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リリスの前世チート?と、あたたかな誕生日

 誕生日の朝は、ふしぎと空気がやわらかく感じられる。初夏の光が差し込む中、リリスはいつもより少しだけ遅く目を覚ました。


「……九歳になって、ひと月と十三日。ちゃんと、誕生日だよね」


 そうつぶやいてベッドから起き上がる。遅れてやってきた誕生日――それでも、今日は何か特別なことをしたいと思った。


 階下の台所では、すでにリナが朝の卵を受け取っていた。かごの中には、今朝とれたばかりの卵がつやつやと並んでいる。


「おはよう、リリス。お誕生日、おめでとう」


「ありがとう、リナさん。……今日の卵、けっこうあるね?」


「うん、今朝の分だけで十五個。鶏たち、だいぶリズムが安定してきたみたいよ。餌と水をきっちりやったのがよかったのかも」


 リナの声はどこか誇らしげだった。この卵たちは、リリスたちが力を合わせて育ててきた鶏から生まれた“成果”そのものだ。


 リリスは卵を見つめながら、ふと、ある考えが頭に浮かぶ。


「……今日の主役は、この卵で決まりね」


「主役?」


「うん。誕生日だし、卵料理でとっておきを作りたいの。目玉焼きだけじゃなくて、トーストに卵をのせて焼くっていうの、どこかで読んだ気がして……」


「へえ、トーストに? それって、おしゃれな朝ごはんって感じ?」


「そう。しかも、たしか“卵と油と酢を混ぜて作る、白くてとろっとした調味料”をかけて焼くと、すごくおいしいって」


「……あ、それ。なんか知ってる気がする」


 リナが少し目を細め、手をとめた。


「名前は思い出せないけど、昔――たぶんどこかの街で、作ったような。酸味があって、とろりとしてて、パンにすごく合った気がする」


「作れるかな?」


「材料はあるし、うまく混ぜればいけるかも。今日はお祝いだし、やってみよっか」


「うん、リナさん、今日のテーマは“卵トーストのごちそう化計画”よ!」


 こうして始まったのは、誕生日の朝のちいさな開発会議。特別な一日を、とっておきの卵料理で彩るために――リリスの瞳は期待にきらめいていた。



 思いついたら、即・行動。

 そうして始まった“卵トーストのごちそう化計画”は、予想以上に苦戦することになった。


「うーん……混ざらない」


 リリスが木べらを動かすが、器の中では卵と油が分離したまま。黄色と白がぐるぐる回っているだけで、全然まとまってくれない。


「力の入れ方が足りないのか、それとも混ぜる順番?」


「お酢は、あとに入れた方がよかったかも。あと、黄身だけの方が安定しやすいかもね」


「じゃあ、もう一回やってみよう。失敗は成功のもとって言うし!」


 手際の良さではリナの方が上だった。

 リナが手本を見せるように、卵の黄身だけを器に入れ、少しずつ油を垂らしながら木べらで練り込んでいく。酢を加えるタイミングも慎重に見極めていた。


「……お、ちょっとそれっぽくなってきたかも?」


 器の中で、ようやく“とろっ”とした質感が現れ始めた。


「これは……もしかして、成功!?」


「あとで味見してみよう。でも、これって、焼いたらどうなるんだろ?」


「たぶん、香ばしくなる……はず!」


 気づけば、ふたりの手元は調味料とパンくずと卵の殻でぐちゃぐちゃになっていたが、笑顔は絶えなかった。


 ――ひとまず、調味料の試作は“及第点”。

 あとはトーストと卵のバランスを調整すれば、ごちそうが完成する。



「トーストって、どれくらい焼けばいいのかな……?」


「卵にしっかり火が通るまで……でも、黄身はちょっととろっとしててほしいんだよね?」


 焼き時間と火加減のバランスは、思った以上に難しかった。

 最初の一枚は、パンが焦げたのに黄身はほぼ生。

 二枚目は、卵がいい感じでもパンがふにゃふにゃ。

 三枚目でようやく、パンの周縁がカリッと焼け、中の卵がつるりと仕上がった。


「これだ……! トーストの縁を少し折って“くぼみ”を作っておけば、卵が流れ出さない!」


「マヨも外側にぐるっと塗るようにすれば、流れ止めにもなるし、焼き色もきれいにつくね」


 リナの知識とリリスのひらめきが噛み合い、ついに一枚のトーストが“理想の姿”になった。


 表面はうっすらと焼き色がつき、黄身はぷるんと揺れるほどに柔らかく、白身はしっかり固まっている。マヨネーズ風のソースがまわりをふんわりと包み、焼いたパンの香ばしさが台所いっぱいに広がった。


