踏み出した一歩
その日の放課後。
狭い部屋で聡は弥生とふたりだけで作業を始める。
本来であれば、教室でおこなうものであるのだが、女子生徒たちの何とも言えない雰囲気を感じた聡は早々にそれを諦め、それを察した教師は自身が管理する化学準備室を提供したのだ。
「くれぐれも間違いがないように……」
冗談半分であったものの、弥生の一睨みにより言葉を最後までいうことなく、教師は消える。
そして、文字通り、間違いが起きても誰にもばれない状況になった。
いくぞ。
聡は決心し息を吐く。
「一応確認しておく。橘」
「……弥生様と呼びなさい。聡」
確認したかったことはその会話でケリがつく。
「……つまり、記憶にあるわけだな」
「当然でしょう」
「では、尋ねる。なぜ俺がやってくることを知っていた?」
そう。
これが聡にとっての大いなる疑問であった。
夜の自分は、あくまで告死人。
つまり、精神の中に侵入するもの。
もちろん事前に告知などしない。
それにもかかわらず、最初に顔を合わせたときから、弥生は聡が来るのをしっていたかのような振舞いをしていた。
これはあり得ない話なのだから。
「言っておけば……」
「あなたが来ること自体は知らなかったことはもちろん、あの日に来ることも知らなかった。だけど、死を告げる者がやってくることは知っていた」
「どこで知った?」
「それは内緒」
「とりあえず理解した」
「おまえの死因は知っているか?」
「自殺でしょう」
「なぜ死ぬ?」
「それも秘密。それよりも死を告げる者がなぜその仕事をしないの?私が魅力的過ぎて仕事を忘れていたということはないでしょう」
「なぜ?」
「そんな馬鹿々々しいことはやめろと伝えるためだ」
「自殺するなということ?」
「そうだ。どのような理由で死ぬかは知らないが、それだけの理由はあるのだろう。だが……」
「死にたくなくても死んでいく者はたくさんいるのだ」
「それを考えたら、自ら人生を終わりにするなど愚かなことだろう」
「そうかしら」
「もちろんだ。もちろん、それだけの問題を抱えているのだろう。だから……」
そこまで言った聡は弥生を眺め直す。
「その問題が解決できるように俺が協力する」
「もちろん俺の力など微々たるものだろう。だが、それでもふたりで考えれば解決策だって見つかるかもしれないだろう」
「どうだ?」
あの手紙を受け取ってから溜め込んでいた想い。
聡はそのすべてを吐きだした。
その一瞬後。
いや。
その数百瞬後。
弥生が口を開く。
「わかった」
「では、その第一歩として……」
「私とつきあって」




