第二話 すれ違う思い
第二話「すれ違う思い」
午後五時は定時の時間である。午後五時前になると、出撃していた機体は一斉に宇宙戦艦へと帰還する。この宇宙戦争では、もはや休日を除けば毎日のように繰り返されている日常風景である。
マリーネア帝国の戦艦「レーベン・ライスフェルド」でも午後五時前に三機の機体が帰還していた。機体はそれぞれピンク、緑、黒のカラーで一部武装や仕様の違いはあるが、元々は同じ種類の機体である。
多くの整備兵が見守る中、それぞれの機体のハッチが開く。ピンクの機体からは十六歳ほどの茶髪で少し派手な感じの格好の少女が、緑の機体からはこれも同年代で頭にゴーグルをした地味な感じの少女が、そして、黒の機体からもまた同年代で長い黒髪の美しい、それでいてはかなげな雰囲気を纏った美少女が降り立った。彼女こそまさしく、ハーブ・ゴゼア少尉と死闘を繰り広げた張本人、布引乙音中尉であった。
この日の布引乙音中尉はいつになく憂鬱なオーラを纏っていた。彼女は常日頃からどことなく影があり、それでいて気高い雰囲気のある人物であったが、この日の彼女は暗黒の瘴気を周囲にまき散らしているかのようであった。
「おーい、オトネ。今日はマジで超ウツじゃん。なんかあった?」
そんな彼女を見かねてか、気さくに声をかけたのは例の派手な感じの少女であった。名はダミア・ヴァーバ、階級は中尉である。
「ゴゼアさんが……連合の機体に乗ってたのよ」
普段は気高ささえ感じさせる乙音が、珍しく泣きそうな顔をして言った。
「ゴゼアさんって誰よ」
「友達よ。それは、とても大切な私の友達……」
「オトネって連合に友達居たんだ」
「問題はそこなのよ」
乙音はダミアの肩を掴み、顔をダミアの目と鼻のすぐ前まで近づけて言った。
「いや、近いって」
「ゴゼアさんは私と同じ士官学校に通っていたわ」
「じゃあなんで連合にいんのよ」
「解からない……解からないのよっ」
乙音が涙を流して唸るように言った。
「それって、同姓同名の人違いとかじゃないの」
ここでついに口を開いたのは緑の機体のパイロット、エリン・アモットであった。彼女は口数こそ少ないものの、ここぞという場面で鋭い一言を発することが多くダミアも一目置いていた。
「人違いなんて在りえないわ、ちゃんとゴゼアさんの声だったわ」
「同姓同名だったし、なんかそれっぽく聞こえただけじゃないの」
エリンの言うとおり、この時代では戦場で同姓同名のパイロットの声を別の誰かと聞き間違えることはよくある話である。
「そんなことは無いわ、ゴゼアさんの声を目覚ましのアラーム音に設定して毎朝聞いているこの私が聞き間違えるなんてこと」
「えっ」
ダミアとエリンは心に何か引っかかる所があったが、あまり深く考えないことにした。
「やっぱりゴゼアさんに違いないわ」
「まぁひとまず食事でもいって気分転換するよ」
とダミアが気を利かせて強引に乙音を食堂へと引っ張って行った。
食堂の前には既に人だかりが出来ていた。しかし、どの船員の顔からも、これから食事をするのだという期待を感じさせるような輝きは無かった。そして、ダミア達も船員達の顔を見て思い出したことがあった。この船の食事は今一つあれなのだ。
「うわっ、今日は金曜日ってことは豆のスープの日じゃん」
ダミアが美少女がしてはいけないような顔をして言った。
「七味持ってきた」
とエリンが懐からビン入りの七味を取り出した。
「はぁ」
そして、乙音は何かよく分からないけどため息をついた。
それにしても今日は食堂の奥が妙に騒がしい。厨房前のカウンターには人垣が出来ていた。
「何かあった的なあれなの」
とダミアが背伸びをしてみる。
「何あれっ肉?」
ダミアが見たものは皿に入った肉であった。水分の多そうな成型肉ではあるが肉である。
「肉って、今日は肉の日じゃない」
とエリンは言うが、確かに皿に入った肉がカウンターに並べられている。どうやら他の船員達もこの事態に困惑しているようだ。
船員達が謎の肉を見ていろいろと言い合っていると、厨房から姿を現したのが料理長である。料理長の姿を確認すると船員達はすぐに静まり返った。今後の食事はこの料理長の一声にかかっていそうだからである。
