやる……『殺してやるっ!!』」


 詠唱が響き、ダーナから発されたのは一条の黒き閃光。

 それが一瞬でゾンビーを貫き、背後の導士に迫るが、


「ラダ・バドレ=ビン・セレシス」


 一言。


 パチンと弾かれた音の儘に、飛来した閃光は一瞬で消失した。

 それに、ダーナは怒りを忘れて目を見開いた。


「うそっ……!? 守護の呪文だけで打ち消したの!? でも光の元素が薄いここでそんなの……アタシの魔法を消せるわけがないのに……!」

「ひょっひょっひょ! 流石、原始の即死魔法とは! 威力がこれほどなのは流石であ~る! ま、我輩の方が上手であるようだがな? 魔法の熟練度次第では精霊詠唱を破棄したとしても、これだけの威力を伴えるのである! しかし、流石流石! 流石は闇の精霊の転生体なだけはある!」


「……なんだって?」


 最後の言葉に、ハディは思わず聞き返す。ダーナも理解が出来ずに相手を見返しているが、導士は愉悦の笑みを浮かべている。


「なんだ、気づいていなかったのであるか? 小娘、お主は精霊の転生体なのである。だから強い力を持っているし、我輩らにとって厄介な敵であると同時に、我輩らにとっての特上のご馳走なのである。なんと言っても……上位精霊はなかなか食えないのであるからなぁ?」

「な、なによ、それ……アタシはエルフよ! 精霊なんかじゃないわ……!」

「左様。転生して確かにお主はエルフとなった。が、魂までは誤魔化せぬである。我らにはわかる。お主がどれほど強く、凄まじい闇の力を持っているか。お主の祖母は、その力に関して察しておったようだなぁ?」

「おばあちゃん……?」


 ダーナは思い出す。


 過去に、森の獣相手に襲われて死にそうになった時、感情のままに浮かんだ言葉を発した事がある。無意識から出てきた言葉によって、獣は一瞬で溶解し、ぐちゃぐちゃになった。

 それを知った祖母は、ダーナへ怒りや憎しみを抱かぬように、という言いつけを作り、厳しく諭した。それはひょっとして、ダーナの身の丈に合わぬ力を悟り、抑制しようとした試みであったのかもしれない。


「そ、そんなの……アタシ、知らない……」

「無知は罪である。お前のせいでお前の祖母は死んだのだ。我輩が、お前を絶望させるために、苦しみ嬲り殺したのである。お前のせいで」

「っ…!!」


 息が詰まるダーナへ、導士は目を見開きながら囁く。

 その声は、この上もなく悪意が詰まっていた。


「そうだ、お前のせいだ。何も出来ず、何も成せず、ただ親族が死ぬのを一人で見つめるだけの、未来のない種の末裔よ。お前が生まれさえしなければ、祖母はあのように死なずに済んだ。全ては、お前が悪いのだ」

「そんな……違う……」

「違わぬであるなぁ? ダーナ、闇のエルフよ。お主は死を呼び込む力を強く持っている。お主の傍に人がいれば、それだけでその者は不幸になる。ああ、お主の祖母の記憶にあったであるなぁ……お主を産んだ際に、その黒き力で死んだ母親のように、どこまでも死を振りまくのだ。それがお前の、定め」

「違うわ……! 違う……あ、アタシ、そんな化物じゃないわ……!」

「ひひひっ! なんと心地よい感情であろうか! これぞまさに」


 ヒュッ!


