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……………… 新人戦 男子

 翌日は男子の試合だった。


 さくら先輩と紬先輩は昨日で全力使い果たしたから今日は寝てるんだと思うんだけど、他の女子も誰も来なかった。

 なので、今日は少しゆったり、十人乗りの車に七人。

 ボクと小太郎先輩は一番後ろの少し狭い二人席。だって、離れて乗るのもおかしいでしょって、小太郎先輩が手を引くから。


「小太郎先輩、ボク、ドキドキしちゃうんですけど、先輩大丈夫ですか?」


 手をね、ずっと繋いでいるから……。

「うん、大丈夫。安心する」

 あぁそうですか……。今更知ったけど、小太郎先輩は意外と甘えたなのかも。


「流鏑馬の用事ってなんだったんですか?」

「昨日のこと? 流鏑馬、年に一回でしょ。開催は来週なんだけど、雪影号に会いに行って、息を合わせて、今年もよろしくって言ってきた」

「あぁ、あの子カッコいいですよね」

「国産馬だから、どっしりしてるんだけど、連銭葦毛(れんせんあしげ)って柄なんだ。昔の武者とかが乗ったらしい」

「小太郎先輩、平安貴族みたいでしたよ。今年も見に行きますね」

「優生くんの家の黒豆柴、黒影号って言うんでしょ、本当は。可愛いのに渋い名前だよね」

「祖父の犬なんですけど、元々祖父の弟が柴犬の繁殖やってて。昔。そのころは血統書に書くのになんとか号って付けたらしくて。その後ずっと何代も黒影号って名前なんです、うちの犬」


 小太郎先輩が、ボクの顔を覗き込んで、

「可愛いクセにかっこいいんだ、優生くんと一緒だ」


 大丈夫かなぁ、前の席の人に聞こえてないかな?


 なぜか、一つ前の三人席は誰も座らずに荷物置き場になっていた。


 会場に着いて、補欠の仕事をこなしているうちに時間がどんどん経っていた。

 団体は三十六射で三十三中。ダントツ優勝。全国選抜出場決定。

 個人は小太郎先輩が当然のように優勝。全国選抜出場決定。もう一人の二年生が五位で関東選抜出場決定になった。

 実は団体も個人とも、全国選抜だけでなく関東選抜にも出場できる資格はある。でも、嶺南は全国が決まったら、全国だけに出るらしい。ただ、顧問と補助指導員は関東選抜組とも一緒に行くので、両方付き添って大変そう。

 ボクの成績は……個人十六位。十六位は三人いるんだけど。初出場だから……。なんとなく、射場の雰囲気は掴めた。次回、乞うご期待ってことで。


「今年の新人戦、ラスボス混入してて無理ゲー」

「あぁ、嶺南の加賀美君だろ?国スポで解説者が異次元とか言ってた」

「二年だから、まだあと夏まで俺ら平民、ラスボス戦かぁ」

「優勝しようと思うと無理だから、二位以下を狙うんだな」


 トイレで聞こえた話。確かにラスボス感ある。小太郎先輩。


 ハラハラした昨日の女子の試合と違って、安心安全の安定感だった。小太郎先輩さえいたら嶺南ダンジョンは守られる。


 帰りの車もボクと小太郎先輩が一番後ろの席で一つ前の席は荷物席になった。

 女子の応援が来なかったのも、小太郎先輩を狙う目が無くなったから? で、車の中の状況も生暖かくて、もうボクたちのことはバレバレなんだろうか。


 昨日のさくら先輩と紬先輩のように肩を寄せ合って寝ちゃうか……。とか思ってたら、小太郎先輩は全然意に介せず、窓側に寄りかかったボクの横にのしかかるように寝てしまった。車の中の空気が、「はいはい、勝手にどうぞ〜ご遠慮なく」って感じでむず痒い。

 やっぱり甘えたさんだ。重いけど、気持ちいい重さだった。

 チラチラ後ろを見てくる部員たちの視線が痛いけど。

 別に、いちゃいちゃしてないからね。ううう……。


 次の週の日曜日は流鏑馬だった。

「だいぶ待たせちゃうけど、一緒に行く?」

「あ、喜んで。何かお手伝い出来ることあったら、やります」

「ありがとう。朝、迎えに行くね」


 というやり取りで、日曜の早朝、お迎えが来た。

 運転席の正胤さんに挨拶して、後部座席に乗り込んだ。助手席は小太郎先輩の流鏑馬用の弓が鎮座していた。いつもの弓より小さくて太い。

 海沿いの有料道路をサーファーがアザラシみたいとか朝の海が綺麗とか言いながらしばらく行くと、流鏑馬の神社に着いた。


「お詣り行こう、優生くん」

 社務所の裏の控室に荷物を置いて、小太郎先輩はボクの手を引いた。

「お礼を申し上げないと」

 二人が出会えたことと、ボクが同じ高校に合格できたこと、二人とも怪我も病気もなく弓道ができていること、二人が付き合えるようになったこと……並んで、誰もいない拝殿前で頭を下げた。この全部が揃わないと今がないんだと思うと有難いと思えた。

 お詣りを終えて、控え室でお茶をいただいた。


「よし、じゃあ始めましょう」

 正胤さんの声で、仕度が始まった。あの、平安貴族みたいな衣装を着付ける。

「小太郎、衣装出しておくから、トイレ行ってきて」

 小太郎先輩がトイレに行っている間に、着付ける衣装が広げられた。

 正胤さんと他に二人の男性がトイレから帰った小太郎先輩を囲んで着付け始めた。

「これ絶対、一人で着られないよね。鎌倉武士も着付けてもらってたのかなぁ」

 小太郎先輩がパンイチで聞いた。正胤さんが、多分ねと言った。

 

 あ……胸毛……。

 目に入っただけ。わざわざ見たわけじゃない。


 小太郎先輩、ボクに優しく訂正してくれたらいいのに。平安じゃなくて鎌倉で、貴族じゃなくて、武士だった。

 着物用の下着を着せられる。水干の上下を着る。行縢(むかばき)を履く。若鹿の皮で出来ているそれは、鹿子模様が美しくて、強そう。それら全部をたくさんの紐で縛る。

「袴じゃないんだ……」

「そう、これ絶対トイレ行けないんだ。だから、最初に行っておく」

 弓道部の女子が右胸につける胸当てに少し似た、射籠手(いごて)は左腕に着ける。カッコいい! その他にもいろんな装備を身につけて、先の返った靴を履いた。

「そんな靴で馬に乗れるの?」

「思ったよりは大丈夫、それにさ……」


 少し屈んで、ボクの耳元で。

「優生くんがいてくれるだけで、なんでも出来る気がする」

 小さな声で小太郎先輩はささやいた。

 

 

 

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