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どうも、邪神です  作者: 満月丸
冒険者編
102/120

それぞれで楽しんでます

「むごむご…おお、うんめぇ!!金持ちはいいよなぁ、こんな上物をいっつも食べられてよぉ!おいフェス!もっと食っとけ食っとけ!他に取られちまうぜぇ!」

「…ネセレ、肉汁を私に飛ばすな、黙って食え」


ネセレとフェスベスタは、肉パーティのど真ん中に陣取って我先にと上物肉を貪っていた。ネセレはともかく、フェスベスタもドラゴンなので人間の行儀作法など関係なく、外見とは裏腹にワイルドな感じに肉へ齧りついていた。

手についた油を舐めながら、ネセレは周囲を見回す。


「しっかし、急にジジイが肉パーティをおっぱじめるとか言ったときは、またどんな風の吹き回しかと思ったもんだが…なかなか、悪くねぇじゃねえか」

「ネセレ、だからあの方への口の利き方を…」

「いーんだよ、クソジジイは直せなんて言わなかったから。アタイは自由に呼ばせてもらうぜ」


たとえ相手が神でも物怖じしないネセレに、フェスベスタも遂に諦めたようだ。ため息まじりに黙って骨付き肉を齧っている。

周囲には、ネセレへ焼いた肉を持ってくる舎弟達や、雇いの給仕人が慌ただしく走り回っている。冒険者達がわいわいと馬鹿話や自慢話を繰り広げ、自身の武勇を競い合っていた。

そんな人間の輪の中に、改めて自身がいると認識し直して、フェスベスタは不思議そうに呟く。


「…まさか、この私が人間と一緒に肉を食べるとはな」

「あん?」

「か弱いだけの人間が、私と並び立つとは思いもしなかった。前世でも、今生でもな」

「はっ!このアタイほどの存在が、そうほいほいと出てくるわきゃねえしな。おいフェス?アタイに出会えたことをてめえの神様にでも感謝しとけよぉ」


ちなみに、その神の上司がすぐそこでプロレスをやってたりする。ドラゴンスープレックスを食らったカロンが見事な悲鳴を上げてリングに崩れ落ち、獅子男は両腕上げて勝利の咆哮。観客が湧いた。


そんな光景を遠い目で見ながら、フェスベスタは続ける。


「たしかにな。お前と出会えたのは、私にとっても良いことであった気がする…どうにも、私は前世から傲慢な気質だったらしいのでな」


火の上位精霊であったフェスベスタは、もともと利かん気が強く、人間を見下していた。転生をする際にも人間だけは嫌だと泣く泣く演説したほどに。ルドラも呆れつつ、要望通りにかるーい感じでドラゴンに転生させたのだが。


「まさか、生まれた瞬間にお前に食べられそうになろうとは」

「ああ、食えなかったのは残念だったと今でも思うぜ」


うまかっただろうなぁドラゴンのゆで卵、とネセレは空とぼけて言っているので、フェスベスタも口端を歪める。


「…今ここで第2ラウンドでもするか?ネセレ」

「お?いいぜぇ、ここでやるか?あん?」


胸ぐら掴み合いながらメンチ切り合う一人と一匹。

しかしメルのニコニコ威圧感に気づいて、すぐに離れたが。

仕切り直しに肉をがっつきつつ、フェスベスタは半眼で隣を睨む。


「…まったく、人間のくせにドラゴンに楯突くなど、命知らずと言うか常識知らずな小娘だ」

「けっ、世界の常識なんざアタイには関係ないね。んなもん、根っこからひっくり返してやるよ」

「その大口を嗜めるべきなのだろうが、それだけの力があるのは事実なのが悲しいことだな…お前の親の顔が見てみたいものだ」

「見たところで、いい気分はしねーぜ?ぜんっぜんアタイに似てない親共だったからな。ま、血も繋がってなかったけどよ」

「というと?」

「アタイと違って普通の人間種だったぜ。弱者を狙って強者のお溢れに預かる、まあよくいる小悪党だよ。あと一味は全員、血の繋がらない兄弟ばっかりだったしな」


ネセレは心底からバカにしたように笑う。盗賊一家から出てきたネセレは広い世界を見て尚の事、自らの家族が小物だったのを実感していたのだ。だからか、かつての家族を馬鹿にするように話し始める。


…ネセレは、南大陸を根城にする盗賊一家に生まれた。リングナーの卵石から孵ったネセレは、人間の両親の手によって育てられた。父と母と呼ぶべき者たちは、他者の卵石を奪ってそれを孵していたのだ。孵化作業が実の親でなくとも可能だったのは、神のシステムの欠陥だったであろうか。


