31話 想い人
あの女性の騒ぎは、セティが彼女を成仏させることで終息した。どうやら、彼女は過去あの家で自殺して、この世に残った幽霊だったらしい。道理で腹を貫いても死なない訳だ。
とにかく、騒ぎが終息したあと、俺たちは眠ることにした。といっても、俺とユートは部屋を移動させられたが。
…いや、分かってる。今回の騒ぎで壁が壊れて実質二部屋になったのだ。むしろこれで大きい部屋で寝ろと言われる方が困る。
因みに、部屋を移動する際にエストレアから釘を刺された。内容は…言わなくても分かるだろう。
「もう、部屋を壊せないね。壊す気なんてないけどさ」
「次壊したら、多分釘が飛んでくるぞ…」
ユートが小さな声で俺に話しかけてくる。彼は今、二段ベッドの下で寝ている。だが、眠れないのだろう。それは俺も同じだ。さっきセティのマッサージ中に一回眠ったし。
目を覚ました後、セティに不満そうな顔をされたのは覚えている。確かに、仕返ししようとしたのにその相手が気持ちよく眠っていたら、不満も覚える筈だ。
目を閉じて、無理矢理寝ようと試みる。どうやらそれは成功したようで、俺は夢の世界に落ちていった。
---------------
「うぁ!?りん…夢か。夢かぁー…」
ある夢を見て、俺は飛び起きた。その内容は言わないでおく。少なくとも、他人には言えない夢だった。
確かに悪夢は見たくなかったが、まさかあんな夢を見るとは思わなかった。正直、もっと見たい気持ちもあるが、あれ以上見ると俺の正気が消えて無くなる。
「……ユウム君?」
「ゆ、ユート!?いや、俺は……何でもない。気にしないでくれ」
「?」
夢のことを思い出していると、俺の騒ぎを聞いたユートが話しかけてきた。俺は動揺して、意味もない弁解をする。当然、ユートには疑問の表情を浮かべられてしまった。
夢のこともあってものすごい恥ずかしさに襲われる。それを誤魔化すために、俺は叫ぶように話しかけた。
「じ、じゃあ下に降りようか!?」
「……うん?」
---------------
「······ユウム、何かおかしい···」
「え、そうか!?」
下に降りると、セティたち三人が椅子に座っていた。その向こうでは、キッチンでトーラが何か作っている。
俺とユートは皆に挨拶して、思い思いの席に座った。
だが、俺は今日見た夢が頭から離れずに、妙に緊張していた。それを隣に座っているセティに指摘されて、思わず大きな声で返事をしてしまう。
「昨日から騒がしいわよ」
「いや、昨日はな、しょうがないだろ?」
「今日もさ。起きたときから騒がしくて」
「あ、あれは、だな……」
「もしかして………」
エストレアとユートの言葉に、動揺しながらも返事をする。すると、何か言いたいのか、向かいに座っていたアグニが立ち上がり、俺の耳元で囁いた。
「何かエッチな夢でもみたの?ユウ君?」
「んあ!?ななな、そんな訳、無いだろ!?」
正直に言うと、図星だ。確かに、楽しい夢を見たいと悩んだことはある。だが、「楽しい」の方向性がおかしいのではないだろうか?どうせ鈴音の夢を見るなら、デートとかで良かったじゃないか。なんであそこまで進んでしまったのか。
図星を突かれた俺は、全身が熱くなるのを感じながら、辛うじて否定する。だが、それを見たアグニが、驚きながら俺の肩を掴み、そのまま揺さぶってきた。
「だ、誰!誰の夢を見たの!ユウ君!?」
