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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
110/120

虎の尾を踏む

…剣戟が閃く戦場では、爆音をBGMに、その命がけの舞踏が続いていた。


ハディが赤い刃を叩き落とせば、アーメリーンは咆哮を上げながら沼地の大地を叩き砕く。突如、レビの忠告にハディが飛び退けば、地面から突き出た柱のような血の杭が鼻先を掠めた。それに怯むことなく、ハディは柱を蹴って距離を取り、剣を構えて虚空を振り抜く。敵と同じく赤い血色の刃が放たれるも、それは相手の前に握り潰される。


「ちぇっ、やっぱ上手くいかないか」


舌打ちしつつも、ハディはニヤリと笑った。

相手の技を模倣し、それを取り入れながら少年は戦闘を続ける。それはまさに天賦の才。神々が与えた彼の技量と、その特異な精神性が齎す、小さな怪物だった。

クレイビーが魔法を放てば、巨大な魔法陣から幾千もの矢が放たれる。

それをケルトが同じ魔法で相殺し、周囲にけたたましい小さな爆発が起きまくる。

そんな矢の雨の中を苦もなく移動し、ハディはリーンと切り合う。

目にも留まらぬ剣戟の後、翼を翻してからの旋回で意表を突いた一手。

しかしリーンはわかっていたかのように、その一撃で素手で掴んで受け止める。

咄嗟にハディが剣を手放し下がれば、一瞬後にはリーンの体中から赤い杭が突き出る。剣山にならずに済み、一瞬だけ気を緩ませたその隙。

リーンは咆哮を上げながら両翼を大きく広げた。

なにが、と思う間もなく、リーンの翼、全ての面積に、赤いトゲのような物がびっしりと生え始める。

禍々しい赤い翼にハディが戦慄すると同時、その翼からまるで射出機のように全ての棘が四方八方へ降りそそぐ。


「うわっ!?」


頬を掠めたそれに体勢を崩せば、腕ほどの長さの棘が次々と突き刺さそうと迫る。レビの愚痴混じりなフォローによって次々と避けられるも、棘は尽きることのないかの如く射出され続けていく。


「ど、どんだけ続くんだ…!?」

『…む、ハディ!そのまま上へ避けろ!!』


レビの鋭い声に、ハディは問い返しもせず上へ飛ぶ。刹那、真下を通り過ぎる黒い剣の如き魔法。見ずとも解る、クレイビーだろう。

その間際、詠唱を終えたケルトが杖先に天を突くほどに長い光の剣を留め、それを振り下ろす。

光は前方一直線を、まるで長い棒を叩きつけるかのように振り砕かれ、凄まじい轟音と稲光を発生させた。当然、そこにいた眷属二体も当たりかけるが、


「くひっ!まだまだこの程度、掠りもせぬぞ!!」


クレイビーは通過の魔法で攻撃をすり抜け、アーメリーンは叩きつけられても何事も無かったかのように立ち上がった。

しかし、ケルトの攻撃で闇の沼地が潰され、これで大地に立つこともできる。三次元的な動きのできる空中は強みだが、飛行に注力が向いてしまうのも欠点だった。


地面に降り立ち、2人は自動再生する怪我を見もせず、対峙を続ける。


「しかし、やはり…苦しいですね」

「大丈夫か?ケルト」

「いえ、大丈夫です」


首を振るも、ケルトとしては苦い表情が消えない。精神的に消耗するケルトと違い、相手の精神は底知れず、未だに魔法の精度は維持されたまま。その違いに、心が少しだけ陰ったのだ。

そんなケルトへ、ハディが勇気づけるようにきっぱりと言った。


「そんな顔するなよ、ケルト。大丈夫、もうすぐメル姉達が来てくれるからさ」

「…わかるのですか?」

「ああ。俺は確信してるよ。だってメル姉は、俺たちのメル姉なんだからさ!」


はっきりと言い切られた、根拠もないそれに、しかしケルトは少しだけ吹き出して笑う。

なんの確証もなくとも、そう言い切れるハディの言葉に、どこか心が和らいだのを感じた。


「やはり、貴方は良い相棒ですよ、ハディ」

「だろー?」


へへへ、と笑う子供に、ケルトは挫けかけた意思を立て直す。マイナス思考な自分をフォローしてくれる彼は、やはり偉大な親友なのだ、と。


「青臭いであるなぁ、実に青い!我輩らには理解できぬ関係性であるぞ!」


しかし、それにケチをつけるのはクレイビーだ。胸糞悪そうな顔で吐き捨てる。


「我輩らと同じ異形でありながら、人を守る異端者。何故にそんな化け物を傍に置いて安心できるのであるか?人を喰らう血喰らいの鬼など、寝首を掻っ切ってしまえばよかろうに」

