第三話 考えない人
バーベキューやクラッカーで濁った白い煙の中にハーブ・ゴゼア少尉はいた。連合の戦艦「まや」のエントランスではパーティーの真っ最中であった。ちなみに連合のパーティ好きは少し行き過ぎている所があり、毎週日曜日の夜はバーベキューパーティーと決まっている。そして、日曜日でなくても、理由が有っても無くてもとりあえずパーティーをするのが連合である。今回は新造戦艦「まや」の初出航と新設部隊「ぶりの翼」の結成記念を兼ねたパーティーである。
ハーブはそのパーティーの盛大さに驚き戸惑っていた。そして、エントランスのそこら中で煙を吹くバーベキューを見て、どれが一番高そうな肉かと思いを巡らせる。ちなみに、戦艦「まや」のエントランスはバーベキューが出来るようにスプリンクラーが撤去されている。
「ハーブ少尉は連合のパーティーは初めて?」
ハーブに声をかけたのはオペレーター顔のメガネをかけた少女であった。ハーブの知らない顔だ。
「えっと、私のこと知ってるんですか」
「それはエースパイロットなんだから、この部隊で知らない人は三人くらいしかいないと思うけど。あと私は夏侯純、オペレーターをしてるわ」
「オペレーターですか。なんかカッコイイですよね、デキる女って感じで」
ハーブは目を輝かせて言った。
「いや、エースパイロットの方が凄くてカッコイイと思うけど。今日だって敵の機体を圧倒していたし」
「でも、戦艦オペレーターの椅子って回転するじゃないですか」
「それもそうね」
「HAHAHA」
二人は豪快に笑ってジョッキに入った麦茶を流し込んだ。
エントランスが静まり返ったのはその直後であった。エントランスの中央にある特設ステージに上がった人物が一人、中将のおじさんである。
「みなさんが静かになるまで一時間はかかりそうだったので、一度ステージに上がったけどやっぱり一風呂浴びてから戻ってきました。本艦の艦長に就任しましたエルビス・イーストン中将です」
中将は艦長で、左手にはヤギ牛乳のビンが握られていた。
「まあ、それはどうでもいいんで、とりあえず肉でも焼きながらおじさんの挨拶を聞いておいてね」
と艦長は話を続ける。
「それで楽しいバーベキューパーティーの前にまず業務連絡なんだけど。これからこの船はアジュール海を通ってシオヤ基地の援護に向かう。はずだったんだけどねぇ」
艦長はここで困った顔を見せる。
「一部の船員と合流出来ずに出航してしまったんで、途中でに寄港して合流することにします。あとお菓子の持ち込みは一人二百キロまでとします。まあ、堅苦しい話はこれぐらいにして今日はパーティを楽しみましょう。それでは乾杯」
船員達はそれぞれがバーベキューパーティーを享受している。しかし、本当のお楽しみはこれからである。エントランスの照明が消え、会場が闇に包まれたかと思えば、眩いばかりのスポットライトがステージを照らす。照らし出されたのは艦長である。
「さぁさぁみなさんお待ちかねのプレゼント交換会ですよぉ」
という艦長の言葉はエントランス中に巻き起こる歓声を引き起こしたのだ。
「なんと今回注目の景品は核融合式空気清浄器なんですね」
「うぉっぉおぉおおおぉぉおおぉぉおぉぉ」
艦長の言葉にまたしても歓声が巻き起こる。核融合式空気清浄器はこの時代の宇宙通販の人気ランキングでも毎回六位になる人気グッズである。
「プレゼント交換かぁ、やっぱり連合の戦艦は楽しいなぁ」
ハーブはこの艦に配属されて改めてそれを実感し、感慨深いものを感じた。
「それでハーブ少尉はプレゼントに何を用意したの?」
両手に肉を持った夏候純が言った。
「私はですねぇ、メイド服を持ってきましたよぉ」
「へぇメイド服。また、なんでそんなもの持ってるのよ」
「なんか友達とンキホ(ドン・キホーテの略)に行ったときにノリで買っちゃったんですけどね、結局卒業式で一回着ただけで、ずっと仕舞ってあったやつなんですよ」
