……………… 離婚
翌朝、ボクは朝ご飯を食べてから、生まれて初めての個室入院を味わうことにした。つまり、シャワーを浴びた。折角部屋の中にトイレとシャワーが付いているから。
母の朝ご飯は頼んでいないので、その間に母は一度家に帰った。ボクは、おそらく今日退院できると言われていた。
明日から学校行けるかなぁ、とのんびり考えながらつまらない平日のテレビを見ていた。スマホがないので、ネットも見られないし、ゲームもできない。勉強もできないなぁ。多分、あっても勉強はしないけど。
「はぁ!?」
テレビに昨日の事故現場が映っていた。
まさか自分がそっち側の人間になるとは思わなかった。
母が戻って来たらすぐ、昨夜の婦警さんともう一人男性の警官とカウンセラーが来た。昨日の話をすることになった。
ソファに座りきれないので、病室にパイプ椅子が持ち込まれた。一気に部屋が狭くなった。
「母さん、テレビに……」
被せるように男性の警察官が言った。
「あぁ、出ちゃいましたね。でも、まだ中学生でもありますし本部から通達が出てますから、すぐ収まると思いますよ」
「今はニュースのサイクルが早いですから、じきに他の話題に移るでしょう」
言葉通り、すぐに国会議員のスキャンダルが発覚してテレビはそっちの報道でいっぱいになった。
ただ、ネットの方はもう少しかかった。特定厨みたいなのが出るのかな? と思ったけど、おそらく周りの、学校や警察の対応のおかげでそこまでには至らなかった。
ボクの方の「事情聴取」はもう犯人が捕まっていること。短時間で解決したことで長くかからなかった。犯人の話とすり合わせるくらいで終わった。
話によれば、男は子供の頃は優秀だったらしい。進学校から有名大学に行き、大手に就職した。その会社の上司のパワハラで会社を辞めて引きこもって二十年余り。両親が次々に亡くなって、ここ一年は一人暮らしだったとか。昔のアニメとゲームで一日過ごす。古いパソコンは使っていたけど、携帯電話はいまだにガラケーだった。
同情はしないけど、寂しかったのかも知れない。話し合える友達がいたらこんな事はしなかっただろうし、友達代わりにボクにいてほしかったのかも知れない。
その日退院したボクは家ではなく、今暮らしている母の実家へ行くことになった。制服が警察から戻ってくるまでは、体操着で通学するか……とか軽く考えていたのに、そんなに甘くなかった。誤解のないように言えば、学校の対応は良かった。誘拐とはいえとても短時間だったこと、心配するような怪我のなかったことを公表し、また、先生も生徒もどんな取材にも応じないよう指示を徹底してくれた。友達も、他の生徒もそれを守ってくれた。だから、ちょっと休めば学校に戻れたかもしれない。
病院にも母の実家にも父は現れず、どうしたんだろうと思っていたんだけど、母が言うには父の反応は他人事のようで、なんだか上の空だったらしい。ボクはすぐに母の実家へ行ってしまって、どんな様子かわからなかったけど。その後、父がやたらイラついて、実家と家の往復で忙しい母に文句ばっかり言うとかで、ボクはこのまま祖父母のところでおとなしくしてるから、母にはしばらく来なくていいと伝えた。何日か経った後、父は同僚の女の人と不倫していて、しかも数年前からだったことがわかった。
母が、離婚を決めた。ボクたちは今いる母の実家にそのまま暮らすので、学校も転校することになった。
離婚が決まってから、ボクは父に「今までありがとう」ってメッセージを送った。「最後に会える?」って聞いたところで返って来た返事が、『悪いが、俺はお前が気持ち悪い』と言う一言だった。
「母さんもボクのこと気持ち悪いって思う? ボクのせいで離婚することになったの?」
ボクにとって今回の事でこれが一番キツイ言葉だった。我慢できずに母に聞くと、母は真っ赤になって怒った。
「ゆうちゃんのせいじゃないよ! ゆうちゃんの悪いとこなんか一つもない。あいつ、自分の罪悪感を誤魔化すために、傷ついた子を踏みつけるなんて……!」
母は、その勢いで父の会社に乗り込んで、大暴れした。不倫の事実と、被害者である自分の息子に放った暴言をその場でぶちまけ、父を拳で一発殴ってきたらしい。母の勢いに気圧されたのか、内容に同情されたのか通報されずに済み、父がボクに言った言葉一つで今まで被害者の父として集まっていた周囲の配慮と同情が、一気にサーッと引いていったらしい。立場が無くなった父からも被害届とか出されなかった。これで母まで逮捕されたら、もうどうしていいのかわからないから良かった。
そんなわけで、ボクは中学三年になるタイミングで嶺南市の中学校に転校した。苗字も川嶋から三崎になった。
その秋に神社で会った小太郎先輩は、ボクにとって大人で自分でなんでも決められるすごい人に見えたのだ。




