第一部 第二章 Ni
今回からしばらく薄暗い背景が続きます。
ドラゴン岩 -テリー命名- が見詰める洞窟の先に仙人は居るのでしょうか? それとも、別の何かが…?
ショー=サナエは正面を向いていた。少年も、前を向いて歩いていた。だから、その姿を見ることはできないのだが、ショー=サナエの目は妙な凄みを持っていた。それは決して形に因るものではなかった。距離置けば置くほど、その目が際立つのだった。そういう雰囲気だけでも感じられているのか、ソイソーは魔法蝋を右手に持って、不思議なくらいに冷静に歩いていた。そして、少年は左手にも別の物を持っていた。それは二枚のパペルであった。パペルは二枚とも白紙で、そこには、歴史ある物であることを印象付ける多くの皺が刻まれているだけであった。
洞窟は広くはなかった。だが、少年の予想するほど狭くもなかった。両手を広げた辺りにある洞窟の壁はまるで石垣のようであった。最近、父親に教えられてその言葉は知っていた。色は灰色。低い天井にも岩と岩の繋ぎ目に似た模様があって、どちらも凸凹していた。地面だけはそういった模様がなく、まずまず平坦な茶色の路であった。靴の音が段々と響くようになってきた。まだ、ただの一本路であった。仕掛けの一つも悪魔の一匹も見ていなかった。もし、この時点で魔法を掛けられているとすれば、もう外に出ることができないかもしれない、と一瞬思ったが、ソイソーは変わらぬ歩調で暗闇の奥へと進んでいった。
しばらくして、最初の曲がり路にやって来た。少年は初めて後ろを振り返った。そこには、まだ微かに白い光が見えていた。少年はそれが大分遠い所にあるもののように感じられた。横目にチラリとショー=サナエが映ったが、大人しくしているようだった。この白い体を見ていてソイソーは、あの森にあった不思議な地下空間を思い出した。この空気の冷たさや、自分の身長でも手が届いてしまいそうな天井の低さ等は、全く同じであった。その時は、右に曲がると、今背中で後ろを守っている者が待ち構えていたのだが、大きく違うのはそこであった。
ふと、少年は魔法蝋を持つ手を少し前に出した。僅かにぶれながらゆっくりと腕を伸ばしていった。合わせて少年は踏み出す足の動きも少し遅くした。そして、左手を壁に突きながら歩幅も若干小さくした。洞窟にも外と同じように冷気が流れていた。しかし、そこには微量の「邪声」も含まれてはいなかった。もっとも、少年は、「邪声」というものに対しては僅かな知識を持つだけなので、それが自分の耳にどう聞こえてくるのかということはまだ、まるで分からないのであった。
最初の曲がり路は終わった。と、思ったらそこからすぐに、逆の曲がり路が始まっていた。少年は少し気が楽になった。あの日以来、ソイソーは「右に」関係するものを非常に好むようになっていた。そのようなものを使ったり、食べたり、あるいは、その方向に進んだりすることで、何か良い事が起こる、と思うようになっていた。少年は、踏み出す足の速さを変えずに歩幅を少し大きくした。左手に持っていた二枚のパペルは丸めて上着のポケットに入れられた。これの出番は当分…、いや、ずっと来ないだろう、と思ったからであった。ソイソーには珍しく、根拠の根拠が感じられない決断であった。
「サナエ。」 「ん、どうした?」
ソイソーは右の方から後ろを振り返った。何かを見つけたのかと思ったが、声を掛けても何の反応も示さなかった。
「(気のせいかな?)」それどころか、ショー=サナエは少しも動いている様子が見られなかった。「(寝ちゃっているのかな?)」と少年が思うくらいであった。
段々と、この洞窟の雰囲気に馴染んできた少年は、歩調を少し速めて普段と同じような調子で歩き出した。右の曲がり路は少しその曲線が緩やかになってきていた。先の曲がり路より確実に長く続いていた。洞窟の外から続いていた冷たい空気の流れは、幾分弱くなっているように感じられていて、少年は上着の袖を肘が見えそうな所まで捲っていた。魔法蝋の炎は洞窟に入った時から、小さく揺れ動き続けていて、そのことだけ少年は少し気にしていた。
「それにしても、この曲がり路はどこまで続いてるんだ…。」
少年の野生的な勘で、洞窟の外に出てしまうんじゃないか、というくらいに右の曲がり路が続いたところで、路は再び左の曲がりになった。未だに、枝分かれの無い一本路が続いていた。そのことが少年の歩行速度を速めていった。しかし、歩幅に変化は無く、靴が地面に触れる時に、音が出るようなこともないままであった。リュックの動きが少し大きくなっていた。ショー=サナエは、少年の変化に気付いたかのように、頭を出したままそわそわし始めた。少年は、そんなことには一切気付いていなかった。無論、山から来る冷気と共にあったあの轟音の一端が、いつからか、この狭い通路にも聞こえ始めているというなどは、少年は夢にも思わないことなのであった。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




