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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
71/125

70話 恋心

「───眠い」


 玄鬼さんとの戦いが終わり、【廃人化】を解除した後。

 俺の第一声は、そんなものだった。


『十秒間でもこれだけ怠いんだな。…ま、あの時は処理に補正でもかかってたんだろ。ほら、あっちはある意味俺たちの世界だったし』

(そんなものか?じゃあ、実際には…)

『五分どころか三分で限界かもな。喜べよウルトラ男』


 狂夢と会話を続けることで、眠気を無視しようと努める。

 集中しなければ倒れる、という程では無いが、寝転がれば直ぐに眠れそうな程度には眠気が襲ってきていた。


 ほんの少し薄くなっている意識を動員して、足を進める。

 口を動かして話すのも少し億劫で、そのせいで玄鬼さんとは話をしていない。


「遊夢」

「…は、はい」

「疲れているのか?」


 先を歩いていた玄鬼さんが立ち止まり、そう問いかけてくる。

 彼の言っていることを認識するのに時間がかかったが、それでも俺は返事をした。


 当然、強がる方向で。


「大丈夫、です」


 気絶しないために【狂人化】を封印していたというのに、別の力で結局気絶しましたでは話にならない。

【廃人化】の体力消費量は予想外だったが、意地でも倒れてやるものか。


「…まぁ、強がるのも良いか。気を付けて歩け。倒れたら手を貸してやる」

「はい」


 少しずつ疲労がたまる。

 そのせいで視界が段々霞がかってくるが、根性だけで足を動かした。


 ---------------


 翌日。

 昼過ぎに目覚めた俺は、とりあえず居間に向かった。


 玄鬼さんからの呼び出しである。

「ちゃんとした話は後日するから、今日は休め」と昨日言われたのだ。

 因みに、錬姫さんとアグニもその時は眠っていたらしい。


「…寝すぎて頭痛い」

『泥のように眠る、だっけ?それが似合ってたねお前には。身体の主権盗れるぐらいグッスリだ』


 狂夢の囁きを無視しながら頭を押さえる。

 夕方から昼までというのは流石に眠りすぎたのか、頭が痛みを訴えていた。


 固まっている身体を動かして、居間へ向けて足を動かす。


 昼の空気は程よく暖かいからか、俺の頭をリフレッシュしてはくれないようだ。

 朝のひんやりした空気の有り難みを思い知りながら、俺は居間の襖を開けた。


「「「───」」」


 それと同時に俺を見る六人。

 言うまでもなく、『アザーファル』の皆と要夫妻だ。


 ライドさんと早苗はここに居ない。


「すみません、寝坊しました」

「丁度よかったねぇ遊夢。今全員集まった頃だよ」

「丁度いい?」


 自分が最後に来た───というか、自分が昼まで眠っていたことを謝ると、錬姫さんは笑いながらそう言った。

 その手には酒器があり、中身は半分程だ。


「そうさ。アンタが目覚めるのは昼頃だと思ってたからね。昨夜ちょっくらアンタの部屋に入って様子を診たわけだ」

「…【スキル】で?」

「そういうことさね。物分かりが良くて助かるよ」


 酒器の中身の飲み干して、少し乱暴に机に置いた。


 そして、話し始める。

 最初は、俺たちへの賛辞だった。


「まずはおめでとう、『アザーファル』。アンタたちは見事アタイたちを打ち破った。実の所全敗するとは思ってなかったよ。これで問答無用で、アンタたちの武器を創る羽目になったわけだ。アタイとしては嬉しいがね。神を殺す武器なんて、今まで創ったこと無いんだから血が騒ぐってもんだよ」

「ユートと遊夢の力は申し分ない。だが、遊夢はもう少し力の使いどころを見極めるべきだ。下手をすれば、戦場の真っ只中で死にかねない。ユートにはこの前言ったが、戦いの最中に考え事はするな。それは油断となり、死に繋がる」