 風切り音と共に、導士の胴に剣が突き立った……ように見えたが、寸前で魔法を行使していたせいで、剣は弾かれて地に落ちた。


 剣を放ったハディは、ゆっくりと立ち上がり、真っ赤な瞳で導士を睨めつけた。


「その薄汚い口を閉じろ、クソ野郎」

「……ひょっひょっひょ! なんであろうか、これは? まさか、我輩に攻撃しようとしたのであるか?」

「黙ってろって言ってるんだよ!」


 足が回復したハディは身を低くし、地を蹴って導士へ肉薄する。

 が、それより先に、横合いから迫るゾンビー融合体。

 ゾンビーの腕による叩きつけを、咄嗟に使用できない上腕でガードすれば、骨は砕けて血肉が舞う。が、ハディは痛みも衝撃も忘れ、そのままゾンビー融合体の顔へ噛み付いた。

 異様な声を上げる相手から生命力を奪おうとするも、相手は死者に等しい。何も得られず振りほどかれ、しかも相手から放たれた蹴りに身体をふっとばされて、地面にバウンドする。


「ひょひょひょっ、口さがない奴であるなぁー! さぁてゾンビーよ! とっととこの小僧を始末するのであーる!」

「ハディ……!」


 ダーナの悲鳴を聞きながら、ハディは血に濡れた四肢を動かして地を蹴る。

 同時に、ゾンビーの口から一閃が放たれた。


 ――ゴゥッ!!


 とそれは一瞬で地面を直線に焼き、次いで着弾点から周囲四方へ爆発を起こしたのだ。

 咄嗟に避けても爆炎に吹き飛ばされ、ハディは炎に負傷しながらもゴロゴロと転がっていた。

 されど腕を上げ、体を起こす。身体がぼろぼろだが、まだ動く。まだ動ける。


「なんともしぶとい奴であるなぁ。さっさと死んで、その中の同輩を引っ剥がさねばならぬのであるからして、早々と死んでほしいのである。……ああ、我輩がじきじきに手を下せば良いのであるか? そういえばそうであったな」


『おいこらハディ! どうして逃げんのだ!? どう見ても敵う相手ではないだろう! お前が死んだら我も死ぬんだからとっとと逃げるのだ!!』


「……うるさいっ!!」


 叫び、ハディは震える身体で相手を見据える。その瞳はまだ、死んではいない。


「まだ死なない……俺はまだ戦える……!」

『愚か者!? これ以上は流石に死ぬぞ! 何故だ、どうしてそこまでして死のうとするのだ!?』

「化物になっても……誰かを守るために力を使いたい……そうじゃなきゃ、俺なんてただの人食いの化物だ! それじゃ駄目なんだよ!! 化物じゃ、みんなと一緒にいられないんだ……!!」


 異形であるが故に、ハディに付き纏うのは常に人間らしくあること、である。

 人食いであるとバレた時、ハディは自分の行いの報いを受けるだろう。善行を成せば、或いは受け入れられることもあるだろうが、それでも人はハディを恐れ、場合によっては殺そうとする。

 この先、ハディに必要なのは、理解者であり、協力者だ。

 そしてその為に必要なのは、今までに培った、人間性。


「人としての生き方を放棄したら、それで終わりだ……俺の両親が遺した想いも、本当の母さんが守ってくれた意味もなくなる……! 母さんたちが生きた証すら消えてなくなる……そんなの、絶対に認められない!!」

『…………愚か者め。それで死するか』

「恩人の想いを無駄にするくらいなら、死んだほうがずっとマシだ」


 真っ直ぐな、青臭いほどに真っ直ぐな、子供の強い意志。

 それに、レビは何も言えずに、ただ内心で嘆息を吐いた。

 一方、導士は一瞬だけ表情が抜け落ちたが、次いでケラケラと笑いながら叫ぶ。


「なんとも理解できぬなぁ!? 我輩には理解できん! 人情、友情、縁に絆、それらがいったい何の役に立つというのであるか?」

「……役に立つさ」

「ほぅ? ならば我輩にご教授願いたいものであるぞ」

「それはな…………アンタに立ち向かうのは、俺だけじゃないって事さ!!」


「ビン・フレム!!」


「なぬっ!?」


 場に響いた詠唱と同時、導士を囲うように炎が出現し、火柱の中へとその姿を消したのだ。




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