「や、止めろって!?鈴音だって!……あ」
しまった。と思うが、これは今まで以上に不味い。アグニだけではなく、セティからも視線を感じるようになってしまった。
アグニの耳がピンと立つ。そして、物凄い剣幕で俺に顔を近付けていた。威圧感のようなものを感じて、照れなんてものは吹き飛ぶ。誰も居ない方向に目を逸らそうとしたら、セティに回り込まれてしまう。
何も出来なくなった俺は、ユートとエストレアに助けを求める。
「ユート、エストレア!助けてくれ!」
「ユウム君って、確か異世界の人だよね?リンネ……さん?ってどんな人なのかな?」
「聞き覚えがないわね。折角だから白状しなさい」
どうやら、二人共興味津々なようだ。トーラも手元とこちらに向けて、交互に視線を動かしている。助けを求めるのは無理そうだった。
前を見ると、若干息を荒くしたアグニが、更に強く俺の肩に力を入れてきた。
「ユウ君。リンネって、誰?」
「······赤い···鈴の人?」
「え?セティ。何でそれを…?」
夢の内容を察せられたアグニ以外には、別に知られて困ることではないので素直に白状することにする。まぁ、詳しく言うつもりは無いが。
そう思っていたのだが、その前にセティに言い当てられてしまう。何故セティが分かったのか?それが分からなかった俺は、話すことを中断してセティに問いかけた。
それに対して、セティは当たり前のように口を開く。だが、それは俺にとって予想外のものだった。
「···ユウムのこと、ずっと見てたから」
「………そ、それってどういう…!?」
一瞬告白されたのかと思い、動揺する。だがセティは相変わらず無表情で、全く動揺していなかった。それを見て、そういう話ではないことを理解出来た。
ならば、どういう意味なのだろうか?その答えも、セティは返してくれた。
「···赤い鈴、見てるとき···ユウム、悲しそうだった」
「……そこまで、知られてるんだな」
「···今のユウムは······ピリピリしてる」
「どういうこと?その鈴見せてくれないかな、ユウ君?」
ピリピリしているというのは良く分からないが、悲しいということに関しては合っている。それを知られているなんて思わなかったが。
セティの言葉を聞いて、アグニが食い付いてきた。俺はアグニに青と赤、二つの鈴を渡して、目を瞑った。 思い浮かんだことは、夢のことはない。鈴音のことだ。
「鈴音は、俺を助けてくれた神なんだ。詳しい事情は省くが、魔法の概念や剣術、種族に関しては彼女から教えて貰った。つまり、恩神であると同時に師匠でもある」
口に出すと、より鮮明に鈴音の事を思い出してくる。ただ映像が甦るだけじゃない。その時の空気が、わくわくが、恐怖が、それ以外の沢山のものがまるで、今経験したかのように俺を襲ってくる。
驚いた記憶、喜んだ記憶、ドキドキした記憶、恐かった記憶、楽しかった記憶が一回で脳裏に浮かび、感情が抑えきれなくなる。
俺は椅子から立ち上がり、アグニの手から鈴を取る。そして、外に向かって歩き出した。
「……ごめん。一人にしてくれ」
最後に、そう呟きながら。
---------------
家の外に出た俺は、人気のない場所を探して路地裏に入った。ここからだとまだ人から見えるので、奥を目指して歩き続ける。
暫くして、広場のような所に出た。そこでは、数人の男女が争っていた。
……って、争ってる?
