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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
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68話 赤の狩人

 広間に来てまず、土の感覚を確かめる。


 加速、減速、踏み込み、踏ん張り。

 それらの行動がスムーズに出来なければ、私の戦いは成り立たない。


「ふーん。アンタのそれは、玄鬼の報告込みで一番ちゃんとした行動だよ」

「行動なんて、人それぞれだと思うけどね」


 足を地面に慣らすと、今度はレンキを見つめる。

 エスちゃんは勝てたようだが、彼女のやったことは私には真似出来ないので、レンキ攻略の参考にはならない。


 そもそも、私が使う魔法なんて、それこそ付け焼き刃レベルなのだ。

 《炎の球(ファイアボール)》を射出するよりも、《炎の球》射出と同時に殴った方が多分強い。

 エルフみたいに《ファイア・付与》なんかが出来たら良いのだが、そんなことをこなす技量なんかはない。


「そう言えば、どうして私も戦うことになってるのかな?」

「今はアンタも『アザーファル』だからね。仕方ないよ」


 腰のベルトから短剣を抜く。

 いつも使っているのはルー君に預けている。

 今手元にあるのは、レンキが用意してくれた、刃を潰したものだ。


 レンキが構える。

 基本的にステゴロなのか、得物は持っていない。


 だが、それで充分なのだろう。

 完全に脱力した、構えとも言えない構えは、まるで本能で自己を形成している獣のそれだ。

 そんな構え、私にだって出来はしない。


「それじゃあ始めようか。先手はそっちに譲るよ」

「それじゃ遠慮なく。───行くよ」


 身を屈めてから、飛び出す。

 私とレンキの距離は10m程。

 この程度なら、直ぐに詰められる。


 レンキの目の前まで来た私は、剣を持っている腕を振り上げる。


 彼女はそれを待っていたとでもいうのか。


「っつ!?」


 短剣を持っている手を掴まれ、引っ張られる。

 咄嗟に踏ん張ったが、その抵抗は虚しく、私はレンキに振り回された。


 気がつけば、レンキは私の手を両腕で持って、回転を続けている。

 このままでは投げ飛ばされると判断した私は、空いている手に魔力を込めた。


 レンキの両手は塞がっている。

 掴まれている手と平行に突き出せば、必ず魔法はレンキに当たるだろう。


「《炎の球》!」

「なっ…!?」


 私の手から魔法が飛び出すのと、レンキが私を投げ飛ばしたのはほぼ同時。


 勢い良く体が回っているため、地面を向いているのか空を向いているのかすら判別がつかない。

 そんな状態で着地なんて望める筈もなく。

 とにかく頭だけを守って、私は地面を転がった。


「…気持ち悪い」


 どれだけの速さで回されていたのか。

 立ち上がろうとすると、体の平衡感覚が失われ、よろめく。

 なんとか立って前を見るが、相変わらず目は回っていて、上手くレンキを識別出来ない。


「きっついねぇ。まさかあの距離で魔法を当てられるとは」


 レンキの声が聞こえる。

 キツイとは言っているものの、声は明るい。

 ろくなダメージを与えられていないのは明白だ。


 対して私は、大きな傷こそ負ってはいないものの、少し視界が悪くなっている。

 足取りもあまり覚束なく、良好とは言い難い。


「だけどまぁ、そっちはアタイより悪い状態みたいだねぇ」

「お陰様で、ね」


 地力で勝負しても負けることは明白だ。

 だからこそ、全力で。


【狩人の誇り】を軽く起動してから、レンキを睨む。

 私の気配を感じ取ったのか、レンキの顔が歓喜に染まった。


「へぇ、それがアンタの【スキル】かい。良いねぇ、アタイ好みの【スキル】だよ」

「ふぅん。…ならどうする?」


 体力と能力の加減を見ながら出力を調整。

 出力が低すぎると意味を為さないし、高すぎると長い時間戦えないからだ。


 レンキはそんな私を見て何を思ったのか。


「んじゃ、借りるよ。【異能模倣】:【狩人の誇り】」


 レンキが私のスキルをコピーしたのか。

 彼女から感じる気配が、少し強くなる。


 昨日セーちゃんの【スキル】をコピーしていたので、こうなることは分かりきっていたのだが、やはり実際にやられると、恐ろしさを感じざるを得ない。

 少なくとも、彼女の前では「強い【スキル】を持つというアドバンテージ」は無いも同然だからだ。


 …とにかく、レンキを観察する。

 彼女の出力に合わせて、こちらも出力を上げないとならないのだから。


 しかし、私のその心配は、ある意味杞憂に終わった。


「出力か。……最大でいいか」

