……………… 一緒に帰る
「今日の柔軟の時の話を、斎藤桃子さんから聞いてさ……同じクラスだから、教室にカバンを取りに行って会ったんだけど」
小太郎先輩はあだ名で呼ぶことはしない主義らしい。
「誰か、他のグループと代わる?」
「……いえ、そこまでは」
「そう? 斎藤桃子さんも気を付けておくって言ってくれてたけど、何か気になる事あったら言ってよ」
「ありがとうございます」
十八時半になった。
完全下校の放送があった。
「優生くんちは、駅の方?」
校門を出て、バス通りに向かって歩きながら小太郎先輩は言った。
「そうです。駅まで五分位です」
「……今日、三十分位時間ある?」
あります、と言うと小太郎先輩は最寄りのバス停近くの自販機で自分の分とボクの分の飲み物を買った。正確に言えば、ミネラルウォーターとスポドリ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
はい、どうぞって言った時のニッコリ笑顔が眩しい。
路線バスのバス停の横の小さいバス停の前で話した。このバス停は加賀美病院の送迎バス用で、無料で病院に行く人たちを乗せてくれる。流石に路線バスじゃないので、行きは病院でしか降りられないし、帰りは病院からしか乗れないはず。一般には。小太郎先輩は駅の近くのバス停で下ろすから、乗ってと言った。
「小太郎先輩、病院のバスで通学してるんですか?」
「自宅は病院の横なんだけど、最寄り駅まで路線バスと電車を乗り継ぐより楽だから」
鴇丘市の病院から三路線、鴇丘市内、隣の嶺南市、反対隣の御成町へバスが出ている。嶺南市のバスは、高校前から市内をぐるりと回って駅まで行ってからまた別ルートで高校前を通って病院へ行く。この市内の循環に二十分くらいかかる。小太郎先輩は時間によって、道路のどちらかでバスに乗るらしい。循環に二十分付き合ったとしても雨とか、暑い寒いとか、バスの中の方がいいもんね。
すぐバスが来た。中には仕事帰りの病院の職員さんが何人か乗っていて、小太郎先輩とお疲れ様ですと言い合っていた。病院へは車通勤の人が殆どらしいけど。
「実はね、布留川先輩、去年の新入生の女の子に付き纏って問題になったことがあって。特に事件とかではないんだけど、その子が気味悪がって部活を辞めちゃってさ」
あー、なんかちょっと粘着質な感じするもんね。
「斎藤桃子さんの親友なんだけどね、ギリギリ、ストーカーとも言えない感じで当時顧問にも相談して、気をつけようって言ってたんだけど」
小太郎先輩はペットボトルの口を切って、一口飲んだ。
「彼女の方が部を辞めちゃったから、登下校も会わないし、学年も違うし去年はそこまでで終わった。まさか、男子に興味を持つと思わなかった……」
「なんかすいません……」
「優生くんが謝ることなんかないよ! でも僕は部活辞めてほしくないから、これから帰りはこうやって一緒でもいいかな?」
「え? いいんですか? ボク病院の関係者じゃないのに」
「いいよ。元々、うちの弓道場に来る人も乗っていいことになってるから」
「うちの弓道場?」
「祖父がね、弓道の道場もやってるんだ。病院の奥にある。学校のより大きくて、遠的っていう、学校の倍の距離の的を射る用の設備もある。あんまり使わないけど」
「小太郎先輩、小さい時からやってるんですか?」
「……両親とも医者なんだけど、二人とも海外医療支援でずっといないんだ。祖父に育てられたからね。小学校入学の時に祖父のところに来て、弓道も始めて、十年かな」
「ご両親とも……寂しいですね」
「たまーに帰って来たり。すぐまた行っちゃうけど。ネット回線繋がる時はビデオ通話でも話せるけど、まぁ、ね」
「ボクのうちは母がリコンしてシングルマザーなんです。去年、母の実家に引っ越して来て。今、祖父母と暮らしてます」
「駅前の商店街あたり?」
「和菓子屋なんです。母も今、祖父母と一緒に働いてます」
この日はここまででバスが駅に着いた。
「先輩、ありがとうございました」
「また、明日ね、お疲れ様」
バスを降りる時、運転手さんにもお礼を言って降りた。
小太郎先輩と二人で毎日話が出来るのってすごく楽しみ。
「おかえりー」
母が晩御飯を待っていた。祖父母は元々早い時間に晩御飯を終えて寝てしまう。
「ただいま」
「ちょっと遅かった? なんかちょっとだけ……、バスが来なかった?」
普段、通学は路線バス。歩いても行けないことはないけど、三十分くらいかかる。路線バスは一時間に一本しかない。自宅や駅から自転車通学の子もいる。でもボクは自転車には乗れない。もう多分一生乗れない。
「ちょっと喋ってたから。それから近くまで送ってもらった」
「友達? 」
「うん。今度帰り、この時間になるよ」
「ふーん……気をつけてね」
そもそも、いつもより十分くらい遅いだけなんだけど……まぁ、母の心配も仕方ない。
前の家から中学への登下校は自転車通学だった。片道十五分。当時は同じ県内の県庁所在地である大きめの市に住んでいた。都内に通う父の通勤のためだった。ボクが生まれる年に買った建売住宅に親子三人で暮らしていた。
中学二年の冬、自転車で下校中に住宅地の外れで、ボクは左側に路上駐車している車を避けて、道路の中心の方に寄った。住宅街の細い道路。日が暮れかかっていて、人通りがなかった。
車を避けて、道路の中心に寄った瞬間、その車の運転席のドアが開いた。
ボクは開いたドアに激突して、自転車ごと倒れた。スピードは出ていなかったけれど、衝突の衝撃は大きかった。一瞬、なんだかわからなくなって、立ち上がったボクに車の中から出て来た男が、
「大丈夫?」
と言ったのは覚えている。
「大丈夫、です」
全然大丈夫じゃないのに、なぜかそう答えたボクはそのまま視界が周りから暗くなって、なんだこれ? って思いながら、路上に倒れた。




