第1章 目覚めたら幽霊になっていた!? そんなのありかよ!!!
リリス。幽霊になった。目覚めたら半透明で、空中に浮かんでて、足がなかった。記憶もない。自分がどうやって死んだのかすら思い出せない。覚えてるのは、名前……たぶん。
迷宮でスライムを“脅して”吸い込んだらLv.2になり、解放されたスキルは、三十秒に一回の十秒だけモノに触れる《実体化》というしょぼさ。スケルトンに追いかけられて壁にめり込みまくってたとき――角から銀髪のロリがひょこっと顔を出した。
「ねえ幽霊さん、あたしの魔法陣踏んでる。どいて」
名はココア。十二歳、自称天才魔法使い、魔力回路崩壊症で余命半年。
「契約しない? あんたの霊体安定させてあげる。その代わり、あたしの探し物を手伝って……」
――死にかけのガキと魂単位で組む? 冗談にもほどがある。
でも、あいつが笑いながら「死んだらあんたと一緒に幽霊になれるね」って言ったときの顔を見て――俺は手を握った。
契約の代償は、彼女が死んだら俺の魂も一緒に消えること。
こうして、記憶喪失の幽霊少女と、毒舌で身体弱めの天才ロリは旅に出た。目的は、失った記憶を取り戻すこと――と、呪いの解除方法を見つけること。
道中で拾ったのは、ツンデレ龍の赤んぼ。曰く、龍墓群島にいる万龍の母は超凶暴で、侵入者は全員ドラゴンブレスで焼かれるらしい。
俺は言った。
「焼かれてももう一回死ぬだけだろ」
……ちょっと待て。俺はそもそも、どうやって死んだんだっけ?
──三流コンビ、ここに開幕。
あたしは死んだ。
……いや、待て。
一度頭の中をリセットする。気がついたとき、あたしは空中に浮かんでいた。正確には、半壊した石の天井の下、三十センチくらいの高さを漂ってる。視線が高い。地面から一・五メートルくらいある。
で、一番最初に浮かんだ考えがこれ。
【え、なにこれ? なんであたし飛んでんの?】
試しに足で空を蹴ってみた。結果、そのまま頭上の天井をすり抜けて、顔から瓦礫の山に突っ込んだ。
【痛っ……いや、痛くない!】
感覚がおかしい。顔に薄い紙を貼られたような、そんな感触。
石を通り抜けた。天井から外に出たとき、見えたのは崩れかけた円形のホール。壁は半分崩れ、割れ目から陽が差し込んで、床のほこりと——あたしの身体を照らしてた。
半透明の、淡い青の、足のない幽霊。
自分の頬に手を伸ばしてみる。指は頬をすり抜けた。
【あああああ——っ】
一分だけ絶叫して、落ち着いてから、あたしは幽霊になった人間がまずやることをやった。隅っこにしゃがみ込んで、膝を抱えて、これは夢だと自分に言い聞かせる。
「……よし、夢……絶対夢……」声は口から出てるのに、どこか虚しくて、深い井戸の底から聞こえるみたい。
「目覚めれば自分の部屋にいるはずだ。部屋の様子なら思い出せる——えっと……」
真っ白だった。
【部屋の記憶ない。ベッドの記憶ない。朝飯の記憶ない。自分の顔すら思い出せない】
覚えてるのは名前だけ……あたし、なんていう名前だっけ?
「……リリス、かな」声に出してみる。舌の上で妙に馴染む。「ああ、リリスでいい気がする……んでも頭痛い……なんにも思い出せない」
その場で三回ほどぐるぐる回った。いや、「幽霊の焦燥回転」ってやつだ。頭の中で疑問がぐるぐる鳴り続ける。
【生きてたときのあたしって誰? どう死んだ? なんで幽霊? さっぱりわからない……】
下を見ると、錆びた鉄剣が一本転がってた。どっかの運の悪い奴の形見か。
地面へ漂っていって、柄を掴もうとする。指は抜ける。もう一回。また抜ける。二十回くらい試したあと、柄にほんの一瞬だけ淡い青い光が走って、指先に金属の感触が——すぐ抜けた。
【つまりあたし、武器も持てないのか。なにこれ? 幽霊置物? 透明花瓶?】
そのとき、廊下の奥から変な音がした。ゼリーを絞るみたいな音。というか濡れ雑巾を壁に叩きつけるような。
漂っていく——正直、漂うの結構気持ちいい。上下左右フリー。足も使わない。曲がり角で見たのは、緑の、半透明の、腰くらいの高さの小さな塊。目はないのに、こっちを見てる気配がした。
スライム。最下級モブ。駆け出し冒険者でも棒切れで叩き殺せる奴。
普段なら笑うところだが、今は自分の穿壁中の手を見下ろして——
【どうやって戦う? 脅す? 「あたし、すっごい無残に死んだんですけど」とか叫ぶ?】
スライムがぴょこんと跳ねた。あたしはびくっと後ろへ退いた結果、そのまま背後の壁にめり込んだ。石の間にカチッとはまる。
【待って! 出られない! 壁の中暗いし、それになんか——】
