魔法合戦ってロマンを感じるよね
火柱を見てからハディが振り返れば、森の奥から駆けてくるのは、ケルトとトゥーセルカだ。
それを目視し、ハディは力なく笑う。
「……はは、来てくれたぁ……ほんっとに、もう駄目だと思った」
『お前、まさか時間稼ぎをしていたのか? あの問答は全て、ケルト達が来るまで相手の気を逸らすための』
「いや、流石に時間まではわかんなかったけどさ……でも、来るって信じてた……から……」
フッと、ハディは力尽きたように地面に崩れ落ちた。レビの声に答えられないほど、ハディは消耗している。
崩れ落ちたハディに駆け寄ったダーナと二人は、焦った表情で容態を見る。
「ハディ……ハディ! しっかりしてよ……!」
「ハディ!! 無事ですか!?」
「ハディくん!? ひ、酷い怪我だ……こんな小さな子になんて惨いことを……!」
ケルトがハディへ癒しの魔法を使うも、緩やかな回復ではハディの意識は戻らない。
それを見たケルトはハディの有様に、心の奥底から湧き上がる感情を抱いていた。
(これは……まるで嬲るように……)
向こうで佇む魔物を目にして、ケルトは口端を引き締めた。
そして、火柱に向かって杖を突きつけ、言い放つ。
「何時まで、そうしているおつもりで? さっさと出てきなさい」
ボゥンッ!
と火柱が弾け、中からほとんど無傷の導士が姿を現す。
それにケルトは目を細め、逆に導士は見開いた白い瞳で、ケルトとトゥーセルカを凝視していた。
おもむろに導士は口端を引き攣らせてから、歪んだ笑みを浮かべた。
「……ひっひひ……ひょっひょっひょ!! なぁんと言うことか!? まさか、ここに!! 3体もの精霊の転生体と出会うことになろうとはぁ!!」
「……なんですって?」
「ひひひっ!! なんだ、お主も理解できていないクチであるか? お主達は自我を持つ精霊の生まれ変わりなのである! しかも三体!! なんという天文学的な数値!! これはまさに日頃の行いが良いという奴であるかなぁ?」
「そうですか。戯言は地獄で宣ってください」
ケルトの瞳に輝きが宿る。
白き光、精霊の光。
杖を差し向け、心に浮かぶ儘、呪いを唱える。
「カトゥ」
「なんの! ラダ・マティオ・ヴェルス!」
放たれた光線は、しかし相手の前に出現した結界によって避けるように逸れ、背後へ飛んだ。
「ひょっひょっひょ! よかろう小童よ! 少し遊んでやるである……ゾンビー融合体よ! そっちの小娘はお前達が苦しめるのであ~る!」
「っ!? わっ、こっちに来た……!?」
「くっ! 『闇の精霊よ! アタシ達を守って』!」
ゾンビー融合体が意外なスピードでトゥーセルカ達の元へ向かうが、繰り出された魔物の一撃を、ダーナが結界を張ることで持ちこたえる。何度も何度もゾンビー融合体は拳を叩きつけるが、黒き結界はビクともしない。
それを見て、しばらくは大丈夫だと察したケルトは、次の魔法を唱えた。
「ベシュト・カトゥ」
「ならばこうである! ノ・ベシュト・ジャグル・ヴェレシス!」
追尾と防御貫通の光線は、しかし導士の魔法の前に対象を見失い、見当外れの方角へと着弾する。
その隙にケルトは地を蹴り、距離を詰めて呪文を放つ。
「エマ・ラダ・バドレ・ビン!」
「いい手であるが熟練度が足りぬなぁ? ノ・ラダ・バドレ=スン・ヴェレシス!」
導士を閉じ込めようとした結界は、しかし結界無効化の魔法によって弾かれて消えてしまった。
「お返しである。エマ・ラダ・ノ・ヴェシュケト・フレム!」
「むっ!」
導士が近づいたケルトに手を向ければ、周囲四方に炎の壁を作った。
「マティオ・マ・レイ!」
即座にケルトは光を纏い、疾風のように宙を駆けて炎を壁を突破し、そのまま後退した。
ここまでで、ケルトは相手の力量がただならぬと察する。
同じく、導士も感心したように拍手していた。
「素晴らしい素晴らしい! なんとも、レベル5魔法をポンポンと使ってくれるのであるなぁ! 凡俗共は戦いになると腰を抜かしてまともに魔法を扱わぬから困る……その点、お主は将来性がありそうである」
「……貴方も、熟練の魔法士ですね。なのに何故、このような事を行っているのですか」
「おおっ!? 聞きたいであるか!? これにはふかーくも割と簡単なわけが……」
「あ、興味はありませんので。マティオ・カトゥ!」
