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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第39話 飛竜が魔物となるとき

「いやー、こんな楽勝じゃ俺も来た甲斐がねーな」


 斧を振り回しながら、ビョルンが退屈そうに言った。

 彼らはまた、灼熱の砂漠を風幕を張りつつ四分儀の示す通りに歩いていた。

 ジュリオがおどけた顔で茶化した。


「何をいってるんだ。幻相手に思いっきり戦っていたくせに」

「いいじゃねえか、戦ってたんだから。宝を見つけて走っていったお前よりまだいいだろ」

「なんだと? 俺らがいなきゃ、お前ら砂漠でミイラになるんだぞ?」


 皆、暑さでイライラしているようだ。昨日の睡眠不足も相まって。

 セトは、話題をそらそうとビョルンに聞いた。


「どうして木こりを辞めて傭兵になったんだ?」

「稼げるからだ。それ以外何でもねえよ」


 相変わらず不機嫌だったので、セトはもう黙って風幕を張ることに集中することにした。ここで仲間割れするよりは、黙って歩き続けたほうがいいというものだ。しかし、今度はセトにラインツが懐疑的な視線を浴びせてきた。


「で、お前の言った座標に向かっていることは分かった。だが、本当に魔王はいるのか?」

「いる」


 ラインツの問いに彼は即答した。


「索敵という魔術があるんだ。敵の魔力を読み取り、円を描くように敵を探していく。

 あんたの魔力が見えるという能力と少し違うのは、範囲を広く設定できるところだ。

 魔王も俺が索敵を使うことは予想してきて、逆に返り討ちに合った。

 でも、奴は知らない。俺が索敵の魔術を、リュシオン先生と割り出した座標ただ一点に絞って当てたことを」


 そうだ。索敵の魔術をただ一点に当てたとたん、魔王はこちらに反撃してきた。逆に言えば、魔王がその位置から動かずにいたからこそ、索敵を始めて瞬時に反撃してきたのだ。


「なるほど。動かないのか、動けないのか。まあ、こちらとしては好都合だな」

「おいおい、うごかねえ敵に一発当てるくらい朝飯前だっての。俺の斧で一撃だぜ」


 ビョルンがあまりに楽観的なので、セトは思わず警告した。


「言い忘れていたが、相手は元古代竜だ。世界最強の生物だぞ」


 そう言った瞬間、ラインツとビョルンの顔に緊張が走った。


「古代竜だと! カサン王国じゃ、戦争中も古代竜のいる地域だけは刺激しないよう通達が出されていたぞ!」

「そうだ。強いからこそ、奴は動かない。

 そして、その魔力の存在だけで、全世界の絶望を魔物に変える」

「なるほど、ちっとは倒しがいのある魔物というわけか」


 ビョルンが歯を見せて笑った。


「そうだ! 自慢の腕がなるだろ、皆!」


 マリアンが昨日のことが嘘のように、生き生きと言った。空元気のようにも見えるが、彼等が腕試しをしたがっているという気持ちは本物だ。セトにはそのあたりが理解できなかった。所詮剣士と魔術師の違いというやつだろう。

 風幕を張って数時間歩きつづけたが、一面の砂漠で風景に全く変化がない。昼時になったので、仕方なく風幕を止めて、ぎらぎらと輝く太陽の下に布の天幕を張った。一番暑い昼時には、食べて昼寝をしするのが砂漠流だ。風幕で涼しかった分、いざ止めると暑くて仕方がない。


「セト、前みたいに水だせよ、水」


 ジュリオが無茶を言ってきた。


「無理に決まってるだろう。あれは夜だから何とかなったんだ。今やっても蒸れるだけだ」


 そう言って、セトは暑い砂を掘り、少しでも冷たい砂を表に出してその上に横になった。このところずっと風幕を張っているのだ。兵士達と進む速度は段違いとはいえ、テントを張る作業が終わるとへとへとになっている自分に気がつく。風幕は、もうやめたほうがいいかもしれない。もしものときに役に立たない魔術師は嫌だ。

