誓約
「……大変そうだな」
苦痛で意識が朦朧としている中でハッキリと聞こえるその声の主。
むろん聡は誰かを知っている。
「何しに来た?」
「むろん約束を果たしに来た」
「もしかして……」
「おまえが俺を……」
「殺そうとしている?馬鹿々々しい」
「だが、医者はどこも悪いところはないと言っていたぞ」
「そのようだな。だが、精密検査はしていないだろう。まあ。それを含めておまえの運命だ」
「……と言いたいところだが、このままでは死ぬ運命のおまえに朗報だ」
「救ってやってもいいぞ。もちろん条件付きだが」
「聞くか?」
「当然だろう」
「こちらからの依頼を受けろ」
「依頼?」
「そうだ。むろん、そう難しいものではない」
「まもなく死にいく者にそれを伝える。ただ、それだけだ」
そこまで言ったところで、男は笑った。
「そう。つまり、私がおまえにやったことをやればいい。簡単だろう」
「それさえおこなえば、おまえはこの世界に留まれる。悪い話ではないだろう」
「断れば?」
「このまま死ぬ。一応言っておけば、実際、おまえはもう死んでいる。私と話をするために生かされているだけだ。その証拠に……」
「先ほどに比べて全く苦しくないだろう?」
男に言われてようやく聡は気づく。
たしかに先ほどまでの猛烈な痛みはない。
「……ああ」
「それはおまえが死んでいるからだ。あと数時間もすればおまえの母親がここにやってくる。そして、冷たくなったおまえの死体と対面するのだ」
「さて、どうする?」
「……やらせてくれ」
聡の言葉から数瞬後。
「いいだろう」
「だが、それをおこなううえで守ってもらわねばならないことがある」
「その中でも大事なのは、自分の仕事について喋らない」
「もちろん客を除くが」
「守れるか?」
「もちろんだ」
「一応言っておけば、この約束を破った瞬間、おまえは死体になる」
「死ぬということか?」
「まあ、同じといえば同じだが、おまえはこの時間に戻り死体になるということだ」
「わかるだろう。すでに死んだおまえが約束を守っている間だけ生き続ける。そういうことだ」
「むろん時間は過ぎ、おまえも年齢を重ねることができる。うまくやれば、おまえは二回死ぬことができる」
「なるほど」
「それは是非実現したいものだ」
「だが、死んでいるのに生きるとはゾンビのようだな」
「まったくだ」
「だが、どういう形であっても死んだはずのおまえがこれからも現世に留まれることは喜ばねばならない。そして、せっかく生きられることになったのだ。おまえを育ててくれた母親に最大級の感謝し、できるかぎりのお礼をすべきだ」
「……ああ」
「ひとつ聞いていいか」
「もちろんだ」
「俺がおこなう仕事は、もうすぐ死ぬ者のそれを伝えるというもの。それでいいか?」
「まあ、凡そ間違いない」
「それをおこなう意味があるのか?」
たとえば、それを知ることによって死を免れるということであれば、それをおこなう理由はある。
だが、免れない死を伝えられてどうなるというのだ。
聡の言葉は言外にそう言っていた。
「それを知り、恐怖に慄きながら死を迎える。それを空の上から眺めているとは天使とやらは随分と趣味が悪いな」
「まあ、それは否定しない」
「だが、すべてがそうとは言えないだろう」
「試みに問うが、おまえの回りで死の直前、告死天使がやってきたという話を聞いたことがあるか?」
「いや。ないな」
「まあ、そうだ。それが一般的であれば、おまえだってもう少し真剣に私の話を聞いただろうし、医者を脅してでも心臓の精密検査をおこなわせただろうからな」
「つまり、そういうことだ」
「俺が選ばれたということか?」
「いや。選ばれたわけではない。ただ……」
「引っ掛かっただけだな」
「引っ掛かった?」
「そうだ。これでも我々は天使。平等に仕事をしている」
「つまり、死が近くなった者、その全員のもとに告死天使は訪れ、その死を告げる」
「だが、その大部分の者は聞いた瞬間、記憶から消える」
「いわゆる夢の中の出来事」
「おまえだって夢のすべてを覚えているわけではないはずだ。そのようにして、告死は忘れられ、その者はやがて死を迎える。だから、先ほどおまえが言ったようにこれからやってくる死の恐怖に震えることはないし、天使に死を告げられたなどと口にすることがないわけだ」
「だが、たまにそうでない者がいる」
「おまえのように」
「我々はそのような者に対して特典を与えている」
「それが、これからおまえがおこなう仕事。そして、その報酬というわけだ」
男の言葉、そのすべてを信じたわけではない。
なにしろ、その話は常識の外にあるもの。
オカルトや超自然現象的な話を鼻で笑っていた聡としては受け入れられないものではある。
だが、この男の言葉によって自分の疑問は解決するうえ、辻褄があっているため、否定はできない。
なにより、ここでそれを否定し、最終的に死ぬことになれば、悔やんでも悔やみきれない。
奇跡的に助かるはずだったものを自ら断ち切るようなものなのだから。
とにかく、ここはすべてを受け入れるべき。
ある小説のタイトルを思い浮かべながら聡はそう呟く。
「具体的な手順はどうなる?」
「難しいことはない。まず、依頼は封筒で送られる。むろんおまえ宛て。差出人はなし。客の住所と名前が記されている」
「お袋が見る可能性だって……」
「だから、封筒だ。もっとも、おまえ以外の者には中を読むことはできないが」
「そして、そこに書いてある者に会いに行き、もうすぐ死ぬと告げればいいのだな」
「そういうことだ」
「簡単だろう」
「まあ、相手を見つける方法などいくらでもある。その点については心配していない。問題は……」
「相手にどう話すのか?マニュアルがあるのか?」
「いや」
「特別にそのようなものはない。好きなように話すがいい。一応資料として客の死因や死亡日時は書かれている」
「……死んでもいないうちから、死亡日時なのか。予定ではなく」
「そうだ。それは決定事項だからそれでいいのだ。それと……」
「言っておくが、我々は死ぬ予定の者にその死を知らせに行くだけで、こちらでその者に死を与えるということはおこなっていない。当然おまえが心配しているようなことも仕事には含まれていない。安心するがいい」
「俺の身分は……天使なのか?もしかして」
「いやいや。おまえは天使の補助見習い補助くらいの階級だ。いいだろう。自分の名前と学校名で」
「そんな奴にもうすぐ死ぬと言われても信じる奴などいないだろう」
「そういうことだ。そして、それが一番」
「おまえのように聞き流さず、反応されるほうが困る。色々とアフターケアが発生するから」
「まあ、そういうことで、おまえに対するアフターケア。その一。実地研修だ」
「実地研修?」
「そうだ。私が持っている案件。それをおこなうのに立ち会ってもらう」




