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俺はこの世界で  作者: ロン
メインストーリー:俺はこの世界で邪神を倒す
33/125

32話 午後の予定

「……ということがあってだな。それに」

「ナチュルさん。そろそろ落ち着いて下さい…」


 永遠とラックさんのエピソードを語っていくナチュルさん。その表情はとても柔らかく、普段仕事をしている彼女からは考えられないものだ。

 だが、このまま放っておけば夕暮れまで話が続きかねない。…現に、ナチュルさんと会ったのが朝だったにも関わらず、もう昼前である。


「……あ、もう昼前か。済まないな、ユウム」

「あー、大丈夫です」


 ラックさんについて語り終わった途端に、何時もの無表情に戻る。因みに、男たちは起き上がるなり、そのまま逃げていった。ナチュルさんは気付かずにずっと話していたが。


「そういえば、ユウムはなんでここに来たんだ?」

「あ、いや、何でもないです」


 鈴音との生活を思い出して泣きそうになったので泣きにきました、なんて言えない。俺は適当に誤魔化した。

 ナチュルさんは俺の態度を見て不思議そうにするが、何かを察してくれたのか、話題を変えてくれた。


「言いたくないなら言わなくて良い。……そうだ。少しお願いしてもいいか?」

「…はい。なんですか?」


 ナチュルさんの事だし、無理難題を押し付けてくるわけではないだろう。俺は二つ返事で了承し、内容を聞くことにした。

 それを見たナチュルさんは一瞬嬉しそうにしたあと、内容を話し始めた。


「私の、修行に付き合って欲しいんだ」

「別にいいですが……理由は?」

「……いや、今度の休みの時にラックと出掛けようと思ってるんだ」

「え、デートですか?」


 そう言うと、ナチュルさんの肩が跳ねる。どうやら、間違ってはいないようだ。

 そうなれば、余計に分からない。何故デートへ行くのに修行しなければならないのか、と。

 ナチュルさんはそれにも答えてくれた。俺の予想外の言い方で、だが。


「ま、まぁデートかもな。今度、ラックと一緒に魔物の討伐任務に行く約束をしようと思ってるんだ」

「…それって、デートと呼べるんですか……?」


 てっきりショッピングとか、喫茶店的な所で食事とかを想像していたのだが、どうやら違ったらしい。でも魔物の討伐って、血生臭くはないのだろうか?せめて薬草の採集とかだったらまだマシかもしれない。

 そんな俺を放置して、ナチュルさんは嬉々として語る。


「何を言う。異性と時間、場所を決めて出かけることをデートと言うんだぞ?ならばこれはデート以外の何者でもないではないか」

「……あー」


 それってただの仕事じゃないか?とか、そんな戦う任務でドキドキ出来る展開があるのか?とか、色々言いたいこともあったが、彼女の嬉しそうな顔を見て何も言えなくなった。


 ふと、鈴音と魔物の討伐で出かけるという場面を想像してみる。

 …………あ、意外と良いかも。って違う違う。そうじゃない。


「それでだ。お前も分かってるかもしれないが、あいつは恐ろしいぐらいに強い。だから少しでも力の差を縮めたいんだ。私が、あいつに着いていくために」

「……!?」

「…どうした、ユウム?」


 ───私が、あいつに着いていくために。

 ナチュルさんが当たり前のように言った言葉は、俺の心を強く打った。それが表情に出たのか、ナチュルさんから疑問の声が上がる。別にナチュルさんの意志に対して感動したわけでも、同情したわけでもない。

 ……そう、ナチュルさんのその意志は、俺がかつて抱いていたそれと全く同じものだったのだ。鈴音は俺よりも強かった。だから、俺は彼女との距離を詰めたいと努力を積んできたんだ。


