第31話 最高の朝と、盤面の崩壊
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
前回、全員が限界を超えた総力戦の末、ついに知将ザイラスを退けたアドたち。
防壁は失い、満身創痍のボロボロですが、村と大切な家族を守り抜くことができました。
今回は激闘の直後、勝利の朝陽に包まれる村の広場から始まります。
死線を潜り抜けたアドとソフィの、甘くて幸せな時間。
第31話、開幕です!
東の大山脈から差し込む、眩い朝陽。
猛吹雪は嘘のように止み、澄み切った青空がリビエラ村の真上に広がっていた。
「……ははっ。マジで、死ぬかと思ったぜ……」
雪の上に大の字になって仰向けに倒れ込みながら、アドは眩しそうに目を細めた。
全身の骨が悲鳴を上げ、魔力は一滴残らず枯渇している。指一本動かすのすら億劫だったが、彼の胸の内は、これまで味わったことのないほどの圧倒的な『達成感』と『生還の喜び』で満たされていた。
圧倒的な戦力差、知将のえげつない戦術、規格外の巨大キメラ。
そのすべてを、己の盤面の采配と、大切な親友たちとの絆で打ち破ったのだ。
「アドくんっ!」
雪を踏みしめる音と共に、泥だらけのソフィが駆け寄ってきた。
彼女は雪の上に倒れるアドの顔を覗き込むと、感極まったようにポロポロと大粒の涙をこぼし、そのまま勢いよくアドの胸へとダイブ(抱き着き)してきた。
「ぐふぅっ!? お、おいソフィ、痛ぇって……肋骨折れてんだぞ……」
「ご、ごめんなさい! でも、でも……っ」
痛がるアドに慌てて謝りつつも、ソフィは離れようとしなかった。
彼女は涙目でアドの頬に自分の頬をすりすりと擦り寄せ、心底ホッとしたような、とびきり可愛い笑顔を向けてくる。
「勝ったね、アドくん……! 私たち、勝てたよ!」
「ああ。お前の物理無双のおかげだ」
「もうっ! ……でも、本当によかった。アドくんが無事で」
ソフィの美しい金色の髪が、朝陽を反射してキラキラと輝きながら、アドの首筋や頬に柔らかく絡みつく。
戦闘中の凛々しい勇者の姿はそこにはなく、ただ一人の「恋する少女」としての甘い匂いと温もりが、アドの全身を優しく包み込んでいた。
「ずっと……ずっと一緒にいようね、アドくん。アドくんの村も、アドくんのことも……私がずっと、守るから」
「……馬鹿野郎。俺が社長(CEO)で、お前らが社員だ。俺が全部、守ってやるよ」
照れ隠しにそう笑い返すと、ソフィは嬉しそうに「えへへ」と笑い、さらにアドの胸に顔を埋めた。
遠くではロイドとハンナが笑い合い、レイが雪の上に座り込んで安堵の息を吐いている。
誰も死ななかった。すべてを完璧にコントロールし、守り抜いた。
アドが、これからの穏やかな日常と、ずっと続く親友たちとの未来に思いを馳せ、目を閉じた――その瞬間だった。
『――司令官、ただでは帰らんといったろう?』
ピタリ、と。
アドの心臓が、嫌な音を立てて凍りついた。
(……は?)
幻聴ではない。
それは、今まさに自分に抱き着いているソフィの背後――アドの足元に伸びる『影』の中から、直接鼓膜を揺らすように響いた、あまりにも聞き慣れた低く冷酷な声だった。
知将ザイラス。
しかし、彼本体はすでに空間転移で撤退している。データを処理するアドの脳髄が、一瞬で最悪の『解答』を弾き出した。
ザイラスが最後に放った、あの極大の暗黒球。
あれはただの目眩ましであり、最大のヘイト(敵意)を上空へ向けさせるための『陽動』だったのだ。
皆が上空の魔法に気を取られ、迎撃に全神経を集中させていた、そのコンマ数秒の死角。敵将は空間転移の直前、自らの魔力で編み上げた『暗殺用のコピー(分身)』を、アドの足元の影へとひっそりと潜伏させていたのだ。
キメラ、側近、ザイラス本体。盤面のすべての『物理的な脅威』を完璧に処理したと思い込んでいた、武力を持たない司令塔への、美しき盤面外からのチェックメイト。
影から音もなく泥のように這い出たザイラスのコピーが、一切の感情を持たない虚ろな瞳で、高密度の『魔力の刃』を形成し、仰向けのアドの首筋へと無慈悲に振り下ろした。
(動けッ……!!)
