38 私の敵
「おいマリア、面白い事になってきたな」
何事にも大らかに構えるイエッタは、私を盾に攻撃を避けている。
「何が面白いもんですか、病院が滅茶苦茶です」
野宮リリイの手下であるトオが、遠慮容赦なく対人魔法を放ってくる。
エスを組み伏せているターミナルに指示を出し、私の後ろまで引き摺ってこさせた。
赤髪のトオは、一歩ずつ接近しながら攻撃を仕掛けてくる。
「流石に数で勝る相手は苦戦しますね」
「でしたら退いて下さっても構いませんよ。貴方はまた後日捕らえます」
「ははっ。言うねぇ」
攻撃魔法の連射を早めながら、尚も接近してくる。
「貴女は攻撃出来ないんですよね? 絶対防壁のマリア」
「それは、どうでしょうか」
私は魔銃を握りしめ、トオの頭に狙いを定めて引き金を絞る。
乾いた発砲音が病院内に響きわたり、一時の静寂が訪れる。
トオの頭に飛んでいった弾は、弾き飛ばされて跳弾していった。
「反応装甲か。対人魔法の使い手は、面倒くさいな」
「貴女こそ、妙な魔道具を使わないで下さいよ。『ナーフワーム』!!」
トオの杖先から、黒い線が鋭く迫ってくる。
それは私の魔銃を狙い、真っ直ぐに飛び掛かってくるが、寸前で防壁に阻まれる。
「ちっ、厄介なスキルですね」
「マリア、撃て」
私に隠れているイエッタの掛け声に合わせて、魔銃の引き金を連続で絞る。
同時に、イエッタの杖から電撃が奔ってトオに襲い掛かった。
連続で攻撃し、彼の反応装甲を何度も発動させる。
「魔力を削りにきましたか」
「察しがいいですね。どうする? このまま戦うか? 悪いが私の防壁は特別製でね、お前のと違って回数制限は無い。最初から勝負は決まっているんだ、降伏しなさい」
「知ってる知ってる。絶対防壁のマリアは攻略法がない、と言うのはこっちの界隈じゃ常識ですよ」
「それなら話が早いじゃないですか。杖を下して投降なさい」
トオは赤い髪を乱し、頭を振って首を鳴らしながら邪悪な笑みを浮かべていた。
杖先をエスに向けて呪文を放った。
黒い雷のような光がフローリングの床に走り、一直線にエスへ向かう。
「まずい、イエッタ! 医者を――」
わたしが言い終える前に、トオの呪文が、エスを組み伏せていたターミナルを捕まえていた。
ターミナルは不可視を解かれ、トオに首根っこを掴まれてしまっている。
姿を現したのは、タカキが奴隷にした少女と同じ種族、黒狐の女だった。
「エスを狙うと思いましたか? 残念。人質を取られたなら、こちらもそうするまで」
「……余は人質になりえませんがね」
黒狐の女は靴底の隠しナイフを抜き、トオの腹部を狙う。
けれど、やはり反応装甲に阻まれて剣先は届かなかった。
トオは、捕まえた黒狐の女が抵抗しようとお構いなく、マリアと話を続ける。
「この女とエスを交換しましょう。それで今回は手打ちにしませんか?」
「お断りします。これは最後の警告です。今すぐ投降するか、大人しく引き下がるか、どちらか選びなさい」
「……ふん。貴様、人質としての価値も無いのか。もういい、お前ら全員、死んじまえよ」
トオは酷く苛立ちながら、人質を投げ、杖を高く振り上げる。
「死ね死ね死ね死ね!! めんどくせぇ女ども!! 『クラーレオバラカ』!!」
「――――!! その呪文は!! イエッタ! 今すぐ逃げろ!!」
「なんだ…………? まさかあの呪文は!! マリア、後を頼むぞ!!」
トオが呪文を唱え終えると、杖先から黒い霧が噴出されていった。
霧に反応し、自動的に私の絶対防壁が私の全身を覆う。
「イエッタ!! 霧を吸うな! これは――」
「もう手遅れですよ。あーあ。さっさとエスを返してくれれば、命までは取らなかったのに。では科雨マリア、いずれまた会いましょう」
「貴様、待て!! 呪文を解除しろ!!」
トオは黒い霧を残したまま、その場を歩いて去っていった。
私は霧の中、恐る恐る振り返る。
人が3人床に横たわり、3人とも口から泡を吹いている。
『クラーレオバラカ』
即効性の神経毒を散布して、周囲の人間を無差別に殺戮する〝禁忌の対人魔法〟だ。
イエッタ、エス、ターミナルの女、3人とも泡を吹いたまま、ピクりとも動かない。
エスの首筋に手を当て、脈を計るが、止まっていた。
ターミナルも同様に、絶命している。
「イエッタ……」
目を閉じ、動かないイエッタの肩を抱いて、仰向けにする。
その時、彼女が硬く握っていた手から小さな瓶がするりと転げ落ちた。
拾い上げると、ラベルに文字が書かれている。
「蘇生薬? これは、もしかして」
大急ぎで窓を開け放ち、患者用のベッドからシーツを剥ぎ取る。
シーツを振り回して室内の喚起を促し、毒霧を追い出した。
大方の空気の入れ替えが終わり、私の絶対防壁も消える。
急げ!!
