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第一部   第三章    Ta

 それは、高くそびえ立つ一本の槍。広大な草原に静かに降り立ち、西日を受けて強く輝く刃の傍で、月の光を探す者。

 目を開けて少年は振り返った。入口を塞いでいた悪魔(ビル)の後ろから凄まじい量の光が飛び込んできた。(ほの)暗い場所に居れば少しの陽の光でも目に毒が入ったような反応をしたくなるが、この光は少し違った。一度は驚きの為に瞼を締めてしまった少年が、すぐに瞼を開けることができて、そして、ゆっくりとだが確実に目の中一杯に受け入れられる光であった。その光を全身に浴びた小悪魔(しょうビル)一匹は、安らかな感覚を持つことなくあっという間に(とこ)しえの世界へと消えていってしまった。ふと、重量感のあるものが落とされる音が聞こえてきた。見ると、ソイソーに向けられた黒い刃は古の悪魔(ビル)のすぐ前の地面に突き刺さっていて、赤い刃は古の悪魔(ビル)の胸辺りを向いていた。


 「すごい。」更に次の一撃は来ていた。突然起きた出来事に驚いて周囲の小悪魔(しょうビル)共がその場から離れようとする前のことであった。銀色の輝きを帯びた非常にすらっとしたその細身は、その光の力を存分にまとわせて疾風の如く通路から広間に姿を現した。離れようとした小悪魔(しょうビル)共の中で消えてしまった一匹の両側に居た奴らが、その突如現れた棒状の金属が生み出す衝撃波に巻き込まれて黒い塵になってしまい、それでもその金属は立ち止まることはなかった。テリーにはむしろ、それがこの広間に入ってきて更に速度を増していっているようにも見えていた。その一筋の真っ直ぐな金属は目標を捉えていたのだった。そのまま真っ直ぐ進んだ先に居るこの山に起きた一つの災厄へと。ただ、災厄の前には呪縛に捕らわれている一人の少年剣士があって、もうその力は彼の目の前であった。囲んでいた小悪魔(しょうビル)共の一部が滅していてすぐにでも動き出すことの可能なテリーは、そのままこれから視線の先で起こるだろう出来事を静観する姿勢になっていた。眼前の風の流れが変わったと同時に、テリーは口を開いた。


 「落ちる。」


 ピキーン……、という小さな金属片を弾くような音を少年は陰で聞いた気がしたが、周囲は衝撃波とそれに伴う少量の砂や茶色の塵によって支配された。そして、それらは十と待たずに文字通り霧散していった。ソイソーの背後には一本の槍が、短いながらも鋭い切れ味を持つ十文字刃を地に着けた状態で、突き立てられていた。ここまで数回に渡って苦しめられてきたあの黒と赤の刃を持つ武器と比べると、その槍は長さにして半分であったが、それでも、ソイソーはその槍が自分以上の大きさがあることを知っていた。今の状態だと、大きさは倍であった。ソイソーは今、荒くなった呼吸を整えつつ高まる鼓動を感じながら、柄の末端部分を見上げられる状態にあるのだった。ソイソーの刃は、今は地面に寝そべっていた。古の悪魔(ビル)はその一部始終を見ているだけだった。テリーは其奴の位置を確認する為に首を右に動かす必要があった。ソイソーは、古の悪魔(ビル)のことなんか忘れてしまったかのように、背を向けて立ち上がり、声を出した。


 「…兄ちゃん?」


 まるでその声に応えるかのように、ソイソーは、コツンッ、という音を聞いた。古の悪魔(ビル)の様子を気にしつつ、テリーもソイソーの向く方を見たが、彼が確認したのは、通路が僅かに陰る瞬間だけだった。やがて、陽の光を背に受けて一人の者が広間の方に向かってきた。それは(ユマン)に違いない、とテリーは強く思っていたが、ソイソーはその姿まで確実に、自分の全身で確認することができていた。