料理長は船員達を見渡すと、途端に怪しいほどにまぶしい笑顔になった。
「え~みなさん、実は調理班の方で発注ミスがありましてね、シーザー中佐用特別メニューを全員分発注してしまいました。それもこれも、新型のタッチパネルがいけないんですよね。あれは人の言うことを全く聞いてくれないんだなこれが。だから苦情はパネルを作ってる所にでも言ってもらいたい。まぁそれはそれでいいとして、このまま食材を腐らせてしまう訳にもいかないので、今日は皆さんもシーザー中佐用特別メニューを食べられることになりました」
料理長の発表から数秒開いて、食堂の中に歓声が沸いた。
「やった、肉だよ肉」
ダミアは無邪気に乙音との手を取って喜んだ。
船員達にとって肉は貴重な存在であった。この船では、月曜日に牛丼が出るが、薄くて向こうが透けて見えそうな謎の肉が一枚入っているだけである。そして、水曜日のカレーには肉など入っていなかった。結局、肉らしい肉が食べられるのは土曜日の焼き鳥だけである。この日は休日なのでごはんと焼き鳥、もやし炒めが出るのだ。さらに、成年以上は発泡酒が一人一本貰えるそうだ。それ以外で船員が肉を食べるには、各自で船に持ち込むしか方法はない。ちなみに帝国軍の夕食はご飯がおかわりし放題だが、ごはんが臭いのでおかわりをするのはほとんどデブだけである。
ダミア達は食事を受け取って席に着く。テーブルの上にはくさいごはんに蒸したじゃがいも、水道水、そして肉である。
「この肉、臭くね」
ダミアがフォークで肉を突きながら言った。肉からはかすかに生臭ささが漂っている。
「同感」
「同感」
とエリンと乙音も同じようにフォークで肉を突いた。そして、エリンが
「大丈夫、臭くても美味しいものは多分美味しい」
と言って震えたフォークで肉を口に運んだ。
「どうよ」
「帝国の食事がこんなに美味しいわけがない。もっと犬のエサみたいなのが出るべき」
とエリンが震えながら言った。
「本当だ。美味しい」
とさっきまで死人のような目をしていた乙音もその味を認めた。
「マジで!?それじゃあ私も」
それを聞いてダミアも得体の知れない液体の滴るその肉を口に運んだ。その味は決して上等なものでは無かっただろう。また、噛めば噛むほどに化学調味料の味がしただろう。しかし、それでも普段食べている、味付けがまるでされていないかの様に薄味な食事よりは各段に美味しいと、ダミアは感激し、涙を流した。
気がつけば三人は蒸気機関車のような勢いでフォークをすすめ、謎の肉を完食していた。
「普通に美味しいじゃんコレ」
完食した頃にはダミアの肉への評価は絶大なものとなっていた。
「味がついてる」
エリンがそう感じたのは、帝国軍の食事がかなり薄味だからである。そのために帝国軍の兵士の中にはダイエットや生活習慣病予防目的で入隊した者も少なくはない。
「それよりさぁ、シーザー中佐っていつもこんなヤバいもの食べてたの?」
ダミアが肝心な所に気が付いた。すると乙音が
「一応軍の英雄だし、特別待遇ぐらいはありそうだよね」
と言ってくさいごはんを一気に口に押し込んだ。
「でもなんかさぁ、それってずるくない」
とダミアが言ったが、これは疑問文ではない。同意を求めているのだ。
「うん、やっぱりずるい」
と一人で納得したかと思うとダミアはエリンと乙音の手を取る。
「えっ何」
そうは言っても乙音はダミアの考えは大体が想像が出来た。
「やっぱ中佐のところに殴り込みでしょ」
「やっぱりそうなるの」
シーザー中佐は船で二番目に偉い人らしく、普段は自室でゴルフの素振りばかりしている。ダミア達が殴りこんだ時にもシーザー中佐はゴルフの素振りに夢中であった。
「中佐っ」
ダミアはノックもせずに部屋の扉を開けた。彼女は扉を叩いてからドアノブを回すほどの賢さはないのだろう。
「あぁ~なんだね君たち、球でも拾ってきてくれたのかね」
シーザー中佐は素振りを止めると毛むくじゃらの顔をダミアに向けた。彼は誰が見ても明らかに服を着た八頭身の白い犬であった。なんでも帝国の研究部で行われた意味の無い実験の末に産まれた生き物らしい。それがどういう訳かロボにのって多大な戦果を挙げたとかで中佐にまで上り詰めたという話をダミアは聞いたことがあった。