 …このまま思い返しているとまた思考が迷走しそうになるので、無理矢理抑える。

 つまり俺は、ナチュルさんが過去の俺と似ているのである。……まぁ、今の俺も似たようなものだと思うが。

 とにかく、そんな彼女の願いを俺が断れる筈もなかった。


「…いえ、何でもないです。修行には付き合います。よろしくお願いします」

「あぁ、ありがとう。こちらこそ、よろしく頼む。……取り敢えず、ご飯でも食べるか?」

「あ、はい」


 ---------------


 ナチュルさんの誘いを受けた俺は、ナチュルさんに着いていく。暫く歩くと、宿らしき所に行き着いた。


「ここが、私の使っている宿だ。着いてきてくれ」


 そう言って、ナチュルさんは宿へと入っていく。立ち止まる訳にも行かないので、俺はナチュルさんに着いていった。

 宿の中は、言ってしまえばレストランのような感じだった。入口からカウンターの所までは赤いカーペットが敷かれている。当然遮蔽物はない。奥の右端と左端には、宿泊する部屋に繋がっているであろう階段が目に入った。そして、カウンターと階段の間、その先にはまだスペースが広がっているのだが、それは「厨房」と書かれた看板を見れば分かるだろう。


「おや、ナチュルちゃん。もういいのかい?」

「あぁ。昼御飯を頼む。二人分だ」


 宿に入ると、恰幅のいいおばちゃんがナチュルさんに話しかけてきていた。二人分という言葉を聞いたおばちゃんは、俺を見てその顔を面白いものを見るように歪める。


「……あらまぁ。遂に男を連れてきたんだねぇ」

「いや、彼は修行に付き合ってくれるだけだ」


 おばちゃんはニヤニヤとしながらナチュルさんをからかうが、彼女は意にも介さない様子でそれをかわす。

 それを見たおばちゃんは、少しつまらなさそうにしながらもナチュルさんに問いかけた。


「まぁ冗談は置いておくとして……何時ものかい?」

「あぁ。……ユウムは何にするんだ?」


 ナチュルさんが俺に問いかけてくる。だが、当然ではあるが俺はここで何が食べられるかを理解していない。

 同じものでいいかと思っていたのだが、大事な事に気が付いた。


「……あ、俺お金持ってないです」

「あぁ、そんなことか。元より奢る気だったから心配ないぞ?」


『ラウンド村』でもそうだったが、何故俺は金を持ち歩いていないのだろうか?現代日本で生活をしていた者としては、正直我ながらふざけているとしか思えない。

 だが、ナチュルさんは何でもない様子で奢る宣言をしてきた。


(奢らせるのは悪いって言いたいけど、お金持ってない状態だとわざと言ってるようにしか聞こえないよなぁ……。あ、そうだ)

「一回家に帰ります。家にいる人が昼食を作ってるかもしれませんし」

「……分かった。だが、晩御飯は奢らせてくれ」

「あー、はい」


 取り敢えず、お金は持っておこう。俺はそう決めて、家に帰った。


 ---------------


「……結局、泣けなかったな」


 家に帰っている途中、俺はそう呟く。それは周囲の騒音に掻き消され、誰かの耳に届くこともなかった。それに少し安心しながら、俺は真っ直ぐに家へと歩いていく。


 玄関まで辿り着き、ドアを横に引く。外見からは想像がつかない音を響かせながらドアが開くと同時に、勢いよく椅子から立ち上がるアグニの姿が見えた。よく見ると、全員が俺を見ている。

 それに対してどういう反応をしていいか分からない。が、とりあえず帰ってきたことを告げることにした。


「…た、ただいま」

「おかえり。長かったんだね、ユウ君」

「い、いや。ちょっとしたトラブルに巻き込まれて……」


 それから、路地裏であった出来事を大雑把に話す。その後、皆で昼食を摂ることにした。

 その時の話題は昨日のトラブルのこと、お金の分配(お小遣い)などだ。女性陣はこのあと何をするかという話もしていたが。

 ……俺に気を遣ってくれたのか、俺が家を出る前には話題になっていた鈴音について聞いてくる人は居なかった。


 昼食が終わり、最低限のお金も持った。そして、晩御飯は外で摂ることを皆に伝える。すると、晩御飯は各々で摂る方向に話が進み、それが発展してユートが俺に着いてくることになった。