 やがてザグが鳥肉を挟んだパンと水をくれた。彼は外国の味覚に合わせることができるらしく、いつもの甘い味付けが、岩塩をふった甘辛い味に変わっている。

 外国の味に合わせてくれているのか、と聞いたら、どうやらそうではないらしい。甘いものが好きなレムナード人でも、砂漠を長期間旅するときは岩塩を舐めるのだという。


「皆さんは、塩辛い味に慣れてらっしゃるようなので鳥に振り掛けてみました。

 こんなに好評とは思いませんでした」


 そう喜ぶザグの手には、やはりあの甘いジャムに漬けた鳥肉と岩塩の塊があった。どうやらザグ自身はレムナード式の食事で済ますらしい。腹がくちくなった後は、うだるような暑さのなか、天幕の中でしばし休憩する。表面の砂は大体外へ掻きだしたが、それでもすぐに温度が上がってくるのが分かる。

 こういうときは昼寝に限る、と皆で少し仮眠をとる。夜は魔物にとって好都合だ。襲われたりすることが多いので、こうして寝ておくことは必要なのだ。

 しばしの休憩の後、彼らは天幕を畳み、また西へと歩き始めようとした。


 そのときだった。西の空に何か黒い点が数十、こちらへ向かってくるのが見えた。


「おいおい、まだ昼間だぞ!?」ジュリオがうんざりしたように言った。


 黒い点はますます大きくなり、瞬く間に全容が分かってきた。ラインツが一番に叫んだ。


「まずい、飛竜の群れだ! これは手強いぞ!」


 ラインツが指摘した通り、三十匹ほどの飛竜が空を舞っている。しかし、普通の飛竜ではなかった。セトも図鑑でしか見たことがないが、普通飛竜は銀色の鱗を持っている、人が三人くらいは乗れるサイズの竜だ。しかし、その群れの竜は、黒い魔力のもやで覆われているように、輪郭がはっきりしない。


「もしかして、あれも魔物か?」


 マリアンが聞いてきたので、セトは頷いた。間違いなく、既に魔物となっている。

 しかも、昼活動できるということは、かなり強力な魔力を持っているということだ。


「待って、今火矢を放つ!」


 セトは素早く呪文を唱え、飛竜に向かって数十本の矢を繰り出した。しかし、さすが起動力は抜群だ。数匹には当たって悲鳴が上がったが、どれだけ制御しても、追い回すばかりでなかなか当たらない。しかも竜は魔力に強い。火矢程度の魔力では、当たっても致命傷にはならないようで、余計猛り狂って襲い掛かってきたた。


「皆、用心してかかれ!」


 ラインツに命令されるまでもなく、降下してきた一団にマリアン達接近戦部隊が一太刀浴びせた。黒い霧を纏った飛竜が尖った牙で彼等をかみ砕こうとしてくる。

 その脳天を、ビョルンが斧で打ち砕いた。テンションが上がったのか、いやっほう、と叫んでいる。マリアンの剣も何の抵抗もなく、やすやすと飛竜を切り裂いた。ぎゃっと声があがり、見るとラインツが三匹相手に戦っている。尖った爪や牙を寄せ付けないようにしているのか、くるくると回りながらまるで舞うように戦っていた。双子はやはり背中をくっつけて、それこそ一匹の生き物のように動いている。降りたら刺されるということが分かったからか、いきなり全ての飛竜が上昇した。剣の届かない遥か高みまで上ると、ぐるぐると鳶のように回りだす。マリアンが言った。


「どうする? あそこまで上がられてはどうしようもない。火矢をもう一回放つか?」

「いや、よけられるだけだろう」


 それに、セトの魔力もそろそろ危なくなってきた。一発で決めなければ、どうしようもなくなる。そもそも、遠距離が得意なのは彼だけなのだ。

 火も使えず、この砂漠で水はなおさら無理がある。風は飛竜の十八番、砂だって届かない。四大元素がまるで使えない状況だ。どうすればいい、とぎらぎらした太陽に目を細めながら、セトはぐるぐると回って隙を窺う飛竜を眺めた。


