第40話 鉄腕ビョルン
セトは、うっすらと目を開いた。辺りの温度は少し涼しくなっていたが、強烈な西日が天幕ごしに伝わってくる。
飛竜戦で魔力を使い切り、天幕を張ってから眠りこけていたらしい。
彼は身体を起こし、砂をはらった。
と、隣でビョルンが巨大な体躯を縮めて寝ているのが目に入った。
「大丈夫か!?」
そう尋ねるが、うんうんと唸るだけだ。まだ意識が回復していないらしい。
ちょうど天幕の外から話し声が聞こえたので、セトは出口の布を引き上げて外に出た。沈みかけた夕日を背に、皆が輪になって話し込んでいた。
「ああ、起きたか」マリアンが真っ先に声をかけてきた。
「ビョルンは?」
まだ、気絶したままだと答えると、一同は不安げな顔をした。
「実は、そのことで話し合っていたんだ。
ロビ、ザグ。ビョルンをウルグの街に連れ帰ってもらえないか?
彼をこのままにして砂漠を渡るのは危険すぎる」
「そうだな、仕方ない」
ジュリオが一番に賛成した。
「でも、兄さんの背中は誰が守るんだ? 俺達は二人じゃないと力を発揮出来ないぞ」
「ロビ、そんなことを言っている場合じゃないのはわかっているだろう。俺には剣聖もついている。大体、コンパスと四分儀で座標を割り出せるのは俺とお前しかいないんだぞ。大怪我したビョルンを砂漠に寝かせておくわけにもいかない」
珍しくジュリオがまともな説得をしている。しかしロビは不安そうだった。
「じゃあ全員で一旦戻るというのは……」
「だめだ、話がややこしくなる。憲兵に連れていかれて、根掘り葉掘り聞かれるだろう。誰かが魔術師のことを漏らせば、それで終わりだ」
マリアンが厳しい顔で言った。
「それに、もうここまで来たんだ。後戻りなんてできるか」
「しかし、皆さんの食料はどうします?」
ザグが、遠慮がちに話に入ってきた。
「ラクダを二頭分けてくれ。それに積んでいく。しばらくザグの料理はお預けだが、干し肉でなんとかするさ」
しばらく、細かいところをつめた会議は続けられた。
そういえばビョルンを一人天幕の中に置いてきてしまったが、大丈夫だろうか。
セトは気掛かりな視線を天幕に向けた。
「おおい! そこには敵がいるぞ!!」
天幕から大声が聞こえ、皆はびくっとしてそちらを眺めた。
セトが素早く中に入ると、驚いたことにビョルンは起き上がっていた。怪我の程度を考えると、恐ろしい体力だ。
「どうした?」
そう聞くと、ビョルンはきょろきょろと周りを見渡して言った。
「あれ?さっきまで敵がいたと思ったんだが」
セトは何もなかったことにほっとしつつ、包帯でぐるぐる巻きにされたビョルンの両腕を眺めた。止血はしたが、まだ血がにじんでいる。当然だろう。
「熱があるから悪夢を見たんだ。ひどい傷だからな。ラクダの血を持ってこようか。ザグが言うには、貧血にも効くらしい」
「あんなまずいもの、お前専用だろ。俺はラム酒がいい」
ビョルンはぜえぜえと息を吐きながらも気丈に言った。諦めてセトは外に出て、ビョルンの状態を皆に話した。ザグがぬかりなく持っていたラム酒を飲ませると、多少なりとも顔色がましになってくる。
一同が話し合った結果を伝えると、ビョルンは黙ったまま頷いた。ラインツが不服そうなビョルンを見つめて微笑んだ。
「そう気を落とすな。戦場じゃ命があっただけ幸運だ。
始めに言った金は払ってやるし、今後が不安ならカサン王国に一緒に来い。私の従者として雇ってやる。生活のことは心配するな。明日まで休んで、朝から別行動しよう。なに、一足先にウルグの都で傷を癒やせばいい」
「そうか」
気が抜けたような返事をして、ビョルンは再び横になった。本当なら、まだ起き上がることすら難しい怪我だ。相当無理をしたのだろう。
一同はひっそりと夕食をすませ、怪我人の眠りを妨げないよう話もそこそこに眠りについた。