「奪った卵石から生まれたガキどもの一人が、アタイだった。血なんざ繋がっていなかったし、兄弟とも思っちゃいなかったが、まあ競争率の高い場所だったぜ。スリに引ったくり、詐欺に強盗、盗みのイロハをつかまり立ちした頃から、兄貴分に徹底的に仕込まれる。出来なきゃ放り出されて野垂れ死ぬ」

「…それで、お前はどうだったのだ?」

「アタイを誰だと思ってやがる?もちろん、ほとんどの技術は見た瞬間から理解して使いこなした。他の連中よりずーっと優秀で、あのクソ親共のお気に入りだったよ」


タビトのネセレは、幼少期から天才であった。その素晴らしい技量に両親ですら舌を巻き、あっという間に独り立ちした幼女に盗賊団を率いさせた。自らはねぐらで悠々自適に左団扇で、我が子らに危険を冒させる。

そんな中、ネセレは思った。


「5歳になったある日によぉ、ふっと思っちまったんだよ。あれ?こいつらひょっとして、アタイより弱いんじゃねえの?…ってな」


どこか苦味が走ったような、形容しがたい笑みを浮かべる。


「気付きゃ、後は簡単だ。あいつらのお気に入りだったアタイは、従順な連中をまとめて連中の宝物をぜーんぶ掻っ攫った。で、あとはトンズラよ。いやぁ~あれはスカッとしたぜぇ!」

「相手も実に怒り狂っただろうな。私も宝物が盗まれたらと思えば、正気でいられる自信はない」


ドラゴンは気に入った宝を溜め込む習性がある。それを盗み出されると怒髪天を衝く様相で怒り狂い、しばらくは周辺を焼き滅ぼすとまで言われるほどに。


「だろうな。でも、アタイを捕まえることはできなかったんだぜ?…ま、他の連中はそうでもなかったようだが」

「彼らは捕まったのか?」

「らしいな…ああ、一人を除いてだが。トンズラこいて、さっさと解散しちまったから、知ったのは全部終わった後だがな。………だから、あいつらクソ親どもは、徹底的に潰した」


ヒヤリとした鋭い言葉に、フェスベスタは隣の女を見下ろす。

冷え切った表情には何もない、薄暗い色だけが宿っていた。


「世の中は馬鹿ばかりだ。あいつらも、てめぇの事だけ考えときゃいいのに、何かにつけてネセレネセレってな…吹聴してまわるから見つかるんだ。くだらねぇ慢心で身を滅ぼすなんざ、馬鹿のやることだぜ」

「…お前にも言えることだな」

「うっせ。…あのクソ共を徹底的に潰してから、そっからはずーっとグレてたんだよなぁ。ラドリオンで大暴れして、死にかけて、また無理なことを突っ切って、盗みきって…その繰り返し。そしたらいつの間にか、アタイは大盗賊ってことで大勢の人間から恐れられてた。憮然としたぜぇ?世の中はこんなにつまらねーもんなのかってな。なんで他の連中が手こずってんのかアタイにはわからなかったし、今もわかんねー。…だから、17の頃に度胸試しをしようと思ってこっちに来て…」

「…そこで、私が襲撃をかけたのか」


成体になり、ネセレにリベンジしようと追いかけたフェスベスタは、北大陸でネセレを見つけて大々的なバトルをした。その時のことは未だに人々の口端に登ることもある。

フェスベスタへニヤリと笑いかけ、ネセレは油の付いた指でさす。


「てめぇは頑丈だし壊れねぇ、アタイと唯一やりあえる相手だ。白騎士サマも強かったが、あっちは守るだけでつまんねー野郎だったから、てめぇの容赦のない戦いは実にスリル溢れるバトルになった。久々に命の危機を感じてゾクゾクしたぜ」

「ようは、お前のストレス発散につき合わされたのか、私は」

「んな嫌そうな面すんなよ。てめぇだってアタイとやってて嬉しいんだろ?」

「戦闘狂のように言うな。私はお前とのリベンジを制覇するために戦っているのだ」

「素直に嬉しいって言えよなぁ」

「誰が言うか」


言い合いながらも、双方の雰囲気は悪いものではない。

むしろ、気心の知れた悪友同士のような、気兼ねない空気がそこにはあった。


「ひぇっひぇっひぇ!いい空気じゃのぅ頭領や」

「うわっクソババア!?いきなり出てくるんじゃねーよ!?」


ずずいっと横から出てきた占い師・ギムナ婆さん。

皺深い笑みを浮かべながら、ネセレを弄っている。


「なんじゃなんじゃ、しばらく大人しいと思えばこーんな色男を捕まえておったとはなぁ。お主にもついに春がやってきたのかのぅ?んん?」

「ばーか、こいつはドラゴンだっての。なに抜けたこと言ってんだか」

「ふぇっふぇ!ドラゴンでも同じじゃろうて。話ができて意思が交わせるのなら、種族性別実態非実態に限らず絆は持てるというものじゃよ。ああ、挙式をあげるのならいい場所紹介するぞい?銀貨30枚からじゃ」