「逆にお聞きしますが、何故貴方はそんな鬼と、仲間でいられるので?寝首を掻かれかねないのは貴方も同じでは」

「ふん!寝首を掻かれた程度で死ぬほどヤワではないのである!それに…我輩らは利害関係が一致しているのであって、仲間等というおぞましい関係性ではないぞ。お主ら定命の者ではあるまいに!」

「…なるほど。やはり、ハディは貴方がたとは違いますね。彼は人を喰わない優しい鬼ですし、人の心を理解してくれる仲間です。そんな彼だからこそ、私は信頼してるんですよ。所詮、化け物同士の貴方がたでは、至れない関係性です」

「…青臭い、実に」


クレイビーは、心底からそう思っていそうな程に顔を歪めている。


「感情?絆?なんともくだらぬ!そんなもの、全ては終焉の前に朽ちゆくだけの供花に過ぎん。誇らしげに翳そうとも、終わりの前では所詮、無意味。お主らなぞ、それに縋って死にゆくだけの滑稽な存在であろうぞ」

「…そうかも知れませんね。未だ、目前の貴方がたを退けることもできていない」


背後の巨大なそれに視線を合わせれば、それはまさに深淵の如き恐怖を叩きつけてくる。

あれを封じねば、世界救済など不可能だと言うのに。

だが、ケルトは杖を構え、ハディも虚無の剣を再び取り出し、構えた。


「けれど、足掻きますよ。終わりという虚無に至ろうとも、そこへ向かう過程こそが大事なのです。たとえ人がいつか死するとしても、終わる間際まで自身の生を全うする。それこそが、私達が人であることの矜持!たとえ死するとも、貴方がたに屈することだけは、私自身が許さない!」

「…ひっひひ!青臭い小童め。随分と大きく出たであるな。ならば良し!命乞いして無様に這いつくばるまで、徹底的に潰してやるであるぞ!!」


クレイビーは両手を掲げて、リーンへ言う。


「リーン!いつまで遊んでいるであるか!?いい加減、仕事をするであるぞ!!」


その言葉に、リーンは静かに佇み…、


「――――――!!!!」


咆哮を上げた。

何事か、と構える二人の前で、リーンの体が更に変形する。

背中の皮膜がドロリと解けるようにひしゃげ、まるで真っ赤な粘液のようにゆらゆらと揺らめく。触手とも言うべきそれには、ギョロリと幾つもの赤い瞳が、周囲四方を見つめていた。


「…あれ、まさか全部、魔眼か…!?」


ハディの呟きと同時、背中の赤い目が全てこちらを睨めつけ、一瞬だけ輝く。


「っ!!」


それを察知したハディ、ケルトの前で両眼を見開けば、キィンっと澄んだ音を立てて何かが通過していく。


「…なんとも、ひどい音です…ありがとうございます、ハディ」

「ああ…」


ハディの魔眼が、リーンの精神干渉から仲間を守ったのだ。あの魔眼一つ一つが、別々の能力を持っているらしい。


その間にも、リーンの体は変容する。


黒い両腕が縦に裂け、それぞれが別となって4つの腕となる。どす黒い肌の表面に光る線が走り、まるで入れ墨のように赤く輝く。そこから赤い血のようなものがドロリと地面に溢れ、ボコボコと形を持った何かが作られていく。

