表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/75

第一部   第三章    Mu

 山で行なわれていた少年達による勝負は未だ付かずであった。

 テリーが口を閉じると山の麓に風が下りてきた。少しの間だけ風はスンボーから吹き、それからすぐに、北の山脈側からの風へと変わっていった。その風に、すぐ近くにあるアピルースの木々の葉が数枚乗って、ソイソー達の上空を舞っていった。だが、その中の一枚がそのまま南へと行かずにひらりひらりと落ちてきた。やがて、葉っぱはショー=サナエの頭の上へと乗っかって、その様は、横から見ると、変化の術を行う時の白キツネのようであった。唯一その方を向いていたアーマスは思わず吹き出しそうになって、咄嗟にテリーの方へと視線を逸らした。


 「……。……テリー、肩どうかしたのか?」アーマスは表情を戻してテリーに聞いた。テリーは右肩に手を当ててしゃがんでいた。ソイソーもハッとした様子で左を向いた。テリーは唇を中に引っ込めて目だけが下を向けていた。ソイソーは小さく口を開けていたが、心配そうな表情になりながらすぐに閉じてしまった。前方に居た父はもうテリーの背中に手を当てていた。そこから肩甲骨を通ってゆっくりと上の方に滑らせていって、少年の手の上にその大きな手は移っていった。逆の手は直後に、息子の近くを指差した。


 「アーマス、ヒュン型 -護法- は持って……ないんだったな。」


 「男が習得しづらい魔法なんだよ。」その声に小さく頷きながらグリードはテリーの手をそっと下ろさせて、少しだけそこに自らの手を置いた。ショー=サナエがソイソーの陰からじっとテリーを見ていた。少年がゆっくりと口を開けた。


 「ずっと無理してたの?」


 「大丈夫だ。……そこまで酷くはない。」

 「いつから? あのチビ悪魔(ビル)に囲まれた時?」


 「……だから、大したことはないって。」


 「まあ、そうだな。仙人の手に掛かれば、これくらいの怪我でも一日も要らないだろうな。」


 ソイソーとテリーは揃って同じ所を向いた。二人共驚いた表情をして、テリーに関してはすぐに、見てはいけないものを見てしまったという様子で顔を下に向けた。彼らの向いた先に居たアーマスは今の言葉を聞いて思わず、あっ、と声を出した。その声を背中越しに聞いた父は軽くアーマスの方を振り返った。


 「アーマスならそのことを知ってると思っていたんだが。」


 「今思い出した……。でも、それは大人達の作り話だと思ってたんだけど。」テリーはそれを聞いて頭を上げた。ソイソーはただ目をパチパチさせながら年長者の話を聞いていた。


 「アーマスもまだまだだな。今の時代、確かに魔法を操る者が少なくなってきているとはいえ、アーマス自身がその内の一人じゃないか。そのアーマスが、神や精霊の存在を信じて仙人を作り話だと思っているのは変じゃないか?」彼には珍しく、ほんの少しだけだが、勝ち誇った表情を見せていた。


 「噂の仙人はもの凄く年を取ってるんでしょ? 百歳を優に越えているって話もあるらしいし、そんな者がちゃんとした体を保ち続けるにはキドン型 -時間- の魔法が必要な筈だけど、それこそ、さっきの話にもあったミストの使い手みたいに、もう使い手がほとんどいないって言われる幻の魔法だからね。そういう理由もあって、俺は、キィーバに仙人はいないと思ってたんだ。」


 「あの人は魔法を使うことができないらしい、先代の話に拠ればな。」 「あのー……、」


 テリーが申し訳なさそうに左手を上げた。アーマスの父は顔を正面に向けた。そして、まず、肩に置いてた手を放してから少年の左手を持って立ち上がらせた。テリーは、おじさんの顔がまだ少しだけ怒っているように見えたので、立つ時に一瞬、足に力が入らなくなった。僅かにふらつきながら腰の位置が動く少年を、グリードは背中に手を当てる形で支えてあげた。無事に立ち上がると、今度は、そのテリーの横に来るようソイソーを促した。ソイソーは、先ほどからそうであったが、父に近づいていく時に全く恐怖を感じていなかった。今はむしろ、少年はいい意味で緊張していた。二人が並ぶと、男は少年達とはほんの少し距離を置いた。少々立つ位置は変わったが、位置関係は山から下りてきたばかりの時のものだった。ショー=サナエの居る所だけが、ソイソーの横という具合に変わっていた。