「え…!?」


 ───代わりに、更なる苦労が待っているのだが。


 ---------------


 両者共に最大出力を発揮して、殆ど同時に飛び出した。

 先程の攻防とは明らかに質が違う高速戦闘。


 アグニは既に短剣を仕舞っている。

 今この場において、短剣なんてものは邪魔でしかない。


「はっ!」

「ぎっ!?」


 アグニの連打がレンキに迫る。

 どれもが関節を狙った技で、レンキはその大半を受けることとなった。


 右肩に拳が突き刺さり、左膝に蹴りを入れられ、バランスを崩す。

 それでもレンキは、暴れることを優先した。


 右足を重心にして回転。

 鞭のようにしならせた右腕が、風を切りながらアグニに迫る。


「───」


 その力は、まるで熊などの巨大な魔物を彷彿とさせた。

 当たれば負ける。最悪死ぬと判断したアグニは、大きくその場から飛び退いて回避する。


 ───この通り、速さではアグニ。力ではレンキに分があった。


「…っはぁ、思った、より」


 キツいんだねぇ、と。

 言葉は発しなくとも、その意思はアグニに伝わった。


 ───ホントだよ、全く。

 しかし、アグニとてそれは同じだ。

 元々、【狩人の誇り】が引き出せる能力は、個人の体力や力に比例する。

 そしてこの能力は、「10の体力で10の力を引き出す」ものではなく、【10%の体力でxの力を引き出す】というもの。

 言ってしまえば、どれだけこの【スキル】を使い慣れたとしても、最大出力なんてすれば、五分と経たない内に倒れてしまう。


 それだけ、この【スキル】の反動が大きいのだ。


「「……」」


 だから互いに言葉は不要。

 意思なんてものはある程度拳で伝わるし、何より下手に会話をすれば緊張が解れて倒れてしまう。



 そうして、また殴り合いが始まった。

 今度は正面から、レンキが攻めて、アグニが回避する戦い。


 避けられる攻撃は避け、危なげな一撃は受け流し、隙あらば強襲する。

 避けられる攻撃を放ち、本気の一撃を見舞って、襲われたら防御する。


 ここに来て、両者の戦いは拮抗していた。

 エストレアのような必殺技は持ち合わせていないし、ユートのように剣撃一つで決着がつく戦いでもない。


 決定打に欠けると思っていたそれは、唐突に終わりを告げた。


「あ───」


 ドサッと音を発てて倒れる、一人の戦士。

 体力が底を尽きたのだろう。

 より多くの打撃を受けたレンキは、アグニより一瞬早く地面に倒れ、敗けを認める。


 そうしてやっと、アグニも地面に座り込んだ。

 そして直ぐにそれすら怠くなり、仰向けに倒れ混む。


 両者に言葉は無い。

 二人は互いを讃えて、束の間の眠りに落ちていった。


 ---------------


「…あー。案の定こうなったわね」


 彼女たちの体力が尽きてから数分後。

 それを予感していたエストレアはユートを引き連れ、彼女たちを迎えに来ていた。


「二人とも倒れてる…」

「大方、アグニの【スキル】を全力で使ったんでしょ。レンキはそういう力勝負が大好きみたいだし、全力を出されたらアグニだって合わせないといけないから」

「確かに、レンキさんはそんな戦いしそうだよね」


 地面に付けられた深い足跡を見ながら、ユートはそんなことを呟く。

 彼女たちが戦った跡は、地面にも表れていた。

 直接地面を殴ったりしなくても、全力を出した彼女たちなら、踏み込みで地面に跡を付けることなど造作もない。


「にしても、派手にやったみたいね。…アタシが言えたことじゃないけど」


 広間の奥にある木々を見つめて、エストレアは苦笑いした。

 そこは昨日エストレアの全力の魔法を受けた木々であり、殆どはレンキの雷に相殺されたにも関わらず十数本凪ぎ倒されている。

 やったことの派手さで言えば、こちらが明らかに上だ。


「そう言えばあの時、レンキは───。…後で聞いてみようかしら」


 適当な考え事をしてから、エストレアはレンキを抱えて立ち上がる。

 倣うように、ユートもアグニを背負って立ち上がった。


「考え事は後にして、と。帰るわよユート。ユウムの戦いは見に行く?」

「───いや、いいよ。多分そろそろ終わる頃だと思うし」


 エストレアの提案を断ってから、ユートは歩き始めた。

【スキル】解説


【狩人の誇り】

自身の体力を犠牲にすることで、自身の身体能力を上昇させる【スキル】。

上昇する能力は、犠牲にした体力に比例する。


体力消費と出力は、単なる数値では無く割合で計算する。

10の体力で10の力を引き出すのではなく、10%の体力でx%の力を引き出す。xの値には個人差があり、アグニの場合は約5%で、錬姫は約2%。

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