 錬姫さんの言葉が途切れた所で、玄鬼さんが口を開く。

 それは俺とユートの評価。長所を言わずに短所だけ述べたのは、それが致命的な部分だからだろう。


 俺とユートは口を揃えて、はいと返事する。


「エストレアとアグニは良く出来てると思ったけどねぇ。強いて言うなら、エストレアは手加減をするべきだね。アレは味方を巻き込みかねない」

「分かってるわ。でも礼は言っとく。ありがと」

「アグニに関しては何も無いよ。このまま鍛えてたら文句はない」

「そうかな?私としては、全力での戦闘時間を長くしたいんだけど…」

「ああ、それは無理だね。どうしてもやりたいなら、自身の上限を上げて出力を小さくし、結果的に同じ力を出すようにしないとどうしようもない」


 続けて錬姫さんもエストレアたちにアドバイスした。

 といっても、アグニにはこれといった短所は無いらしい。


 アグニの主張を否とした後、錬姫さんは話を続けた。

 次は、これからの行動についてだ。


「話を戻すよ。約束通り、アタイはアンタたちの為に最高位の武器を創る。けれど、それには時間が必要だ。そうだねぇ…。どれだけ少なく見積もっても一週間かかる」


 一週間という期間が長いのか、短いのかは分からない。

 それでも、俺たちには頷く選択肢しか無いのだ。


 皆で目を合わせてから、頷く。


「さて、こっからがアンタたちにとって大事なことだろうね。一週間、アンタたちはどうするのかって話だ」


 真剣な話は終わったのか、錬姫さんが酒器を持つ。

 しかし中身が入っていないのを知ると、不満そうな顔をしながら酒器を机に置いた。


 それを見た玄鬼さんは溜め息を吐きながらも、彼女の酒器に酒を注ぐ。

 笑顔で礼を言ってから、錬姫さんは酒を一口飲み、俺たちに向き直った。


「結論から言えば、どうもしないよ。村から出なければ、どこで何をしても構わない。パーティーで恋人が居て、そいつと夜を過ごす、なんてのも結構だ。その時は離れを用意するから、別に声を抑えたりしなくていいよ」