指先から変な吸い込まれる感覚が来た。見下ろすと、あたしの指——透明な、淡青の指——が壁の中の光る粒に突っ込んでた。スライムが死んだあとに漏れた魔力のかす。無意識に「掴む」動作をしたら、光粒が掃除機みたいに手の中に吸い込まれていった。
次に、頭ん中で涼しい声が鳴った。
【ソウルフラグメント吸収。レベルアップ:Lv.2。スキル解放:《実体化(短時間)》】
「……は?」
壁から出るとき、なんか軽くなった気がする反面、ちょっと「実」が増えた。さっきのゼリー共はいつの間にか天井から落ちた石に潰されてて、緑の液が床に広がってた。あたしは自分の手を見つめる。
【試す?】
精神を集中。【触れたい】と思う。指の透明度が三割から六割、そして八割に——
壁に触れた。ほんとに、冷たい石の感触があった。でも続いたのは十秒くらいで、またすけるようになった。
【実体化十秒。クールタイムは……数えて……三十秒か。つまりあたし、三十秒に一回十秒だけ物に触れる幽霊ね。しょぼすぎでしょこのスキル!】
とはいえ、一応触れるようになった。
剣を持ってみる。実体化の十秒の間——持てた! 銀の刃、思ったより軽い。剣先が淡い青く光ってる。
でも剣を調べてる最中に、廊下の奥からまた音がした。今度はスライムよりでかい。ガチャガチャと骨が擦れる音。金属が床を引きずる、耳障りな引っ掻き音。
曲がり角から覗くと、スケルトンが二体。片方は錆剣、もう片方は欠け角の丸盾。虚ろな眼窩に緑の光を灯して、こっちへ巡回してくるところだ。
【スケルトンが幽霊を追うとか、何が何を殴ってるの……】
手元の青く光る剣を見る。
「ひぃ!!」
スケルトンがこっちを向いた。緑の眼窩がまっすぐにあたしを「睨んできた」。
【戦う? あたし、自分がどう死んだかも覚えてないのに、もう一回死ぬの? いやもう「死ぬ余地」すらない気もするけど——】
スケルトンが剣を構えて突っ込んできた。
【——いいや! とりあえず斬る! どうせ幽霊だし、何度死んでも知れてる!】
浮き上がって一太刀目を避け、そのまま逆手で首を薙いだ。刃が骨に触れた瞬間、青い光が弾け、頸椎がえぐるように遠くへ飛んで、頭が床で三回転。眼窩の緑も消えた。
【いける! この剣、いける!!】
もう一体の盾がぶん投げられてきて、実体化がちょうど切れたから盾は体をすり抜けて壁へ。クールタイム明けに背骨を一閃に斬り裂いて、脊梁を二つに断った。
スケルトンの残骸から緑のソウルフラグメントが二つこぼれた。手で吸うと、掃除機がまた仕事した。
【ソウルフラグメント吸収、経験値蓄積中。現在Lv.2、次のレベルまであと少し——もっと魂が必要】
「……つまりあたしは魔物の魂を吸ってレベル上げするのか。幽霊のくせに、他人の死後のカスでしか強くなれないとか」
手の中の青く光る剣を見つめる。
【この設定、地獄すぎない? まあいいや、とっくに地獄の中だけどね】
廊下の突き当たりに石の扉があった。通り抜ける——穿壁はマジで便利。鍵もいらないし壊す必要もない——そこであたしは見た……でっかい迷宮を。
無数の通路が円形広間から放射状に伸びてて、空気は腐敗とカビくさい。床には冒険者の骨、破けた背嚢、錆びた武器が散らばってる。
深呼吸した——当然空気は入らない。癖だ。
「……よし」
【「よし」って何がよしなのよ。別にいいこと一つもないじゃん! 選択肢あるならとっくに選んでるって!】
その時、背後から足音がした。軽い、細かい、小さい子が走ってるような。
びくっと振り返る。
銀髪の、胸元にも届かないくらいの(あたしは今一・七メートルくらい浮いてるから、実質この子は一四〇ちょいだな)小娘が廊下の角に立ってた。一回り大きい魔法使いのローブを着て、頭より大きい魔法書を抱えてる。薄紫の瞳がまっすぐにあたしを捉えてる。
で、この子が言った。声は柔らかいのに、トーンは妙に落ち着いてて。
「あの……幽霊さん……」
左右を見た。ここに幽霊はあたし一人しかいない。
「そう、あんたのことよ、幽霊さん」小娘はあたしの足元を指さした。「魔法陣踏んでる。……どいてもらえる?」
【——この小娘、あたしが見えてるの?】
下を見る。確かに足元に消えかかったチョークの丸があって、さっき漂ってくるとき全然気にしてなかった。
「……あたし、見えるのか?」
「見えない方がおかしいでしょ」首を小さく傾げて、バカを見るような顔で。「でっかい青い塊が中空に漂ってんのに、私ぼけっとしとるわけないじゃん……」
【「塊」……「塊」って言ったな? あたしのこと塊呼ばわりしたな!?】