「ちょっと中佐さぁ、ずるくない」
ダミアは本題を直ちに切り出した。
「ずるいってそれはなんのことかね、私は確定申告はちゃんとしてるつもりだが。もちろんゴルフクラブは経費で買ったけどね」
「そうじゃなくてさぁ、なんか中佐だけヤバい物食べててずるくない。ウチらいつもくさいごはんばっかりなのにさぁ」
「そう言われてもねぇ、私だって君たちの気持ちは分かるよ。だが、私も好きであの食事を取ってるわけじゃない。医者からうるさいほどに言われてるんだよ、あんまり栄養の無いものとビニール袋は食べるなってね」
「それじゃあその意味不明な体のせいで肉ばっかり食べてるってこと」
「まぁそういことだ。シリアルとかアイスクリームも食べるけどね。そうだ特別に君たちにはいい物をあげよう」
と言ってシーザー中佐は思い出したようにデスクの引き出しを漁り始めた。
「ほらこれをあげよう」
「うわっなにこれ白骨じゃん」
「おっと間違えた」
と慌ててシーザー中佐は何かの白骨をしまって、引き出しからビンを取り出した。
「うわぁ甘納豆」
ダミアが子供のように無邪気に目を輝かせ、ビン入りの甘納豆を受け取る。
「まぁそれを食べながらでいい。おじさんもいろいろと君たちには聞いておきたいことがあるんだよ」
ダミアは甘納豆に夢中で話など聞いていなかった。
「単刀直入に聞こう。今日の乙音の戦闘はおかしかった。なんかこう、いつもみたいなキレもなかったし、終始敵に圧倒されている感じがした。どうした、何があったんだ。昨夜から立体オセロに夢中で一睡もしてないとか?」
「いえ、睡眠はとってます」
乙音は下を向いたまま応えた。そして、今回の戦闘の真相を語り始めたのだ。
「なるほど、それじゃああの白い機体のパイロットは友達だったって訳だ」
「はい」
「まあそういうこともあるさ。どうせスーパー安全シェルターがあるんだ、撃墜したって死にはしないさ。気楽に戦いたまえ」
スーパー安全シェルターとはロボの操縦室であり、機体が破壊された際には独立して救命シェルターとして機能するのだ。
「そういう問題じゃないんです。戦ってしまったらなんか二人の友情的なものを気づ付けてしまいそうな気がして。やっぱり出来ないわ、ゴゼアさんと戦うなんて」
乙音は一人で盛り上がって泣き出してしまった。
「それじゃあ白いやつの相手は他のやつにまかせるか。うん、それがベストだ」
とシーザー中佐も勝手に納得していた。
「それは駄目です。私以外の人間がゴゼアさんを倒すなんてなんか納得いかないわ」
「じゃあどうするつもりだね、あんなに白いやつを野放しにしておくっていうのか。あれはそのうち脅威になるかもしれないぞ。それに私たち「砂漠のパンケーキ」部隊は連合の新部隊を叩くために結成されたんだ。しっかりやってくれないと、上層部のおっさん達が不安で昼寝も出来なくなるぞ」
すると乙音は覚悟を決めた人間の顔になった。
「分かりました、もう一度ゴゼアさんと向き合ってみます」
「よしっ、その調子だ」
とりあえず話がまとまり始めたちょうどその時であった。部屋の扉が勢いよく開き、若い男性兵士が飛び込んでくる。
「なんだね、悪いが今日はもう営業終了なんだ。また来週くらいに君の顔を見たいね」
とシーザー中佐はめんどくさそうにゴルフクラブを取りながら言った。
「緊急事態です中佐」
「どうした、パーティーに誰も来てくれないとか?行かないよ私は、すごい忙しいからね」
「いえ、その件ではなく。連合のカスミガオ基地から新型の宇宙戦艦が発進したそうです。例の新部隊のものかと」
「やはりそうか、ダイソン少将のブログに書いてあった通りだな。だが今は残業までして追撃はしない。さっきの襲撃もあるだろうし、向こうの船は我々を迎え討つ体制でいるだろうな。当面の間は遠くから後をつけるようにしよう、ペンギンの卵を狙うトウゾクカモメのようにね」
この瞬間的に的確な決断をすることの出来る能力こそがシーザーを中佐へと導いたのである。
さて、例の連合の新型戦艦「まや」であるが、艦内では新設部隊「ぶりの翼」の結成記念パーティーが盛大に行われていた。山のような料理と海のような酒に船員達は酔いしれ、歓喜の歌を歌い、踊り続けたのであった。