もう一度、集団を見る。男性は三人で女性は一人。そして、女性の方には見覚えがあった。
彼女の首まで伸びた黄緑色の髪を持っていて、耳は尖っている。つまりはエルフ。妖人だ。
「は、放せ!」
「こんな人気のない所で女一人とは、随分と無防備じゃねぇのか?おい!取り押さえ……ひでぶっ!?」
「「ヴォインさん!?」」
「えーっと、女性一人に三人がかりとは、随分と卑怯じゃないですか?」
俺は《電光石火》を起動。エルフの腕を掴んでいた男に接近して剣を振り抜く。男はそのまま吹き飛ばされた。それを見た二人の男たちが叫ぶが、俺は無視してさっきの男のように話す。勿論挑発のつもりだ。
「…お前は、ユウムか!?何故ここに……?」
「それはこっちが聞きたいんですけど?ナチュルさん」
「う、うわぁぁあああ!?」
リーダー格らしき男が吹き飛んだせいか、一人の男がこちらに叫びながら突っ込んできた。
俺は《サンダー》を男に向かって撃つ。そして、久しぶりにあることを試すことを心に決めた。
「ぐあっ!?」
「せいっ!」
《サンダー》を喰らっても、男は立ち上がる。だから俺はその男に追撃を仕掛ける。その際、剣に《サンダー》を纏わせるように雷の魔力を流す。
その結果、剣は淡い青色の魔力を宿した。俺は、それを男に降り下ろした……のだが。
「……また失敗、だな」
まぁ、男は倒せた。だが、男に当たる前に剣に纏わせた魔力は霧散し、ただの剣撃になってしまったのだ。
俺はそれを知って落ち込む。あれから成長したから出来ると思っていたのだが、まだまだ魔力コントロールが出来ていないようだ。
「隙ありっ!」
「おわっ!?」
反省していると、後ろから男が剣を振ってきた。俺はそれを《電光石火》を使いながら飛び退くことで避ける。そして体勢を立て直し、また飛び出そうとする。だが、それは必要なかった。
「《脚力強化》、《風切》」
「あぁ゛!?」
ナチュルさんが男に急接近。右手の短剣を振って魔法を発動し、男を吹き飛ばしたのだ。
彼女は疲れたかのように、ふぅ、と息を吐き、俺の所へ歩いてきた。
「ユウム、済まないな。面倒をかけた」
「あ、大丈夫です。それよりも、何故ここに?」
それを言えば俺もそうなのだが、それは棚にあげておく。気にしたら負けだ。
返事を待っていると、ナチュルさんが困ったような顔をして、キョロキョロと辺りを見回した。誰も居ない(居ても気絶している)というのに、何を心配しているのか?
それは、クールな見た目とはうってかわって可愛らしいものだった。やがて、彼女はヒソヒソと小声で言ってきた。
「だ、誰にも言うなよ..!お前は知ってるから、特別に教えておくだけだからな!」
「は、はい」
「……私がラックを好いていることは、お前も知っていると思う」
「まぁ、はい。ギルドで話してましたし」
何気に、女性と近付くのが恥ずかしいと暴露してしまったのも、ここに来てからはナチュルさんが初めてだしな。
忘れる訳がない。さらっと弱味を言ってしまったのだから。
「そしてこれも知っていると思うが、あいつは恐ろしく鈍感だ」
「まぁ、そうですよね」
「そうなんだ!私が初めてあいつと会って一緒に王都に入ってきたときに至っては、告白してきた女に対して「友達だから俺も好きだ」って言うんだぞ!?」
「うわぁ……。あ、それと声が大きくなってますよ」
「ひぁっ!?……と、とにかくだ。このままでは告白しても、ちゃんとした返事が来るどころか、告白したことにすら気付いて貰えないんだぞ!?」
声も大きさを指摘すると、ナチュルさんは甲高い悲鳴を上げる。だが、結局大きい声で愚痴をいい始めたので、放って置くことにした。
「そもそもだ。あいつには男女の差という意識すらあまりないんだ。昨日だって、お前たちの部屋割りであんなことを言っただろ?他にも、今いる所から近いからという理由で晩飯をキャバクラで摂ったとか、別の冒険者に風俗店に誘われて何の疑いもなく着いていき、本当になにもせずに無表情で出てきたりとか、女に押し倒されてその女を巴投げしたとか、本当に色々あるんだ。でも、一応下手に“そういうこと”はしないという真面目な所もあるし、助けを求められたら断らない優しい奴だし、闘ってるときは格好良いし、子供と遊んでいるときの笑顔は眩しくて、意地悪するときの笑顔も妙に魅力的で、本当にいい奴で。それに関するエピソードもあってだな…………」
「……あのー」
放っておいたのが不味かったのかもしれない。ナチュルさんは、永遠とラックさんについて話し始めた。