「アホか」


一笑に付すネセレだが、フェスベスタはちらりと老婆を見ている。そんなフェスベスタへ、ギムナ婆さんはちょっと目を丸くしてから、ニヤッと笑った。


「のぅ、色男さんや。ワシの占いに興味があればいつでも来るとええ。なんでも相談に乗るぞい」

「…まあ、気が向けばな」

「ひぇっひぇっ!人生相談は銅貨一枚からじゃよ!金があればなんでも聞いてやるからの~」

「相変わらず守銭奴ババアだぜ…」


カラカラ笑っていたギムナだったが、ふと顔を真顔に戻してから、ネセレへ囁く。


「頭領。最近、ワシの占いが良くない兆候を出しておるぞ」

「…あん?よくないって、何がだよ」

「全てじゃ。全てのモノを占っても、破滅の予兆しか導き出さぬのじゃ。無論、それは儂ら…頭領も含めた全ての者に言える…いや、一人だけ例外がおるんじゃがな」

「…破滅の予兆」


どこか、ひやりとしたその気配に、呟くネセレは眉をしかめる。


「なんだそりゃ、世界でも滅亡すんのかよ」

「かもな。ま、ワシの腕が落ちたってこともあるがのぅ」


笑いながら言うも、ギムナの占いの腕前が一流なのは、ネセレも嫌というほど実感している。

だから、その笑いには乗らずに、次の骨付き肉を手にとって言う。


「わかった、肝に銘じとくぜ」

「…こんなことは、生まれて初めてじゃ。まこと、動乱の時代に生まれたものよのぅ」

「世界の終わりを迎えられるなんざ、レアな体験じゃねーの?」

「アホを言うでない。ワシはあと100年は現役じゃ」


そう言いつつ、婆さんは手を振って去っていった。

その背を見送るネセレは、小言のようにぶつくさ言う。


「…ったく、勇者サマから面倒事ばかり頼まれるし、なんだってんだ一体」

「それで、どうする?」

「どうするって…どうすんだよ?アタイにどうしろって?」

「神々が動かれるような騒動が、じきに起こるようだ。その時、貴様はどうするつもりだ?」

「…決まってんだろ。逃げるんだよ」


ネセレはガシガシと金髪を掻き上げ、酒を呷った。


「アタイは大事に首は突っ込まねー主義だ。それが世界の終わりなら、尚更」

「…本気か?私にはそうは見えんが」

「どういう意味だよ」

「やられっぱなしで逃げるほど、お前は大人しい玉か?」

「…けっ、知ったような口利きやがってよ、トカゲ風情が」

「お前と何年の付き合いだと思っている?…まあいい。尻尾を巻いて逃げるかどうかはお前次第だ」

「フェスはどうすんだ?戦うのか?」


ちらり、と横目で見てから、フェスベスタは天を仰ぐ。


「世界の危機ならば、私は命を…存在を賭してでも戦うだけだ。それが世界を守る我らの役目だからな」

「…暑苦しいこった」


舌打ちしてから、ネセレはナイフで大きな肉を削ぐ。一切れをぺろりと食べてから、口端を拭う。


「終末だなんだで真っ向から戦うのは、アタイの主義じゃねえよ。だから…アタイはアタイの流儀でやるだけだ」

「…だろうな。お前らしい」


ふん、と満足そうなフェスベスタ。

同じく小生意気に笑いながら、ネセレは向こうの輪にいる老人を見る。


「あのジジイが動くんだ。なら、悪いようにはならねえよ…たぶんな」



※※※



「おひょーほっほっほ!あまり期待していなかったですけども、なかなか楽しいざまーす!まさかこんなところで世界中の美食を味わえるとは、思いもしなかったざます!」


いつもどおりの巨躯を、従者に用意させた豪奢な椅子に座らせつつ、トンコーはやはり従者に焼かせた肉を頬張っていた。


「ん~!やはりザーレド産の肉は脂が乗って美味ざます!でもやっぱりゲンニ産のほうがしっくり来るざますねぇ…妾の心の故郷という事ざましょうか?」

「おばさま、楽しんでいますかしら?」

「おひょ?」


夢中になっていた皿から顔を上げれば、そこには微笑むメルサディールが。

目を丸くしてからトンコーは微笑む。


「これはこれは、ディトリ・メルサディール。お久しぶりざますねぇ」

「いろいろと小忙しかったので、お会いする機会もなかったですものね。…おばさまの舌に合うようで良かったですわ」