アドは叫ぼうとした。だが、声すら出ない。
魔力も体力もゼロ。ロイドもレイも離れている。回避は絶対に不可能。
圧倒的な死の刃が、アドの命を刈り取るために迫る。
「……アド、くん」
しかし、その絶望のコンマ一秒。
アドに抱き着いていたソフィだけが、誰よりも早く――否、アドへの純粋すぎる愛の反射だけで、その凶刃に反応した。
彼女は魔法を撃つでも、剣を抜くでもなかった。
ただ、愛するアドを突き飛ばし、自らの細い身体を、アドと凶刃の間に滑り込ませたのだ。
「――っ、ソフィ!?」
突き飛ばされ、雪の上を転がったアドの視界が、泥のようにゆっくりとしたスローモーションに変わる。
スパッ。
とても、硬いものを斬ったとは思えない、軽くて鈍い音が鳴った。
ザイラスのコピーが振り抜いた魔力の刃は、身代わりとなったソフィの白く細い首を、一切の抵抗なく、完璧に薙ぎ払っていた。
「あ…………え?」
美しい金色の髪が、真っ赤な血しぶきと共に、朝陽に照らされた青空を鮮やかに舞い上がる。
ソフィの愛らしい顔が、アドと真っ直ぐに視線を合わせたまま、宙を舞い、雪の上へとゴトリと転がった。
首を失った胴体からドクドクと血のシャワーが噴き出し、糸の切れた操り人形のように、パタリと雪の上に崩れ落ちる。
役割を完遂したザイラスの魔力コピーは、そのまま泥のように溶けて、跡形もなく消滅した。
静寂。
猛吹雪よりも冷たい静寂が、リビエラ村の広場を支配する。
何が起きたのか。
アドの、前世を含めて42年間生きてきた優秀な脳髄が、目の前の光景の理解を激しく拒絶していた。
つい数秒前まで「ずっと一緒だ」と笑っていた、大好きな少女の温もり。
それが今、ただの真っ赤な肉塊と化して、冷たい雪の上に転がっている。
「ぁ…………あ、ああ……」
喉の奥から、空気が漏れるような音が鳴る。
完璧だったはずの盤面。すべてを計算し尽くしたはずの勝利。
その対価として支払わされた、あまりにも大きすぎる、絶対に取り返しのつかない代償。
「あああああああああああァァァァァァァァァァッッッ!!!!!?」
晴れ渡る美しい朝陽の下。
アドの魂が千切れるような絶叫が、大雪山に虚しくこだましていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
……作者として、何と言っていいか分かりません。
あれだけの死闘を乗り越え、やっと掴み取った勝利の朝。ソフィとの甘くて幸せな時間を描いている時は、本当にこのまま終わってくれと願いながら書いていました。
しかし、知将ザイラスの執念と知略は、アドの完璧な計算のさらに「一枚上」をいっていました。
最後の置き土産の正体は、物理的な破壊ではなく、司令官の心を確実に殺すための「見えない凶刃(暗殺用コピー)」でした。
愛するアドを庇い、微笑んだまま散ったソフィ。
彼女の美しい金髪が血に染まる光景は、アドの心に永遠に消えない傷を残してしまいました。
次話以降、この絶望的な結末から物語はどう動くのか。
アドはどうなってしまうのか。
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