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第1話 怪物ハイセイコーの菊花賞

 

 直線でタケホープ、イチフジイサミに交わされ、どんどん差を広げられて3着で入線する鹿毛の馬。怪物ハイセイコーの初の敗戦。

 

 自分がその映像をニュースで見たのは、まだ小学校に上がる前のことである。

 

 そのレースがダービーというビッグレースであること。ハイセイコーを下した2頭の馬の名前。そして、前に出るのが早過ぎて抜かれてしまったように見えたこと、それが騎手の失敗だったように思えて仕方なかったこと。

 それなりに長い年月を生きてきた自分だが、遥か昔のこの記憶は、この瞬間の自分の感情や思考とともに、今でも鮮やかに再生される。

 

 果たして、幼稚園児時代の記憶がこんなに鮮明に残っていることが普通にあり得るだろうか。さらには、幼児が、前に出るのが早過ぎたなどという感想を抱くものだろうか。後から知った事実で記憶が上書きされているだけではないのか。

 

 この疑問は、もう一つの記憶でたぶん否定できる。それは、今度はテレビの競馬中継でリアルタイムで見た、ハイセイコーの菊花賞だ。

 

 道中を快調に走るハイセイコーを見詰めながら、後ろにいるタケホープが怖くて仕方なかったこと。直線で後続を大きく突き放した姿に興奮しながらも、タケホープの影に怯えていたこと。そして懸念した通り迫ってきたタケホープ、内を逃げるハイセイコー、外から猛追するタケホープ、テレビの前で何度もジャンプしてハイセイコーを応援する自分――

 この光景がクリアによみがえるのだ。そして2頭が完全に並んだところがゴール板だった。

 

 たぶん、写真判定という言葉を知ったのは、このときだったと思う。自分にはどっちが勝ったのか全く分からなかった。一緒にテレビを見ていた父が、スロー再生を見て「これはタケホープが勝ったんじゃないか」「もしかしたら同着かもしれない」と言ったこと、『同着』とは何かと自分が父に尋ねたことも、鮮明に思い出される。

 

 さすがに馬番までは覚えていない。しかし空白だった着順掲示板の1・2着の枠に、タケホープ・ハイセイコーの順に馬番が表示されたこと、その横に「ハナ」の文字が写っていたこと、父がハナの意味を自分に説明したこと、そしてそんな微差で敗れてしまったことへの、何ともあきらめがつかない残念さ。

 

 自分が生涯で初めて見た菊花賞の記憶は、ここまでだ。

 

 この記憶から長い年月を経た今でも、着差に「ハナ」の文字を見たとき、真っ先に想起するのは、この日のゴール板だ。

 

 

 

  ※※※

 

 

 


お読みいただきありがとうございます。

「怪物ハイセイコーの菊花賞」いかがでしたでしょうか。

ご感想や、みなさまの体験談などお寄せいただけますとうれしいです。

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