「で、その陣何のために描いた?」
「幽霊召喚……」ため息混じりに、年の割に疲れた声で。「この遺跡に古代の幽霊騎士の伝承があるから、使える相棒が欲しくて。三日待ったけど、来たのは空飛ぶ青いゼリーだけだった」
【青ゼリー……ゼリー……】
深呼吸した(比喩)。
「第一、あたしはゼリーじゃない!! 第二に、あんたみたいなガキがこんなとこで幽霊相棒探してどうすんの? 何歳? 親は?」
「十二歳、親無し」すっきり答えて、次に目をキラッとさせた。「待って、しゃべれる? 自我ある? ツッコミまで入るの?」
「……ツッコミって何よ! 幽霊になったあたしとしては激しく異議あるんだけど!!」
目を見開いて、魔法書をバシンと閉じる。こっちへ二歩近づいてくる。近くで見ると、頬が普通じゃなく白い。唇は紫がかってて、目の下に濃いクマ。呼吸も少し荒くて、ちょっと走った直後みたい。
それで笑った。八重歯がちらり。
「幽霊さん、私の名前はココル!! 天才魔法使い。一緒に冒険してくれる強い相棒を探してるの!」
「……あんた、もうすぐ死ぬだろ」
「ああ!」びくともせず、むしろさらに笑って。「魔力回路崩壊症で、あと半年だよ! そのうちあんたみたいに幽霊になって、くっつけるね!」
【このガキ、一番軽い口調で一番重いこと言うな……】
「だから」ココルは手のひらを出して、銀の魔法陣を浮かべた。「契約しない? あんたの霊体安定させてあげる。その代わり、あたしの……あたしの探し物を手伝って」
その魔法陣と、紫がかった唇、微かに震える指を見る。
【「もうすぐ死ぬ」は冗談じゃない。マジだ】
「……まず教えて」あたしは言った。「どうして名前以外何も覚えてない幽霊が、あんたの役に立つと思うの」
「さっきスケルトン斬るとき、剣捌きキレキレだったから」ココルは首を傾げ。「顔は迷惑そうにしてたけど、体は戦い方覚えてる。これ『筋肉記憶』——いや今は筋肉ないから『魂の記憶』か」
【口が立つガキだ……】
三秒黙った。
【まあいい。幽霊になるよりマシなことある? やるか!】
あたしは幽霊の小さい手を出して、その柔らかい手を握った。実体化がちょうど戻ってて、触れた。熱い。熱出てる温度。
「契約なら結ぶ。でも条件がある」あたしは顔を整えて。「一、ゼリー呼ばわりするな。名前はリリス。二、限界きたら言え。三——」
「四、背の話すんな」ココルが割り込んできて、八重歯出して笑う。「安心しろって。死ぬ前にあんたの記憶くらい取り戻してみせる。だって——」
魔法書を掲げて、魔法陣が広がる。
「——私が天才魔法使いだからね。こんくらいお任せ」
銀の光が一瞬で二人を飲んだ。
【ソウルアンカー・コントラクト、成立。バインド:リリス(幽霊/Lv.2)×ココル(人間/魔法使い/余命わずか)。特殊霊魂契約により以下変更適用】
【レベル共有、経験値半分共有、相手の死と同時に魂も消滅】
【「余命わずか」って備考いらないでしょ!? 誰がシステム書いたのよ! 魂まで一緒に消えるとか酷くない!?】
契約が完遂した瞬間、ココルがぐにゃっとあたしの腕に倒れ込んできた。額は熱く、息は薄く、魔法書が「ぱたん」と床に落ちる。
実体化スキルのレベルが上がって、持続が一分になった。
【契約成立で、通常スキルに特殊効果が追加されることがある】
「……おい? おい、ココル!」
ふわっと片目だけ開けて、声がもやもやしてる。「あ……魔力使いすぎた……ごめん、あと三時間動けないの……幽霊さんが背負って連れ出して」
【三時間、動けない、あたしが背負う】
銀髪ロリが勝手に契約結んでそのまま寝たのを腕に抱えて、さらに後ろの迷宮の奥から響く、もっと大量のスケルトンの足音の方を見る。
「……仕方ないか」
身体が軽い。紙一枚みたい。
肩に担ぎ上げると、実体化の時間だけ間に合って、そのまま彼女を背負ったまま漂い始めた。必死に漂う。
「しっかりつかまれよ、天才魔法使い。脱出するぞ!」
「ん……もっと速く、スケルトン追ってくるよ……」
「わかってる!」
【……面倒くさいの拾っちゃったか?】
まあいい。
【どうせあたしも十分面倒くさい存在だ。記憶ゼロの幽霊嬢と、余命わずかの天才ガキ。この組み合わせ、三流ライトノベルのプロローグそのものじゃないか】
でもせめて——
背中の、もう寝息になってる銀の小さな頭を見下ろす。
——せめて一人じゃない。
【「一人じゃない」って字義通りだけどね……】
……
【ま、とりあえず進路に専念しよう】
駆け出し作者ですが、どうぞよろしくお願いします!