 「テリーが聞きたいのは、私達が今話していたことについて、だな? だが、その前に……、先ほどの続きだ。」少年達の体が少しずつ動いた。ソイソーは少し力が抜けていき、テリーは逆に体が硬くなっていった。「私は二人に対して怒ったが、どうして怒られたか、分かるか?」


 グリードは淡々と二人に問い掛けた。男の存在感は彼よりも大きな大巨体の悪魔(ビル)よりもずっと大きなものだったが、彼を見守る精霊は悪魔(ビル)とは対のものであるということが、ここに居る全ての者に意識として存在していた。男の声の感じに釣られてテリーはすぐに返答した。


 「危険な所へ行ったからですか?」

 「分かっててそういう所へ行ったんだな、テリーは。」男の返しも早かった。


 「……。」男の口調は決して尖ったものではなかったが、テリーは反射的に少し小さくなった。数秒後、ソイソーの口が開いた。


 「あんまりよく分かんなかった……かな。悪魔(ビル)であんなにデカイものが出てくるとは思わなかったし……、」

 「それはテリーよりも酷いな。」


 「……。」ソイソーへの声はテリーに比べて幾分きついものであった。グリードは一つ鼻から息を抜いて腕組みをした。


 「まだ言いたいことがあるとしても……、二人にはそれ相応の罰を与えないといけないな。」少年達は少しだけ顔を見合わせてから、揃って項垂れた。アーマスは二人から視線を外した。そして、その先にあった「スンボー」と書かれた石碑が目に入ったのでそこに近づいていった。ショー=サナエはソイソーの近くにピタッと付いていた。


 「お前達二人は三ヶ月間、山の中で暮らしてもらう。」それを聞いて二人は体をピクリと動かした。ショー=サナエが遅れて首を動かした。「『山』と言ってもここではないぞ。」


 「えっ?」 「えっ?」


 同時に声を出し、二人は顔を上げた。男は一つ咳払いをした。


 「ここ、西のスンボーとは真逆の所にある山。城下から遥か東にあるシスンの村近くにある小さな山、『仙人山』へ二人には行ってもらう。」それを聞いて二人はキョトンとした。そこへは二人共、それぞれの父親と共に年一回は行っている場所なのであった。故に、二人はそこがどういう場所であるかも知っていた。テリーが男に聞いた。


 「登山客のお世話をしろ、ということですか?」


 「いや、そんなものではない。二人にはあの山のかなり深い場所まで行ってもらう。そこでみっちりと(しご)いていただくのだ。」石碑の真ん中を眺めていたアーマスがその上部に手を掛けて、頭をスッと出現させた。そこから見えるものは、少しだけ変化していた弟の表情であった。その少年が父に尋ねた。


 「だ……誰に?」グリードは一息吸ってから大きく間を取った。数秒後の最初の瞬きで男は返答した。


 「決まってるだろ。仙人に、だよ。」ソイソーの顔が次の瞬間、目に見えて明るくなった。今日ここまでで、少年の顔は一番の輝きを放っていた。その輝きが癒しと護りの力であるヒュン型魔法を引き起こしたかのように、ソイソーの心は力を取り戻し、その場で飛び跳ねたくなる気持ちになった。その衝動で本当に足を動かそうとしたその時、ソイソーは、自分の体がそれを躊躇していることに気が付いた。それでも、少年は何とかその嬉しさを表現したくて自分の両腿を繰り返し叩いた。兄はその様子もちょうど見ていて、自分の瞼が大きく動いたことに気付かないで一幕の続きを見ようとしていた。


 「おじさん。」テリーがぎこちない様子で口を開けた。「あの山に、仙人なんて居ないのではないですか?」ソイソーは叩く動作を止めた。代わりに、今度はテリーが間隔を空けて左の腿を叩き始めた。おじさんはテリーの言葉を冷静に返した。