そして最後、腹にあたる部分が楕円に開かれ、ギチギチとした恐ろしい牙が姿を晒していた。


「…なんだ、あれ」


ハディの呟きどおり、流れ出た血から現れたそれは、4つの人形を取った。


一人は狼の獣人。

一人は人種の屈強な女性。

一人は翼種の老人。

最後の一人は人種の青年。


真っ赤な血の色の肌をしたそれらは、ギョロリと一斉に赤い瞳を向け、殺気をぶつけてきた。

それらは意思を持ち、めいめいに赤い武器を構える。


「人間…じゃ、ないよな」

『おそらくは血で作った従属、半自動的な戦闘人形だろう。ハディ、油断するなよ』

「ああ、もち…」


瞬間、ハディはゾワッとした悪寒に、反射的に地を蹴った。

ハディの眼前を掠める黒い爪、リーンだ。


「っ!!」


咄嗟に体勢を変え、無理な格好で剣を振るえば、その間に獣人の男が割って入った。


「くっ!!」


獣人の戦斧が剣を防ぎ、お返しとばかりに蹴りを入れられる。その勢いで大きく背後に飛び退き、体勢を整えようとしたとき、


「ハディ!!」

「うわっ!?」


魔法の閃光が肩を貫く。

翼種の老人が杖を向け、詠唱をしていたのだ。


「させません!」


それをケルトが守るように、ハディの前に結界を放つ。

しかし、ヒュッと音を立て、ケルトの眼前に鋭い拳が放たれ、硬質的な音が響く。

屈強な女は魔法を纏い、拳の連撃で結界を崩しにかかる。


「馬鹿な…私の結界がただの攻撃で…!?」


間際、ケルトもまた精霊の声で身を翻す。

眼前を踊るように青年が回り、双剣がケルトの背を僅かに抉った。

舌打ちしつつも再生に任せ、ケルトが光の矢を放てば青年は腹部を砕かれ、硬質的な音と共にポッカリと穴が開く。

それは中身のないからっぽだったが、一瞬の硬直の後、再び攻撃を仕掛けてくる。

杖で防御すれども、手数の多い双剣を相手にするには分が悪い。簡易魔法で手数を増やそうとするも、どうしても集中が散漫がちになり、敵の攻撃を許してしまう。しかも、敵の穴は時間が経つごとに赤い霧が集い、再生していくのだ。


「なんと厄介な…!」


これではハディの援護ができない、とケルトは焦燥感を募らせる。

再生能力を持つ血の戦闘人形。

それらは意外なほどのチームワークで、こちらを攻めてくる。


しかも、攻撃はそれだけではなく、リーン自身も含まれるのだ。


「がぁっ!?」

『ハディ!!』


ゴキリ、と嫌な音を立てて、ハディの片腕が掴まれた。粉々に砕けたかもしれない腕に引きずられて倒れるハディの顔を、リーンの豪脚が蹴り上げ、更に宙を舞う。そこへ老人が魔法を放って束縛。動きを止めたそれを女が殴り、獣人が戦斧を上段から振り下ろす。


「ぐ、ぁっ…!?」


頭から戦斧を喰らい、さすがのハディもふっと意識が持っていかれる…が、そこでレビが霧となってハディに入り込み、体の主導権を得て動く。

再度、迫るリーンを避けるように天を駆け上がり、翼で逃げを打てば、リーンもまた笑いながら追いかける。老人の魔法が閃き、舞うレビの移動を阻害する。


『なんという厄介な…手数が多いとこうまで厳しいか!』


頭部の傷は驚異的な速度で再生しつつある。石頭なのが救いだったな、と独りごちるレビ。しかし下から気配を感じて、咄嗟に両手で防御。そこへ女の振りかぶった拳が襲う。

激しい打音、ガードした両腕に鈍痛を感じつつも、レビは憑依を解除して、ハディの体を掴んで更に天へ。


「…く!ちょっと飛んでた…!」

『居眠りの暇はないぞハディ!』


意識を取り戻したハディ、迫るリーンへ対抗するように剣を振るい、特攻の剣で相手の腕を一本切り飛ばす。が、残った3本の腕がハディの両腕と片足を掴み、万力の如き力で締め砕こうとしてくる。


