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『犬神物語』 〜転生少女と不思議な絆〜  作者: 犬神 匠
第八話 渡島編 後編

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『白と黒の贈り物』38

……ぱちっ。


まぶたを開けたとたん、天井の木目がぼんやり目に入った。


「……う〜〜んっ。おはよ〜〜〜っ……」


手足をぐ〜っと伸ばして、大きく伸びをする。


(……うんっ、元気復活〜〜〜っ!!)


それにしても、今日の夢――


(……ちゃんと、覚えてる……!)


いつもなら起きた瞬間に、ふわ〜って消えていっちゃうのに。

でも今回は違った。


全部、はっきりしてる。

やさしい歌声も、あったかい日差しも、そして――


「チップ……って、わたし……?」


ぽつりとつぶやいてから、ふふっと笑った。


(そうだよね。チップって、わたしの前世のときに付いてた名前だったんだよね)


それに、出てきた人たちも不思議だったなぁ。

赤ちゃんだった“陽一”が、わたしのお父さんで、

守って人が……おじいちゃん?


その隣にいた陽花里ひかりさん――

名前は“ヒカリ”なのに、声も雰囲気も、ぜんぜん違った気がする。

でも、どこか……似てるような、なつかしいような……


「……夢、だよね。うん。でも、すっごくリアルだったな〜〜っ」


……それから、ふと横に視線を向けたとき。


(……あっ)


すぐ隣で、すぅすぅと寝息を立てているヒカリがいた。


「……そっか。昨夜は、わたしの方から“いっしょに寝よっ”って誘ったんだっけ……」


その寝顔は、まるで天使みたいに静かで――

胸の奥が、きゅ〜〜〜んってなるくらい、やさしくて、きれいで。


白い寝間着の袖からのぞく腕は、細くて、透きとおるような肌。

光の中でふわりと揺れる髪は、儚い絹みたいで、

しかも、いつもよりちょっと幼く見えて――


(……も〜〜〜っ! いろいろ反則〜〜っ!!)


「……ヒカリの寝顔……かわいい〜〜っ♡」


思わず、顔の前で手をぎゅっと握りしめる。


(……ちょっとだけ……なでても、いいよね?)


そ〜っと手を伸ばして、ヒカリの髪を指先でなぞった。


ふわふわで、やわらかくて――

(あ〜〜〜っ、癒し〜〜っっ!)


朝から心は、しっぽがふりふりしちゃうくらい、ぽかぽかだった。


……と、そのとき。


ぎゅっ……


「え……!?」


気づいたら、ヒカリが腕にやわらかく抱きついてきていた。


(ひぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!?!?)


心臓がバクンッて跳ねる。

でも、ヒカリの顔はそのままで……ただ、ぎゅっとくっついてる。


(も、もしかして……寝ぼけてる!? うそ、かわいすぎっ!!)


耳まで真っ赤になりながら、そっとヒカリの頭を撫でた。

さらさらの銀髪が指に触れて――なんだか、夢の続きみたいだった。


(……ううっ、もうっ……こんなんじゃ……また好きになっちゃうよぉ〜〜〜〜っ!!)


と、そのとき。


「……もぉ〜〜……お腹……いっぱいですぅ〜〜……むにゃ……」


隣のお布団から、美咲ちゃんの寝言が聞こえてきた。


「……ぐふふっ、どら焼き……もっかいだけ……ぱくっ……」


「……あははっ。どら焼きっ!? やっぱり、夢でも食べてる〜〜〜〜っ!!」


笑いをこらえながら、そっと顔を横に向ける。


美咲ちゃんは、すぐ隣のベッドでこちらを向いて寝ていた。

毛布をぎゅっと抱きしめたまま、

にへ〜っと幸せそうな寝顔で――


「……もうお腹いっぱいですぅ〜〜……むにゃむにゃ……」


(……ほんとに、美咲ちゃんってばっ)


「うぅ〜〜、なんか……癒された〜〜〜っ」


今日の朝は、夢と寝顔と食いしん坊で、

しあわせ三重奏〜〜っ!!


――そのときだった。


コンコンッ。


控えめなノックの音と一緒に、

ドア越しに、ふわっとしたあたたかい声。


「チハル〜、起きとるか〜?」


「あっ、天音ちゃんっ!」


ベッドから、ぴょこんっと飛び起きる。


「ふわぁ〜〜……んっ。ん〜〜、よしっ……!」


(……おはよ〜、夏合宿2日目だ〜っ!)