 鍵はユートとトーラがそれぞれ持ち、俺とユートはナチュルさんがいるであろう宿へ向かって歩いていった。


 ---------------


「ナチュルさん。ユートも着いてきたんですけど…良いですか?」

「……あぁ、構わない」

「えーっと、よろしくね」


 ナチュルさんは宿に居た。俺は彼女に声をかけて、ユートが着いてきたことを伝える。すると彼女は一瞬だけ俺をみて、その首を縦に振った。

 あとついでに言っておくと、ユートがタメ口で話しているのを見て、俺もタメ口でいいかなぁと思い始めてきた。

 それは後々考えるとして、今はナチュルさんの修行についてだ。俺は、どこで修行をするのかを彼女に問いかける。


「それで、修行ってどこでするのですか?」

「……今更だが、言いにくいなら楽な話し方で良いぞ?それで、修行の場所だが、王都近くの草原にするつもりだ。着いてきてくれ」

「草原、か。分かりまし……分かった」


 俺が王都に来たときは、草原を通過した覚えはない。だとすると、また別口から行くのだろう。

 俺たちはナチュルさんに着いていった。


 ---------------


「ねぇ、セーちゃん。ユウ君のことどう思ってる?」

「······ユウムの、こと?」


 アグニの質問に対して、セティは疑問を返す。

 今、『アザーファル』の女性たちは、とある服屋に居た。そこで、あーでもないこーでもないと頭を捻りながら、服を選んでいる。エストレアとトーラは、同じ店の別の場所にいた。


 ……話題を戻そう。アグニがセティに問いかけた理由。それは、ただの疑問から来るものだった。別にセティのことを恋敵に思っているわけでも、昨日ユウムと楽しそうに触れあっていたことを恨めしく思っているわけでもない。ただ、本当に気になっているだけだ。

 仮にここでセティがユウムのことを好いていれば、アグニにとってセティはライバルだし、ユウムと付き合っていたとしたら、それは祝うべきだろう。その程度のことをアグニは考えているが。


「······ユウムは、少し···気になる」

「それって、どういう意味で?」


 アグニは神経を集中してセティを観察する。セティに動揺や嘘は見られず、ただ思ったことを口にしたことが伺える。だが、アグニにはその意味が理解出来ずにまた疑問をぶつける。

 セティが、手に持っていた服をを戻す。どうやら気にいらなかったようだ。彼女はアグニに向き直り、アグニの目を見て話し始める。


「···ユウムは、穏やかだった。······でも、今は少し···ピリピリしてる」

「……ピリピリ?」


 アグニはセティの言っていることの要領が掴めなかった。

 アグニはユウムの境遇を知っている。この前、ユートに教えてもらったからだ。だからこそ分からない。ユートの言葉を信じるなら、ユウムとセティが出会ったのはついこの前の筈だ。

 だというのに、何故セティは「穏やか『だった』」と言えるのか?それに対しても、セティは話す。


「···青い鈴。···ユウムの魔力を感じた。···それは、穏やかで···綺麗に光ってた。でも、今は···違う」

「うーん…」


 アグニはユウムの鈴を見た。だが、それが魔力を帯びていることまでは分かっても、その質までは分からなかったのである。

 だから、それを理解出来るセティを羨ましいと思っていたし、アグニ自身にはユウムの心を理解出来ないことを悔しく思っていた。

 それを誤魔化すためなのか、考えることを放棄したのか、アグニはセティをからかうために話題を変えた。


「じゃあ話を変えようか?」

「······?」


 セティが首を傾げたのを確認してから、アグニはセティに顔を近付けて、周囲に洩れないような小さい声で囁いた。


「昨日のことだけどね。ユウ君に触られたとき、どんな気持ちだった?」

「······?···っ!?~~~~~っ!!?」


 まず、セティは何のことか分からずにまた首を傾げ、そのあとにはっと息を飲む。どうやらアグニがなにを言っているのか理解したのだろう。

 そして、顔を真っ赤にして、顔を俯かせる。そうしている間に手は忙しなく動き続け、適当な服を掴んだあと、セティは試着室へと駆けていった。

 それを見て、アグニは笑う。


「こう見てると、セーちゃんって可愛いよね」


 因みに、試着室からセティが出てくるには暫く時間がかかるのだが、その理由は言うまでもないだろう。

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