「これ……おいしすぎる……っ!」


 リリスは思わず口元をぬぐいながら目を細める。


「正直、朝の定番にしたいくらいだけど……卵の数がまだそこまでじゃないから、今は無理ね」


「でもこれ、売り物になるんじゃない? 市場の軽食屋台とかで」


 リナの提案に、リリスが小さくうなずく。


「うん。見た目も華やかだし、焼きたてを出せば絶対目を引く。“ごちそう感”もあるし……!」


「名前はどうする? とろたまトースト、とか?」


「それ、仮で採用。あとで帳面にもメモしておこうっと」


 ふたりは笑い合いながら、まだ湯気の立つその一枚を、家族にふるまう準備へと移った。



「……なにこの匂い、すっごくいい香り」


「パン……? でも、ただの焼きパンじゃないよな……?」


 台所から漂う、香ばしくてほんのり酸味のあるような不思議な香り。

 通りがかった使用人たちが、思わず鼻をひくつかせながら顔をのぞかせる。


 リリスとリナは、焼きたての“とろたまトースト”を人数分用意し、臨時の朝食会を開いた。


 食堂に並べられた皿の上には、湯気を立てる黄金色のトースト。

 ぷるんとした黄身、しっかりと焼き上げられた白身、ふちにとろけたソースがきらめいている。


「これ……ほんとに屋敷の食事?」


「卵と……パンと、何か、香ばしいものが混ざってる……!」


 使用人たちは驚きながらも手を伸ばし、ひと口食べて目を見開いた。

 パンのサクサク感、卵のまろやかさ、酸味あるコクのあるソース――それらが見事に調和している。


「リリス様、これは……」「お嬢様のご発案なのですか?」


 問いに、リナがにこりと笑う。


「主役は、今日が誕生日のこの子よ」


 その言葉に、食堂の空気がいっそうあたたかくなる。


「おめでとうございます、リリス様!」


「ありがとう、みんな」


 照れながら返すリリスの頬は、ほんのり赤く染まっていた。


 そこへ、リシアとクラウスがそろって姿を見せる。


「もうすっかり、屋敷の台所を動かしているのね、リリス」


 リシアが笑みを浮かべ、クラウスも静かに頷く。


「市場も軌道に乗ってきたし、これからは少し余裕も出てくる。少し遅くなったが――今日はきちんと、お祝いをしよう」


「……え?」


 リリスが顔を上げた先には、小さな手に花冠を抱えたルシェルと、布の人形を持ったルーファスが並んでいた。


「おねーちゃん、おたんじょーび、おめでとー!」


「お姉しゃま、プレゼント、なのです!」


 不意の祝福に、リリスは一瞬だけ目を潤ませる。

 頬をぬぐいながら、ふっと微笑んだ。


「ありがとう。今日だけは、ちょっとだけ、甘えさせてもらうね」


 そのあと、リナの手から運ばれてきたのは、小さな焼き菓子だった。

 ハチミツと干し果実を練り込んだ素朴なケーキ。甘さは控えめだが、口に含めばふわっと広がる優しい風味があった。


「……これも、最高の贈り物ね」


 リリスの誕生日は、にぎやかではないけれど――

 大切な人たちと手作りで祝う、温かな一日となった


 その夜、寝間着姿のリリスは机の前に座り、帳面を開いていた。

 静まり返った部屋の中、小さな蝋燭の灯が、ページを淡く照らしている。


「“とろたまトースト”。調理手順、ソース構成、焼き時間……仮ネーミング。よし、記録完了」


 さらさらとペンを走らせながら、リリスは一度ふっと息をつく。

 ふと、今日一日の出来事がよみがえってきた。


 湯気を立てるパン。嬉しそうに目を輝かせる使用人たち。

 子どもらしい声で飛びついてきた弟と妹。そして、両親のあたたかな笑み。


「――なんだかんだで、幸せだったな……」


 ぽつりとこぼれた言葉に、アイシャがそっと毛布をかけてくれる。


「リリス様、そろそろお休みを」


「……うん。でも、ちょっとだけ」


 リリスは帳面の片隅に、もうひとことだけ小さく書き込む。


『家族と使用人の笑顔を、もっと増やせるように。』

『そのために、もっと上手に商売をする。』


 誰に見せるでもない言葉。でも、それは確かにリリスの胸の中に刻まれた。


「これからも……ちゃんと、考えていかないとね」


 ぽつりとつぶやいたその声は、やがて小さなあくびへと変わっていく。


 ろうそくの灯が静かに揺れて――リリスは、そっと帳面を閉じた。

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