『白と黒の贈り物』38
……ぱちっ。
まぶたを開けたとたん、天井の木目がぼんやり目に入った。
「……う〜〜んっ。おはよ〜〜〜っ……」
手足をぐ〜っと伸ばして、大きく伸びをする。
(……うんっ、元気復活〜〜〜っ!!)
それにしても、今日の夢――
(……ちゃんと、覚えてる……!)
いつもなら起きた瞬間に、ふわ〜って消えていっちゃうのに。
でも今回は違った。
全部、はっきりしてる。
やさしい歌声も、あったかい日差しも、そして――
「チップ……って、わたし……?」
ぽつりとつぶやいてから、ふふっと笑った。
(そうだよね。チップって、わたしの前世のときに付いてた名前だったんだよね)
それに、出てきた人たちも不思議だったなぁ。
赤ちゃんだった“陽一”が、わたしのお父さんで、
守って人が……おじいちゃん?
その隣にいた陽花里さん――
名前は“ヒカリ”なのに、声も雰囲気も、ぜんぜん違った気がする。
でも、どこか……似てるような、なつかしいような……
「……夢、だよね。うん。でも、すっごくリアルだったな〜〜っ」
……それから、ふと横に視線を向けたとき。
(……あっ)
すぐ隣で、すぅすぅと寝息を立てているヒカリがいた。
「……そっか。昨夜は、わたしの方から“いっしょに寝よっ”って誘ったんだっけ……」
その寝顔は、まるで天使みたいに静かで――
胸の奥が、きゅ〜〜〜んってなるくらい、やさしくて、きれいで。
白い寝間着の袖からのぞく腕は、細くて、透きとおるような肌。
光の中でふわりと揺れる髪は、儚い絹みたいで、
しかも、いつもよりちょっと幼く見えて――
(……も〜〜〜っ! いろいろ反則〜〜っ!!)
「……ヒカリの寝顔……かわいい〜〜っ♡」
思わず、顔の前で手をぎゅっと握りしめる。
(……ちょっとだけ……なでても、いいよね?)
そ〜っと手を伸ばして、ヒカリの髪を指先でなぞった。
ふわふわで、やわらかくて――
(あ〜〜〜っ、癒し〜〜っっ!)
朝から心は、しっぽがふりふりしちゃうくらい、ぽかぽかだった。
……と、そのとき。
ぎゅっ……
「え……!?」
気づいたら、ヒカリが腕にやわらかく抱きついてきていた。
(ひぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!?!?)
心臓がバクンッて跳ねる。
でも、ヒカリの顔はそのままで……ただ、ぎゅっとくっついてる。
(も、もしかして……寝ぼけてる!? うそ、かわいすぎっ!!)
耳まで真っ赤になりながら、そっとヒカリの頭を撫でた。
さらさらの銀髪が指に触れて――なんだか、夢の続きみたいだった。
(……ううっ、もうっ……こんなんじゃ……また好きになっちゃうよぉ〜〜〜〜っ!!)
と、そのとき。
「……もぉ〜〜……お腹……いっぱいですぅ〜〜……むにゃ……」
隣のお布団から、美咲ちゃんの寝言が聞こえてきた。
「……ぐふふっ、どら焼き……もっかいだけ……ぱくっ……」
「……あははっ。どら焼きっ!? やっぱり、夢でも食べてる〜〜〜〜っ!!」
笑いをこらえながら、そっと顔を横に向ける。
美咲ちゃんは、すぐ隣のベッドでこちらを向いて寝ていた。
毛布をぎゅっと抱きしめたまま、
にへ〜っと幸せそうな寝顔で――
「……もうお腹いっぱいですぅ〜〜……むにゃむにゃ……」
(……ほんとに、美咲ちゃんってばっ)
「うぅ〜〜、なんか……癒された〜〜〜っ」
今日の朝は、夢と寝顔と食いしん坊で、
しあわせ三重奏〜〜っ!!
――そのときだった。
コンコンッ。
控えめなノックの音と一緒に、
ドア越しに、ふわっとしたあたたかい声。
「チハル〜、起きとるか〜?」
「あっ、天音ちゃんっ!」
ベッドから、ぴょこんっと飛び起きる。
「ふわぁ〜〜……んっ。ん〜〜、よしっ……!」
(……おはよ〜、夏合宿2日目だ〜っ!)