 足音は広間にまで達した。歩く者と通路との隙間から光が漏れていてその者の顔は中々出てこなかった。古の悪魔(ビル)は、その全身に短く生えた毛の所々が下を向いたままか、あるいは、横になったり僅かに上を向いたりした状態で小刻みに揺れ動いていた。拳は握り締められていたが、その体は揺らめいているようであった。ずっと向けられているテリーの視線を気にしている様子はなく、そこだけがまるで何かに固定されているかのように動きのない骸骨顔は同じ所を見ていた。


 「兄ちゃん?」


 ソイソーは声を張り上げて言った。テリーの目の端に居る者に反応はなかった。また、声の先に居る者の返事もなかった。ソイソーは相手が怒っているのかとも思ったが、実際は、そうではなかった。彼は元々口数が少なかった。しかし、彼は周りから放し掛けられることの多い者であった。彼は背中を見せて、俺について来い、と周りの者を引っ張っていくということをする者ではなかった。強いて言うならば、彼は目を見せる者であった。その目は真っ直ぐ、遠くの光に対する所を映していた。


 「やっぱり……アーマスさんか。」ソイソーの声の後、近づいてくる独特の雰囲気を感じ取って言った。テリーにとっては「尊敬する生徒会会長」、ソイソーにとっては「兄ちゃん」である、

アーマス=ケント=ローレス、風の向きが一々変わって安定してないところを彼は、一本の線がすっと引かれていくかのように歩いていた。周囲の風は絶えず吸収されているか、新たに吹き出されているか、と言ったような感じであったが、今、彼はただ進んでいるだけであった。


 そして、広間に入ってすぐの所で立ち止まった。自身の茶色の瞳が弾け出んばかりに大きく目は見開かれていた。そこには主に四つの存在が映っていた。それは、「喜びの表情を出している弟」に「緊張の中に安堵感を見せているその友達であり後輩」、「並んで広がっている黒い奴ら」と、最後に「骸骨顔の奇妙な化け物」であった。二人の(ユマン)に対しては敢えて目を合わすだけに留めておき、少年達もその意味をすぐに理解した様子であった。ただ、テリーだけは硬い表情をほぐそうとはせず、何とかアーマスに目線を合わせようとした。そのアーマスは手に一切の物を持っている様子はなく、肩や腰に短刀の一つも身に着けていない状態であった。前に小さく一歩だけ踏み出すと、広間に入ってきた時に同時で一番に目に付いた「並んで広がっている黒い奴ら」を視界の全てとした。その時、彼の口はまるで陽炎(かげろう)が起きたかのように揺らいで見えた。彼が自分の体を揺らし始めたからなのか、と言えばそうではなくて、では何かを言っているのか、となればそれにしては余りに曖昧な様子であった。しかし、アーマスの目は瞬きが少なく、全ての動きが自然なものであった。


 「キー! ヒョノヒャヨー! ヨシュオヤッシェシュエサナー!」

 「あ……、」 「危ない!」


 ソイソーが小さく、テリーが少々大きく声を出した時には、小悪魔(しょうビル)合計六匹がアーマスの両側一メートルの所まで近づいてきていた。突如として現れた乱入者が余りに小さな体をした者であったことが、余程連中の小さな(しゃく)に障ったのか、そいつらは、まだ少年達が目にしていない攻撃手段を見せ付けてきた。それは、手の爪それぞれが瞬時に伸び出して小振りの剣のようになって、その刃を新参の少年の身に突き立てようというものであった。そして、刃が奇声と共に勢いよく近づいてくる、


 その時、


 「キーチム!」アーマスは低く重たい声を出した。先に見たあの光が、すっと下に伸びた両腕の先に(ほの)かに照り出し始めた。前を向いたままのアーマスはその後すぐに、力強くその手を横に伸ばしてから、広間の全てに行き渡らんばかりの勇ましくて鋭い張りのある声を発した。


 「ケイッ!」


 彼に襲い掛かってきたその小悪魔(しょうビル)共は、まだまだ青い手の平から放たれた場違いな陽の光を全身に浴びて、一瞬にして居なくなってしまった。そして、その光は両側同時に広間の造りに沿った長い弧を描いていって、そのまま広間に居る半分以上の小悪魔(しょうビル)共を巻き込んでいったのだった。


