第32話 積雪の葬送と、復讐の胎動
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
前回、あまりにも残酷な形で幕を閉じたリビエラ村防衛戦 。
守り抜いたはずの勝利の朝に、アドリックが支払わされた代償は、かけがえのない少女の命でした 。
今回は、その激闘から数ヶ月 。
深い雪に閉ざされていた村に、ようやく春の兆しが訪れます 。
しかし、かつて「家族経営」で村を守ろうとした少年の心には、二度と解けることのない氷のような殺意が宿っていました 。
失われた光と、動き出す魔王軍の思惑 。
そして、復讐の旅路へと踏み出す二人の背中 。
第一部、完結です。
リビエラ村を襲った、あまりにも残酷な春の予感。 数日前の激闘が嘘のように、空は抜けるような青を湛えていたが、村の広場に漂う空気は凍てついたままだった。村の外れ、小高い丘の上に、一つの掘りかけの穴がある。 そこへ向かう葬列は、静かだった。ただ、雪を叩く足音と、誰かの押し殺した啜り泣きだけが、乾いた冬の空気に吸い込まれていく。 棺の中に横たわるソフィリアは、驚くほど綺麗だった。
ルッツが不眠不休で、それこそ魂を削るような執念で修復した彼女の身体。 首筋に残った無惨な断絶の痕跡は、丁寧に整えられた美しい金髪と、純白の死装束によって覆い隠されている。 アドリックは、その棺のすぐ隣を歩いていた。 泣き叫ぶロイドを支えることも、祈りを捧げるハンナの肩を抱くこともせず、ただ一点を見つめていた。 (……冷たいな、ソフィ)出立の前、一度だけ触れた彼女の指先を思い出す。 つい数日前まで、自分の胸の中で温かな鼓動を刻んでいた、あの柔らかい温もりはどこにもない。 アドリックの瞳からは、かつての「村を豊かにしたい」という温和な光が完全に消え失せていた。そこに宿っているのは、底知れない闇と、精密機械のように冷徹な『殺意』の火だけだった。埋葬が終わり、墓標としてソフィが愛用していた、あの純白の勇者の剣が土に突き立てられる。 アドリックはその前に立ち、長く、長く沈黙した。(……ごめん、ソフィ。俺が、甘すぎたんだ)平和な村。幸せな家族経営。そんな甘っちょろい夢を見ていたから、敵の『執念』を見誤った。 司令塔として、リスク管理に致命的な欠陥があったのだ。 アドリックは心の中で、自分自身の「甘さ」という無能を、ズタズタに切り刻んでいた。(待ってろ、ザイラス。……そして魔王軍。お前らという『存在』をこの世から消し去るコストを、俺がこの手で、一分一秒残らず清算させてやる)†場面は変わり、北の果て。 年中、禍々しい雲に覆われ、生物を拒絶するような魔力が渦巻く場所――魔王城。その最奥、深紅の絨毯が敷かれた謁見の間では、重苦しい沈黙が流れていた。 玉座に鎮座する、圧倒的な存在感を放つ『魔王』。 その足元で、片膝をつき、包帯に塗みれた姿で報告を行っているのは、知将ザイラスだった。「……報告は以上です。軍勢は全滅。側近も失いました。リビエラ村の攻略は……失敗に終わりました」ザイラスの声は掠れていた。 地下トラップのダメージと、身代わり魔法の反動は、将軍である彼の身体をボロボロに削っていた。「……だが、勇者は殺したのだな?」玉座の傍ら、魔王軍の副官とも言える高位の魔族が、冷たく問いかける。「はっ。間違いなく。私の魔力コピーが、その首を刎ねました。あの村にいた『イレギュラー』は、もはや存在しません」その言葉を聞き、玉座の主が、僅かだけ口角を上げた。「……よかろう。数万の兵と引き換えに、辺境の芽を摘んだ。費用対効果としては、及第点だ。ザイラス、貴様は下がって傷を癒せ」魔王たちにとって、数万の魔物の命や、一人の将軍の負傷など、取るに足らないリソースの消費に過ぎない。 彼らの関心は、既に次なる大きな『盤面』へと移っていた。「リビエラ村などという田舎のことは、もうよい。本命は『聖教国』だ。あの光の加護を持つ勇者パーティー……。連中をまず、何とかせねばならん」魔王軍の首脳陣たちは、地図を広げ、聖教国への侵攻計画を練り始める。 彼らの傲慢さが、そして「及第点」と吐き捨てたあの村の出来事が、自分たちを根底から滅ぼす死神を産み落としたことに、誰一人として気づいていなかった。彼らは知らない。 一人の優秀な司令官から、最も守りたかった『光』を奪うということが、どれほど恐ろしい破滅を招き寄せるのかを。†――数ヶ月後。 リビエラ村に、ようやく本物の春が訪れた。
