プロローグ
あ、やばい。
そう思った時には、視界は真っ暗になった。
野中みづき、高校三年生の冬だった。その日は初めての大学受験だというのに雪が降っていた。
前日は不安と緊張でろくに眠れず、朝食もあまりのどを通らなかった。オレンジジュースとトーストを一枚食べて、心配した母にもらったチョコレートの包みを二つポケットに入れ家を出た。
大学にはオープンキャンパスで一度行ったことがあるし、この日のために何回も何回もルートを確認した。
最寄りの駅から電車に乗り、一時間かけて大学のある駅に着いた。乗り換えが少ないルートを選んだので、電車に揺られている間に苦手な日本史の暗記カードを見て心を落ち着かせようとした。
あんまり意味はなかったけど。
駅から大学までは徒歩で十分だ。かなり早く駅に着いてしまったし、バスに乗らずにゆっくり歩いていこう。大学の近くに来たことによっていくらか緊張がほぐれてきた。
ここまでくれば遅刻もしないし迷うこともない。じたばたしたって仕方がない、と開き直ってきた。
よし、歩いていこう。
都心にある駅なので、朝も早いというのに人通りも車通りも多かった。都心から離れた場所で育った俺は人ごみをうまく歩けず、歩道の端に追いやられながらなんとかガードレールに沿って歩いていた。
大学も見えてきてふ、と気が緩んだ。その瞬間に寝不足でふらついていた足がもつれた。
あっ、という暇もないまま前に倒れる。頭から転んでしまい、立ち上がれない。こんなときばかりは運動神経の悪い自分が嫌になる。受験の日に盛大に転ぶとはなんて縁起の悪い。
歩道からはみ出して、車道で起き上がれずうずくまっている俺に声をかけてくれる人もいない。
やはり都心の人達は冷たいな、と思っていると左から車の音が聞こえた。スポーツカーのようですごいスピードで近づいてくる。まさかな…と思いながら顔だけ左に向けると、霞んだ視界に赤いなにかが迫っているのが映った。
それがスポーツカーだとわかったときには、俺の鼻先にそれが迫っていた。
あ、やばい。
俺の記憶はここで終わっている。