「おーひょっひょっひょ!ここで不味いなんて口が裂けても言えないざます。怖い御仁がいらっしゃいますものねぇ」

「それは…」


ちょっと言い淀んでから、メルはトンコーへそれとなく尋ねる。


「まあ、おじい様は食には厳しい方ですから。トンコーおばさまも何か言われましたの?」

「いいえ、けれども翼種の古来の言葉で、触らぬなんとやらに祟りなし、とも言うざます」

「そうですわね。眠れる獅子を蹴り飛ばすのは、怖いもの知らずのやることですわ」

「まったくざますね」


探りつつも互いに笑いあう。メルとしてはなんで知っているのかと疑問符をあげたいところだが、まあカロンのやることだからいいか、と思考を投げ捨てた。これ以上、頭の痛い話を聞きたくはないのだ。


ちなみに向こうでは、ヴァーベルが腕相撲で連勝して冒険者連中を悔しがらせており、ついには冒険者複数人でヴァーベルに取り付いて勝とうとしているが、当人は大笑いしてビクともしない。とんでもない怪力の相手に皆が舌を巻く中、酒を飲んで上機嫌なティニマがご機嫌な様子でヴァーベルの腕をひねれば、錐揉み回転して机ごとねじ伏せられていた。化身の力配分が、腕力に全振りされているようだ。


そんな光景を横目にメルは雑談しつつ、トンコーと歓談する。


「ところでおばさま。近々、起きることに関して、おじい様から何かお聞きになりました?」

「起きること?いえ…」


一拍おいてから、トンコーは抜け目のない瞳を向けた。


「殿下、何やら騒動が起きるざますか?」

「…ここだけの話ですが」

「それは、まさか魔王…」

「そこまではわかりません。ですが、それに等しい存在が現れる、と」

「…むぅ」


流石に、予想だにしなかった言葉にトンコーは唸る。誰だって勇者から「もうすぐ魔王っぽいのと戦うから」と言われて、嬉しがる人間はいない。


「商人としては儲け時と喜ぶべきざますが…魔王となると、洒落にならないざますねぇ」

「おばさまはメルディニマへ戻りますの?」

「…資金の大半はあちらにあるざますから、まあ資産のほうは問題ないザマス。あとは妾が身一つで逃ければいいだけ、ざます」


一応、魔王との戦いの後、被害の度合いによってはこちらの元手で商売を展開することも予測できるため、全ての資産を移動させるつもりはない。資産だって金に変えてからメルディニマの通貨に変えたり、そのまま持っていくのだって資金が動くのだ。特に美術品の数はかなりに登るので、持っていくのもバカバカしくなる。

トンコーは扇子をパタパタしながら、メルへ尋ねる。


「殿下は残るざます?」

「ええ、勿論です。…ただ」


メルは憂い顔でため息を吐いてから、遠い目をする。


「お父様がどのような行動に出るか想像つきませんの。もしも良くない行動に出ることがあれば…」

「…頭の痛い問題ざますねぇ。頂点に問題があれば、動くことも難しい。国ともなればその齟齬もまた大きく、初動が遅れれば被害も増える…殿下も自由に動きづらいでしょうに」

「まったくですわ。アタクシの行動を邪魔するような事があれば、たとえ皇帝陛下でも容赦はしませんけど」


かなり過激な発言だ。思わず目を丸くするトンコーへ、メルは優雅に微笑みながら袖から何かを取り出す。

それは手紙であった。


「おばさま、後でこれをお読みになってくださいませんこと?」

「それは?」

「アタクシの今後の展望について、かしら?」


勇者の身の振り方を決めたらしきメルのそれに、トンコーは瞬きしながら受け取る。

それから、ふっと微笑んで扇子で口元を隠す。


「…なにやら、また大きく成長されたようですね」

「かもしれませんわね。一つ、覚悟ができましたの」

「覚悟?」


メルは、不敵にニヤリと笑った。


「アタクシ、もう親に振り回されるのはウンザリですから」


…なんとも、どこかの誰かとよく似た笑みであった。



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