 「それは、あの山に多くある石碑がそう記してあるからか? それとも、テリーのお父さんが持っていた資料にそのようなことが書いてあったからか?」テリーはそう言われて少し黙ってしまった。男がその少年に少し厳しい表情を見せると、少年は少し目線を落として、小さく「はい」と答えた。


 「まあ、そのことはいいだろう。いずれにしても、ソイソーもそうだろうが、あの山は名前とは裏腹に仙人の居ない山と聞かされてきただろうし、その一方では、子供達の噂として、本当は仙人が住んでいるらしいなんてことも耳にしたことがある筈だ。だが、真実はこうだ。仙人は、実在する。」息子の目は再び大きく開かれた。テリーはゆっくり生唾を飲み込んだ。男は続けた。「その仙人の下で、お前達二人は三ヶ月間暮らすのだ。肉体的にも精神的にも厳しく指導してくださるだろう。」


 「それじゃあさあ、」間髪を容れずソイソーが口を開けた。「その間は剣の修行だけで、勉強はしなくていいの?」


 それに対して父はあっさりと答えた。「残念だったな、ソイソー。そういう訳にはいかないぞ。あの方にそのことを相談したら、『全く問題ない!』とおっしゃったからな。勉学の方もしっかりと見てもらうつもりだ。」


 「そっかー。」声の調子は若干下がったが、ソイソーの表情にほとんど変化は見られなかった。


 「おじさん、仙人と知り合いなんですか?」この質問に男はそれほど驚かなかった。


 「君のお父さんも知っているぞ。城の者は知っている者が多いな。但し、秘密厳守だがな。」


 「そうなんですか。」と答えて、すぐにテリーは目線を右上にしてから一瞬左上にした後、もう一度おじさんに尋ねた。


 「親父は俺が山に行かされるのを……、」


 「もちろん、承知している。本来ならば、近々、もっと別の形で二人を山に行かせるつもりだった。それに、この山に来る前、今さっき言ったようになる可能性があるということを伝えてある。だから、」男はそこで止めて、二人の肩を叩いた。もちろん、テリーへは怪我をしてない方に、であった。離れた所に居たアーマスは再度石碑の裏側に目をやった。だが、そこはよりによって、極僅かしかない何も書かれていない部分であった。彼は何か少し間が悪そうに、適当な位置からざっと流すようにしてその文字の羅列を確認した。「……。」そして、誰にも聞こえない声を出してから立ち上がり、三人の方へと歩き出した。


 「明日から存分に扱かれてこい!」


 「明日!?」

 「明日!?」二人の声はほとんど同時であった。そして、ほとんど裏声のように高い音であった。


 「何か……問題か? もし、俺がこういうことを言い出さなかったら、二人は明日小学院に行くんだろう? それなら、明日から山籠りでも大丈夫な筈だな。おお、そうだ。学院の先生には俺が話を付けておくから心配しなくていいぞ。明日の朝九時から修行を始めてもらう予定だから、家に帰ったらゆっくり休むんだぞ。」


 二人は顔を見合わせてからその場にしゃがみこんでしまった。ソイソーは軽く目を瞑った状態で、テリーは首がカクッと落ちながら二人揃って、ハーー…、と息が長い間漏れていった。その(わび)しい音を強調する為か、北西の風は瞬間だけ走るのを止めた。太陽は今日も再び山の陰に隠れようとしていた。その顔は、その日精一杯働いた疲れを表しているかのように、今にも燃え尽きてしまいそうな鮮やかな紅い色であった。ショー=サナエは相変わらず、二人が何でこんなにぐったりとしているかを理解していないような表情をしていた。目をパチパチさせて嘴がきゅっと閉じられた顔は僅かに右へと傾いでいた。だが、顔が縦に戻ると、白い足は小さく、パタ、パタ、とソイソーの正面へ音を出していった。右足前で停まると、ショー=サナエはその足を柔らかな翼で、パタパタ、と叩いた。少年はゆっくりと視線を右に移してショー=サナエの頭を撫でてあげた。


 「サナエ?」ショー=サナエはそう言うと、右を向いた。アーマスがすぐそれに反応した。

 「何だ、あれは?」

 これからも、どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