足音を忍ばせて、そ〜っとドアの方へ向かう。
ドア横のパネルに軽くタッチして、電子ロックを「ピッ」て解除。
そして、そっと扉を開けると――
「おはようさんっ。朝起きたてのチハルちゃんやな♪」
ひんやりした朝の風と一緒に、ふにゃっと笑う天音ちゃんがそこにいた。
髪の先がぴょこっと跳ねてて、片手にはメモ帳とエコバッグ。
「おはよ〜〜っ! うう〜〜、まだ寝ぼけてるかも〜〜っ……!」
あははって笑いながら、髪をくしゃくしゃとかき上げると、
天音ちゃんがにこっと微笑む。
「ちょっと頼みごとええかな〜? 下の住宅街にある椿野商店まで、買い出し行きたくてな。朝早うから開いてるみたいやし」
「うんうんっ! 行く行く〜〜っ!!」
思わず勢いよく答えると、天音ちゃんはくすっと笑って、手元のメモをちらっと見せてくれた。
「ありがとな〜。ヒカリちゃんや美咲ちゃんも誘う?」
後ろを振り返って、まだお布団にいたヒカリに声をかける。
「ヒカリ〜っ! 朝のおさんぽ、いっしょに行こっ!」
「……ん、わかった。すぐ支度する……」
ヒカリがむくりと起き上がって、寝ぼけまなこで髪をふわふわとかきあげる。
その姿を見て、心は朝からぽかぽかチャージMAX〜〜っ!!
――そしてもうひとり。
「美咲ちゃんっ、朝だよ〜! 一緒におつかい、行こうよ〜〜っ!」
そっと、美咲ちゃんのベッドのそばまで行って、肩をぽんぽん。
……が。
「うぅ〜〜ん……おなかいっぱいですぅ〜……むにゃむにゃ……」
(……やっぱり、起きないっ!!)
くるんと丸まって寝返りを打った美咲ちゃんは、両手で自分のお腹を抱きしめながら、
幸せそう〜〜な顔で、もっかい寝息をたてはじめる。
「……あははっ。やっぱり、夢でも食べてる〜〜〜〜っ!!」
思わず笑いをこらえながら、ベッドに戻った。
「今日はテニス練習までまだ時間あるし、いっか。美咲ちゃんは、お留守番決定〜〜っ!」
ヒカリも、ふわっと目元をゆるめながら小さくうなずいてた。
――そのとき、ドアの外からまた声が。
「チハル〜、準備できたら、玄関やで〜」
「あっ、天音ちゃんっ! わたしたち、いま行くね〜〜っ!」
エコバッグとメモ帳を持って待ってる天音ちゃんに、
ヒカリと顔を見合わせて、思わずニコッ。
うん、いい朝っ!
しっぽがふりふり止まらないくらい、今日もきっと楽しくなる予感っ!!
* * *
(……気づいたら、わたし、一人でした)
天野先輩も、ちー先輩も――
あれだけにぎやかだった部屋が、嘘みたいに静かで。
差し込む朝の光が、白いカーテン越しにゆらゆら揺れていて……
そのやさしさが、今はどこか寂しく感じられました。
(みんな……出かけたのかな?)
眠気の残る目で辺りを見回すけれど、返事はなくて。
聞こえるのは、時計の針の音と、窓辺をかすめる風の音だけ。
少し開いた窓から、潮の匂いがふわっと届いて――
胸の奥が、ひやりと冷える気がしました。
「…………」
さっきまでの夢が、あんなに幸せであたたかかった分……
現実の空気が、余計に空っぽに感じられて。
(……何でもない、はずなのに)
心の奥で、そう繰り返しているのに、
気がつけば、ベッドからそっと足を下ろしていました。
音を立てないように歩いて、
ゆっくりと――ベランダの前で立ち止まる。
カーテン越しの光は、朝のはずなのに、どこか白々しくて。
その明るさが、やけに冷たく感じられるのは……気のせいでしょうか。
そっと、カーテンに手をかけて、外をのぞく。
ガラ……ッ。
ガラス戸を開けた瞬間、潮風が肌に触れて――
その冷たさが、皮膚を越えて、心の奥まで入り込んでくる。
「……っ」
胸の奥が、きゅうっと締めつけられた。
痛みとは違う、でも確かに、何かが沈んでいくような感覚。
無意識に手が、お腹を押さえていました。
ほんの少し前までは、あんなにあたたかかったのに――
(……どうして……)
わたし、ちゃんと眠ってたはずなのに。
夢の中では、笑っていたはずなのに。
……今は、どうして、こんなに――
『……タマシイを……クウ……マダ、クラいたいノカ……?』
誰かの声が、頭の中でささやいた。
聞いたことのない、ひどく冷たくて、どろっとした声。
(ひ……っ)
震えが止まらない。
脚が、すこしずつ後ろに下がる……でも、身体は、動かない。胸の奥が、勝手に熱を帯びてきて――
(……わたし、いま……)
ふと、窓ガラスに映った自分を見た。
そこにいたのは――わたしなのに、わたしじゃない。
笑ってる。口角が、ゆっくり、にたりと……
(……うそ)
わたし、笑ってなんか――
――笑って、ないのに。
自分の口元が、勝手に吊り上がった。
自分の中の“なにか”が、そこで嗤っていた。
(誰か、たすけて……)
声にならない声が、胸の奥で凍りついていた。
それでもわたしは、まるで何かに引き寄せられるように――ベランダの外へと、足を踏み出していた。