「あぁ~~あるよね、そういうやつ。実は私もわくわく霊園(この世界の遊園地的な場所)で友達とノリで買ったネコミミとか持ってきちゃったし」
実のところ連合で行われるプレゼント交換会では、兵士達が日頃捨てることの出来ないガラクタを不法投棄することはよくあることなのである。
当たり触りの無い会話をしている内に二人がくじを引く順番が回って来た。くじ引きの仕組みは至って単純なものである。反放射線ボックスの中に入れられた紙を順番に引いていくのである。つまりこのくじ引きは引く者の運と人知を超越した感覚が試される、まさに気まぐれな悪魔のようなボックスである。
夏候純はこの悪魔に挑んだ。自身の感だけを頼りに正解をたぐり寄せる。
「これだぁ」
「はい、27番のビーム鰹節削り器ね」
「うわぁ微妙だぁ」
落胆する夏候純に声をかけたのはイヌワン・ケイビ大佐である。
「煩悩のある人間にはその悪魔は攻略できませんぞ。つまり、真の勝者は無欲な人間なのです。ちなみにそれは私が入れたものだ」
「そんな無欲な人間なんている訳ないじゃないですか。人間なんて欲望と破壊しか生み出さないんですよ」
夏候純がそんなことを言った時であった。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ大当たりぃぃぃぃぃぃぃぃぃひぃぃぃぃぃぃ」
と受付の叫ぶ声が聞こえた。
「どうやら破壊しか生み出さない人間もいたようですぞ」
それはハーブ少尉であった。
「見てください夏候さん、核融合式空気清浄器ですよ」
ハーブは嬉しそうに核融合式空気清浄器を高く掲げて夏候純に見せた。
「凄いよ、それってヨツバシ電機で二万三千で売ってるやつだよ」
夏候純は家電に意外と詳しい。
「じゃあさっそく使ってみましょうよ、シロってなんか臭いし」
パーティーを抜け出した二人はロボット格納庫へと来ていた。格納庫とは言っても今は三機しか格納されていない。シロと紫芋の騎士のワインカラーの隊長機とさらにもう一機、シロと同型の機体である。
「見て、シロと同じだけどクロですよあれ」
ハーブが指したシロの同型機は全体が黒く塗装されており、それ以外はシロとの違いは見られなかった。
「これは、確かシロの予備として作られた機体ね」
「予備って」
「もしもシロが敵に強奪されたりした時用の対抗手段って訳」
「じゃあ二つとも取られたらどうするんです」
二人はあまり難しことは考えないようにした。
「それより早くシロの空気を清浄化しましょうよ」
「それもそうね」
二人はシロの足元のあたりまで来たときである。
「なんか今聞こえませんでした」
「えっなにが」
「なんか絶対今変な声聞こえましたよ」
「嘘でしょ」
夏候純はハーブ少尉の言うとおりに耳を澄ませると
「うへえへへへへっへえへえべべえっべ、やっぱりトモビシ重工製のずっしりしたフレームの造りって素敵ね。でも、それでも重厚感を感じさせない優しい曲線美も好き。べへへへぇぇ、ぐふうふふふふぅ。ゴールドのフレームラインもエレガントね。本当にあなたってもっと改造してあげたくなるわね。そうね、メタル塗装なんて似合うんじゃない。ぬふふ、えっ派手すぎるって、そんなこと無いわよ。絶対に合うと思うわよ。はぁぁじゃあワカサキのリアライフルなんてどうかしら。絶対☆素敵☆芸術的よね。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁごめんね。でも今は何もしてあげられないのぉぉぉ。だって補給が無いのよ。技術部があなたの美しさに気付けばきっと予算も下りるわ。ふぅふうううう、でも大丈夫よ。きっと私が、私がいつかあなたを改造するわ」
と聞いたことのある人物の声が聞こえた。よく見ればシロの胸部ハッチの所で一人ずっとこの調子で話しているのはメカニック担当のアメリー・シュバルツティーガであった。二人は目を見合わせ、あまり難しいことは考えずに引き返そうとした時である。足元から軽快な金属音が格納庫中に広がった。ハーブがバールのような物を蹴とばした音である。