しかし、セトだけは外に残っていた。昼間充分に睡眠は取ったし、眠っている間に魔物が来たら困るので、自ら見張りに立ったのだ。それに、ビョルンを巻き込んでしまった罪悪感もあった。
正しい方向へ進みはじめた途端、敵の攻撃が増すことは分かっていたはずだった。しかし、今回の件で実感した。魔王は本気で、この討伐隊を潰しにかかってきたのだ。再三の警告を無視したからだろう。やはり、一人で行くべきだったのだろうか。
星空の下で毛布に包まり、闇を見つめていると、後ろからがさがさと音が聞こえた。見ると、ビョルンが怪我をしているにも関わらず天幕から這い出してきている。
「敵はどこだ!? いたか?」
セトの前に突っ立ち、まだ幻を見ているかのように、ビョルンは叫んだ。
「いない、いいから休んでろ」
そう言ったが、彼はがんとして戻ろうとしない。
「おい見張り! あれが見えないか! 敵だ! 大将は剣聖ラインツだぞ! 皆武器を取れ!」
月を背に喚くビョルンを前に、セトは物悲しい気持ちになった。まだ熱が下がりきっておらず、どうやらカサン南北戦争の幻想を見ているらしい。同族同士の悲惨な戦いだったと聞いたことはあるが、ここまでうなされるほど酷いものだったのだろうか。
「ビョルン! しっかりしろ!」
「兵団長と呼べ!」
せっかくの好意は、ビョルンに怒鳴られて終わった。だが、セトは諦めずに姿勢を正してそれらしく言ってみた。
「兵団長! あんたは負傷者だ。前線に出ず、天幕へ戻って下さい」
「何だと? 俺のどこが負傷者だ!」
意識が朦朧としているわりに、声は驚くほど大きい。
「俺は鉄腕ビョルン! 斧を使わせたら右に出るものは……」
そこで、やっと彼は気付いたらしい。
「おい、見張り! 俺の斧をどこへやった? いや、この手は何だ!!」
セトは言葉に詰まって答えられなかった。ビョルンは、自身の丸太のような腕をしげしげと眺めていた。包帯で巻かれている両腕は、二の腕までしかない。
「……もう、戦わなくていいんだ」掠れた声で、やっとセトは言葉を絞り出した。
「ラインツが面倒をみてくれると言ってた。いけ好かない奴だが、約束は守るし金払いはいい。召し使いを雇って、好きに暮らせば……」
「好きに暮らす?! 俺の天分は戦いだ! 戦場が俺の居場所、敵を殲滅することがヴェルナース傭兵の名誉だ!」
ビョルンが両腕を天に差し伸べ、咆哮をあげた。
「もう戦えない、だと? この俺が、もう戦えないだと!!」
そのときセトは微かな金属音に気付いた。ビョルンはいつも角のついた兜を被っていたが、今は寝起きのはずだ。それなのに何故か、月を背にした大きな身体に見合った、巨大な角が見えた。そして、金属音が大きくなるにつれて、びりびりと包帯が破けた。両腕から、大きな斧が二つ、まるで元から生えていたかのように飛び出す。
「やめろ、希望を捨てるな!」
セトは何が起こったかをやっと理解し叫んだが、もう遅かった。
赤い瞳をぎらつかせ、ビョルンは魔物にしか分からない悲鳴のような声を上げた。
「おい、セト。見張りはどうした!」
ラインツの言葉と共に、流石に皆起き出してきた。そして、セトが指さしたビョルンの姿にあっけに取られる。彼の姿はどんどん変わっていった。砂をまとったような鎧を身につけ、いつもの陽気な笑いは砂の面に隠れて見えない。まるで、最初に出会った素焼き祭りのときのようだ。
「ビョルンなのか?」
ラインツの言葉には答えず、獣のような声を上げ、両手の斧で彼は襲いかかってきた。
危うくかわしたラインツは、ギン、という音と共に斧をいなす。が、そこは馬鹿力のビョルンだ。斧をいなした長剣は、あっという間に刃こぼれした。
その間に、ビョルンはラインツに突っ込んでいく。慌ててジュリオとロビが間に入り、斧の刃からラインツの頭を守った。しかし、その剣も斧の重さには敵わない。ましてや、相手が魔物だとなおさらだ。力負けをする前に、彼らはぱっと飛び退いた。
