第一部 第二章 Ne
その光は邪か聖か? ただの子供ではないソイソーは竜と対し続ける。
「そ…そうだ。最初、何で僕が人の子供だって分かったんですか?」
「何だ、急に?」返事を聞いて、少年はまた少し落ち着きを取り戻した。竜の声は今までと変わらず、魔法によるものであった。音量も戻っていて、聞きやすくなっていた。
「だって、僕とあなたが出会ってからずっと、あなたの目は閉じられていたのに、それでも、僕のことを『人の子』って言い当てたんで、何でだろうなと思って…。」
「……、フッフッフッ。」ソイソーは今、竜がそう笑い声を発したように聞こえた。竜は少年のその質問を聞くと、自分の左側、ソイソーの視界外の更に右側に控えていた自らの尻尾を、ゆっくりと正面の方に動かしていき、再び足先が隠れるような位置に戻した。ソイソーがちょっとその動きに目をやってから相手の方を見ると、その顔は少し緩んでいるように映っていた。何故そのようなことを感じてしまうのかが分からなかった少年の背後で、ショー=サナエは静かに上を向き始めていた。
「お主には…、」 「何で『おぬし』なの?」
「良いではないか。」そう言ってから、二本の目立つ髭が面白おかしい動きを見せて、魔法は続けられた。「お主には何でも教えたくなるな。さて、………。私はかなり長い間生きてきた。恐らく、お主が想像する以上の長い時間だ。そして、この場所に身を置いてる時間は生きてる時間の半分近くになるであろう。おかげで、目にこのような処置を施さなければならなくなった訳だが…、おっと、こう言ってはいかんな。私の主に申し訳が立たないな。」
「『主』ってことは、一番エライ者のことでしょ? こーんなに大きなあなたよりもエライ者が居るの?」
「フッフッフッ、図体があれば偉いということではないのだ。ただ、偶然にも、私の主人は今のこの私よりも大きかったのだがな。」
「…?」ソイソーは目線を少し上げて右手で頭を掻いた。
「私はその『エライ』者の為にここに住むことになったのだ。しかし、長い間このような場所に居れば色々とある。…、ある時に、記憶に誤りがなければ六百年ほど前、他愛無い事故が起こった。それがどうこう、ということではないが、その後、私は、瞼を閉じたままでも近くに居る者のその姿を知ることができる手段を、身に着けようと思った。幸い、魔法の中に、それに当たるものがあるのを知っていた私は、慣れもしない『修行』というものを…数年行い、無事にその力を得ることができたのだ。今、私の目に相当する所に光か何かが見えるだろうが、これはその力が具現化したものでもあるのだよ。」
「ふへー…。」という反応を見せて、少年の口の動きは止まった。
「私が最初、お主らに声を掛けた時に、………、そういえば、名を伺っていなかったな。…聞いてもよいかな?」
「あっ…えっ…はい、えーっと…名前ですよね。」少年は何か途轍もないことを言われたような具合に慌てた様子になり、少しキョロキョロとした。しかし、すぐに頭の中が整理されると、一回、深呼吸をして口の中を注ぐような仕草をしてから、少年はドラゴンに向かって、言った。
「僕の名前はソイソー、号はマルクス、性はローレス。ソイソー=マルクス=ローレスです。いい名前でしょ。」
「ふむ、ソイソー=マルクス…か、……ほほう…なるほど、実にキィーバらしい名前だな。」
「へへ、いいでしょう。それで、あなたの名前は何ていうの?」
「私か…。私は……いや、本来、私達には人や飛獣等といった者達が持っているような名前は存在しない。」
「んん?」ソイソー少年は息が詰まるような声を出してから、天井を見、そして、頭をひねった。
「私達、竜は互いを種の名前で呼ぶ。」未だにその働きをうかがうことができない竜の口がまた少し動きを見せた。「私は『キィーバドラゴン』という種だ。だから、他の竜達は私のことをそのように呼んだ。ソイソー殿、お主も私のことを『キィーバドラゴン』と呼べばよいだろう。」
「ふーん、『キィーバドラゴン』かぁ、ちょっと長いね。でも、いっか。分かったよ、キィーバドラゴン。」
キィーバドラゴンは大きく頷いた。
「うむ。それでソイソー殿、後ろに隠れておるのは鳥でなく飛獣ではないかな?」その声を聞いたと同時に、ショー=サナエの体がピクリと反応した。ソイソーは後ろを向かずにキィーバドラゴンに答えた。
「うん、多分そうなんだ。だけど、こんなに大きな者に出会っちゃったから、怖くてリュックの中に隠れちゃってると思うんだ。待ってて、今紹介するから。」そう言うと、ソイソーはリュックに手を伸ばした。
すると、突然、
「サナエサナエ! サナエサナエ!」ショー=サナエの口が張り裂けんばかりに開かれた。
「な………何? …むっ! …。クァーカー ガァグーゴァーキュー。」
「えっ、どうしたの? 何か起きたの?」
竜も首を最大限に伸ばして天井の方へと顔を上げた。ようやく竜の口からまともな声が発せられたのだが、ソイソーも今はそれどころではなく、上を向いて、後ろを向いて、ということをただ繰り返すだけだった。
「ゴォクーシュー。グォ コー…。」竜はしばらくの間、口から何事か発し続けた。突然発した時の声は地鳴りのように凄まじいものであったが、今の声は魔法と同じ音量であった。口のことに少年は少しして気付くと、それはそれで繁々と見詰めてはいたが、すぐにショー=サナエの方に向き直った。
ショー=サナエは今までに見せたこともない鋭い目付きで上を見ていた。元の真ん丸い目の形を思い出させるような柔らかい球状が残されてはいたが、それは半円だけで、両目とも目尻がしっかりと上がってきていた。常に中央付近にあった青い瞳が大きく上に動いていて、一部が見えなくなっていた。黄色い嘴は重々しく動いていて、ソイソーはその動きを見るだけで手の温度が上がっていくのを感じ、特に、湿り気を覚え始めた右側は、引き寄せられるが如くに右腰へと動いていった。少年は一瞬横にぶれた視界を慎重に上へと向けていくと、自分の知らない世界の一端を思い出すように想像した。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