 そして、はっと気付いた。太陽があるじゃないか。それも、特にぎらついた。

 太陽の力を使う魔術が、確か古文書に書かれていたはずだ。


「『オートソル』を使う! 飛竜が低く飛んできたときは気をつけてくれ!」


 彼は言うなり、黄金の杖をかざし、ありったけの魔力を込めて呪文を唱えた。もうこの魔術で魔力は尽きるだろう。上手くいくかいかないかは、やってみてのお楽しみだ。

 精霊の唱和が立ちのぼり、世界がぐるっと回るような錯覚を覚える。明らかに魔力切れだ。昨日からの風幕や地面のガラス化がじわじわ効いてきたのかもしれない。だが、ここで止めるわけにはいかなかった。ばんっと軽快な音と共に、花火のように一筋の黄色い光が杖から打ち上がった。その光は上空で散開し、大規模な魔方陣となる。

 太陽の光が、その魔方陣に反射すると同時に、魔方陣の中心から巨大な光球が次々と生み出された。そして、空中を縦横無尽に飛び回り、飛竜を追いかけていく。そのスピードは火矢の比ではなかった。光に追いつかれた飛竜は悲鳴を上げて落ちて来る。翼が焼け、黒い霧状の幕が剥がれかかっているのが見えた。光球はどんどん出続けて、飛竜の数は減っていく。もう十匹をきった。

 しかし、そのとき。群れのリーダーらしき飛竜が、作戦を変えたらしい。全ての飛竜が一気にこちらへ突っ込んできた。


「危ない!」


 術者が誰か、ということすら、飛竜は分かっているのだ。マリアンが剣を振るい飛竜を牽制したせいで、セトは危うく難を逃れた。が、そのすぐ後ろをごっと音を立ててオートソルの光球が飛んでいったのには恐怖を感じた。


「『オートソル』を解除する!」


 そうしないと、飛竜を追ってきた光球に当たって大惨事になりかねない。彼は思わずそう叫んだ。空に浮かんだ魔方陣が粉々に散り、光球はふっと消えた。

 後、何匹だ。回りを見渡すと、すでに飛んでいるのは群れのリーダーだけだった。

 そのとき、群れのリーダーがまた急降下してきた。ラインツを狙っている。そして、それを阻止しようとビョルンが斧を投げつけた。斧は狙ったように飛竜の眉間に当たり、耳障りな声を残して飛竜は砂漠に転がった。


「いやはや、終わったぜ。いい肩慣らしだったな」


 ビョルンがそう言って眉間に挟まった斧を引き抜こうとした途端、飛竜ががぶり、とビョルンの両腕に噛みついた。傷が浅く、まだ生きていたのだ。


「ビョルン!」


 ラインツが慌てて飛竜の首をなぎ払った。首がごろんと白い砂の上に転がり、赤い血がじわじわとしみこんでいった。


「おい、大丈夫か!」

「……油断した! いってえええええ!」


 ビョルンが両腕を抱えるようにしながら、うずくまった。セト達が青い顔をして駆け寄ったときには、どさっと横向きに倒れていた。口から泡を吹き、気絶している。


「おい、ビョルン! しっかりしろ! 止血だ、止血帯を!」


 マリアンが叫び、避難していたザグが転がるようにしてラクダの背から止血帯を持ってきた。


「悪いが、もう一度天幕を張ってくれ。とりあえず止血して、寝かせよう」


 ラインツが暗い顔で言った。ザグとセトは、早速天幕の準備に取りかかった。悪い夢をみているようだった。

 こんな場所で、こんな魔物に、『鉄腕』のビョルンが負ける訳がない、と頭のどこかで思っていたからだ。

 しかし、その思いこみは覆された。ここからの戦いは、もっと厳しく、もっと恐ろしいことになるだろう。セトはそう考えながら、天幕を張る釘を砂に打ち込んだ。

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