「れ、錬姫さん。二言多いです」

「なんだい、お前は男だろ遊夢。こんなので一々反応してちゃ───。…それとも、心当たりでもあるのかい?」


 錬姫さんがニヤける。

 だがしかし、そんな事実は無いので変に動揺したりはしない。


 伊達に男女比のバランスが取れていない家で過ごしてきた訳ではないのだ。

 積極的に来られたらたじろぐだろうが、この程度で緊張してたら過労死まっしぐらである。


 ただ、問題はそうじゃなくて───。

 俺はチラリとセティを盗み見る。

 転生したばかりの俺以上に恋だの性だのに免疫が無い彼女は、今の言葉を聞いて案の定顔を真っ赤にして俯いていた。


 俺の視線を追って分かったのか。

 錬姫さんは納得したように頷いて───ニヤリと、口角を上げた。


「セティ、後で話をしようじゃないか」

「······」


 赤面している所を誰かに直接見られたくないのか、セティは顔を上げないまま小さく頷く。

 さながらそれは、弱みを握られた少女と悪魔の契約だ。


「程々にしておけよ」

「分かってる分かってる」


 玄鬼さんが錬姫さんに何やら耳打ちするが、何を言っているかは聞き取れない。


「ま、そういう訳だ。村の中で自由行動ってことで、解散!」


 パン、と軽快な音が部屋に響く。

 それが解散の合図となり、俺たちは居間を出ていった。


 ---------------


 居間を出た錬姫とセティは、錬姫の部屋に向かった。

 他の部屋よりも離れたそこは、ちょっとした秘密の話をするのにはちょうどいい。


 尤も、それより適した場所もあるのだが、今回の秘密はバレても致命的なものではない。

 当事者からすれば分からないが、錬姫から見るのであれば、この場の雰囲気は修学旅行の夜のそれに近かった。

 恋しくて仕方がない、想い人のこと。やはりそういうことは、閉ざされた空間で話さなければ。


「セティ。お前、好きな奴でも居るのかい?」

「···っ!」


 セティの肩が跳ねる。

 言葉こそ発しなかったものの、その反応がその質問に答えていた。


「へぇ。で、どうして好きに?」

「···そ、そんな、の」


 楽しい話が出来そうだ、と思った錬姫は、一切の遠慮なく話を続ける。

 始めは赤面して黙りこんでいたセティだったが、時間が経って嫌でも少し慣れたのだろう。


 変わらず赤面したままであるが、少しずつ、胸の内を明かしていった。


「···どうしてかは、分からない。···その人の雰囲気にちょっと興味があって、助けられて、彼の弱さを知って。···それから───それ、から」

「そこで打ちきりって訳か。ま、明確な理由なんてありゃしないよ。人を好きになるのになんてね」


 最初は、何とも思っていなかった。

 セティは彼を見ていたのではなく、彼の持ち物である鈴を見ていたに過ぎない。


 ───だが、それを見ている内に心境が変わった。

 まず始めに、興味が湧いた。

 どうして彼は変化したのだろう、という興味は、そのまま彼の観察に繋がった。

 そうして、知る。


 まずは、日常の個性だ。

 例えば、『アザーファル』の中ではいつも最後に目覚める寝坊助であること。

 これといった趣味が無いのか、休日は頭を悩ませて家に居ること。希に「ゲーム」という言葉が聞こえてくる。

 他人に優しいけれど、自分を少し蔑ろにしていたことなど、『アザーファル』の中でセティだけが正確に意識出来ている情報は多々ある。


 冒険者としての仕事で、彼の他のことも知った。

 例えば、盗賊団の退治では、彼に助けられた。

 そこでは、人格的な要素ではなく、人の肉体的な温もりも知った。


 助けに来てくれた時、嬉しくて抱き着いてしまった。

 その時に感じた彼の体は筋肉のせいか少し硬くて、彼も男の子なんだという事実を再認識させられて。

 盗賊の一人に耳を舐められて、何故か穢されたような感じがしてしまい怖がっていた時に、無理矢理にでも引き寄せてくれた。


 ───もしかすると、その時、私はユウムを。


 その仮定を振り払って、セティはまた考える。


 次に彼のことを知ったのは、キョウムが出てきた時。

 自分の狂気と、仲間が死ぬことを恐れたユウムは、無意識にセティの手を固く握る程弱っていた。

 その時に、セティは彼の弱さを知る。


 そして不謹慎ではあるのだが、心のどこかで、彼女は安心していた。

 常にどこか焦っていたユウムは皮肉にも、恐怖に支配されることで落ち着いたからだ。


「…ずいぶん考えてるね、セティ。それだけソイツが好きなのかい?」

「······」


 錬姫に聞かれて、初めて気付いた。

 好きな人と問われて、迷わず彼の姿が浮かんでくるという事実を。


 小さく首を縦に振る。

 気恥ずかしさはあるものの、こうなっては隠しきれる訳がない。


 ───私は、ユウムが好き。


 詳しく、どういった所が好きなのかと問われれば、きっと上手く答えられない。

 異性の顔の好みなんて意識したことは無かったし、ユウムよりも優しい人物は山ほど居るだろう。


 ただ、あの手の温かさを覚えている。

 王子様…というには荒々しい姿だったが、必死に助けてくれた。守ろうとしてくれた。

 子供のように怖がっていた。自分を頼ってくれた。


 そしてあの鈴は、まだ柔らかい光を放っているに違いない。


 …そう、だからこそ不可能だ。


「······でも、だめ」

「恋人でも居るって?」

「···分からない、けど。ユウム、には···好きな人が、居るはずだから」


 セティの瞳が潤む。

 自分の初恋を自覚した瞬間に、彼女は失恋した。

 リンネという顔も知らない神様を、きっとユウムは愛しているのだから。そこに、自分の入る余地はないと。


「それがどうしたって?」

「···?」


 しかし、リンネの存在など錬姫の知ったことではない。

 ただ、勝手に赤面して、勝手に落ち込んでいる少女を、応援しない手が無かっただけ。


「恋人じゃないなら、アンタが取ったって誰も文句言ったりはしないよ」


 だから言葉を接ぐ。

 話を聞いただけだと、別にセティの想いが叶わないようには思えていないから。


 あくまで、居るはずという憶測。

 外れている可能性だってあるし、何より。


「それにだね。気持ちを伝えないと、諦めることすら出来ない」

「···そう、なの?」

「少なくとも、アタイの友達はそうだったよ。アタイと玄鬼が付き合ってるのを知った上で、玄鬼に告白してたからね。結局どうにもならずに大泣きしてたけど、お陰で吹っ切れたみたいだ」


 その時の情景を思い浮かべながら、錬姫は語る。


 それは半ばセティを置いてきぼりにしながら、長い間続いた。

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