このコンビネーションは流石だ。
セトは、なるべく距離をとり、機会を窺っていた。接近戦で火矢はまずい。味方も巻き添えになることが多いのが、魔術の嫌な特徴の一つだ。
そのとき、黄金の輝きが砂漠の白い砂に映えた。マリアンの魔力を断ち切る魔力の剣だ。
セトは、知らず知らずのうちに叫んでいた。
「マリアン、止めろ!」
「私は姉を斬った女だ!」
返事の代わりにそう言うと、彼女はビョルンの懐へ突っ込んでいった。その後に、ラインツも続く。ビョルンはマリアンの一撃をやすやすとかわし、その後ラインツの攻撃をがしっと受け止めた。つばぜり合いは一瞬で終わり、ラインツの剣はばんっと音を立てて遥か上空に飛んでいった。
ラインツが息をのんだのがわかった。剣聖の本気の一撃を跳ね返されたのだ。しかし、その後ろには再びマリアンの黄金の剣が控えていた。
魔力を断ち切る魔力の剣。それも受け止められるとふんだのだろう。ビョルンは長剣に構うことなく、マリアンの脳天目がけて左手の斧を振り下ろした。
セトは余りの衝撃に目を見張った。
魔力で出来た斧を、それよりも数段薄い黄金の剣が切り裂いていく。上半身をそらしたまま、マリアンが斧をまるで肉でも断ち切るように切り裂いた。そして、それに続く胴体も。魔物に太刀打ちできるのは、やはりこの剣をおいて他にない。
ビョルンが、魔物とは思えないほど静かな口調で言った。
『戦いの中で死ねて幸せだった。しかも、剣聖と素焼き祭りの優勝者二人を相手に』
剣が心臓まで達したとき、セトの中にある感情が流れ込んできた。今まで、努めて見ないように心がけていたものだ。
走馬燈、と言ってもいいかもしれない。あの剣にとどめを刺され、セトに魔力を吸収された魔物が、最後にみる夢のようなものだ。
両親が病気で死んでしまったときに、親切にしてくれた近所のマリー。ビョルンは、彼女の優しさに惚れてマリーと婚約した。
こんな田舎で木こりをやっていても、暮らし向きは知れている。だから、傭兵部隊に入ることにした。これでマリーにもいい家を建ててやれる。
そう思っていたが、現実は違った。傭兵部隊はどこにでも派遣される。敵も味方もない。金をもらっては誰彼構わず殺す毎日。半年以上、国外に派遣されることも日常茶飯事だ。
留守しがちのビョルンに、マリーが不満を持っていたことは、彼女が手紙を置いて出ていくまで全く知らなかった。いや、気付くのが嫌だっただけで、どこかでわかっていたのかもしれない。いい材木を使った二階建ての住まいも用をなさなくなった。
今や、彼の居場所は戦場だけだ。戦だけが血をたぎらせ、彼を人間に立ち返らせる。
いや、もしかすると、マリーがいなくなった時点で、既に人間ではなくなってしまったのかもしれない。
「……ビョルン。間違いなくお前は人間だった。そうでなければ、こんな勝算がない戦いになんてついてきてくれなかっただろうから」
セトは、誰に言うということもなく、ぽつんと呟いた。ラインツがため息をついて言った。
「惜しい人物を亡くした。あいつは敵にしては厄介だったが、味方になればとことん頼もしい奴だった」
皆で砂を掘って彼を埋め、手を右胸に当てて、黙祷した。
今まで何回も魔物の最後は見てきたが、顔見知りが亡くなるのはこれで二回目だ。
「……これで、わかっただろう。魔王は絶望で味方さえ魔物に変える。
降りたい奴は、間に合ううちに降りてくれ」
「馬鹿言うな」
セトの発言に、怒ったようにジュリオが言った。
「俺らは今まで、金のために案内をしてきた。でもな、今日の出来事で分かった。
魔王を早く止めないと、本当に大変なことになる。こんな状況で降りられるか」
ロビも、横で力強く頷いている。
「……ありがとう」
セトは少し照れながら礼を言った。