足音を忍ばせて、そ〜っとドアの方へ向かう。

ドア横のパネルに軽くタッチして、電子ロックを「ピッ」て解除。


そして、そっと扉を開けると――


「おはようさんっ。朝起きたてのチハルちゃんやな♪」


ひんやりした朝の風と一緒に、ふにゃっと笑う天音ちゃんがそこにいた。

髪の先がぴょこっと跳ねてて、片手にはメモ帳とエコバッグ。


「おはよ〜〜っ! うう〜〜、まだ寝ぼけてるかも〜〜っ……!」


あははって笑いながら、髪をくしゃくしゃとかき上げると、

天音ちゃんがにこっと微笑む。


「ちょっと頼みごとええかな〜? 下の住宅街にある椿野商店まで、買い出し行きたくてな。朝早うから開いてるみたいやし」


「うんうんっ! 行く行く〜〜っ!!」


思わず勢いよく答えると、天音ちゃんはくすっと笑って、手元のメモをちらっと見せてくれた。


「ありがとな〜。ヒカリちゃんや美咲ちゃんも誘う?」


後ろを振り返って、まだお布団にいたヒカリに声をかける。


「ヒカリ〜っ! 朝のおさんぽ、いっしょに行こっ!」


「……ん、わかった。すぐ支度する……」


ヒカリがむくりと起き上がって、寝ぼけまなこで髪をふわふわとかきあげる。

その姿を見て、心は朝からぽかぽかチャージMAX〜〜っ!!


――そしてもうひとり。


「美咲ちゃんっ、朝だよ〜! 一緒におつかい、行こうよ〜〜っ!」


そっと、美咲ちゃんのベッドのそばまで行って、肩をぽんぽん。


……が。


「うぅ〜〜ん……おなかいっぱいですぅ〜……むにゃむにゃ……」


(……やっぱり、起きないっ!!)


くるんと丸まって寝返りを打った美咲ちゃんは、両手で自分のお腹を抱きしめながら、

幸せそう〜〜な顔で、もっかい寝息をたてはじめる。


「……あははっ。やっぱり、夢でも食べてる〜〜〜〜っ!!」


思わず笑いをこらえながら、ベッドに戻った。


「今日はテニス練習までまだ時間あるし、いっか。美咲ちゃんは、お留守番決定〜〜っ!」


ヒカリも、ふわっと目元をゆるめながら小さくうなずいてた。


――そのとき、ドアの外からまた声が。


「チハル〜、準備できたら、玄関やで〜」


「あっ、天音ちゃんっ! わたしたち、いま行くね〜〜っ!」


エコバッグとメモ帳を持って待ってる天音ちゃんに、

ヒカリと顔を見合わせて、思わずニコッ。


うん、いい朝っ!

しっぽがふりふり止まらないくらい、今日もきっと楽しくなる予感っ!!


* * *


(……気づいたら、わたし、一人でした)


天野先輩も、ちー先輩も――

あれだけにぎやかだった部屋が、嘘みたいに静かで。


差し込む朝の光が、白いカーテン越しにゆらゆら揺れていて……

そのやさしさが、今はどこか寂しく感じられました。


(みんな……出かけたのかな?)


眠気の残る目で辺りを見回すけれど、返事はなくて。

聞こえるのは、時計の針の音と、窓辺をかすめる風の音だけ。


少し開いた窓から、潮の匂いがふわっと届いて――

胸の奥が、ひやりと冷える気がしました。


「…………」


さっきまでの夢が、あんなに幸せであたたかかった分……

現実の空気が、余計に空っぽに感じられて。


(……何でもない、はずなのに)


心の奥で、そう繰り返しているのに、

気がつけば、ベッドからそっと足を下ろしていました。

音を立てないように歩いて、

ゆっくりと――ベランダの前で立ち止まる。


カーテン越しの光は、朝のはずなのに、どこか白々しくて。

その明るさが、やけに冷たく感じられるのは……気のせいでしょうか。


そっと、カーテンに手をかけて、外をのぞく。


ガラ……ッ。


ガラス戸を開けた瞬間、潮風が肌に触れて――

その冷たさが、皮膚を越えて、心の奥まで入り込んでくる。


「……っ」


胸の奥が、きゅうっと締めつけられた。

痛みとは違う、でも確かに、何かが沈んでいくような感覚。


無意識に手が、お腹を押さえていました。

ほんの少し前までは、あんなにあたたかかったのに――


(……どうして……)


わたし、ちゃんと眠ってたはずなのに。

夢の中では、笑っていたはずなのに。


……今は、どうして、こんなに――


『……タマシイを……クウ……マダ、クラいたいノカ……?』


誰かの声が、頭の中でささやいた。

聞いたことのない、ひどく冷たくて、どろっとした声。


(ひ……っ)


震えが止まらない。

脚が、すこしずつ後ろに下がる……でも、身体は、動かない。胸の奥が、勝手に熱を帯びてきて――


(……わたし、いま……)


ふと、窓ガラスに映った自分を見た。


そこにいたのは――わたしなのに、わたしじゃない。

笑ってる。口角が、ゆっくり、にたりと……


(……うそ)


わたし、笑ってなんか――


――笑って、ないのに。


自分の口元が、勝手に吊り上がった。

自分の中の“なにか”が、そこで嗤っていた。


(誰か、たすけて……)


声にならない声が、胸の奥で凍りついていた。


それでもわたしは、まるで何かに引き寄せられるように――ベランダの外へと、足を踏み出していた。

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