早くイエッタに薬を飲ませなければ。
小瓶の蓋を取り、イエッタの口に注ぐ。
暫くすると、咳き込みながらイエッタは息を吹き返した。
「けほっ!」
「イエッタ……! 良かった」
「ぁぁ……ああ、ありがと。咄嗟に仮死薬を飲んで命拾いしたぜ」
「すまない、エスの捕獲は失敗した」
私が言うと、イエッタは倒れている二人を見た。
「……くそ。今回はあたし等の負けか」
「そうだな」
「ミカを埋葬してやろう。多分、他にも殺られてる」
イエッタは死亡したターミナルの女、ミカを背負って診察室から出て行った。
エスの死体を漁り、何らかの証拠や手掛かりを所持していないか物色する。
出てくるものは有触れたものばかりだ。
財布、ハンカチ、ペン。
男の所持品は、大概少ない。
白衣の胸ポケットに手を突っ込むと、木の札が出てきた。
一見、何の変哲もない札を手に取ると、着信音のような音が鳴る。
ABCの歌みたいなリズムが流れていく。
私が作った通信用の札とそっくりだった。
〝札〟を耳に当てると、声が聞こえた。
『やっほー! リリイだよ。久しぶりだね、マリア。元気だった?』
「何故、私が通話に出ると知っていた」
『手下の管理もボスの仕事だからね。最近どう? 元気だった? 日本にいた頃もこうやってさ、よく電話で話してたよね。懐かしいなぁ」
「リリイ、お前は今どこにいる」
『なに? どっか遊び行く? 昔みたいにさ』
「リリイ、貴様……ふざけるな!! お前の手下も、私の部下も死んだんだぞ!!」
『怒らないでよ。ほんと、昔から怒りっぽいよね』
「貴女は昔から、私を怒らせるのが上手でしたね。忘れていましたよ」
木の板をスマホのように、通信に利用する魔法は私も使える。
だが、リリイの方はどうなんだ?
どうしてこの場の状況を知っている。
『マリアさぁ、一つだけお願い事していい? それだけ頼まれてくれたら、私はシノク王国から手を引くよ』
声色を変えず、世間話の様に交渉を始めてくる。
乗るつもりはないが、少しでも情報は欲しい。
「お願いとは?」
『タカキ君を渡してください。秘密裡にではなく、正式に。合衆国が私に引き渡してほしい』
「なんですって?」
『私に彼を渡して、プルマキア大陸の国々が降伏してくれればいいだけです。そうすれば戦争をせずに済みますよ?』
「さっきから、何をふざけた事を言っている!」
『考える時間は与えるよ。その札を持ってて? 時が来たら電話するから。じゃ、バイバイ』
リリイは言いたいことだけ言って、通話を切った。
タカキを渡せば、手を引く?
嘘八百もいいところだ。
都合のいい建前をチラつかせて、結局この国を支配するつもりなのに。
私と正反対に、野宮リリイの特殊固有スキルは武力に特化している。
兎角厄介なのは、その異常なまでの増幅力だ。
リリイは、一度手にした武器を、いくつでも複製することが出来るのだ。
ただし複雑な構造の武器、例えばパーツの多い銃器などは相応の魔力と時間が掛る。
だが、そこにタカキの進化魔法が加わると話が変わってくる。
二人の力が揃った時に起こる事は、簡単に想像できる。
ボロボロの漁船は戦艦に進化するだろう。
大砲はレーザー砲に変わり、ゴム鉄砲は魔銃に進化する。
この世界の戦争が、形態を進化させてしまう。
それは最早、戦争ですらない一方的な虐殺が始まる事になるだろう。
「死んでも、タカキを渡すもんか」
既に通話が途切れている札に、私は言った。
今回でストックが無くなったので、休載します。
続きを楽しみにして下さった方がいたら、申し訳ございません。




