ようこそ、おかえりなさい。小さな手と甘い朝食を
ルシェルが屋敷へ戻ってきた翌朝、リリスはまだ寝台の中でまどろんでいた。
カーテン越しの光が部屋をやさしく照らし、心地よい温もりを運んでくる。
──コン、コン……。
ノックの音に、リリスはゆっくりと目を開けた。
「……アイシャ?」と声をかけたが、返事はない。
扉が静かに開き、顔をのぞかせたのは、昨日帰ってきたばかりの銀髪の少女だった。
「……おはようございます……お姉しゃま……」
その小さな声に、リリスは驚き、次いで微笑む。
「ルシェル……おはよう。もう起きてたの?」
こくん、とルシェルがうなずくと、もじもじと足元で手を握りしめる。
「……お姉しゃま……いっしょに、ごはん……たべたい……」
その言葉に、胸が少し熱くなった。
ほんの半年前、幼いリリスが見送りの馬車を見つめていた日のこと。
寂しさを押し込めて、手を振ったあの時の記憶。
体が弱く、家でもきちんと面倒を見てあげられる状況ではなかったため遠方の教会へと療養に出された妹。あの時、たしかに言葉は交わしたけれど、心のどこかで――もう会えないかもしれないと、そう感じていた。
(でも……今、こうして目の前にいる)
「うん。だったら、私が作ってあげる。せっかくだから、ルシェルの“ただいま”を祝うごはんにしよう」
リリスが手を差し出すと、ルシェルは戸惑いながらも、小さな手を重ねてきた。
指先は少し冷たかったけれど、その感触は確かに生きている“ぬくもり”だった。
二人は支度を終えると、台所へ向かった。すでに火は焚かれ、アイシャが朝の準備に取りかかっている。
「……おはよう、アイシャ、そしてリナ」
「おはようございます、お嬢様。……そして、ルシェルお嬢様様も」
アイシャがにこやかに会釈すると、ルシェルもぺこりと頭を下げた。
「今日の朝食は、卵とパンで“甘いおやつ”のような一皿にしようと思うの。名付けて、ふんわり甘いパン料理、フレンチトースト!」
「ふれ……んち?」
「ふふ、甘くて、ふわふわで、とっても美味しいのよ。ルシェル、ミルクを混ぜてくれる?」
小さなルシェルが、張りきって木の匙を握る。
その様子を、リリスとアイシャは微笑ましく見守っていた。
リリスはフライパンを片手に、少し鼻歌まじりで動き出す。
「フレンチトーストー、ふんわり甘くておいしいフレンチトーストー♪」
ついテンションが上がって歌いながら焼いてしまうリリスである。
焼き上がったフレンチトーストの香ばしい香りが、台所に広がった。
表面はこんがりと焼けて、中はふんわり。ほんのりバターと卵の甘い香りに、ルシェルの目がぱちくりと見開かれる。
「……すごい……おいしそう……!」
リリスが皿にそっと盛りつけたフレンチトーストに、アイシャが蜂蜜を垂らしていく。
「わぁ……!」
皿の上にはこんがりと焼き色のついたフレンチトーストが並び、ほんのりと甘い香りが漂っていた。
ルシェルは一口頬張ると、瞳を輝かせて「おいしい……!」と小さく声を上げた。
その声に、扉の向こうからドタドタと駆けてくる音。
次の瞬間、食堂の扉が勢いよく開かれた。
「わぁああああああ! なんでルシェルが……おねーちゃんとごはん食べてるの!?ずるいっ!!」
そこに立っていたのは、リリスの弟・ルーファス。
髪を寝癖のままに、まだパジャマ姿で、頬を膨らませていた。
「おはよう、ルーファス。起きたのね」
「おねーちゃん、僕もそれ食べたい!」
「ふふ、もちろんよ。ルーファスの分もちゃんとあるわ」
リリスがそう答えると、ルーファスは照れたように微笑み、ルシェルの隣にちょこんと座った。
妹と弟、それぞれの反応に微笑ましさを覚える。
三人が一緒に朝食を囲む光景。
ふわふわのパンに、甘い香りの卵とミルク。
ルシェルはお姉さまにぴったりとくっついて、ルーファスはその向かいから熱い視線を送り続けている。
「……お姉しゃま……あしたも、いっしょに……」
「うん。明日も明後日も一緒に食べようね」
ルシェルがさらにリリスに抱きつくと、ルーファスがむぅっとした表情で身を乗り出す。
「ずるいよルシェル! ぼくだっておねーちゃんと一緒にいたいのに!」
「……るーふぁすも、いっしょに……だいじ……」
ルシェルが不器用に言葉を紡ぎ、ルーファスの手をぎゅっと握る。
その優しさに、ルーファスは少し照れながらもうれしそうに笑った。
(この子たちの笑顔を、私は守りたい)
(弟ルーファスが安心して家を継げるように……その未来を、私が作っていかなきゃ)
しっかりとしたパンを焼く音。
ルシェルの小さな笑い声。
ルーファスの拗ねたような顔と、でも嬉しそうな目。
リリスは、今日という日に感謝しながら、密かに新たな決意を心に刻んでいた。
それは子爵家の再興だけでなく――家族の幸せを、何よりも優先するという、小さな“誓い”だった。