「…!!」


それにハディは目を見開き、体から杭打ちを放つことで三本の腕を射止め、捕らえた。

これが最大のチャンス。


「終わりだリーン!!」


眼前で止まったリーンへ、杭を砕きながらもハディは剣を振るおうと…、


「我、実行者にて招致を命ず!!」


その刹那、ハディは頭上が陰るのを感じて、咄嗟に天を見上げた。


「…なっ!?」

『なんと…!?』


そこには、巨大な魔法陣が浮かび、こちらを見下ろしていた。

邪魔が入らず悠々と詠唱を行っていたクレイビーは、軋み笑い、指を下ろす。


「さあ、くたばるがよい!!」


「まずい…!?」


ケルトが焦燥から魔法を唱えようとするも、それを妨害する双剣の剣士。それを弾くことに専念してしまうため、どうしても魔法が使えない。


「くっ!!」


ハディもまた、魔法の巨大さに対象を変えようとするも、


「…ぁ!?」


眼前のリーンの腹の口から血の杭が突き出て、ハディの体を串刺しにした。


そして、


クレイビーの魔法が放たれる。


巨大な魔法陣、第9レベルで戦場を全て覆うほどのそれは、漆黒の煌きを放ちながら、大地へ向けて莫大なエネルギーを発射したのだ。




・・・・・・・・・・




長い、長い沈黙。


烟る土埃が晴れた先。


大地を抉り、巨大なクレーターの如きそこは周囲の魔物をすら巻き込んで、全てを掃射した荒野しか残っていなかった。


「く…ひっひひひ!やはり流石は我輩!あの老人にも迫るほどの…ぐっ…!」


さすがのクレイビーとて、限界まで詰めた魔法は無理があったのか、ゲホゲホと血を吐きながら大地へ降り立つ。

その合間、隣でボコボコと血が留まり、それは変形して一つの異形…リーンの姿へと戻っていく。背の赤目の触手を広げれば、そこから再び人形たちが生み出され、何事もなかったかのように立ち上がった。


一方、クレーターの底では。


「…は、ハディ…!」


土中からケルトが這い出した。咄嗟に地面を陥没させてギリギリ結界を張ったため、なんとかボロボロながらも這い出てこれたのだ。

ヨロヨロと立ち上がれば、向こうに倒れ伏すハディが見える。近づけば、ハディの体の大部分が損壊し、もはや戦うことも出来ないことがわかった。特に右腕はどこにも見当たらず…血だけが地面を染めていく。


「くっ…ま、マール(癒せ)…!!」


癒やしの魔法をかけるも焼け石に水で、かろうじて息をしているハディは、まさに死に体であった。


「ハディ…ハディ!起きてください…レビ、ハディは…?」

『…駄目、だ。損壊が激しすぎる。我でも、動かせん…!』

「くっ…!!」


「チェックメイトのようであるなぁ?」


声に仰げば、クレイビーとアーメリーン、そして人形達がこちらへやってくるのが見えた。

ケルトは焦燥し、杖を持って立ち上がるも、先程のダメージが激しすぎてふらふらと蹌踉めく。あまりにも巨大過ぎる魔法に、即席の結界程度では守りきれなかったのだ。


「そう無様を晒すでない。お主らはよく持ちこたえた、と称賛してやろう。この我輩ら、虚無の眷属二体と戦って、ここまで生き残れた者はほとんど居ないのであるからなぁ。なんといっても、アーメリーンがこの姿の時はほとんどの相手が食われてしまうのであるから…おっと、そう殺気立つでない、我が同輩?」


人形たちが睨めつけるのを、クレイビーはひらひらと手を振って躱す。

その合間にもケルトは少しでも動こうと詠唱するが、


「っ!?」


ひゅっ、と風切り音と同時、ケルトの肩を貫く赤い触手。

悲鳴を噛み殺すも、細くとも鋭いそれは詠唱を邪魔するのに十分だ。

リーンの触手は、ギロギロと目を向けては嘲笑うかのように瞬いている。


「さてもさても、これほどの良質な魂なのだ。アーメリーン、その男はくれてやるが、この小僧は我輩がもらうである」


「…ハディ!?」


クレイビーが、倒れ付すハディに近づく。


その白く禍々しい片手が、少年に向けて触れ…



「クソ汚え手でそいつに触んじゃねぇ」



刹那、頭上から降ってきた何かによって、クレイビーは変な声を上げて潰れた。

クレイビーを踏み潰したそれは、残像が奔るほどの速度で更に踏みつつ、倒れていたハディを片手に距離を取った。


「貴方は…!」

「へっ、遅くなっちまったな」


翻る金の髪、傲岸不遜で不敵な笑み。

ネセレはハディを担ぎながら、ナイフを向けた。


「アタイの弟子共を、随分と可愛がってくれたようだなぁ?バケモン共。この落とし前、キッチリつけさせてもらうぜ…!」


その目は怒りに燃え、しかし戦意を表すように、更に笑みを広げて大喝した。


「この大盗賊ネセレ様のモンに手ぇ出したこと、後悔させてやるよっ!!」



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