 アーマスは、それぞれ場所は違うが僅かに赤い線の入ったその腕をゆっくりと下げると、フー、と一つ息を吐いた。そして、今度は体ごとソイソーの方へ向き直った。少年は口を小さく開けたまま、ほんの少しの間、兄が自分の方を見ていることに気付いていない状態であった。アーマスはその弟が、あっ、と言ってその硬直が解かれるのを待ってから、確実に目線を合わせて声を掛けた。


 「大丈夫そうだな。」


 「あ……。えーっと……、うん。」弟の返事に対して一つコクリと頷いてから、すぐにアーマスは更に右側に体を向けた。視界の端には弟が腕を広げて首を傾げていた。アーマスは少しだけ表情を崩して右肩を掻きながら、しっかり目線を合わせて口を開けた。


 「よく気付いてくれたな。助かったよ。」

 「本当にあれはアーマスさんだったんですね……。こちらこそ、助かりました。でも、一体どうして……、どうしてこういう状況を知り得たんですか?」


 広間はこの山が本来持っている静けさを取り戻し始めていた。そして、黒い色がかなり薄まり、本来の色にも近づいていった。ソイソーはまだ同じ格好で、首だけ逆に傾げて固まっていた。年少者達の体からはかなりの締め付けが外れていったのだが、それを認識するに疲れすぎていた。彼はハッと、背中から気持ちの良い風が迫ってきているのを感じ、テリーにも一つ頷いてから、二人に体を向き直した。それから、今度は少しの間だけ顔をやや上げてじっと何かを見詰めた後、自然と顔の力が抜けていきそうなところを注意しながら元の状態になって、アーマスは、口を開いた。


 「俺は、二つの偶然が重なったから、ここに来れたんだと思っている。」そこでアーマスは一拍置いた。広間の密度はかなり低くなっていた。アーマスが放った力を見ていた小悪魔(しょうビル)共は、それ以来姿を消していた。小賢しいところが取り柄の奴らなので、音を立てずに光の届かない所へと戻っていくことなどは、非常に容易(たやす)い芸当であった。アーマスは話を再開させた。「偶然の一つは、太陽の光を召喚する力を身に付けるきっかけになったのが、その光が遮られていたあの日であって、その時に、興味ある魔法書を読むことができたことだ。やんちゃな弟に万が一のことがあった時の力になれれば、と思って読んでた本がまさか本当に役立つことになるというのは、兄として少々複雑ではあるけどな。」


 アーマスは一度口を閉じると、手に力を入れて奥を見やった。そこで顔に少し緊張感を作ってから、今度は弟の方へと向いた。ソイソーは兄の顔を見ると、頭に手を持っていってから目を左に向けた。その対象は俺か、と感じたテリーは、目を瞑りながら肩を上下させただけで、それ以上何も動かなかった。テリーのその味気ない反応に却って面食らってしまったソイソーは、しょうがないな、という様子で極々浅く兄に頭を下げるのみであった。二人のこのような動きを見てアーマスは、分かるか分からないか程度の笑みを零した。


 彼は目線と顔を左に向けた。

 「もう一つの偶然は……、……あの力……か。」


 「えっ?」変わった口調の声を聞いて頭を上げると、ソイソーは一瞬、そこに居るのが自分の兄ではないように感じられた。明るい、と言える性格でないことは間違いのないアーマスであったが、弟が、兄ちゃんにこんな一面があるなんて始めて知った、と思うくらいにその顔は表情を忘れていた。彼の顔は今、上の方で起こっている遥か昔に一つの山間(やまあい)に封じられた最初で最後の霧のような光の再生、なるものに力を奪われていた。今彼の目に映っているのは、二者が同じで、一者だけが異質に見えていた。しかし、彼にその認識はなく、もしできていたとしても、その意味を理解することは不可能であった。彼の瞳は、高き堅なる山と快い風の流れる平原が生んだ、茶色なのであった。

 これからも、どうぞよろしくお願い致します。

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