第一部 第三章 Ka
少年の取った行動に考えはなかった。いずれも今は、何者でもないのである。
「それでは私も困る。」
骸骨顔の悪魔は言った。口が動いている途中、その表情に一瞬だけ変化があったが、二人共気付くことはなかった。それぞれ、違う意味で気にする余裕がないのだった。ただ、テリーには一つ分かったことがあった。古の悪魔が「困る」と言いながらも魔法の力を消す仕草を見せないことについてであった。だから、彼は、視界の奥に居るデカ物がどういった気分でいるか、ということを自然と認識していた。テリーが、骸骨の顔が見える位置に来た時には、その相手は不可視の糸によって支えられた道化となっていた。しかし、今テリーの目線は奴から外れた所にあった。自分の身代わりとなって魔法を受けてくれた者は、その腰の位置がテリーの頭に達する高さまで浮き上がっていた。テリーはそこから下げようと引っ張ってみるが、その手応えは、剣士を模った石像の服を何とか下ろそうとしているようなものだった。目の前にある実像の剣士は顔を歪めながらその手足を不自然なくらいに遅い速度でバタつかせていた。その下には黒い何かの破片が散在していて、その内の幾つかは光っては消えてを繰り返していた。
「何で身代わりになった?」
「……体が……勝手に……、」 「痛いのか?」
「……体が……うまく……動かせない……だけ。」
「それは対象の自由を封じるだけの魔法。苦痛はないし、苦痛を伴えるような行動もまず取れん。」テリーが慌てて鋭い目付きを向けると、骸骨顔の悪魔はテリーと同じ地に立っていた。悪魔の武器は地に突き刺さり、手はそこから放れていた。彼の目付きは瞬きと同時に平時のものとなっていった。悪魔は続けて口を動かした。
「お前は……、」少年はその時、遅れて、妙な錯覚に陥るのを感じた。
「お前は剣士か?」何を言ってるんだ、と思いながらもソイソーはそこで思いっきり自慢顔になって相手に言い返した。
「そう……だ、僕は、剣士だ! お前は……、」 「お前は……、」
だが、古の悪魔は更にソイソーに向かって、高いながらもより重い口調でこう続けたのだった。
「お前は勇者か?」
「……ユウシャ? 何だよ、それ、弱そうな名前。言っただろ、僕は剣士だ。」ソイソーは相手に対抗しようと無理矢理表情を作り、自由に動かない手足で敵を威嚇しながらこう続けた。
「でも、お前は違うよ、絶対。……お前はさっきから、……何だか色々言って、それで僕らと剣の戦いをやろうとしていたけど、……それは卑怯で『ヒドウ』な奴がやることなんだぞ。」少年の左手はしっかりと握られているが、その先にある刃はどうしようもなく揺れた状態だった。
「……非道。」悪魔の口から三音が発せられたが、その動きは可笑しなものであった。
「そうだ。お前はやっぱり、剣士の真似をしたいだけの、ただの不気味な悪魔なんだ。剣士だったら……ううん、剣士だけじゃなくて、戦う人達なら、正々堂々と戦いをしなきゃいけないんだ。お前は、テリーに傷の無い剣じゃなくて傷がある刀を渡した。でも、お前は、テリーにやられたあの杖は使ってなくてそのへんてこな武器だけを使って戦おうとしている。僕は……僕は……、」そう言いながら頬を伝い渡っている数滴の雫さえも目の前の化け物のせいだと感じているソイソーは、より一層激しく全身を揺さぶった。地面に落ちていく粒の幾つかは途中で赤色に変わっていた。右手がどういう状態なのかさえも知ることのできない少年だったが、その五本の指はぎゅーっと肉へと入り込もうとしたり、慌てるような様子で出ようとしたりしていた。このソイソーの姿を見ていたテリーは、今は自分の背後に寂しげに佇んでいる残された己の力の一片へと、知らず知らず手を掛けていた。握った手の平の下にある文字は正位置であった。
「お前なんかには負……。」
「『負けない』とでも言い張るつもりか……。」
視界がはっきりとしているテリーは、今の相手の変化を諸に見て圧倒されてしまった。がっちりとなった肉体から生えている毛のようなものはほとんど全てが逆立っていて、その周囲には灰色の風が吹き上がっていた。唯一その風をまとっておらず、無論なびく毛などを持たない大巨体の悪魔の無機質な頭部だけは、しかし、少しの変化も見せてなく、それがまた異様な威圧感を放っていた。
「それはただの剣士気取りだぞ、小僧!」この大声に特に驚いたのは周りを囲む悪魔共であった。また、その時、前方に伸びるように出ている顔が更に突き出ているように見えているのはテリーだけで、ソイソーは今のその声と、不気味な気の流れを感じて自分の体の動きを感じた。「私は剣士ではない。それはお前達がここまで見ていてよく分かってるだろう。だが、だからこそ、剣士や戦士が何であるかを私はよく知っているつもりだ。お前も、お前も、一体自分が何者で、それが何であるかをもっと深く考えるのだな。……。物言わぬ存在になってから。」
その言葉を聞いた直後、テリーは、刀を抜いて古の悪魔へと駆け出していた。立ち向かっていた。それ以上のことを考えることはできなかった。考えられなかった。古の悪魔との間合いはある程度あったのだが、そんなことは関係ない、この場を乗り切ることが、俺がほんの短い修行時代に学んだ全てだ、とでも言いたげな表情で、テリーは猛進していった。
しかし、それは盲進だ、と古の悪魔は呟いた。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




