14.ランスの戸惑い~三者会談~その2
グルードがどうしたものかと言いながら封筒の中身を取り出す。
招待状は形式通りで他の3人に来たものと同じなのだが、王太子殿下の自筆で“最近仲良くしている友の受勲式であろう、出てやれ”的なことが書き添えられていた。
「これどうしたらいいんでしょうね、父上」
「セリーヌもこれを見せたら行きたいというんだろうなぁ」
二人の兄がここまで心配するのは貴族という人種のいやらしさにある。自尊心の強いものが多い貴族界で社交の場は一種戦場だ。言葉一つ、行動一つに毒を含ませる事もある。特に今回の受勲式とそれに続く夜会はダンスこそないが多くの魔術師と共に時間を過ごすことになるだろう。
魔術師は貴族の中でも特に自身を特別扱いしたがるものだ。魔術という目に見えて優劣のわかるものに支配されているのでその中でセリーヌがどう扱われるか見なくともわかる。
王太子殿下の気遣いはありがたいが、非魔術師ならではの感覚である。
セリーヌはとにかく体が弱い。生まれた時ですら泣くこともなく静かに生れ落ちた末っ子は半年以上目を開けることすらできないほどの衰弱した体でこの世にあらわれたのだ。二人で毎日心配しても近づくことすら許されない状態が続いた。やっと状態が落ち着いても、ちょっとしたことですぐに熱を出してぐったりとする。季節の移ろい、感情の起伏、すべてに反応してその体は生きることを拒否した。もちろん彼女の意思など関係なしに。
それでもどうにか生きながらえたのはレズバスという家のおかげかもしれない。専属の医者も雇えたし、乳母も医学に明るいものがついてくれた。
今でこそひとりで町に出かけても安心していられるが、そうなるには随分と長い道のりだったと思う。その中で彼女はわがままになることなく、籠の鳥であるその状況でさえ理解できる賢い子に成長していった。ダメな理由を説明すればちゃんと理解して納得する娘は、体が弱いことを除けば存外育てやすい子供だったとグルードは思った。
領地の広々とした大地を眺めながらそこへ一歩も踏み出すことを許されない状況は、幼児には辛かっただろう。それでも自我を通そうと駄々をこねた姿など一度も見せることはなかった。乳母であった女性には逆にそのことを心配されたほどだ。
医者の常駐が不要になったことを機にセリーヌは住まいを領地から王都へ移した。万が一の場合、王都の方が医者の手配を始め父や兄がすぐに駆けつけられるので都合が良いからだ。
体の状態を言えば、体力は幼少期の過ごし方が災いしてかあまりある方ではないが、前ほど気を使わなくともよくなっていた。ただ、普通の生活を送ってこなかったので彼女自身他人と関わるチャンスがなかったのも事実だ。既に結婚適齢期を迎えてしまってこれからを考えれば、王太子殿下の言うことももっともなのだった。
魔導書室通いは、そんな三人にとっての娘であり妹であるセリーヌが初めて始めたワガママなのかもしれない。父に許可も取らずにユーハバック魔導師に願い、そして自分で成し遂げた。と言えば大げさなのだが、彼女にとってはそれくらいの行動だったはずだ。グルードもロックもそれを知った時に思うところは色々あったが、あえて何も言わずに見守ることを選んだ。その出会いが最後には悲しみをもたらすことになったとしても、彼女が自身で選択した出会いだ。口は出すまい、と。
そんな中、ランスだけはその相手があまりにも己と近い存在だったことが気に入らなかったのだろう。まあ、そうなるだろうからとグルードとロックはあえてランスには何も言っていなかったのだが。彼は彼で嗅覚が優れている。野生動物並みだ。
穏やかに進んだ日常は順調そうにその最後への段階へと向かうかと思われた。
それがここに来てこれだ。
魔術師の中にはレズバス家を良く思わない輩も少なからずおり、グルードを魔術師団総司令官という立場から引きずり下ろそうと躍起なのだ。自分たちはどうにでも躱せても一番弱いところを突かれるのは誰にでもわかる。
格好の餌食とはこのことをいうのだろう。
特にカストラ家はユーハバック魔導師を育てた鍛錬塔の管理者であり、次期総司令官候補のロックにソレイヤをぶつけたがっていた。それが今ではソレイヤ自身レズバス家寄りにいることが面白くないようだ。レズバス家がソレイヤの能力を取り込もうと躍起だ、と風聴し牽制している。カストラ家自体、ソレイヤに恩を返せと傍系で年頃の娘を押し付けようとしたが恩はすでに身で返したと断られたらしい。
それにまだセリーヌの知らない情報がどこから彼女の耳に入るかわからない。それがセリーヌの身に悪影響を及ぼさないとも限らないのだ。そんな場所に連れて行くなど、本来なら仮病を使ってでも阻止したいところだ。しかし、そうなると今度は本格的に彼女の将来に影響する。
せっかく一人で外に出ても大丈夫な体になって来たのに、変なところから噂が立ってしまうのはよろしくない。ただでさえなぜだがセリーヌは未婚の兄であるランスの恋を邪魔するわがまま娘だなどという根も葉もない情報が錯綜しているのだ。(出元はすでにロックが掴んでいる。以前ランスに無下に交際を断られた女だ。ランス自身は全然わかっていないが…)それに加えて、王命の夜会ですら断るような女だと知れたらどうなることやら。下手をすると王ですら、何かしらの処罰を考えるかもしれない。
「もう行くしかないでしょ。当日のエスコートは任せろよ」
「任せろってお前が一番なぁ」
「そうはいっても、親父はそもそも体が空かないだろう。それに兄貴はアイビス姉さんのエスコートしなくてどうするよ、せっかくゆっくり会えるんだからいちゃいちゃしなよ」
「いちゃいちゃって、あなたねぇ」
アイビスはロックの妻で普段は領地を切り盛りするために領地から出ることはない。だからといって二人の仲が冷めているというわけではなく、お互いの立場を尊重しあえる良き夫婦だった。
まあ、当日アイビスにも色々やってもらいたいことがありますから現実問題ランスに任せるしかないんですけど、うん心配ですね。とはロックの思いだ。
「ランス、セリーヌから目を離すことのないようにお願いしますよ」
「オオカミが涎垂らして狙ってるようなところで目を離すわけないだろ」
「言いましたね、絶対ですよ」
「おう、任せろ。人相手でも腕には自信がある」
その点では頼りになる弟である。伊達に剣技を磨いているわけではなさそうだ。少々加減というものを知らないが。
「あまり揉め事は起こすなよ。レズバスの名に恥ずべき行いは控えろ」
グルードは釘を刺すことを忘れなかった。