「ぬがぁっ!?」
先程よりも遥かに早い閃光が導士に命中……は、していない。
ずっこけながらも避けた導士は、なんとも怒り顔で指をさす。
「人に物を聞いておいて無下もないのである! し、失礼であるぞ若造!!」
「すみません、育ちが悪いので。それはそれとしてシカウ・バドレ・スン」
「ぬぐおっ!?」
不可視の魔法が導士に命中、しかしこれは攻撃ではなく視覚を奪う魔法だ。
導士は光に包まれ、その眩さに目を塞ぐ。
そんな相手へ、ケルトは畳み掛ける。
「マティオ・カトゥ!」
再び瞬光が煌めき、導士の左腕に命中。宙に鮮血が散った。
「く!? ら、ラダ・バドレ=ビン・ヴェレシス!」
「エマ・バドレ・ビン!」
守護の強化を試みた導士へ、ケルトは更に外から束縛魔法を掛けて身動きを取れなくし、
「ぬっ……! シカウ・マール・ヴェレシス!」
「……バドレ・ビン・セクト・カトゥ!」
視覚の回復をする導士へ圧縮された一条の閃光を放てば、それは着弾点から結界全てをなぎ払う爆発を起こしながら、導士もろともその場を巻き込んだ。
結界ごと吹き飛ばされ、焼け焦げた煙を発しながらも、導士は手をついて上体を起こす。
「げはっ!? ……く、ぐ、……くっひっひっひ……!!」
焼け、地に伏せながらも、導士は不気味な笑みを浮かべてケルトを睨めつけた。
それに、ケルトは杖を突きつける。
「投降なさい。命まではとりません」
「ひっひひひ……!……命までは取らぬ? お主のような半端モノが、我輩に憐れみをかけると宣うかぁ? ひょっひょひょひょひょッ!!……………我輩を舐めるなよ定命の者風情がぁっ!!」
導士は立ち上がり、怒りの見える笑みで、掌を掲げた。
「ラダ・バドレ=ビン・カムル=フレス!」
両者の中央が逆巻くように爆炎に包まれ、それは炎の壁となって横たわった。
炎に身構えるケルトを尻目に、壁を作った導士は天に掌を掲げ、朗々と詠唱した。
『我、虚無の実行者より招致を命ず!
無より来たりし汝は有限を喰らいしモノ!
この地に集う源を その顎にて食い尽くせ!!』
……不意に、導士を中心に、空気が震えた。
まるで周囲の空気全てが導士へ吸収されていくかのような……、
横たわっていた火が沈黙し、風が震え、大地が枯れ、日が陰り、微かな腐臭が漂う。
魔法士であるケルトは、その変化に思わず目を見開き……同時に聞こえた不可聴の断末魔に、思わず歯を食いしばる。
これは、定命の者の声ではない。精霊の悲鳴だ。
「……まさか、ヴァルを吸収しているのか!? しかし、これはあまりにも……」
大規模過ぎる。ただのヴァルを吸収しているのではない。
これは、ヴァルそのもの、精霊をも吸収しているのだ。
こんなバカげたこと、魔法士がやって良いことではない。
「何ということを……! 精霊が貴方を嫌えば、魔法も難しくなりましょうに……!」
「ひょっひょっひょ! しかし我輩には端から関係が無いのである! 精霊どもを強制的に従える術は持っているのでなぁ……さて、それでは、第2ラウンドを開始するである」
導士は掌を向け、嗤いながら魔法を使う。
「我、実行者たる虚無が命ず! アマネシュト・エマ・カムル=フレイア!」
「っ!? ら、ラダ・バドレ・ビン!!」
守護の結界を張った次の瞬間、視界一体が真っ赤に染まる。
そして大爆発、大音声。
精霊詠唱を破棄しているはずなのに、その威力は通常と……否、通常よりも遥かに高威力の攻撃であった。
耳が遠くなり、視界もチカチカと明滅する中、それでも相手の呪文を耳に捉えた。
「我、実行者たる虚無が命ず! ゼケルト・ラ・ビン・シェロ・ヴェルシア!」
なんとか視界が戻ったそこには、周囲一体に広がる、黒い球形の何か。
戸惑いながらも、魔法を行使すれば、
「マティオ・カトゥ……ぐぁっ!?」
放った閃光の射線、その傍にあった球体が爆発したのだ。
少し離れた位置にも関わらず、黒い闇の波動がケルトを襲い、小さくない負傷を伴わせた。
思わず膝をつくケルトへ、導士は愉悦の籠もった高笑いを贈る。
「ひょっひょっひょ! これで光以外の魔法を使うしかないであるなぁ!?」
「くっ……!」
闇属性の対抗属性は光。つまり、この魔法は光魔法のみに反応する地雷原だ。
ならば、とケルトは魔法を詠唱する。
