帰り道の告白
大悪魔ベルフェゴールを討伐した後、何日かラインベルク領に滞在して、町の復興や後始末を手伝った。
たかが数日で作業が終わるわけもないし、まだまだやることは残ってるけど……俺達はあくまで、ルークウェル領の人間だ。終わるまでずっとここにいるわけにもいかない。
そんなわけで、ついに別れの日がやって来た。
「ロロン、ミュリア……本当に、ありがとう。二人がいなかったら、ボクは何も守れないまま終わるところだったよ」
「いや、こちらこそだよ。俺達だけじゃベルフェゴールには勝てなかった。ありがとう、ルイス」
お父様がリベラ伯爵と話している内に、俺達子供だけで別れの挨拶。
お礼にお礼を返しながら手を握る俺に、ルイスは苦笑を浮かべた。
「君はもう少し、偉そうにしてもいいと思うよ? 大悪魔を二体も討伐した英雄様なんだから」
「英雄なんて柄じゃないよ。俺はただ、ミュリアにとっての英雄で在れればそれでいいから」
「……本人がいる前でそれが言えて、どうして君は……」
「へ? なんだって?」
「なんでもないよ」
はあぁ、と露骨に溜息を吐かれて、俺ははてと首を傾げる。
見れば、隣にいたミュリアもなぜか顔を赤くしていて……。
いや、初めて会った時からずっと言ってきたことなのに、なぜ今になって照れられてるんだ?
「ミュリア、ロロンは見ての通りの有様だから苦労すると思うけど、頑張ってね。ボクは応援してるよ」
「う、うん……!」
本当にどういうこと??
「まあ、そのことは一旦置いといて……ロロンなんでしょ? ボクを伯爵様に推薦してくれたの」
「……何のことだか」
適当に誤魔化したけど、惚けても無駄だとばかりにルイスは笑ってる。
多分、リベラ伯爵も明言はしてないと思うんだけど……これは完全にバレてるなぁ。
「ボクも一応、二人の師匠になるわけだからね。置いてかれないように、ここで頑張るよ。だから……またね、ロロン。ミュリアも、また会おう」
「ああ。その日を楽しみにしてる」
「またね……ルイス」
手を振り合い、別れを済ませた俺達は、馬車に乗ってラインベルクを後にする。
新しく出来た師匠にして友人との一時の別れを、しんみりとした気分で味わう帰り道……となるはずだったけど、そういうわけにもいかなかった。
お父様が、すんごい落ち込んでいたからである。
「えーっと……どしたの、お父様?」
「どうしたもこうしたもあるか! 伯爵様から、お前のことについて根掘り葉掘り聞かれたんだよ……」
なんでも、主に俺の魔素の力やその習得方法、原理について、お父様なら詳しいことを知っているんじゃないかと、あれこれ聞かれたらしい。
まあ、息子が使ってる力について、父親が知らないなんてことあるはずないもんな。
お父様の場合、本当に知らないんだけど。
「何を言っても、『よほど大事な機密と見える』みたいなリアクションされてさぁ……『せめてこれくらいは教えてくれても』みたいなこと言われても、本当に知らないんだよ俺は!! 勝手に育ったの!! 俺ノータッチ!! 信じて!!」
「あははは……」
気の毒……っていうリアクションは、俺のせいなのに流石に他人事過ぎるか。
とはいえ、それ以外に言える言葉もないので、頭を抱えるお父様を慰めることしか出来ない。
「しかも、この上更に王家からもお呼び出しがあるって言うじゃないか……胃が痛くて仕方ない」
「えっ、そうなの?」
聞いてないんだけど、と呟く俺に、お父様も「主役のお前がなんで聞いてないの?」みたいな顔をしてる。
いやまぁ、保護者のお父様に伝えれば十分だからじゃない?
「俺なんか呼び出して、どうするんだろ」
「さてな、伯爵様みたいに、何か勲章でも授けてくださるんじゃないか? それか、近衛騎士団にスカウトされたりとかしてな」
近衛騎士団。
その名の通り、王族守護を第一とする精鋭中の精鋭だ。
入れるだけで大変名誉ある役職なのはもちろんだけど、確か……。
「近衛って、伯爵以上の貴族じゃないと入れないんじゃなかった?」
近衛には実力も大事だが、何より王家に絶対に刃を向けないと確信出来るだけの後ろ盾と血筋が必要だ。
だから、どれだけ強くともアニメでルイスが近衛に誘われることはなかったし、むしろ「君が貴族の出だったなら」と残念がられるシーンすらあったように思う。
ところが、お父様は冗談めかしてこんなことを言った。
「無いとも言えないんじゃないか? 俺が家督を譲れば、お前は正式な子爵位を得るわけだし……ラインベルクの白剣も持ってるんだ、昇爵だって有り得ない話じゃないだろう」
というかさっさと譲りたい、と情けない弱音を吐くお父様に、俺は苦笑する他ない。
「近衛にも爵位にも興味ないから、もうしばらくはお父様が頑張ってよ、じゃないと困る」
俺には、ミュリアの専属護衛という役目がある。
もちろん、いずれはお父様の跡を継ぐんだろうけど……それは、もっと強くなって、大悪魔を駆逐して、四六時中ミュリアの傍にいなくても大丈夫になった時だけだ。
そんな風に思っていると、隣に座っていたミュリアが、どこか拗ねた様子で俺の腕にしがみついて来た。
「どうした? ミュリア」
「……ロロンは、伯爵に……なりたくないの?」
「それはまあ、そうだけど?」
「…………」
益々、むすーっと頬を膨らませて機嫌を傾けていくミュリア。
いや、えっ? なんで? 今のどこにミュリアを怒らせる要素が!?
「ロロン」
あたふたと取り乱す俺を、ミュリアがじっと見つめる。
出会ったばかりの頃より、ずっとたくさんの感情を宿した赤い瞳に、しばし見入っていると……。
「ん……!」
身を乗り出したミュリアの顔が間近に迫り……ちゅっ、と。
俺の頬に、唇の柔らかな感触が伝わってきた。
「私、は……ロロンから、一生……離れるつもり、ないから……! だから、その……」
しおしおと、ミュリアの勢いが萎んでいく。
顔を俯かせ、小さな声で……それでも、ハッキリと聞こえるように。
「ロロン……大好き」
そう呟いて、黙り込んだ。
「…………」
今まで口にしてきたものとは、明らかに違うその“好き”という言葉に、俺は咄嗟に返す言葉を何も持たなくて。
やけに熱くなった頬を片手で押さえながら、呆然と固まってしまうのだった。
「なぁ、なんで俺は息子の青春をこんなゼロ距離で見せ付けられてんの? 頼む、誰か俺をここから出してくれ!! それが無理ならせめて殺してくれ!! 死ぬ!! 口の中が甘酸っば過ぎて死ぬ!!」




