悪役令嬢は押し倒したい
「ファスター様、お呼びですか?」
「いや、先日は済まなかった」
「何がですか?」
「途中で帰ることになったり、ちょっと魔が刺してしまったりだな」
「問題ありませんわ。こちらこそ、ルシュが申し訳ございませんわ」
「そうか……」
「ファスター様。お詫びでしたら、そこのベッドで」
「お詫びを準備したんだ。って、いや、違う、そうじゃない」
寝室スペースを指差し、そちらへ向かおうとするリザーフを、ファスターは慌てて止める。
「街で人気だというお菓子を用意した。食べてくれ」
「ありがとうございます……ん? このお菓子って」
「なにかあったか?」
「いえ、なんでもありませんわ。ずっと欲しかったお菓子なので、嬉しいですわ」
白宮の王太子編の後半で、ファスターからの好感度がかなり高くなるとヒロインがもらえるお菓子だ。なぜ序盤の今、悪役令嬢のリザーフにこのお菓子をくれたのかわからないが、リザーフはありがたく受け取る。
「……ただ、これをもらえるなら1発させてほしいわ」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでもございませんわ」
2人は紅茶を飲みながら、のんびりとお菓子を楽しんだ。
「……なんでこうなったんだ?」
「うぃ、ファスター様は、私のこと嫌いなんれすか?」
「いや、その、どちらかと言うと、好きだが」
「なら、いいじゃないれすか?」
「いや、待ってくれ、その、落ち着け、な?」
「さっきから、“いや”しか言ってないじゃないれすか? いやよいやよも好きのうち、れすか? 減るもんじゃないし、少しくらいいいじゃないれすかー」
「まて、落ち着け、リザーフ! まて、もしかしてお菓子に入っている洋酒か? 今までそんなもので酔ってないんていなかったよな? って……まて、解毒効果のあるブレスレットをいつもつけていたな? 今日はつけてないのか? そのせいか? どこにやったんだ? まて、リザーフ! 私の服を脱がすな!」
ファスターをベッドに押し倒したリザーフは、器用にファスターの服を脱がしていく。
「ファスターさまの胸板、さいこーう」
「まて、撫でるな。その撫で方は、やめ、」
「ちゅってしていいれすか?」
「接吻をしようとするな! 待て、リザーフ、待て」
「この部屋、暑いから、私も脱ぎますわー」
「暑くない、むしろ寒いから、待て、我慢できなくなる」
「ねぇ、ファスターさま? なんで我慢するの?」
半裸のリザーフにペタペタと触られ、ファスターも我慢していた糸が切れてしまった。
「……煽ったのはお前だからな、リザーフ?」
「わ!」
上に乗っていたリザーフを押し倒し、ファスターがついに口付けをしようとした瞬間……
「すー……」
「……リザーフ?」
「……すー……」
「おい。リザーフ? ……ったく」
ファスターは、リザーフの服を整え、リザーフに布団をかけてそっと部屋を出て行った。
「ふぁー……あれ? 私なんでファスター様の部屋に?」
「お嬢様。あと少しでした」
「え?」
こっそりとついている隠密から、話を聞いたリザーフは、地団駄を踏みながら、作戦の練り直しを行うのだった。