「『第2の火精!大きく、爆ぜよ!』ビン・フレム!」
行使した魔法は、しかし小さな拳大の炎がポンっと弾けた程度。
思わず驚愕に目を開くケルトを、導士はケラケラと嗤う。
「残念であるなぁ!? 先程、ここら一帯の精霊は全て我輩が食ってしまったのである! つまり……光の精霊であるお主の属性以外の魔法は、もはや使えぬである!」
「……っ!!」
それは、ある意味で魔法士殺しの力だ。
どのような術なのかはケルトでは理解出来ないが、今まで相手が文字通りの手加減をしていたのだと、否が応でも理解させられる。
「ならば……ベシュト・カトゥ!」
天に掲げた杖先から放たれた閃光は、導士へ向かって弧を描くように向かっていく。
しかし、
「無駄である!! 我、実行者たる虚無が命ず!! ヴェーシャ・バドレ=ビン・ヴェルシア!」
迫っていた閃光は、しかし相手の結界の前に弾かれ、ケルトの方へ帰っていく。それを避けるが、闇の地雷源は容赦なくこちらへ波動を叩き込んでくる。
その合間、導士は呪文を唱えている。
「さらにゆくぞ? 我、実行者たる虚無が命ず! アマネシュト・ルドア・セクト・ヴェシュケト・フィ・ヴァートヴェルシュ!!」
「……っ、第9レベル魔法……!?」
人類では決して到達し得ない領域を見せつけ、導士は愉悦に軋んだように嘲笑う。
同時に、場に巨大な魔法陣が描かれ、その中に居た両者へ魔法効果を発揮する。
ケルトは再び魔法を放とうとする。
が、しかし今度は光魔法すら発動しなくなる。
「な、なぜっ……!?」
「ひょっひょっひょ! 覚えておくのであるなぁ! ヴェシュケトは《通過》させる呪文、すなわち魔法の無効化にも使用できるのである! 今この場に於いて、お主の光魔法は永続的に、全て無効化させたのである!!」
「っ……!!」
あまりにもレベルの高すぎる魔法だ。対抗する術すら思いつかない。
地に膝を付きながら、ケルトは思わず諦観に支配されてしまう。
(……敵わない、どうしても……決して、私には届かない領域だ……)
どの人類よりも素晴らしい魔法の使い手。
今のケルトでは、どう逆立ちしても歯が立たないと、察してしまった。
しかし、そんなケルトへ叫ぶのは結界を張り続けているダーナである。
「ちょ、ちょっと!! アンタ! そこの人間っ!! あ、あんたが諦めたらハディも死んじゃうのよぉ!? わかってんの!?」
「……ハディ」
ダーナの声にケルトはハッとなり、小さな友人を思い返す。
彼ならば。このような状況でも、諦めず挑み続けるだろう。たとえどれほどの怪我を負おうとも、彼はひたすらに敵へと立ち向かうのだ。
そのイメージが簡単に出来てしまい、ケルトは思わずため息を吐いた。
「……本当に、柄にも無いことなんて、すべきじゃないんですがね……」
「ひょっ? なんだ、まだ降参しないのであるか? 絶望しかけていたにも関わらず、随分としぶとい事であるなぁ」
絶望を食らうため、まだ殺さずに嬲るつもりなのだろう。
そんな相手を見て、ケルトは息を吐きながら、杖を両手に構えた。そして身の内に貯めていた、なけなしのヴァルを使用する。
そして、地を駆けた。
「ヤケクソにでもなったであるか? なら、的にしてやるのである!」
導士が、闇の閃光を放ってくる。
それを目視し、ケルトはヴァルを放出しながら、杖を奮う。
「はあぁっ!!」
光を帯びた杖が輝き、闇の魔法を叩き落としたのだ。
「ぬ!? 魔法道具であるか!」
ケルトの持つ杖は、ネセレのコレクションの一つ、変換していないヴァルを込める事で威力を増し、更に魔法を叩き落とせる代物だ。つまり、これは厳密に魔法ではないので、無効化はされない。
問題は、そんな肉弾派魔法士はまず居ないという点だろう。叩き飛ばすよりも、魔法を使ったほうが楽だからだ。
抗うケルトに、導士は楽しげに、ネズミをいたぶる猫のように笑う。
「良いぞ良いぞ! 我輩はお主のように抗う者は好きである! さぁ、次はどんな抵抗を見せてくれるのであるかぁ!?」
明らかに油断している相手に、しかし打つ手が無いため反撃もできず、得意でもない体術でなんとかせねばならない。
随分と絶望的な状況に、それでもケルトは歯を食いしばる。
(……カロン老、いったいどこに居るんですか! 早く助けに来てくださいよ……!!)