「あらっハーブ少尉とオペレーター顔の人じゃない」
アメリーは二人を見つけると、特に普段と変わらない様子でシロの胸部ハッチから降りて来た。
「そこらへん散らかってるから気をつけてね」
「もっと早く言って欲しかったですね」
夏候純は切実そうに言った。
「それで二人はロボと食事でもしに来たって訳ね」
「違います」
二人は声をそろえて言った。
「見てください括目せよ、これですよこれ」
とハーブは自慢げに核融合式空気清浄器を掲げる。
「あらっそれって結構高いやつじゃない」
「はいっ高いんです」
そういう訳で三人はシロの操縦席に核融合式空気清浄器を設置してみたのであった。
「インテリアとしても、いいんじゃないこれ……」
「そうね……」
「うん……なんか空気がきれいになった気がしますね」
ハーブが気の抜けた顔で操縦席の椅子にもたれた時である。操縦席の椅子が鈍い音と振動を発し始め
「うわっなにこれ」
と慌ててハーブは飛びのいた。
「それはマッサージ機能よ」
とアメリーが取扱い説明書をめくりながら言った。ハーブは椅子にもたれた拍子にスイッチを押してしまったのだ。
「すごいっそんな機能もあったんですね」
「うべべべべべべべ」
と夏候純は椅子に深くもたれながら振動していた。
「でもね、この子の凄いところはこれだけじゃないのよ。例えばこの機体のサラウンドマイナスイオン装甲は機体表面にマイナスイオンを纏うことで実弾攻撃に対してかなりの防御力を実現したわ」
アメリーは突然発火しだしたパソコンのような勢いで語り始めたのだ。
「それでもね、この機体で最も革新的で実験的なのはサラウンドマイナスイオン装甲でも腹部内臓ビーム砲でもなくてメガハイブリッドエネルギー炉よ」
「メガハイボールなんとかってなんです」
たいして頭の高性能ではないハーブには理解しがたい内容だったのかもしれない。
「まぁ要するに液体燃料でもバッテリーでもとろろでも燃料になるってことよ」
「あぁ悪食なんですね」
「そういうことよ。それでこの子のエネルギー炉を造ったトモビシ重工なんだけどね」
「おっと、そういえば私達これからヤギにエサをあげにいくところだったわ」
と夏候純はアメリーの話を強引に遮ってしまった。
「あらそうだったの」
「それじゃぁそういうことで~」
夏候純はハーブの手を引いて強引にシロの胸部ハッチから出て行ってしまった。
「私達ヤギにエサをあげに行く予定なんてありましたっけ」
ハーブが不思議そうに尋ねる。
「ああいう人種の人はね、一度話始めたらすご~~~~く長いから」
「そうなんですか」
「そうなんです」
するとハーブは思いついたように言う。
「そうだ、今から本当にヤギにエサをあげに行きませんか」
この戦艦「まや」ではヤギを飼っている。
「そうね、行きましょうか」
二人が格納庫を出るとそこには中年のメイド服を着たおやじと中年のネコミミ半裸紳士がワインを飲んでいた。
「ほら大佐殿、ワインをお注ぎしますわ」
と裏声でワインを注いでいるメイド服おやじは艦長であるエルビス・イーストン中将である。
「ありがとうですにゃん」
と丸太のようなごつい喉から裏声をだしてワイングラスを差し出したネコミミ半裸紳士が紫芋の騎士の異名を持つイヌワン・ケイビ大佐だ。これは二人が相当酔っているからであって、決して彼らの趣味などではない。
「なんか私、もう一度シロの解説聞きたくなっちゃいましたぁ」
「奇遇ね、私もよ」
と言ってハーブと夏候純は、メイド服やネコミミと目を合わせることなく元来た格納庫へ引き返して行った。それから、二人はあまり難しことは考えないようにした。
「あら、もうヤギにエサをあげて来たの?」
とアメリーが不思議そうに尋ねると夏候純は
「ヤギがダイエット中だってことを忘れてたの」
と答えた。
「そうなの。それでね、さっき言い忘れたんだけど後部のジェットパックがね――――」
パーティーの夜は穏やかに過ぎていった。