雪は解け、大地からは青々とした芽が吹き出している。
破壊された防壁は、ルッツが最新のドワーフ技術を注ぎ込み、以前よりも高く、強固なものへと作り替えられていた。 村の運営システムは、アドリックが構築した「自動防衛・生産マニュアル」によって、彼がいなくても回るほどに洗練されていた。春の陽気に包まれる村の出口。 そこには、旅装を整えた二人の少年の姿があった。 一人は、アドリック。
以前のような少年らしい柔らかさは微塵もなく、その眼差しは剃刀のように鋭い。腰にはルッツが打ち直した最新の魔導銃が帯びられていた。もう一人は、レイオス。 彼はあの日、ソフィを守りきれなかった自分を呪い続け、この数ヶ月、死ぬ物狂いで自分を鍛え上げていた。 その腰には、以前よりもさらに鋭く研ぎ澄まされた二振りの双剣が差されている。「……行くのか、アドリック」 レイオスが、低く落ち着いた声で問いかけた。 アドリックは村の出口から、遠く北の空を見つめる。「ああ。村の引き継ぎは終わった。パパとママ、それにルッツがいれば、この村はもう落ちない」アドリックは一度も、後ろを振り返らなかった。 丘の上で春風に揺れているはずの、あの金色の髪のような花も、勇者の剣の墓標も見ようとはしなかった。「……聖教国の連中が魔王軍とどう戦おうが、そんなことは俺の知ったことじゃない。世界の平和なんて、どうでもいい」アドリックが口にしたのは、かつての理性的で冷徹なルールではなかった。 ドス黒く、粘り気のある、純粋な『憎悪』だった。「あのザイラスのクソ野郎だけじゃない。……魔王ごと、全部ぶっ殺す。魔王軍っていう、この世で最も不快な組織を、俺がこの手で……塵一つ残さず『完全解体』してやるよ」その言葉には、かつての穏やかな生活を望んだ少年の面影はなかった。 あるのは、全てを焼き尽くすまで止まらない、復讐鬼の決意だけだ。「……いいぜ。おまえの行く地獄に、俺も付き合ってやる」レイオスが短く答え、二人は歩き出した。 守るべき光を失い、世界で最も危険な復讐者へと変貌した二人の少年。村を包む穏やかな春の風が、彼らの背中を追い越していく。 丘の上の勇者の墓標が、まるで彼らを見送るように、キラリと朝陽を反射して輝いた。 2人の、第二の人生――『復讐の戦い』が、今、ここに幕を開けた。
第一部(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
……ソフィリアのいない春が来てしまいました 。
ルッツが執念で修復した彼女の姿、そして丘の上に突き立てられた純白の剣 。リビエラ村の平和と引き換えに失ったものの大きさが、アドリックの心を完全に変えてしまいました 。
かつては「効率的な防衛」を考えていたアドリックですが、今やその知略は「魔王軍という組織そのものを根絶やしにする」ためだけに研ぎ澄まされています 。 「世界のルールを書き換える」なんて奇麗事はもういらない 。彼を突き動かすのは、ドス黒く燃え上がる純粋な憎悪だけです 。
そして、あえて後ろを振り返らずに村を出たアドリックと、彼に寄り添うレイオス 。
二人の「復讐の旅」は、これまでの防衛戦とは全く違う、攻勢の物語になります 。レイオスの双剣も、アドリックの魔導銃も、これからは守るためではなく、敵を屠るための牙となります 。
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皆様の応援が、アドリックの復讐のガソリンになります 。
物語はここから、真の地獄へと突き進みます。
アドリッククエスト第一部、これにて完結です。




